科学と魔術の輪廻転生
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早速プロブレム。
翌日。
俺は七時くらいに起床すると、とてとてとアイリ先生の所へと向かう。
寝室にはいなかった。
二階を隈なく探してみるが、いない。
そして一階を探した。
影も形もない。
どうなっているんだ?
……もしかして、彼女は俺に愛想を尽かして……?
いや、この言い方はダメだ。
まるでカレカノっぽい言い方だしな。
とにかく、家の中に彼女の姿は無い。
「これは、もしかしなくても外か……」
俺は額に手を当てて考え、結論を独り言として出した。
家の中にいないのなら、殆どの確率で外にいるだろう。
……そういえば、庭から何か、呟くような声が聞こえる。
ゴニョゴニョと。
……アイリ先生だな。
少し驚かしてみるか。
こうして、俺は下心満載で庭に向か……おうとした。
その瞬間。
バッガアアアン!!
聞こえてきたのは鼓膜が破れんばかりの爆発音。
発生源は、庭だ。
さっきからゴニョゴニョ聞こえて来た、庭だ。
アイリ先生。
俺の脳は暫し思考を停止していたが、数秒で我に帰る。
……まさか、魔物が襲って来たとか、無いだろうな……?
そうだ。
もし、アイリ先生が襲われていたら、助けなきゃな。
最も、アイリ先生が苦戦するような相手に、俺が敵うはずも無いか?
不吉な予感を感じ、俺は走り出した。
「……何ですか……?
これは……?」
家のドアを開けた俺が目にしたのは、それはもう凄惨たる有様であった。
昨日は確かに存在していた倉庫が、粉々に粉砕されていたのだ。
中に入っていたであろう、武器や日常品の残骸が、所々にある水溜りに浮かんでいる。
倉庫を破壊した原因であろう水は、庭には殆ど残っていなかった。
精々水溜りが其処彼処にあるくらいだ。
そして、突筆すべきは庭の中央付近にいる人物。
そう、人物。
明るい茶髪にその雰囲気に合った茶色い瞳。
幼さを感じさせる顔。
アイリ先生だった。
彼女はいつものローブ姿に、杖を持っていた。
先端に大きな青色の魔石が付いていて、豪華な装飾が彫られている。
傍目から見ても、高価な杖だということが分かる。
昨日は使っていなかったはずだ。
この状況を引き起こしたらしい彼女は、端的に言えばアワアワしていた。
「す、すみません。
杖を持って魔術を使ったのが久し振り過ぎて、こんなことになってしまいました」
思わず転けそうになった。
詳しく話を聞くと、俺に褒められたことで少し調子に乗って、久し振りに愛杖を使って魔術を使ってしまったらしい。
その時制御を誤り、こんなことになってしまったらしい。
……どれだけ強い魔術を使えば、倉庫を木っ端微塵に出来るのだろうか。
ドロポンでも使ったのか?
ちなみに使った魔術を聞くと、彼女は一言、『水球』と答えた。
何だと。
昨日使ったのと同じ魔術だ。
じゃあ、昨日と威力が違い過ぎるのは何故だろう。
最初見た時は茂みを揺らすだけに留まったのに、今回は倉庫を粉々だ。
どう考えても、同じ魔術には見えない。
そのことを聞いてみた。
彼女は顔面蒼白のままこたえた。
「杖の力もありますし、私自身が操作を誤ったのもあります。
間違えて魔力を少々込め過ぎてしまいました」
……何だろう。
何となく、アイリ先生の態度が、冷たい気がする。
言葉の端々に、硬い物が混ざっている、みたいな。
気のせいか?
いや、それよりも、この状況。
杖を持って倉庫に向けて『水球』放ち。
魔力操作をミスって倉庫を破砕。
これは本当に、ドジで済まされるのだろうか。
というか、今大切なのは、この惨事を引き起こした彼女を、両親が許してくれるのだろうか。
そこだ。
昨日会ったばかりの少女が、家の物をぶっ壊したのだ。
許されるのだろうか。
最悪解雇だ。
俺的に彼女には出来るだけここにいて欲しいが、時間の問題かもしれない。
多分昼頃には家族会議が開かれることだろう。
俺は静かに溜息を吐いた。
でも俺は、どんなことがあっても彼女を弁護すると誓おう。
────
急遽、緊急家族会議が開かれることになった。
メンバーは四人。
父さん、母さん、俺、そしてアイリ先生である。
皆は客間に集められた。
議題はもちろん、朝の事件について、だ。
「これから、第二回家族会議を開こうと思う。
司会進行は、このオレ、ラインが務める」
司会は父さん、らしい。
というか、二回目なのか。
第一回は俺が産まれる前にしたんだろうな。
いや、それはともかく。
父さんは続ける。
「さて、今朝の出来事についてだが、何が起きたのか具体的に教えてくれないか?」
彼は柔らかい態度で接してくれている。
まだ許容範囲なのだろうか。
いや、油断は禁物だ。
顔が少し険しい気がした。
俺とアイリ先生は、代わる代わる朝のことについて話した。
それを黙ったまま聞く父さん母さん。
少しは反応してくれよ。
話し終わった後、彼女は最後にこう付け加えた。
「私は、このことでどんな処遇になったとしても、仕方ないと思っています。
むしろ、こんなことをしてお咎め無しだと、私が納得出来ません。
私は、雇われている立場なのに、それをちゃんと弁えずに雇い主の物を破壊したのです。
もし私が逆の立場なら、許しません。
……解雇も、辞さないと思っています」
そこで、彼女は視線を落とした。
テーブルの上に一つ、影が出来た。
「……お願いします。
どうか、私を解雇してください。
解雇されれば、私は速やかにこの村を去ろうと考えています。
もちろん、倉庫、そして中にあった日常用品の類も、全て弁償しますので。
昨日今日で出て行く形にはなってしまいましたが、今まで迷惑をお掛けしました。
そして、この度は……」
彼女は顔を上げ、ラインの方に向き直った。
「本当に、申し訳ございませんでした」
そんな様子を見て、俺の心は疼いた。
アイリ先生に、出て行って欲しくないのだ。
だが、その思いはアイリ先生の瞳を見た途端、喉の奥で押し潰された。
覚悟。
彼女は、覚悟をしていた。
どんな判決が下されても、それを文句一つ言わずに受け入れる、その覚悟が。
その瞳に、俺の安易な思いが立ち入る隙は無かった。
そう。
ここで何もお咎めなしで終わったとしても、彼女自身が納得しないのだ。
彼女は、自分がそれ程までのことを仕出かしたと分かっている。
罪悪感は、裁かれることでしか解消することは出来ない。
例え俺が彼女を庇ったとしても、結果は変わらない。
そんな気がした。
俺は、迷っていた。
自分の気持ちを、正直に言うべきか、否かを。
だがそうした所で、果たしてアイリ先生は納得してくれるのだろうか。
分からない。
俺は、迷っていた。
アイリ先生の言葉の後、客間には静寂が訪れていた。
父さんも、母さんも、何も言わない。
何も言わず、ただただそこに鎮座していた。
その顔色は俺には、ひたすらに重く見えた。
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