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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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第二七話 幻想を真実に

 休日を終え、基地の執務机に向かって難しい顔をする忠亮。
 唯依が従事している不知火壱型丙の再評価プログラムのデータを参照し分析すると同時にいくつかのプランを技官らと相談し報告するのが主な仕事だ。

 そしてデータの裏付けの一環として新OSの開発も兼任している。

「ふぅ……」
「お疲れ様です。」

 会議終え、部屋に戻ると室前に一人の娘が立っていた。山吹の軍装に流れる黒髪……唯依だった。

「ああ、ありがとう。」

 執務室の鍵を唯依に投げ渡す。虚空を舞う銀色を包み込みように受け取った唯依がその扉の鍵を開けると、そのまま扉を開いてくれる。


「それで会議のほうはどうでしたか?」
「操縦方法をもっと抜本的に変更したいのだが……どうにもそう簡単にはいかなくて困る。」

 唯依の問いに愚痴を零すように答える。会議などというものは大体始まる前に結論は決まっている場合が多い。最善策なんぞそうポンポン無尽蔵に飛び出てくるわけがないから。

「操縦方法の抜本的な変更ですか?」
「ああ、そうだな……例えばだ。示現流にしたって一撃必殺が理念ではあるが、敵が一太刀で全滅するわけが無いから連撃の鍛錬も欠かさないだろ?」

「はい。」

 もはや日常と化した恒例行事のように唯依がお茶の用意を進める傍らで返事をする―――勝手知ったるなんとやらだ。

 篁家の流派は示現流の一派だ。当然唯依も示現流を嗜んでいる為自分の指摘を素直に理解できる。
 己の場合は多用する流派は示現流の中でも更に攻撃力を高めた薬丸示現流に一刀流や念流、無外流に新陰流などの流派の工夫を用いてアレンジを加えたもので完全に別系統の流派となっている。

 そこからさらにそれぞれの流派の技を連携・融合させることで汎用性を高め、戦術の幅を広げることで戦術に対する感性を磨き上げたことで今日(こんにち)まで生き延びてきたのだ。

 そして、あらゆる流派を通して分かる事だが―――技同士の連携を前提に置かない流派は存在しない。

「そういった、纏まった動作を戦術機に組み込ませて衛士は動作の終着点と個々のタイミングの調整だけを担う。そういう風にしたらいいと思うんだ。
 むろん割り込み処理による行動の変更や、緊急回避運動も可能なようにしなければ成らないが―――」
「読みだすモーション・マニューバパターンのデータ量の増大とそれに伴うメモリの圧迫、それにマルチスレッドがどれ程増大するか―――考えたくありませんね。」

「ストレージの高速化と一緒にメモリとの統合運用を行えば何とかなると思うんだが――そこまで行くと丸きり別物だ。
 正直言えば管制ユニットも変更したい。……最悪バックドアを仕掛けられているかもしれない現状は正直よくない。」

 ―――本当にこの人は武官だったのだろうかと首を傾げたくなる唯依。
 教養は元より専門知識にもある程度通じ、何より戦士としてのその思考が技術者では目につき難い、或は無視する場所を敢えて指摘する。

 ……戦術機の基礎を守りながら基礎を破り新たな道を作る。
 ―――自分には無い才能だ。

「つまり制御系を丸ごと入れ替えたい……ということでしょうか?」
「ああ、それなら完成した際に大して手間もかからん。しかもBETA戦役後も見越せる。」

「BETA戦役後……ですか。」
「ああ、恐らく戦術機はより小型で軽量なF-16のような機体が主流となるだろう――拡張性云々は昨今あまり問題に成らなくなってきたからな。」

 小型な機体は内部空間が限定されるため、機能追加や構造の変更が制限されることがある。
 しかしだ、現在の戦術機のようにコンピュータ制御の比重が増大し、内部構造が簡略化されてきた場合、拡張性とは内部空間よりも内部パーツをコンピュータと接続する為の内部バスコネクタの数や帯域とエンジン・発電機容量が占める割合のほうが大きい。
 ―――これは戦術機のみ成らず、すべての兵器に云えることだ。

 現にコンピュータ制御の比重が増したF-15Jのコストの内、8割は搭載されている電子機器が占めている。
 故に、機能拡張や追加は内部の電子機器を交換する際の交換しやすさと稼動させれる電力が最重要だ。
 これはかつての兵器種がプログラムなどの制御・演算よりも機構によって成り立っていたたからだ。

 人類初の戦術機であったF-4系統機は機体各所の構造や理想数値のデータが出揃っておらず、またコンピュータも発展途上であったため、物理的な仕組みを変更しての改修が主だったため大型機が有利であったが、既にそれは頭打ちだ。

 ――そういった面でもF-4は退役を迫られているのだ。

「“敵”の物量作戦を凌駕するには個々の能力を上げることは元より、手を出せば確実に返り討ちになる――そういう戦術を構築せねばならないからな。」
「敵―――ですか?」

「ああ、アメリカ・オーストラリア連合。統一中華戦線・ソビエト連邦……場合によっては大東亜連合も含まれる。」
「先ずは怨敵BETAの排除こそが最優先ではないでしょうか……仮にも同じ人類なわけですから。」

 唯依はある意味では真っ当な、ある意味では目先だけの意見を述べてくる。
 確かにBETA相手では講和なんぞ不可能。だが、文化が違い場当たり的な利害追求だけに固執する他国家という脅威もまた決して劣りはしない脅威なのだ。

 一気に殺されるか、じわじわと殺されるかの違いでしかない。
 どっちも侵略者という点において違いなんぞ存在しないのだから。

「人類かもしれんが、国を違えればそれは別生物となんら変わらんよ。お前はイルカやクジラに知性があるからと同列に扱えという口か?それは平等ではない単に無分別なだけだ。
 幻想と呼ぶのも烏滸がましい妄想に過ぎん……そもそも、人間同士が真に分かり合うなんてことない。分かり合えた気になることはあってもな。」
「―――それは冷たい言い方だと思います。
 だって、それなら……私と忠亮さんは分かり合っていない、分かり合っている気になっているだけという事になってしまいます。」

 胸元で手を握り締めて唯依が絞り出すように言う。
 だが、本心では分かっているのだ。亮のいう事はどんなに冷たくても真実であると。

 でも、それを受け入れてしまっては、彼に愛され愛したそれが幻想に過ぎないというのを認めてしまうことになってしまう……それはとても嫌だ。


「そうだ、己たちは分かり合っている気になっているだけだ。―――だから、その気になっているだけに過ぎないという自覚を持たなければならない。
 俺たちは幻想にはなれない。どんなに辛くても今を、現実を生きるしか無いんだ。それがどんなに寂しくて悲しくても……いや、だからこそ、それを直視しなければ成らない。
 ――己はお前じゃない、お前も己じゃない。だから分かり合うための歩みを止めてはいけないんだ……その、己たちは夫婦(めおと)になるんだから。」


 少し照れくさそうに最後に付け足す忠亮。
 その言葉に気づかされる―――自分は、恋をした。そのため盲目になり慢心していたのだと……彼は幻想に逃げず真剣に自分とのこれからを考えてくれていた。

 明鏡止水、それを自然体で成すのはおそらく彼が求道的な性質を持つからだろう。
 甘えや楽観を否定し、現実を直視しながらも幻想を真実に変えることを求め続ける。
 それに敵なら単に関係を絶てばいいが、夫婦はそうはいかない。

 一生をともに歩んでゆくのだ―――だからこそ分かり合っている。という幻想に浸ってはいけないのだ。言葉に、行動にしなければ伝わらない。
 だから告げる、幻想に浸らないように、幻想を真実に変えるために。

 幻想に浸らず、刹那を真摯に見据え大事にし積み重ねていくことできっと―――幻想は真実に変わる。

「―――そうですね。私たち夫婦(めおと)になるんですから……!」

 さすがに照れくさく、唯依がその急須から注がれた茶のように湯気をあげながら自分でも口にする。
 幻想の愛が、真実の愛に変わる……中々に臭いセリフだが、どうにも悪くないと思えてしまう……それはそれで幻想的(ロマンチック)だ。

 ―――なら、今は幻想の愛を真実の愛に変える過程を楽しむのも悪くはないかもしれない。


「自分で言って自分で照れるな。」
「忠亮さんだって。」

「………ふっ」
「ふふ……」


 マホガニー製の執務机の卓上に緑茶の入った湯呑がトン、と軽い音を立てながら置かれる。
 その湯気の上で暖かな微笑みを二人は交わすのだった。

 幻想がほんの僅かに厚みを増し、真実に近づいた気がした―――――。






「なぁ唯依。」
「はい、なんですか?」

 不意の呼びかけに小首を傾げる山吹の娘、唯依。その何気ない仕草に絆されるのはどうにも本格的に脳をやられている証拠に思えて仕方がない。
 が、そんな小っ恥ずかしい事を口に出来るわけも無く、その思考を隅に追いやると兼ねてから抱いていた疑問を口にする。

「お前は確か京都出身だったよな?」
「ええ、そうですけどそれがどうかしたんですか?」

「……なんで訛ってないんだ?。」
「えっと……そういう学校と家庭でしたから、としか……」

 そう云えばお嬢様学校出身だったなとふと思い出す。
 また、最近の若い層は方言を使わない比率が高くなっていると言われていたが、唯依が方言を使わないのは唯依の母が京都出身ではない事の方が大きい様な気がする。


「―――もし、何かが変わっていたら京言葉のお前と出逢っていたかもしれないな。」
「ちょっと想像出来ませんね。」

 IFを語る自分にちょっと困り気に苦笑する唯依。不意に好奇心というか悪戯心というかそういう類のものが胸裏で鎌首を擡げた。

「ちょっと言ってみてくれ。」
「え、今ですか?」

「ああ、」
「えっと、行き成り言われても……何を言ったらいいのか……」

 しどろもどろになる唯依に口元がにやけそうになるが、それを渾身の気迫で抑え込む。

「そう身構えるな、何でもいい。……それとも俺がお題目でも決めようか?ここは定番に愛の告白でも。」
「え……ええ~~~!」

 皮肉気な笑みを伴って発したその言葉にきょとんとそのぱっちりとした目を瞠目させる唯依が数旬遅れて叫びを上げた。

 その普段の凛と張りつめた彼女からは想像が出来ない狼狽えぶりが―――あまりに可笑しくて。


「――ぷ、くくくくははは………ハハハハハハっ!!!」
「も、もう!からかわないでください!!」

「くくく……す、すま―――やっぱ無理!ははははっ!!!」


 頬を膨らませて抗議する唯依だが、一度ツボってしまった笑いのツボにより笑は止められない―――あまりに可笑しくて懐かしくて…胸が締め付けられる。


「うう~~~じゃあ!忠亮さんだって土佐弁使って下さい!!」
「ほんまにえいがか?県を跨いだだけで分からんちゅう事がしょっちゅう有るがぞ?(本当にいいのか?県を跨いだだけで分からんという事が結構あるぞ?)」

「―――行き成り真顔で…というか坂本龍馬みたいにぜよじゃないんですか?」
「土佐弁のメインは京坂と博多弁だ、大して変わらん―――まぁ海に面していたからその影響だろうな。
 “ぜよ”は下級武家が恰好を付けるときに使う言葉だ、要するに傾奇者(かぶきもの)の言葉さ。」

「……確かに忠亮さんは傾奇者って感じじゃ無いですね。」
「だろ?」


 肩を竦めて苦笑いを零す。ああいう前口上が似合う人間は他に居る、自身の色で場を染め上げる素質の持ち主――――覇道を歩むもの覇者。

 自分はそう云う類の人間ではない、あくまで自身の在り様だけに拘る求道者。その本質は変えようがない。

「其れとも歌舞いている方が良かったか?」
「いえ、忠亮さんは忠亮さんのままがいいです。」

 微笑みが咲く。
 まるで春のうららかな日差しのような、春の薄空にうっすら浮かぶ月のような。
 静かに、穏やかに、和やかに

 手を伸ばせば触れれる、でも触れてはいけないような気分になる。
 そう、硝子の彫像に素手で触れるとその手の指紋で汚れてしまうが為に触れれない。それによく似た感傷だ。


(おれ)も、お前のままのお前がいい。」
「ふふっ、ありがとうございます。」

 その笑みにまた絆される。
 ああ、やはり自分は守る側がいい。―――惚れた女が自分を押し殺しているところなんぞ見たいとは思えないし、彼女の微笑みを見るたびに自分の存在意義を実感できる。

「唯依・・・・・」
「はい。」

 徐に立ち上がるとその傍らに立つ彼女の名を呼ぶ。

「ほんまに、お前のことを愛しちゅう」
「……うちも、あんさんを愛してはります。」

 方言で告げる言葉、恥ずかしいのか俯きながら震える彼女を左腕で抱きしめる。すると唯依もゆっくりと胸の中で噛みしめるように慣れない京言葉で口にする。
 ―――唯依が初めて言ってくれた愛しているという言葉だった。


「くくく―――なんだ、この珍妙な違和感っ!!」
「ひ、ひどいっ!?」

 喉を鳴らしながら不敵に茶化す。悲鳴を上げる唯依だがその頭部を胸に押し付けたまま話さない―――今のにやけ顔は正直見せられたものではない。

 そんな時だった―――唐突、突然、突如として部屋の扉が開かれた。

「忠亮いるか……い!?」

 開け離れた扉と共に言いかけて珍しく固まる青を纏う神出鬼没な珍客―――義兄、斑鳩崇継がそこにいた。
 
 

 
後書き
唯依「見られた……」
忠亮「……証拠は隠滅しないとな―――」

崇継「おい、ちょっと待て―――二人ともその木刀をしまうのだ。乱心はよくないぞ―――ほんとよくないぞ!!まて、うわぁああああーーーーー!!!」




崇継「万呂は、万呂は一体なにを……?」
真壁「閣下、また何か拾い食いでもしたんですか?……むっ、装甲悪鬼○正?また俗世に影響されたのか―――」



(=゚ω゚)ノうそです。こんな展開はありません 
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