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ラミア

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2部分:第二章


第二章

 遂にアポロンは完全にその姿を消しアルテミスが姿を現わした。妹は紫苑の夜を優しく照らしている。その月が天高く二姿を現わしたその時だった。ようやく後ろから声がかかってきたのだった。
「あの」
「はい」
「もういいです」
「そうですか。それでは」
 その言葉を受けてようやく後ろを振り向いた。するとそこには白く薄い服を着た美女がいた。艶かしいその身体を包んだ服は月の光を浴びて優しい光を見せていた。
 まさに女神のようであった。少なくとも高貴な者に見える。その彼女の姿を見てホメロスも思わず息を飲んだ。月の恵みを受けたその美女を見て。昼とはまた別の顔に見えたのだ。
「有り難うございます」
 美女はそのホメロスに穏やかに微笑んで述べてきた。優しい顔が月の光に照らされている。
「おかげで私は」
「私は?」
「救われました」
 こう言うのだ。その穏やかな笑みと共に。
「貴方によって」
「私によってですか」
「そうです」
 また述べるのであった。
「貴方のおかげです。今まで振り向かなかった貴方によって」
「!?それは一体」
 美女の言葉の意味がわからず顔を顰めさせる。そうして美女に対して問うのであった。
「どういうことでしょうか」
「私がどうしてここにいるか」
 それに応えて述べてきた。
「奇妙に思われませんでしたか」
「それは」
 否定できなかった。何しろ目が覚めたら泉の中にいたのだ。それだけでもかなり奇妙なことである。それは否定することができなかったのだ。
「それに。長い間こうして貴方に振り向かせなかった」
「ええ」
 それもまた奇怪なことであった。しかもあのまとわりくような殺意と敵意も。確かに奇怪なことであった。それは決して言葉には出さなかったが。
「奇妙に思われない方がおかしいですね」
「正直に申し上げましてその通りです」
 ホメロスは美女の言葉にまた答えた。
「貴女は一体」
「私は。人ではないのです」
「人ではない」
「そうです」
 また答えるのだった。
「私はラミアと申します」
「ラミア」
 その名はホメロスも知っていた。砂漠に潜みそこで幼子や美男子を襲い貪り食う魔物だ。人と毒蛇を合わせた姿をしており極めて残虐な心を持っているとされている。
「ラミア。噂には聞いていましたが」
「私は。人を食う運命にあります」
 また述べるのだった。
「それがラミアとしての運命なのです」
「ラミアとしての」
「そうです」
 唇を噛み締めたのが見えた。月明かりの中で。
「女神ヘラの呪いを受けたあの日から」
「そうだったのですか」
 ラミアはかつてはエジプトの王女であった。ところがゼウスにみそめられ彼の子達を産んだ。これが彼の正妻であるヘラの怒りを買い子供達を殺されたうえ眠れないようにされた。それにより狂ってしまった彼女は何時しか人でなくなり魔物になってしまったのだ。それが今ホメロスの目の前にいるラミアなのだ。
「貴女が。そのラミアだったのですか」
「私は魔物になりました」
 悲しい声で語る。
「ですが。ゼウスは私を哀れみ一つだけ救いを得られる術を与えて下さったのです」
「救いをですか」
「そうです。私の言葉に従って下さり」
 まずはそれであった。
「私の。この魔物としての心に耐えられる方が」
「ですから私に振り向くなと」
「そういうことだったのです」
 だから夜まで振り向かせなかったのだ。全てはそういうことであったのだ。
 
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