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なぜ俺は青春ラブコメに巻き込まれる。

作者:月神
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第2話

 放課後、平塚先生に案内されたのは特別棟のとある教室。プレートの部分には何も書かれていない。
 ここに来るまで何の部活動なのか聞いたのだが、行けば分かると言って教えてくれなかった。そう言ったときの平塚先生の顔は、実に無邪気な子供のようだったのは言うまでもないだろう。
 ――あなたはいじわるして人の気を惹きたい子供か。
 と言いたい気分にもなったが、それを言って平塚先生の機嫌が悪くなるのも面倒である。まあ年齢について色々と思うところのある人なので、ある意味喜ぶ可能性もゼロではないのだろうが。

「よし、では中に入るとしよう」

 平塚先生はノックをすることなくドアを開く。
 大人として常識に欠けるのではないか、教師とは生徒の模範になる存在ではないのだろうか……、など思ったが、この人に言っても仕方がないか。
 中に入ってみての感想だが、教室の構造としては他の教室と変わらない。ただ倉庫として使われているのか、室内の端に机と椅子が無数に置かれている。その点は他とは違うだろう。
 だがしかし、普通なのは教室だけだ。教室の中にはふたりの人物が居る。

「……ん?」

 ひとりは……言い方が悪いのだが、腐った魚のような目をしている男子。名前は知らないが、雰囲気からして捻くれていそうというか一般男子とはどこか違うように思える。加えて、視線が重なると一瞬揺らぎそうになったことから人見知りの傾向があるのかもしれない。

「はぁ……平塚先生。入るときにはノックを、と何度もお願いしたと思うのですが」

 本に栞を挟みながら、どこか呆れたように呟く少女に俺は少なからず見惚れた。
 彼女の名前は雪ノ下雪乃。2年J組に在籍している艶やかな長い黒髪と端正な顔立ちが特徴的な才女である。才女と呼べる理由としては、定期テストや実力テストで常に学年1位を取っているからだ。
 無論、この程度のことはこの学校に在籍している生徒ならば誰でも知っているだろう。俺が他の男子と異なるするならば、名前と顔を知っているだけでなく雪ノ下と話したことがあることだ。

「ノックをしても返事が返ってきた試しがないじゃないか」
「それは返事をする前に先生が入ってくるからです。あと前にも同じような会話をしたと思うので、いい加減ノックするようにしてくれませんか。似たようなやりとりは不毛です」

 雪ノ下……性格は何となく分かっていたけど、よくもまあ教師を相手にそれだけストレートに物事を言えるな。そのへんある意味凄いよ。平塚先生が行動を改めれば、そもそも起こりえなかったのかもしれないけど。

「ところで……どうして夜月くんがここに?」
「ん、君達は知り合いだったのか?」
「知り合いも何も同じクラスなら名前くらい覚えるものでしょう」

 そのとおり。俺は雪ノ下と同じクラスなのである。話したことがあるのはそれが理由だ。席が前後ろだったら、誰だって挨拶くらいするだろ。これといって話す話題というか、理由がないので挨拶くらいしかしたことはないのだが。
 ちなみに俺や雪ノ下が所属しているクラスは国際教養科と言われ、他の普通科9クラスよりも偏差値がわずかばかり高い。帰国子女や留学志望が多いことも理由だろうが、雪ノ下の存在がクラスの偏差値を上げているのではないだろうか。

「そうか、ならば話が早い。彼をここに入部させてくれ」
「入部? あの、ちょっとよろしいでしょうか?」
「何だ雪ノ下」
「彼は少々無愛想なところがありますが、そこにいる腐った目をしている男子のように更生させる必要はないと思うのですが?」
「さりげなく罵倒してんじゃねぇよ」

 男子が即座にツッコんだのだが、声のボリュームが低かったせいか、雪ノ下は全く意識を彼に向けていない。同情するわけでもないのだが、もう少しマシな言葉を使ってあげればいいのに。たとえ腐った目をしているのが事実であっても。

「確かに夜月は比企谷のように更生するような理由はない。君達と違って私の話をなんだかんだで親身になって聞いてくれるし、君達より格段に素直だ」
「先生、比企谷くんとまとめるのは不愉快なのでやめてください」

 雪ノ下、ずいぶんと比企谷って男子に鋭い言葉を吐くんだな。クラスの様子で考えると、ある意味興味を持ってるとは見ることができるが。

「こっちだってお前と一緒にされんのはご免だっての……」

 比企谷……まあお前の気持ちも分かるけど、今発言してもより鋭い毒を吐かれるだけだ。今は我慢しとけ。
 まあ毒を吐かれることに快感を覚える体質というのなら止めはしないが。雪ノ下ならナチュラルに罵倒してくれるだろうし、何より俺にそのへんに口を出す権利はないしな。

「やれやれ……君達がそんなだからまともな人間を置いておきたくなるんじゃないか。私はこう見えて忙しい。常に君達を観察できるわけではない」
「お言葉ですが、比企谷くんはともかく私はまともな人間です」

 確かに普段の行いを見た限り、雪ノ下はまともというか優等生だ。躊躇なしに鋭い言葉を吐いてはいるが、相手がまともだったならばまともな会話しかしない。
 というか、平塚先生からまともではない言われたくはないだろう。時たま拳で生徒を脅すし、少年漫画大好きで分からない例え出してきたりするし、恋愛面が上手く行かないと露骨に機嫌が悪いんだから。
 あ……今思えば、この前拳で脅されてたのってこの比企谷って奴だったような。こいつも平塚先生に無理やり連れて来られたんだろうな。まあ更生だとか腐った目だとか言われてるから、連れてこられる理由があるのかもしれないが。

「雪ノ下……確かに君はまともだ。まとも過ぎてある意味まともではないが、比企谷と比べれば……比べるのが失礼になるほどまともな人間だよ」
「おい、あんた教師だろ。さりげなく生徒のことを罵倒していいのか」
「君もすでによく知っていると思うが、比企谷の根性や性格は捻くれている。故にまともな君とは衝突することが多々あるだろう」
「そうですね。ですが、私と比企谷くんが衝突しても何も問題ないのでは? 勝負を行っているわけですし。そもそも、勝負の話を持ち出したのは先生だったはずですよ」

 え、そうなの……なら俺がいる意味はないんじゃないかな。衝突することが公認されているなら貧乏くじを引く役目もいらないだろうし。
 そもそも、俺ここに入部するとは一言も言ってないんだけど。平塚先生との約束を果たすためについてきただけで。それにさ、ここって結局何部なわけ?

「確かに……だが君と比企谷が対立するあまり、相談相手がそっちのけになったり、下手をすると暴力沙汰になる可能性もある。ストッパー役は必要だろう?」
「比企谷くん相手にそれほど熱くなるとは思えませんが、まあ彼も一応男子ですし、愚かにも私に襲い掛かるという行動を取らないとは限りませんね」

 平塚先生は肯定的にも取れる返事にそうだろうそうだろうと何度も頷く。
 一方……先ほどから何度も毒を吐かれている比企谷はというと、「そんな真似しねぇよ!」と内心で思っていそうな顔で雪ノ下を睨んでいた。まあ当然の反応だろうが。

「ですが……」
「なあ雪ノ下、どうしてそこまで夜月の入部を嫌がる? 君達は知り合いなのだろう。……あれか、君は夜月のことが」
「先生……寝言は寝てから言うものですよ」

 雪ノ下は冷たく鋭い視線を平塚先生に向ける。絶対零度の表情というのは、きっとこのような顔を言うのだろう。
 怖い……怖すぎる。人ってこんなにも冷たい顔をできるもんなんだな。
 というか平塚先生、あなたは本人が居る前で何を言おうとしてくれたんですか。別に雪ノ下と付き合いたいとか思ってないですけど、あなたはここに俺を入部させたいわけでしょ。何で入部前から気まずい空気になりそうなことをするんですか。
 あれか……こういう気遣いのなさが結婚への道を遠ざけているのか。納得できない理由がないだけに思わず口に出してしまいそうだ。

「……まあいいです。彼が自分から入りたいと言っているのであれば、別に拒む理由もありません。比企谷くんとふたりっきりというのも問題がありそうですし」
「ないだろ、ここ何日か過ごしてきたけど何もなかっただろ」
「何も? 気まずい空気はあったでしょう。正直に言って、あなたとふたりでいるというのは、私がこれまでに経験した空気の中でも最悪の部類に入る居心地の悪さだったわ」
「そいつはどうもすみませんでしたね」
「ええ、まったくだわ」
「この野郎……」

 ……やべぇ、すっごく帰りたい気分だ。このふたりの相手をするのは俺には荷が重い。鋭利な言葉が飛び交う中で過ごしたくない。というか、ここは何部なんだ……。

「それで夜月くん、あなたは入部したいのかしら?」
「いやその前に……ここって何部なんだ?」
「……先生、何の説明もせずに連れて来たんですか?」
「いや……い、今からしようと思ってたんだ。部の状況を理解した上で説明するほうがいいだろう!」

 実に見苦しい言い訳だ。こういうところは素直に認めるほうが、人から好印象を受けるだろうに。

「いいか夜月、ここは《奉仕部》と言ってだな。簡単に言えば、困っている人の話を聞いて何とか力になってあげよう! という、実に素晴らしい精神を養う部活動なんだ。どうだ、君も入りたくなってきただろう!」

 どこからその自信は湧いてくるんですか。正直ここに連れて来られる前のほうが入ってもいいって気持ちがあったんですけど。

「さあさあ、君も奉仕部に入りたまえ!」
「先生、教師が生徒に無理強いしないでください」

 平塚先生が俺の両肩を力強く掴もうとした瞬間、雪ノ下が割って入ってくれた。この人相手にこれほど堂々としていられるなんて凄い。カッコいい女性というのは、きっと雪ノ下のような人物を言うのだろう。

「だって……君達だけだと心配じゃないか」
「泣きそうにならないでください。鬱陶しい」
「おい、あんまりはっきりと言ってやるなよ。先生でも傷つくことはあるんだぞ」
「こういう人ははっきり言わないと分からないものなのよ。ダメなことをはっきりと言ってあげないのは優しさではないわ」

 お前ら、自分以外が対象になると妙に気が合うんだな。先生が俺に頼ってきたのってお前らが原因なんじゃないの。……あぁー、泣きそうになってる先生見てたら同情し始めてる自分が居るよ。
 平塚先生って、俺の叔母とどことなく似て仕事はできるけどその他の方面がダメなタイプだから放っておけないんだよな。

「というわけで夜月くん。あなたも自分の意思をはっきり先生に伝えるべきだわ」
「そうだな……その前にいくつか聞きたいんだが」
「何かしら?」
「この部活って毎日絶対参加しないといけないか?」
「正当な理由があるのなら強制参加させるつもりはないわ」
「そうか……」

 なら入ってもいいかな。家のこととかしないといけないけど、別に部活動をする時間がないわけじゃないし。何より……平塚先生のあの顔見てると入ってあげたい気持ちになってくる。男をこういう気持ちにさせることができるのに、何で結婚できないんだろうね。

「じゃあ……入部してもいいかな」
「ずいぶんと物好きな奴がいたもんだな」
「まあ特にやることないし……あの人が今以上悪化するほうが面倒臭いから」
「理由としてどうかと思うけど、確かにあれ以上は面倒ね。自分から入るというのなら止める理由はないし、歓迎するわ夜月くん。比企谷くんとふたりっきりというのは苦痛だったから」
「何でまたその話題を出すんだよ。というか、お前より俺のほうが苦痛だから。お前のさりげない言葉で毎日のようにハートをブレイクされちゃってるから」

 ……こいつらの相手するほうがもしかすると面倒臭いかも。選択を誤ったかな。


 
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