日向の兎
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1部
39話
前書き
かつてないほどのダレ具合……
「で、あれだけ大層な事を言って、君はこのザマなのか?」
「否定はしませんよ……俺自身、ここまでやられるとは思ってませんでしたから」
ネジは上に戻ってくるなり膝を地面に付けて、苦しげに胸を押さえている。テンテンやリーは外傷こそ無いものの、満身創痍の彼の姿に驚きを隠せないでいた。
ただ、よくよく考えれば彼のあの姿は当然のものだ。ネジが放った最後の技、八卦太極掌は防御に回していたチャクラも全て拳速に注いだ諸刃の剣。本来ならば一撃で完全に決着させる技、リーの蓮華同様外すなり、仕留めきれなければ一気に此方が不利になる。
それを放った状態で意識が無いとはいえ、急所に柔拳をくらったのだ。チャクラ切れに柔拳の直撃だ、ああもなるだろうよ。
「どうやら君も鍛え直す必要があるそうだな、ネジ」
「……なんだか、俺への当たりが随分キツくありませんか?」
「いやーネジ、大分マシだよ。ほら、あれ見て」
テンテンが先ほどまで私の立っていた場所を指差した、いや、正確には私が握っていた鉄の柵か。
「あの柵の歪みは元から……じゃないよな。明らかに人が握り込んだ跡がついてる」
「そ、ネジとヒナタちゃんが戦ってる間、隣にいた私は生きた心地がしなかったよ。何しろヒジリってば試合の邪魔をしないように、殺気やらを私達の方へ逸らすんだもん……」
「それに関しては謝る。いやはや……私もまだまだ餓鬼だな。理屈と感情の割り切りが上手くいかんのだよ」
いい加減この辺りの性格はどうにかしたいものだ。一度頭に血がのぼると無駄な殺しをする、妹関係になると異常に熱くなりやすい、この二つは問題にしかならんだろう。
全く……妹の成長を喜ぶのもいいが、私自身も成長せねばならんだろうが。冷血になれとは言わんが冷静ではあるべきだ。
「そんな事よりも、先に色々とやっておかねばならんだろう」
「え?なにを?」
テンテンの疑問は一旦置いておくとして、私はネジの胸に掌を当てる。
「ぐっ……」
僅かにネジは痛みで呻いたが、すぐに呻きを噛み殺した。
それを確認してから私は掌にチャクラを練り合わせ、徐々にネジの傷に送り込む。すると、徐々にではあるものの彼の表情から苦痛が薄れていった。
「ヒジリ……それって医療忍術?」
「厳密に言えば違うが、理屈はおおよそ似たようなものだ。傷口にチャクラを流し込み、患部の細胞を多少活性化させて自然治癒を速めているだけだ」
「はぁー……いつの間にそんなもの覚えたの?」
「覚えるもなにも、この眼があれば患部の把握など大した事ではない。それにチャクラの量に関しても、人体の壊し方を学べば逆にどの程度の量で壊れないか位は分かるだろう?
実際、君は私とは逆でこそあれ、治し方を学んで壊し方を覚えただろう?」
「それに関しては私自身結構凹んでるからやめてくんないかな?」
「それは失礼。ネジ、そろそろいいだろう」
「ええ、ここまで治して貰えれば十分です」
ネジはそう言って立ち上がり、失ったチャクラを補充するためにポーチから兵糧丸を取り出して、不機嫌そうな表情でそれを口に放り込んだ。彼が口に入れた兵糧丸は市販の物で、チャクラや体力を回復する薬効はあるのだが、そう美味い物でもないのだ。
いや、不味いという訳ではないのだが、味がどうにも癖が強いんで、それの合う合わんだけなのだがな。言うまでもないが、ネジは合わんようだ。因みに私もあまり好かん。
いくら体力やチャクラが回復しても、その分士気が下がるような味ではな……とはいえ、自作の兵糧丸は味の面では及第点なのだが薬効が幾分下がってしまった。
一度、丸薬作りの薬師を見つけて色々と聞いてみるとするか。
そんな事を他愛なく考えていると、掲示板に次の試合内容が発表された。
ロック リー、我愛羅
「……これはマズイな」
半ば無意識にそんな言葉を漏らしてしまった。
「どういうこと?」
「あの我愛羅という男、異常に用心深いのか、あの防御はそうそう破れるものではないぞ?」
テンテンは私に言われて彼を見たが、不思議そうに首をかしげるばかりで何かに気付いた様子はない。それもそうか、彼が自身の体に鎧の如く貼り付けている砂はその色合いを変えて、一見では砂だとは悟らせぬようになっている。
お陰で彼の鎧の有無を調べるには写輪眼か白眼、それに匹敵するレベルのチャクラ感知能力でも無ければ直接砕いて調べるしかない。
加えて、あの鎧の構造も厄介だ。一撃で割れるような強度でこそあれ、一撃分の衝撃を殺すような構造だ。
あの鎧の展開速度は分からんが、彼にダメージを与えようとすれば同じ箇所に二発叩き込まねばならん。彼が無抵抗であればそれは可能だろうが、戦闘中に短時間の内に同じ箇所に二発というのは相当な難易度だ。
「彼は全身に薄くではあるものの砂を纏って常時防御している。その上、背中の瓢箪には私の弁財天と似たタイプの砂を十分な量を備えている。
砂という固体を扱う事もあり弁財天より消費すりチャクラは多いだろうが、攻防両面は数段上だ。
鎧に背中の砂、さしずめ彼は鉄壁の城塞といったところだな」
「物理防御可能な弁財天にセーフティガード的な鎧……リーの速度なら盾は対応できるけど、鎧がネックね。
となると、蓮華は?」
「通る可能性はあるが、一撃では決まらん。背中の砂の挙動が弁財天と同じであるのであれば、最後の一撃を着地点に砂をクッション代わりにした上での鎧の防御が可能になる。
そうなってしまえばダメージは与えられるだろうが威力は著しく削られ、蓮華の反動でリーの方がダメージを受ける結果になるだろう」
「じゃあ、どうするの?」
「勝てる道が無いわけではないが、リーの性格上無理だ。私としては棄権を勧めたいが、あのリーが聞くわけがあるまい」
鎧の覆われていない我愛羅の両目を潰し嬲り殺す、毒煙玉を投げつけ外に出ようとする彼を全力で妨害といった手ならば勝ちの目はあるが、リーの性格上ありえない。
正道は通じず、邪道も無し。正直なところ、リーと我愛羅の相性の壁を現段階でひっくり返せる策は私の中には無い。
「ヒジリはリーが負けるって言いたいの?」
テンテンは僅かに語気を荒げて私に詰め寄った。
「私とてリーが勝つ事を願っていないわけではない。だが、嘘を言ったところで何かが変わるわけがないだろう?
私の知る限りリーの攻撃では勝ち筋が見えん、それが私の解だ。それ以上もそれ以下の言葉も私は言えん」
「……ごめん、ちょっと熱くなりすぎたみたい」
テンテンは私から離れて少し離れたところに移動した。それをネジとカンクロウは目で追った後、ネジは両目を閉じ、カンクロウは私に批難するような視線を向けた。
「さっきのはあんたが悪いじゃん」
「分かっている。これが私の悪癖だという事もな」
「……分かってんならどうにかしろよ」
「そうだな……自覚はしているさ」
そして、試合は始まった。
先生の許可により重りを外したリーは私の読み通りに盾には対応出来たが、鎧を貫く事は叶わず、蓮華を放つ事で勝負を挑んだ。
しかし、鎧の重さにより十分な高度を得られなかったリーは、無理矢理連続蹴りで高度を稼いだ結果、最後の一撃の前に抜けられ不発に終わった。
その後、裏蓮華という通常の蓮華より高い威力と反動の高速の連続攻撃を放ったが、打撃によるダメージは通れど最終段の叩きつけを砂のクッションで防御された。
そして、反動によって動けないリーはそのまま手足を砂で潰されて敗北した。リーの傷は一目見るだけで再起不能と言えるような傷の上、内部は神経に砕けた骨が突き刺さり、神経に重大な障害残すこととなった。
はっきり言って、奇跡に縋らねばどうにもならん傷だ。並みの医療忍者なら手足を切断し、義手義足に変えることを勧めるだろう。
ここからリーがどう生きるのかは彼の選択次第だが、どうか彼の心が折れぬようにと祈る他あるまい。
友人の不幸に涙も一雫でも流れればいいのだが、どうやら私にはそれすらできんようだ。思わず、私には本当に人としての心があるのか疑ってしまうが、今の私にその判断は下せそうもないな。
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