極短編集
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短編46「ごめんねって言いに来た」
ある日、僕は死んでしまった。大好きなご主人の男の子が、学校から帰って来るのが見えた。だから、いつものように走っていったら……
「だから、走ってくるなって毎日言ってるんだよ」
僕を抱きしめる、男の子の泣き声が聞こえた。それが、僕がご主人からもらった最期の言葉だった。その後、僕の体はバスタオルで一晩、くるまれたあと、次の日の日曜日に、庭の片隅に埋められた。
「ちょっと出かけてくる」
男の子のお父さんが言った。お父さんは、僕を埋める穴を掘ってくれた。男の子は僕のお墓の前で泣いていた。
「きっと今頃、羽を羽ばたかせて、天国に向かっているわ」
男の子のお母さんがそう言って励ましていた。やがて雨が降って来たので、男の子は傘をさしてお墓の前に立っていた。途中、出かけていた、男の子のお父さんが帰って来た。
「土になって、やがて違う命になるんだよ」
そう言って、男の子のお父さんは、雨の中、小さな苗木をお墓の小山の上に植えた。それからずっと男の子は、学校とご飯と寝る以外は、僕のお墓の前に立っていた。僕はずっと、その様子を見ているのだった。
そして一週間経ったある日。僕が気がつくと、僕は男の子の部屋の中にいた。男の子はベッドでスヤスヤと眠っていた。
「くぅ~ん」
僕は小さな声で鳴いてみた。男の子は起きなかった。
「くぅ~んくぅ~ん」
僕はもう一度、鳴いてみた。でも、男の子は起きなかった。だから僕は……
「起きて」
と、男の子に言った。すると、男の子がハッとして目覚めた。
「だっ、誰?」
男の子はベッドの上でキョロキョロしていた。
「僕だよ。犬の僕だよ」
僕は男の子に言った。男の子はビックリしていた。そりゃそうだ、死んだはずの僕がいるんだもの。
「死んだよね?まさか幽霊!?」
男の子が言った。
「僕、幽霊になったのかあ」
僕はクルクルと回りながら男の子に答えた。
「じゃあ、幽霊かどうか調べるよ。そのままドアを通り抜けて戻って来て」
男の子が言った。僕は男の子がの言う通りにドアに向かった。すると閉まっているドアの向こうに、僕の上半身がスッと通り抜ける事が出来たのだ。僕の上半身は廊下にあった。すると、トイレに向かうお父さんが僕の前を通過した。僕は部屋に戻った。
「やっぱり幽霊だね!」
男の子は言った。
「そして分かったのは、犬は幽霊になると、おしゃべりが出来るようになるんだね!」
男の子はそう言うと、僕を久しぶりに抱きしめてくれたのだった。僕は男の子の腕の中いた。
「僕どうしたのかな?死んだよね?」
僕は男の子に言ってみた。
「死んだよ、目の前で。そのあと、庭に埋めた」
男の子は不思議そうな顔をして言った。僕はベットの上で、男の子に抱きしめられていた。男の子の匂い、男の子の声が、暖かさとともに僕を包んでいた。そうやって僕たちは、空が明るくなるまでずっと一緒にいたのだった。そして僕は、いつの間にか眠ってしまった。
次に、僕が気がつくと、男の子の部屋に居て、また夜だった。男の子はベッド上で起きていた。
「待ってたよ!」
と、男の子はいった。僕は男の子に飛びついて、抱っこしてもらった。
「今日、学校を休んじゃたよ!」
「えっ、なんで?」
「だって、眠かったんだもん。それにキミの話をパパとママにしたら、学校を休んだほうがいいって、話になったんだ」
「そうだったんだ」
「そうそうパパが、廊下で会った夢を見た!って言ってたよ」
そう言うと男の子は、僕の頭を優しくなでてくれた。
「ねーねー、散歩行きたい」
僕はふと思った事を言った。僕は、男の子との散歩が大好きだったからだ。
「そうだね、行ってみようか!」
そう言うと僕らは、こっそりと窓から抜け出し、外へと散歩に出かけたのだった。点々としか街頭に照らされていないアスファルトの道。その全体を月の灯りが、ほのかに照らしていた。
「あっ!虫が飛んでる」
僕が駆け出すと、男の子も駆け出した。深夜の幹線道には、車もなく人も居なかった。道路の真ん中を、二人して歩いた。
「僕一度、道路の真ん中を歩いて見たかったんだ」
僕は、尻尾を立てて真ん中を歩いた。公園に着いた。すると男の子はポケットから、小さなゴムボールを取り出した。
「さあ、取っておいで!」
僕は投げられたボールの軌跡を追った。
タッタッタッタ
落下地点で……大ジャンプ!
「すごい~!ナイスキャッチ!!」
僕は、生きていたとき以上に、生き生きとジャンプをしたのだった。それから芝生の広がるグランドに行った。二人でつかみあったり、転げあったりした。遊んでいるとあっという間に時間が経った。周囲が段々と明るくなった。背の高い杉の木の先が明るく輝き出すと、僕は急に眠くなってきた。
「おーい!」
ご主人の声が聞こえる。でもとても眠くて、僕は体を丸くし眠った。またまた気がつくと、男の子の部屋で、外は真っ暗だった。
「待ってたよ」
僕の目の前に、ご主人の男の子の顔があった。
「消えて居なくなるからびっくりしたよ」
そういって男の子は、僕を抱き上げた。
「お前、また体が冷たくなってるよ」
男の子が言った。男の子と居る時間は、とても楽しかった。
「今日も学校を休んじゃった。昨日の夜の事をパパとママに話したら、また休みなさいって言われたよ」
男の子の話を聞きながら、なんだか忘れている事があることに、僕は気がついていた。そうだ、僕はこれを言うために来たんだった。
「ねえ、僕らが会った場所に行こう!」
僕はそう言った。僕らは公園に向かった。中央に大きな池がある公園。僕はその池のほとりで、段ボールに入れられ捨てられていた。その時、僕は赤ちゃんだったので、それ以前の記憶はなかった。そこに男の子がやって来て、パパとママに相談し、僕を飼う事になったのだ。
「僕はご主人に飼ってもらって嬉しかったよ」
僕が言うと、男の子は涙ぐんでいた。
「お前と居て楽しかった。一緒にいてくれてありがとう」
男の子が僕に言った。なんとなく、これで『最期』というのが分かったのだろう。
「ごめんね」
僕は、男の子に言った。
「僕ね。僕が死んでから、ご主人がとっても悲しくなるのを見て、僕も悲しくなったんだ」
男の子が僕を、ギュッと抱きしめた。
「ずっと悲しい気持ちにして、ごめんね」
僕が言うのと同時に、ポタポタと僕の頭の上に落ちて来るものがあった。男の子が声を押し殺して、泣いているのが分かった。
「ごめんね!って言いに来たんだ。ごめんねって言うの忘れてたからやって来た。でも言えたから僕、行くね。……バイバイ!」
僕は、男の子の腕をすり抜けた。あっそうだ!これも言わなくちゃいけなかった。僕は、振り返って男の子に言った。
「僕は居なくなっちゃうけど、また新しい犬を飼って、可愛がってあげてね!!」
そう言うと僕の心が、すっきりとした気持ちになったのを感じた。僕の体は薄暗く輝くと、足元から次第に消え出した。
「バイバイ、ご主人様」
僕はそう言うと、暗闇の向こうに見える、明るい光が輝いている所に向かって、駆け出していったのだった。そして願った。
どうかご主人に……
笑顔が、満ち溢れますように!
と。
おしまい
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