メフィストの杖~願叶師・鈴野夜雄弥
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第三話
~epilogue~
「金久総合病院の明るみになる闇…ねぇ…。」
朝、仕込みを終えた大崎が、来たばかりの朝刊を読んでいる。
その見出しには、大きく「大病院の不祥事発覚!」と書かれ、内容も克明に記されていた。
「怖ぇな。俺もうっかり検体にされてたかも…。」
「ちょっと大崎さん!朝からそんなの読まないで下さい!」
更衣室からそう言って出てきたのは小野田だ。今日は鈴野夜とメフィストは休みなため、釘宮含めこの三人だけだ。まぁ、平日なため、この三人で充分なのたが。
「でもさ、こうして報道されることで、一人一人が気を付けようと考えるじゃんよ。」
大崎がそう言って再び新聞を見るや、小野田は些か驚いて言った。
「あ…大崎さん、熱でもあるんですか…?」
「はぁ!?何でそうなるんだよっ!」
「いや…余りにも真面なことを言っているので…。」
「お前なぁ…。」
大崎はそう言ってガックリと肩を落とすと、事務整理をしていた釘宮がブッと噴き出した。
「な…オーナーまでっ!」
そう言って大崎が立ち上がると、堪らないと言った風に釘宮も小野田も大笑いした。大崎はそんな二人の笑い声に居た堪れず座り直し、再び新聞へと視線を向けたのだった。
釘宮はその中で、古い記憶を蘇らせていた。
- もし彼奴が居なかったら、私は… -
そう考えはしたものの、考えても仕方無いと釘宮は軽く苦笑し、清々しい朝陽の射し込む街並みを眺めた。
その頃、鈴野夜とメフィストはある場所へと来ていた。
「これで良かったかい?」
「ああ…充分だ。有難う。」
ここはとある家の一室。そこには鈴野夜…いや、ロレとメフィスト、そして角谷の三人がいた。
「私は今まで、ずっと理解出来ずにいた。妻と息子の死を受け入れらずにいたんだ…。だが…それももう終りだ。二人を…やっと葬ってやれる。」
そう言って角谷は、小さな仏壇の前に置かれた二つの箱を見た。
「これから墓を建てるのも大変だが、もう休ませてやらないと…。」
そう淋しげに言った角谷に、ロレは静かに言った。
「そうだな。では、君の記憶はこれで消える。私達のことは全てな。」
「そう…か。君達には、いくら感謝してもし足りない…。でも…私はこれからどうしたら良いのか…。」
角谷がそう言った時、不意に玄関からチャイムの音が鳴った。その音を聞き、メフィストはニッと笑って顔を伏せる角谷へと言った。
「何の心配もないじゃないか。お前を心から案じてる奴は、少なくとも一人はいるからな。」
「…安原!」
角谷がそう言って顔を上げた時、もう二人の姿はどこにもなく、そして二人の記憶も消えていたのだった…。
「なぁ、メフィスト。」
「なんだ?」
「友愛って…凄いな。」
鈴野夜がそう沁々と言ったので、メフィストは苦笑しつつ返した。
「そうだな。」
そう短く答えると、二人は外へと出る角谷と安原を木陰から見た。きっとこの二人は、また店へ音楽を聴きに来るはずだ。近い将来、今度は互いに愛する人を連れて…。
「さってと…今日は休みだし、どっかに行くか。」
「そうだね…そろそろ昼だし、この前見付けたイタリアンレストランにでも行こう。」
鈴野夜がそう答えると、メフィストにニッと笑みを見せて「よっしゃ!」と言った。
まるで親友だ。
二人は契約によって互いを縛った。だが、それは長い歳月と共に友愛という形になったのかも知れない。それは大崎や小野田、そして釘宮にも言えるかも知れない。
「皆、幸せになるよう…。」
快晴のどこまでも続く青空に、鈴野夜はそっと囁いた。
「何?」
メフィストは何か言われたかと思ってひょいと振り返るが、その動作がどこか滑稽で、鈴野夜は少し笑いながら「何でもないよ。」と返した。
「ただ、良い天気だなって…ね。」
そして二人は他愛ない話をしながら、どこまでも続く青空の下を歩いて行ったのだった。
第三話 完
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