ワンピース~ただ側で~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
おまけ5話『助けるっ!』
「……ま、マジで焦った」
海では泳げないルフィを海面へと引き上げて、ハントはとりあえずはホッと息をついた。
「大丈夫か、ルフィ?」
「はー……はー……な、なんとか」
――やっぱり能力者っていうのは大変だなぁ。もしも俺が海で泳げないってなったら正直笑えないもんなぁ。
他人事に考えながらも、視線をルフィから外して周囲を見回し「あ」
ハントが声を漏らしたのと同時、きっとルフィもそれに目が行ったのだろう。
「エースーーーー! やっと会えた!」
「エースっ! 助けに来たぞ!」
ルフィが叫び、それとほとんど同じタイミングでハントも叫んだ。
エースのどこか驚いた顔が面白かったらしく、ルフィとハントで顔を見合わせて笑顔を浮かべたかと思えば、拳を軽くぶつけあった。
「こっから先、エースを助けることだけを考えるぞ、ハント!」
「ああ、当たり前だ!」
二人が頷きあった時、彼らの周囲はその背後の人間たちへと視線を向けていた。
「おい、アレ! まさかクロコダイル!」
「それ所じゃないぞ! 何だあの面子はっ!」
「助けにきたぞーーーー! エースーーー!」
「ぎゃははは世界よ、覚悟しろ!」
「流石に総戦力! 半端じゃナッシブルね!」
ルフィを筆頭に、バギーやイワンコフが声をあげて。その声に釣られて各々の戦いに集中していた戦争中の各人たちの視線が徐々に集まっていく。
「ジンベエ! クロコダイル! 革命軍のイワンコフまで! あれはジンベエの弟子のハントか! 師弟で揃ってやがる!」
「後ろにいるのも過去に名をはせた海賊たち! インペルダウンの脱獄囚たちだ!」
騒ぎが広がる。
そんな中、ハントの視線はまずはエースへと向かい、次いでその処刑台を守るように立ちふさがるガープや青キジへと行き、最後に自分の後ろにいる白ヒゲへと送られる。
「ふー……はー」
深呼吸をして、ハントは集中力を高めていく。
「師匠」
「……む?」
「俺のフォローとか、一切考えないで下さいよ」
「……」
「俺は頭がよくないから……エースを助けること以外は考えない。本当は白ヒゲさんにも挨拶をするべきだとは思うけど……今は白ヒゲさんはルフィの敵だ。だから俺の敵でもある。だから挨拶もしないし、前しか見ない」
「ハント……お前さん」
「俺は師匠の弟子だけど、今はもうルフィの仲間で、海賊だ。師匠は師匠のできることをやって、俺は俺のやることをやる。絶対にエース助け出すんだ、俺のフォローなんかしたらいくら師匠でも俺は怒りますよ」
ただ前だけを、確かにハントは見つめている。
――全く。
どこか生意気にすら見えるハントの態度。だが、それがどこか一人前であるハントのようにも見えて、ジンベエは微かに笑顔になり、頷く。
「……うむ、だったらやってみろ、ハント! ルフィ君とともに、どこまでいけるか!」
「はい!」
ただ、前だけを見つめて頷くハントはだからこそ、もう後ろにいる面々には目を向けない。
クロコダイルが白ヒゲを襲い掛かったことにも、それをルフィが防ぎ、白ヒゲとまるで対等にいるかのように会話をする様子にすら、耳を傾けることは無い。
――ふー……違和感なんて関係ない。エースは死なせない……俺が考えるのはそれだけで十分だ。
一度目を閉じて、再度目を開く。
彼の目に映るのは、ただエース。それだけ。
だから、だろうか。それは偶然に、いや、きっと必然に。
「エース! 今行くぞ! だあああああ!」
「おっしゃああああああ!」
ルフィとハントの雄たけびが、ところは違えど同時に響いた。
「お前を捕まえねぇと天竜人がうるさくてね~、麦わらのルフィ」
まずは黄猿。ピカピカの実の光人間。
大規模な光速のビームをルフィへと放とうと、足に光をためて、だがそこに割って入る一陣の影。
「俺が相手だ!」
光が放たれる寸前に、黄猿への懐へと潜り込んでいたハントの蹴りが黄猿の蹴りの軌道を変えていた。大規模なビームが空へと舞い、雲を霧散させていく。
「お~、ジンベエの弟子か~。まったく、面倒だね~」
「思ってないだろ、その口調はっ!」
「助かった、ハント! 先行くぞ! そいつ大将だ! 気を付けろよ!」
「っ大将かよ! いい! 行ってくれ! 俺を気にしてエースを助けられなかったとかあったら怒るぞ!」
「おお!」
そのまま黄猿の横を通り抜けていくルフィを尻目に、ハントと黄猿の戦闘が始まった。
「戦闘中に無駄口とは余裕だね~」
「集中はしてるっての!」
拳が振り上げられるとまさにほぼ同時。雷とは比較にならないほどの刹那の間に己の顔面へと振るわれた拳を、ハントはどうにか腕を差し込んでブロックするも「おもっ!?」という言葉とともにそのまま弾き飛ばされた。
ほとんど地面と平行に、高速に吹き飛ばされていく中で、そこから慌てて一回転。どうにか態勢を立て直して着地に成功した。
ただし、ホッと息をつく間もない。
気づけば、ハントの頭上。足を振りあげている黄猿がそこに。
「っ!」
黄猿の態勢、足の位置、視線。それらを視界に焼き付けたハントはほとんど反射的に位置を読み、拳を振り上げる。
黄猿の足とハントの拳がぶつかり合い、黄猿は空中へと飛ばされてハントはまたも地面を滑るようにして吹き飛ばされる。これがたった二人の決闘だったならばおそらくまた黄猿の追撃がハントへと降りかかっていただろうが、生憎とここは戦場。
大将の黄猿にとってはハントよりも注意を傾けなければならない人間がここには多数おり、数分という時間をハントのみに注ぐことすらも容易ではない状況だ。
よって、次にハントへと殺到したのは黄猿ではなくマリンフォードに構えていた精鋭の海兵たち。
「海坊主をしとめろぉ!」
「今が好機だ!」
「くらえっ!」
一斉に振るわれた武器。だが、それらは残念ながらハントへと到達しない。
「っ!?」
ぎりぎりのタイミングでその場から飛び上がり、そのまま彼らの頭上で「数珠掛若葉瓦正拳!」叫び、拳を振るう。
数瞬の後、おもしろいように吹き飛び、倒れたそれら海兵たちには目もくれず、ハントは態勢を整える。
「……げほ……黄猿は……マルコさんが相手してくれてるのか、助かった……けど、くそ、ちょっと距離が開いた!」
どうにも黄猿が標的を変えたらしいことに気付いたハントが、顔をしかめたままでエースの処刑台を見つめる。先ほどのたった2撃のやりとりでダメージを受けたようで、咳と共に血を僅かに零している様子だが、まだまだ体力に問題は見られない。軽くしゃがんだかと思えば、そのまま再度一直線に走りだす。
海軍の兵士と白ヒゲの艦隊の面々が争い、倒れていく中をすり抜けていこうとするのだが、今度は真正面から「見つけた! 海坊主! ここから先は行かせないわよ!」裂帛の気合が、ハントを襲った。
「単衣羽檻!」
ハントの頭上からヒナの腕が檻へと変化してそのままハントを捕えようと落下。
「っ能力者か!」
ハントはヒナのことを知らない、いや、知らないというのは正確ではない。アラバスタで船上から顔を見たことはあるはずなのだが、単純にハントはもう覚えていないのだ。
それだけハントにとってヒナという存在がとるに足らなかったものだということを改めて知らされて、彼女は歯噛みをしつつも冷静にハントの動きに合わせて片腕により形成された腕を振り落とす。
彼女とてハントにやられてから必死に研鑽をつみながらここに来たのだ。アラバスタの時の彼女とはまた一味もふた味も違う。
既にハントはヒナの檻の範囲内にいる。例えこの檻の網を抜けようとも、そこからさらにもう一本の腕でそこを捕えるという算段だ。
「逃がさないっ!」
彼女にしては、きっとなかなかに見られないであろう熱気が異様なほどに込められた感情の色、それだけハントに対して思うことがあったのだろう。
が。
「……なっ!?」
気づけば、ハントはヒナの視界から消えていた。
「悪いけど捕まる気はないっ!」
いつの間に移動したというのか、背後から聞こえてきた声に慌てて振り向くいたヒナだったが、既にハントは襲い掛かってきた新たな海兵を3人まとめて蹴り飛ばし、ヒナの戦闘範囲から脱出していた。
「っヒナ屈辱!」
またも取り逃がすことになったハントの背中を見つめるヒナの視線にも気づかず、ハントは自分の前方に映った光景に微かに笑顔を浮かべた。
「止まれ!」
ハントの前方で、暴れまわるルフィを止めようとする海軍兵による棘つきの金棒による一撃。別の男を殴り飛ばしたばかりで、不意を突かれてしまったルフィはそれに気づくのに少し遅れた。
このままでは殴られる、というタイミングで「ほっ!」という声とともにハントはそこに割り込み、ルフィを殴ろうとしていた海兵の顎を蹴り飛ばす。
「ハント!」
「このまま行くぞ、ルフィ!」
「おう!」
ルフィがまるで暴走列車のようにただひたすらに前へと道を切り開き突き進み、そんなルフィを止めようと沸いて出てくる海兵たちをハントが返り討ちにしていく。威勢よく駆け出す二人は、なかなかに止まらないが、そんな二人を止めようとする一陣の巨大な影が二人の進路に現れる。
「麦わらぁ……相変わらず威勢がいい……そうだ、またお前の影を切り取って! オーズを動かすとしよう! さぁ、ゾンビ兵! 言って麦わらを捕獲して来い!ここは戦場! 死人の数だけゾンビは増やせる! キシシシシ!」
「モリア! ……厄介なのがいるな!」
「知り合いか?」
「気を付けろ! あいつも王下七武海だぞ!」
「……俺が相手をする! ルフィ、お前先行け! すぐ追いつく!」
「……わかった! 頼む、ハント!」
「キシシシ、海坊主か! ジンベエの弟子ってのは伊達じゃねぇようだが……お前の影も切り取ってやる!」
モリアの声をほとんど聞き流し、ハントは既に行動を開始していた。
「魚人空手陸式」
一直線に進もうとするルフィの道を塞ごうとするゾンビの壁をめがけて、ハントは拳を振るう。
「数珠掛若葉瓦正拳!」
一瞬の空気の振動。
何もわからずにハントへと殺到し、そばを駆け抜けようとするルフィを捕えようと手を伸ばすゾンビたちだが、次の瞬間にはまとめて天高く吹き飛ばされた。
「んなぁっ! ……!?」
驚きに目を見張るモリアの、それの行動そのものもハントからすれば大きな隙。モリアの視線が再度ハントを捕えたときには、既にハントはモリアの懐へと潜り込んでいた。最早ハントの拳は振りかぶられており、モリアでは避けようのないタイミング。
「5千枚瓦せい……っ!?」
ハントがモリアを倒した、という確信を得た瞬間だった。
横合いから銃弾がハントの腹を貫いた。
「くっ……げほっ……なんだ!?」
慌てて地を転がって、モリアから距離をとりつつも、銃弾の主を確認すると、そこに立っていたのはつい先ほどハントが若葉瓦正拳で吹き飛ばしたはずのゾンビ兵。
「……無傷か! なんで!?」
「キシシシシ! 勝ったと思ったか、海坊主? 故障はあっても痛みなんぞ感じねぇ! それがゾンビ兵だ! 『影法師』」
首を傾げるハントへと、追い討ちをかけるようにモリアの影がモリア自身から離れてハントへと襲い掛かる。
「……っ!」
ハントを囲うよう立ちはだかる痛みを感じないゾンビ兵、そしてハントの前に立ちふさがるゲッコー・モリア。チラリとハントが視線を逸らせば、ルフィは無事にモリアの壁を抜けたようで、ルフィの姿はハントの視界からは映らず、前方から「うおおおおお!」というルフィの声が聞こえてくる。
間違いなくルフィはモリアの壁を抜けた。
それだけは理解したハントが、ホッと息を落として、それからモリアを睨み付けるように腰を落とす。
数だけでいえばハントという一人対モリア率いるゾンビ軍団という多数という圧倒的不利な状況。だが、モリアを睨み付けるハントの目には不安な色は宿らない。
「欠片蝙蝠」
モリアの影のドッペルマンが多数のコウモリ分裂、変化して、ハントに噛みついこうと襲い掛かる。ハントの背後からはハントを狙うゾンビ兵の銃口が向けられる。だが、それでもハントは焦らない。
「銃じゃあ俺は倒せない。コウモリじゃそもそも俺を捉えることすらできない……あんまり俺を――」
軽く息を吐き、小さな笑みを。
「やれ、ゾンビ兵ども!」
モリアの声を合図に、銃口が火を噴く。
無数の影のコウモリがハントへ襲い掛かる。
モリアとてジンベエの弟子がこんな形で命を失うとは思っていない。ただ、これだけの攻撃にさらされれば大きなダメージを受けることは免れないだろうことは明白だった。生かさず殺さずが理想的。影を切り取るためにはそれぐらいが丁度いい。
あとは影を切り取ってしもうと、勝利を確信しようとしたモリアが、だが「魚人空手陸式!」聞こえてきた背後からの声にその動きを止めた。
「5千枚瓦回し蹴り!」
「っ!」
反射的に自分の影のコウモリでガードするが、そんなガードもいともたやすく突破して、ハントの蹴りがモリアのこめかみを蹴り飛ばした。全力の蹴りに軽く吹き飛ばされたモリアへと、ハントはその勢いのままに肉薄。
「このまま一気に!」
声と共に、モリアの背中へと追いつき、そこからさらに「5千枚瓦飛び回し蹴り!」
モリアの背中から、ハントは自分の足でモリアの体を巻き込むようにして、モリアの体を地面へと蹴りで叩き付けた。
「っ゛」
モリアが吐血。
ハントの動きはまだ止まらない。魚人空手陸式による爆発的な衝撃に重なるハントの打撃の威力と地面にたたきつけられてほんのわずかに気を遠のかせてしまったモリア。
その隙に、ハントはさらに拳を振り下ろす。
「5千枚瓦正拳っ!」
全力で、武装色によって固めている拳をモリアの顔面へと振り下ろした。
ハントの一撃を受けたモリアは、もはや声すらも漏らさない。
そして、衝撃の爆発。
「ぐ……がっ!?」
体を数度、痙攣させてそのままモリアの動きが止まる。
「……ふぅ」
動かないモリアと、動かなくなったゾンビ兵。
そう長くない時間のうちにモリアは目覚めるだろうし、まだ完全に戦闘不能……とまではいかないかもしれないが、今はこれで十分。そう判断したハントは、エースを救出するためにもまた前を向く。
「麦わらを討ちとれ!」
「奴が脱獄囚の主犯だ!」
「海坊主がゲッコー・モリアを破ったぞ! 奴も麦わら一味! 十二分に危険な存在だ! 討ち取れーーー!」
ルフィだけでなく、ハント自身へと向けられる戦力が着々と増えつつある状況で、ルフィの背中はまたハントの視界には映らなくなり、あまりの混戦にぶりにルフィの位置も見聞色でも把握できない。
「……はぁ……はぁ……全員、ぶっとばせばいいだけだ!」
ハントが迫りくる海兵たちを睨み付けて、気合を入れなおした――
――その時だった。
「来るな! ルフィ~~~~!」
「え」
「は?」
突如として叫ばれた処刑台からのエースの声に、ルフィだけでなくハントの動きも僅かに止まった。とはいえ、ここは戦場だ。それぞれの敵たちとの戦いを止めるわけにはいかない。戦いつつ、だがやはり二人の意識のほとんどはエースの言葉へと向けられる。
「わかってるはずだぞ! 俺もお前も海賊なんだ! 思うままの海へ進んだはずだ! おれにはおれの冒険がある! おれにはおれの仲間がいる! おまえに、おまえらに立ち入られる筋合いはねぇ! ルフィ、お前みてぇな弱虫が! 俺を助けに来るなんてそれを俺が許すとでも思ってんのか!? こんな屈辱はねぇ! 帰れよお前! さっさとハントを連れて帰れ! なぜ来たんだ!」
エースの叫び。それはルフィにだけ向けられているようで、ハントにも向けられている言葉。そこに込められたエースの想いはいったいどれほどのものなのか。
弟や友人までもが自分のために危ない橋を渡ろうとしているという自分の情けなさ、無力感。どうにか二人には無事にそれぞれの人生を歩んでほしいという彼の願い。彼自身にすら理解の難しい様々な感覚が体中をうずまき、力なく体を震わせている。
エースをよく知る人間は、そんな彼の重い感情を察して動きを止めるのだが、言葉を向けられた当の本人……いや、当の本人たちは相変わらず無茶と思えるほどにまっすぐに処刑台を目指して進み続けており『来るな』と言われたはずなのに躊躇する様子すら見せない。いや、それどころかルフィの答えは、一瞬。
「俺は弟だ!」
なんのためらいもなく、ルフィは叫び「海賊のルールなんておれは知らねぇ!」と、海兵をかき分け、ただただひたすらに前へと突き進んでいく。
「ギア3、ゴムゴムの巨人回転弾!」
巨人族の海兵をも一撃で吹き飛ばし、ルフィはエースの叫びに答える。
「エ~~~~~ス~~~~~~~~! 好きなだけ何とでも言えぇ! おれは死んでも助けるぞぉおお!」
ルフィは止まらない。
絶対にエースを助けるために。
「……っ」
額からは血を流し、決死の覚悟で歩を進めるルフィとは対照的に、ハントは大きな舌打ちとともにその場で足を止めていた。当然だろう、なぜなら今ハントの目の前には――
「あらら、たった一人できちゃったよ」
「こいつがジンベエの弟子か」
「若いね~」
――順に青キジ、赤犬、黄猿が立ちはだかったいるのだから。
別にルフィ同様に爆進していたハントを警戒してこの3人がハントの目の前に現れたわけではない。単純に、ハントが他の海兵たちを潜り抜けていつしか、処刑台の下で絶対防衛ラインとしてそこに君臨する3人の大将の下へとたどり着いたからだ。
「七武海どもはほぼ素通りのようじゃのう」
「誰の興味も引かなかったようだな」
「実力はともかく、器はないってことだね~」
好き勝手に会話をする3大将の言葉通り、確かにハントを実際に止めることができるであろう王下七武海のほとんどはハントに興味すら示していない。
ハントレベルの実力者ならば白ヒゲ海賊団にもいるわけで、となれば海賊としての器も大してあるわけでもないハントを気にする人間など王下七武海の中にはいない。
そもそもエースの処刑阻止を絶対にするという義務感があるわけでもない王下七武海の面々が興味のない相手をしようと思うわけもなく、だからこそハントは大きな障害を受けることなくここにまで誰よりも早くに到達できたわけだが、当然なことに今ハントの目の前には海軍最高戦力の3人が存在している。
「バカ野郎! お前一人じゃ無茶だハント!」
処刑台の上から聞こえてくるエースの悲鳴に近い罵声に、ハントは微かに笑みを浮かべて、叫ぶ。
「はぁ……はぁ……お前を助けられればあとはどうとでもっ! 待ってろ! エース!」
言いながらも3人の間を通り抜けようとするハント。だが、当然それは阻止される。
「通すわけにはいかないね~」
「っ!」
のんびりとした口調とは真逆。ハントの目に映ることすらないほどの速度で、気付けば蹴りがハントを襲っていた。若干に強引に進もうとしていたこともあって、ハントの受けは間に合わない。モロに顔面に蹴りを受けて吹き飛ばされた。
そんじょそこらの海賊ならそれだけで戦闘不能なるであろう威力の一撃だ。
「……っ……ま、だまだぁっ!」
そのまま凄まじい速度で吹き飛ばされていくかと思われたハントだが、そこから強引に態勢を立て直した。腕で地面をつかむように滑らせて、どうにか数mほど吹き飛ばされるだけに留まることに成功し、また3人の隙間を抜けようと足を踏み出して――
「が……はっ!?」
――燃えるように、だが冷たい痛みがハントのわき腹を貫いた。
「さすがに1対3じゃどうにもならねぇだろ」
青キジの凍てつくような言葉が氷の刃をもってしてハントの腹部へと突き刺さり、痛みから顔をしかめて足を止めてしまった彼に、3大将の最後の1人が真正面に姿を現していた。
「安心せい、すぐにモンキー・D・ルフィ、ポードガス・D・エースも一緒に冥土に送ってやるわい」
「ああっ!?」
マグマの拳が、慌てて防御に回ったハントの腕ごと腹をぶち抜き、そのままハントを殴り飛ばした。
「ハントっ!?」
檀上から見守っていたエース、イワンコフとともに前へ進んでいたルフィとジンベエ。
彼らの声が戦場にこだまする。
一見して軽微なダメージではないことが見て取れる殴られ方をしたハントは、下手をすればこれでリタイアになるかもしれない。3大将に一瞬とはいえ一人で挑むことそのものがそもそも無謀過ぎる。
彼らの攻撃は一々が重く、速い。
大半の、ハントはこれでリタイアだという予想に、だがハント本人からすればそんな予想は何の意味もない。3大将の攻撃を受けて、意識を失いかけていたハントの脳裏に浮かんだ言葉はただ一つ。
『すぐにモンキー・D・ルフィ、ポードガス・D・エースも一緒に冥土に送ってやるわい』
赤犬の、この言葉。
――させ……て、たまるか。
一瞬だが、確かに白目をむいていたはずの彼の目にいつの間にか意識が宿る。地面と平行に、止まることを知らない勢いで吹き飛ばされようとしていたはずの己の体を、強引に己の意識下に引き戻して、ハントは足を地面に叩き付けて態勢を立て直した。
「エースもルフィも……俺が死なせないっ!」
叫び、赤犬を睨み付けたハントは、赤犬の横にいる黄猿と青キジには目もくれずに赤い犬の許へと走り始める。
まるで自暴自棄の神風特攻にしか見えないその行動に呆れのため息をついたのは黄猿と青キジ。
「やれやれだね~」
「おいおい、ここは戦場だぞ」
二人がハントを挟み込む形で各々の一撃を加えようと動きだす。今のハントにはそもそも赤犬しか映っておらず、だからこそハントを沈めるのは簡単だという見込みでの行動だったのだが、青キジがつい今しがた言った通りここは戦場。
敵も味方も入り乱れている混沌の地。
「ん~?」
「やらせねぇよい!」
黄猿を白ヒゲ1番隊隊長のマルコが抑え込み
「ああ?」
「っ!」
青雉と3番隊隊長のジョズが相対した。
そんな周囲のせめぎあいすらもハントの視界には映らず、ただひたすらにハントは腕に力を込めて叫んだ。
「魚人空手陸式……奥義っ!」
「ふん!」
ハントが脚力を一気に爆発させ、つい先ほどまでとはまた一線を画す速度でもって赤い犬の懐へと潜り込む。それを察知していた赤犬もそれに焦りを覚えることなくマグマの拳をハントへと振りかぶり、そして。
「楓頼棒!」
「犬噛紅蓮!」
ハントの掌が赤犬へと到達する直前、赤犬の腕から放たれた犬の型をしたマグマの奔流がハントの技ごと体をすべて呑みこみ、焼き尽くした。
「あ゛……ぁ゛……ぐ……っ゛」
体を覆う痛み。
最早、技を放つとかそういった次元ではない。
マグマが体を焼き尽くし、体内にまで熱を浸透させる。
常人ならばその一瞬で重度の火傷により死を迎え、手練れの男でもその痛みから狂死させるほどのそれに直撃してしまったハントは――
「……う゛う゛……る゛……や゛だ……だ……ぞ……ん゛でだ」
声にならない声を漏らし――
「……」
最後には声を失い、体の力を失い、地面へと倒れ始めた。
「は、ハント!」
「ハントーーーー!」
ハントにはもう、それが誰の声かすら判別できない。
――あぁ、俺はまた……また……負けたのか?
今にも地に倒れこもうとするハント。
そんな彼の閉ざされた目からこぼれ落ちようとするそれは、マグマの熱によって一瞬で蒸発する。
――ち、くっ……しょうっ!
それすらも、声にならなかった。
ページ上へ戻る