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髪と蛇

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2部分:第二章


第二章

 彼はすぐに寺の伽藍に案内された。そこの本尊である愛染明王の前でその住職と向かい合う。その憤怒の顔と多くの腕、そのそれぞれの持つ武器が見える。何度も見ている本尊だがこの日はとりわけそれが意識された。
 その明王の前で昨日のことを話す。すると住職は静かに口を開いたのだった。
「煩悩ですな」
「煩悩だと」
「左様。これは愛欲です」
 こう彼に言うのであった。
「愛欲ですか」
「もっと詳しく言うと嫉妬です」
 こうも言う。
「それが蛇となり髪を動かしたのです。それ以外には考えられませぬ」
「嫉妬!?馬鹿な」
 しかし実吉はそれをすぐに否定した。
「そんなことは有り得ませぬ」
「どうしてですか?」
「あの二人に限っては」
 二人をよく知っていると思っている。だからこその言葉だった。
「それぞれ気立てがよく心根も優しく」
「ふむ。それで」
「仲もよいのです。それでどうして嫉妬などと」
「それはお互いが気付いていないのでしょう」
「お互いが」
「そう。そしてそれぞれ」
 住職はこうも実吉に述べた。
「自分自身では気付かないこともあります。その心までは」
「では二人は気付かぬうちに嫉妬の心を抱いていたのですか」
「おそらくは。夜も二人一緒ですな」
「はい、共に寝ています」
 このことは先にも述べたが今もまた言うのだった。
「それが何か」
「だからですな。やはり」
 住職はそれを聞き腕を組み瞑目した。そのうえで述べる。
「常に共にいてはどうしても気が休まらぬもの。嫉妬の心もまた」
「強まると」
「そうです。このままではより恐ろしいことになるでしょう」
「恐ろしいことに」
 実吉はそれが何かまでは想像できなかった。だが不吉なものを感じずにはいられなかった。それで思わず住職にこう言ったのだった。
「どうすれば宜しいですか」
「何、話は簡単です」
 住職は今度は目を見開いた。そうして明朗な顔でこう述べてきた。
「二人を離れさせるのです」
「離れさせる」
「そうです。幾ら仲がいいといえども同じ側室」
「はい」
 それが為に家に入れた。だがどうもそれが仇になっている。実吉は住職の話を聞いているうちにそのことを悟ったのだった。
「ですから仕事や寝起きは別々にすれば宜しかろう」
「それでいいのですか」
「はい、それで問題はありませぬ」
「わかりました。それでは」
 実吉はそこまで聞いて頷いた。
「その様に致します」
「ええ、それではそういうことで」
「それにしても」
 ここで彼は言うのだった。
「何か?」
「いえ、わからないものですな」
 こう住職に述べるのだった。
「わかりませんか」
「仲良くやっているのです」
 それをまた言う。
「ですが。心の中では互いに嫉妬しているとは。表ではわからないものなのですな」
「人とはそういうものです」
 住職もそれに応えて述べた。
「心の中はわかりにくいものです」
「左様ですな。いや、全く」
 住職のその言葉に素直に頷くことができた。今は。
「まさかこんなことになるとは。ですが大事に至らなくて結構なことです」
「何事も気付いたうちにすれば」
 住職がまた言葉を出す。
「それで解決するものです。些細であるうちに気付いて」
「全くですな。その通りです」
 この日から二人の側室はそれぞれ別の部屋で休み仕事も分けられることになった。二人の仲は前にもましてよくなり実吉は二人を公平に愛し子宝にも恵まれるようになった。だがその陰でこうしたことがあったことは世には知られていない。何事も世間が気付く前に摘まれるものだからだ。表ではこともなし、というわけだ。


髪と蛇   完


                   2008・5・3
 
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