髪と蛇
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1部分:第一章
第一章
髪と蛇
江戸も徳川家が入ってかなり経ち元禄の華やかな世になった。世間は太平どころか繁栄を謳歌し華やかな催しに満ちていた。その中で若松実吉はもういい歳になっていた。
「御主も嫁を貰ったらどうだ」
周りからは何かあればこう言われるようになっていた。彼は六千石の旗本の家の跡取りで家柄も石高に関しても文句のないところだった。だがまだ嫁はなくしきりにこう言われていたのだ。
「そろそろな」
「持つのだ」
「持つのはいいが」
しかし彼はここでいつも難しい顔をするのだった。
「二人欲しいのじゃ」
「二人とな」
「左様、二人じゃ」
つまり正室と側室だ。彼の家位ならばこれは普通であると言えた。
「二人欲しいのじゃが。駄目かのう」
「よいのではないか、別に」
「そうじゃそうじゃ」
当時は少し家柄や金があれば女房を二人持つのも三人持つのも普通だったので誰も反対したりはしなかった。そういう時代だったのだ。
「しかし問題はその相手じゃな」
「一人だけでも見つけるのに骨が折れるが二人とな」
「気立てのいい娘がよい」
実吉が言うのはそれだけだった。
「それだけじゃ」
「では正室ではなく側室を二人持ってはどうか」
知人の一人がこう提案してきた。
「側室を二人か」
「うむ、それでどうじゃ」
「そうじゃな」
言われてみると悪い話ではない。正室と側室だから角が立つ。だがどちらも側室ならばどうか。同じでありそういうことはない。実吉は話を聞いているうちにこう考えたのだった。
考え出すと彼はすぐに決断を出した。そうしてこう言ったのだった。
「ではそれでいこう」
「それでいいのじゃな」
「うむ、ではそれで頼む」
こうして彼は側室を二人貰うことにした。早速出雲からおしまという女が、豊後からおかよという女がやって来た。二人共町人の娘だったが縁組をしてから彼の側室となった。この時代はこうして身分制度を潜り抜けて結ばれることもわりかしあったのだ。
何はともあれ実吉はこのおしまとおかよをそれぞれ側室とした。二人はただ外見がいいだけでなく大人しく気立てがよくまた互いの仲もよかった。自分が望むものを全て手に入れた実吉は江戸中でやれ幸せ者よ果報者よとやっかみ半分の声を聞いた。彼もまたそのことにいたく満足していた。二人は同じ部屋で寝起きし共に仲睦まじく働いた。実吉はそんな二人を見て己の幸せをさらに噛み締めていた。しかしであった。
ある日のこと二人は部屋で昼寝をしていた。実吉は用事を思い出したので二人を起こそうとした。そうして部屋の障子に手をかけ少し開けたその時だった。その開いた場所から見たものは。
「な・・・・・・」
二人は枕を並べてそれぞれの布団の中で眠っている。その顔はそれぞれ非常に穏やかだ。だが穏やかなのは顔だけだったのだ。
口からは蛇が出て互いに向かい合い攻撃し合い髪の毛が上でその蛇と同じように絡み合い攻撃し合っている。実吉はその光景を見てしまったのだ。
「な、何じゃこれは!?」
思わず声をあげると髪の毛は落ち蛇は口の中に引っ込んでしまった。すぐに何もなかったようになる。そして声に気付いた二人がはたと目を醒ますのだった。
「これは旦那様」
「どうかされたのですか?」
「どうかされたのではない」
実吉は目をこすりつつ身体をゆっくりと起こしてきた二人に対して半ば叫んで言う。
「御主等今どうなっておったかわからんのかっ」
「どうなっていたとは」
「眠っていただけですが」
「違う、違うぞ」
それを必死に否定する。
「髪の毛が絡み合い攻撃し合って蛇が口から出ていてそれもまた」
「御冗談を」
「その様なことが起こる筈がありませぬ」
しかし二人はそれを笑って否定する。まさかといった顔で。
「私達はただ寝ていただけです」
「それでどうして」
「何も知らんのか」
二人のその様子を見てこのことを悟った。
「まことに」
「はい、私は嘘を申してはいません」
「私もです」
おしまもおかよも言うのだった。真顔だった。
「ただすやすやと眠っていました」
「それだけです」
「ううむ、全く知らぬのか」
このことをあらためて思うのだった。当人達の言葉から。
「これは一体。面妖な」
「それで旦那様」
「何用でしょうか」
「うむ、実はな」
とりあえず用事のことを伝えた。二人はそれを聞くとすぐにその用事に取り掛かった。起き上がった二人は相変わらず仲良く普段と変わりがない。実吉は先程の髪と蛇のことを思いながらその二人を見ていぶかしんで首を横に振るのだった。
だが彼はそれで終わらせなかった。次の日に彼は知り合いの僧のところに向かった。彼が檀家にしており江戸でも有名な立派な僧だ。彼にこのことを話してどういうわけか知りたかったのだ。
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