ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します
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外伝・閑話
外伝・閑話3話 ディーネの憂鬱
こんにちは。ディーネ・ド・ドリュアスだ。私には前世の記憶持ちと言う、反則みたいな弟が居る。おかげ様で頭では絶対に勝てない。姉の威厳を保つには、それ以外(主に戦闘能力)で勝つしかない。しかしギルは、戦闘力も折り紙つきなので、訓練の手を一切抜けないのだ。
訓練に加え騎獣の世話や領軍への参加などで、以前からそれなりに忙しい日々を送っていたのだが、ギルが設立した劇団に興味を覚え暇を見て出入りしていた事で厄介な事になった。なんと、お父様から劇団の責任者を押し付けられてしまったのだ。
劇団への出入りは楽しかった。元々お父さん(実父・私が生まれる前に亡くなった)が物語が好きだったそうで、お母さん(実母・故人)を通して多くの物語を聞いていた。その影響もあってか、私も物語が大好きだ。
それでも、いきなり責任者は無いと思う。幸い差し入れを持って行く役を担っていたので、現場の人間との関係は良好だった。それでも引き継ぎには、かなり苦労させられた。こればかりは、お父様に恨み事を言っても許されると思う。
最初の仕事は人材集めなのだが、ギルでさえ見つけられない人材も居るので、如何考えても簡単に行くはずが無いのだ。……そんな状況でも、王都の劇場等とは比べ物にならない人材と設備が揃い始めた。バックコーラスは相変わらず見つからないが、もう一つの問題は……そう、俳優だ。
「アア。アナタハナンデろみおナノ」
この大根共が。芝居をする気があるのか? こんなんじゃ“ロミオとジュリエット”にならない。
ロミオとジュリエット(シェイクスピアの代表作……らしい。私はよく知らないけど。他にも彼?の作品は幾つかお母さんから聞いている。台本に起こす作業が大変だった)は、敵対する貴族二家の抗争に巻き込まれた悲恋の物語なのだよ。こんな演技じゃ、悲劇じゃなくて喜劇になってしまう。
私も勉強の為に王都の劇場に行った事はあるが、目の前の大根に毛が生えたような演技だった。だが、ギルとカトレア姉さまの演技を見た後だと、余りにも稚拙すぎて泣きたくなってしまう。あの二人は天然の嘘憑き(演技派)なので、比べるのは流石に酷かもしれない。しかしそれを差し引いても酷い上に、歌唱力は無駄に良いので演技の悪さが余計に目立つ現状は看過できない。
こうなったら、徹底的に演技指導するしかないな。全く手間ばかりかかる。
一応台本は、ロミオとジュリエットの他にもお母さんを通してお父さんから聞いた物が幾つかストックとしてある。とは言っても、台本をハルケギニア向けに改変する作業が、ひたすら大変ですぐに用意……と言う訳には行かない。なんとか書き上げたとしても、数を打てば当たると言う訳ではないのだ。それでも、人気の台本を常に一つは確保しておきたい。
異世界の名作に比べると、こちら側の物語はどうしても見劣りするのが辛い。それが無ければ人を多く雇って、数打ち作戦も使えるのに……。
楽曲はもっと大変で、お母さんが歌ってくれた歌を作曲家と相談しながら楽譜に起こすのだが、台本に対して曲数が少なすぎる。幸い作曲家達が頑張ってくれているので、こちらは何とかなるだろう。(インスピレーションが刺激された芸術家は、どうして私には理解できない事をするのだろう?)
そう言った状況もあって、私が一番力を入れなければならないのは新しい台本の作成だ。これは人に任せるのが難しいので、現状で(その作業が可能なギルとカトレア姉さまは、忙しくて対応出来ない為)私にしか出来ない作業となっている。とは言っても、私一人では遅々として作業が進まない。本当にお父様……を恨むぞ。
愚痴はこれ位にして、いい加減如何にかしなければ……
「と言う訳で、ギル。手伝ってください」
「無理」
「無理じゃない。書きかけの台本が幾つもあるのを、私が知らないと思ったのですか?」
「ぐぅ」
ギルが物凄く渋い顔をしている。私もギルにこんな顔をさせたくはないのだが、背に腹は代えられないのだ。それに最近はお父様の命令で、部下に仕事を任せる様になったのを知らなければ頼んでない。この引き継ぎが上手く行き、ギル自身の時間はかなり多くなっているはず。
「しかし、固有武器を作る為の研究時間が……」
「!? ……くっ」
ギルが、ようやくと言った感じで絞り出した反論。だがこれには、私も言い返す事が出来ない。ギルが言っていたコルシノ鋼やミスリルの加工方法の研究は、まだ取っ掛かりさえ見つかっていないと聞いている。そちらも、決して軽視できる案件ではない。
……
…………
重苦しい沈黙が続いたが、先に口を開いたのはギルだった。
「分かりました。完成度の高い台本を、二本だけ仕上げます」
「本当か!?」
「こんな事で嘘を言ってどうするのですか?」
「ありがとう!!」
私が礼を言うと、ギルは自室に閉じ籠って台本を書き始める。この時ギルが渋い顔をしている本当の理由に気付いていれば、後々あんなひどい目に遭わずに済んだのだろうか?
あれから一週間程で、ギルから二本の台本原稿が届いた。そのタイトルには“傷ついた姫と不良騎士”“鏡映しの王子”と、書かれている。
一本目の“傷ついた姫と不良騎士”は、架空の国の王位継承権めぐる争いを描いた作品だった。(台本の端に書いてあるルイズ向けとはどう言う事だろうか?)
付属されていた“粗筋 ネタバレ注意”と、書かれたメモを読んでみると……
ある国に賢王と呼ばれる若い王が居ました。王の働きにより、国は豊かで民は笑顔で暮らしています。そんな王は愛妻家で、王妃をとても愛していました。そして王妃は身籠り、元気な女の子を出産します。しかし王妃は、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまいます。
王は嘆きました。そんな王に、大臣が後妻をめとる様に言います。王は拒否しましたが、男の子が居ない現状に断り切る事が出来ませんでした。そして大臣は、自分の娘を強引に王妃にしてしまいます。
新しい王妃は我儘な浪費家で、王が愛せる様な人ではありませんでした。それもそのはずで、王妃は地位は愛していても王を愛しては居なかったのです。そして自分の娘ばかり可愛がる王を、王妃は憎々しく思っていました。王と王妃の不仲は、城で知らない者は居ないほど有名になってしまいます。
そんな中で王妃の妊娠が発覚します。当然、王の子供ではありません。このままでは、王妃は離縁されるのです。しかしそこで王妃は、王を毒殺すると言う暴挙に出ます。王妃の父である大臣も協力し証拠をもみ消すと、王妃は何食わぬ顔で女王の座に就きました。
我儘で浪費家の王妃は、女王となり贅沢の限りを尽くすようになります。そしてそんな女王を止めようとする良識ある者達は、次々に捕えられありもしない罪で罰せられてしまいました。結果として国はまともに機能せず、民は重税に苦しみ貧困にあえぐ事となります。
女王を止めようとする者達は、完全に居なくなった訳ではありませんでした。先王の忘れ形見である女の子……姫を守り、密かに証拠を集めて女王を罰しようしていたのです。……しかし、そしてそう言った者達が居る事を女王は知っていました。
そんなある日、姫は暴漢に襲われてしまいます。騎士達の配置や交代時間等を知らなければ、絶対に不可能な犯行です。あわやという所で姫の純血は無事でしたが、目の前で男(暴漢)が斬り伏せられ血まみれになった姫は、男の人に強い恐怖を感じ、まともに顔を合わせる事も話す事も出来なくなってしまいます。
男性恐怖症にかかってしまった姫を、女王やその側近達は欠陥品だと攻め立てます。次代である子を残せない者は、王族を名乗る資格が無いと言うのです。そして女王は、自分の息子を次の王にすると宣言します。そんな周りの態度にショックを受けた姫は、自室に閉じこもる様になってしまいました。
やがて誰もが失望し、価値を見いだせなくなってしまった姫の下に、一人の騎士が訪ねて来るようになりました。部屋を訪ねて来た騎士は、姫に話しかける事も無く、ただ椅子に座り本を読んでいるだけです。目も合わせようとしません。姫はそんな騎士を、ベッドの中で震えながら見て居ました。本を読み終えた騎士は、その本を置いて姫の自室から去ってしまいます。姫は気になり、その本を読んでみました。その本はとても面白かったのです。
騎士は毎日の様に姫の下に通いました。そして読み終わった本を、部屋に置いて行きます。その本を読むのが、姫の習慣となりました。
そんな関係を続けていくと、姫は気になり騎士に声を掛けます。「何故あなたは、毎日ここに来るの?」と。それは姫にとって、とてもとても勇気のいる事でした。しかし騎士は「さぁ?」と、全く取り合わなかったのです。「騎士の職務は如何したの?」と聞けば、「サボっているのですよ」と不真面目な回答がかえって来ます。やがて姫が騎士を叱り、そのお叱りを騎士が受け流すようになります。
そしてある時、騎士は始めて姫と目線を合わせ「姫。まだ男性が恐いですか?」と聞いたのです。そこで姫は、始めて自分が男の人と会話している事に気付きました。姫の男性恐怖症は完全に治ってはいませんでしたが、男の人と普通に話せるくらいに回復していたのです。
姫は騎士に感謝しました。そこで騎士が、女王とその側近達の悪行の数々を改めて姫に教えたのです。騎士の父も無実の罪で処刑された語りました。その話しを聞いた姫は、大好きな父の敵を討つと誓います。当然騎士も姫に協力を申し出ました。
姫と騎士は、多くの仲間を集め女王に戦いを挑みます。そして無事に、女王を打ち倒す事に成功しました。
めでたし。めでたし。……こんな所か。
騎士は不真面目で、美しい女性が居ると直ぐに鼻の下を伸ばす馬鹿なのだが、決める時は決める格好良くも憎めないキャラに仕上がっている。最終的に姫も男性恐怖症を克服し、屈強な男達の指揮をとっているのが良い。……姫と騎士の役って、正直かなり難しいだろう。でもやる価値は十分にある。と言うか、やってみたい。
二本目の“鏡映しの王子”は、架空の大国の王位継承権を争う悲劇を描いた話だ。……この奈落の底の物語って副題だろうか? その割には離れた位置に書いてあるけど。まあ良い。こちらの“粗筋 ネタバレ注意”と書かれたメモには……
ある時大国の王家(赤髪が特徴)に、双子の王子が生まれます。しかしその国には、双子を禁忌とする風習があったのです。自分の子を殺せなかった王は、苦肉の策として弟の方を、秘密裏に王家と懇意にしていた神官に預けます。
無事双子の存在は知られる事も無く、王子達はすくすくと成長して行きました。兄は王子として、弟は神官として。
しかし王子達が14歳の時に、悲劇が襲います。王子として暮らしていた兄が、病に侵されたのです。その病状は深刻で、王宮の医師も匙を投げる程でした。そして問題は、王家に他の子供が居なかった事です。そこで弟の存在を知る側近が独断で、死にそうな兄と弟を入れ替えてしまいました。そこで問題となるのは、弟の記憶があると誤魔化しきれない事です。そこで人の記憶を消す秘薬が使われ、弟は無理やり記憶喪失にされました。(表向きは高熱が続いた事による記憶喪失)
王は勝手な事をした側近を追放しましたが、入れ替え自体は無事に成功していました。しかし入れ替えられた兄は、その病を克服し生き残ったのです。神官に事情を聞いた兄は、弟に深く同情し“結果的に居場所を奪った弟”を恨まないようにしようと誓ったのです。
しかし、その誓いは揺らぐ事となります。最初の内は問題はありませんでした。しかし14歳にして赤ん坊同然になってしまった弟は、海千山千の貴族達に囲まれ不可無く振る舞える訳が無かったのです。数々の失言を繰り返し、8年も経つと王子に対する失望は、国を揺るがす程になってしまいました。これは優秀な兄の幻影を追い、入れ替わった弟と真剣に向き合う者が居なかったのが原因です。
そしてその揺らぎは、王の崩御による貴族の決起という最悪の形で表に現れる事になりました。このままでは国が滅ぶと思った兄は、城に出向き弟を押しのけ王子派の指揮を執ったのです。そして弟は、表舞台から締め出される事となります。しかし事情を知る者は、弟に同情して育て親の神官の下へ送り届けました。弟はその時になって、ようやく真実を知ったのです。
兄が指揮を執る王子派は強く、次々と反乱軍に勝利をかさねて行きました。しかしあと少しで大勢が決すると言う所で、反乱軍に王子が双子であるとばれてしまったのです。このスキャンダルに王子派は動揺し、反乱軍に手痛い反撃を喰らう事になります。大きな被害を被った王子派は、反乱軍を殲滅する事が出来ず、戦況は泥沼の様相を呈する事となりました。(王子が双子である事ばらしたのは、追放された元側近だった。その後、反乱軍の幹部として取り立てられる)
紛争が膠着状態になって半年、反乱軍により神官家族と弟が拉致されます。反乱軍は神官とその娘を人質とし、弟に協力を強要しました。そして反乱軍は弟を新しい旗頭とし、中立の貴族達や国の守りで戦力を動かせない者達を取り込みに走ったのです。
これにより反乱軍は優位に立つ事が出来ましたが、予想より戦力が集まらず紛争は更なる泥沼へと突入しました。反乱軍はこの状況を打破する為に、決定打となる物を求めます。結果として浮上したのが、王家が封印している古代兵器でした。
古代兵器とは簡単に言うと浮遊要塞で、それ一つで大国と渡り合える程の超兵器です。これを察知した兄も、兵器が封印されている地に向かいます。地中深くに封印された兵器をめぐり、命をかけて戦う兄弟の対決は人質の救出と言う形で終わりました。(ここで剣をふるいながら、本音をぶつけ合う兄弟の姿が見所ですね)
そして兄弟で力を合わせ、反乱軍と戦う事となります。しかし間に合わず、兵器は空へと浮かび上がりました。そして反乱軍は、自分達に従わなければ兵器の主砲で王都を滅ぼすと宣言したのです。
これに対して王子派は、騎竜で少数精鋭部隊を送り込み、兵器を奪取あるいは破壊する作戦に出たのです。浮遊要塞内での戦いは苛烈を極め、兵器の奪取は諦めざるおえませんでした。兵器の動力部を破壊する工作隊を率いる弟。その弟を行かせる為に足止めを引き受ける兄。
兄の隊はその命と引き換えに、弟の隊が動力部を破壊する時間を稼ぎました。そして弟は、墜落する古代兵器と運命を共にしたのです。(……まるで惹かれあう様に、弟の所に落ちて来る兄の遺体。それを受け止めて、共に瓦礫に呑まれる弟のシーン。“腐に人気が出るかも”と言う落書きは何?)
エンディングは、神官の娘が赤髪の赤ん坊を抱いているシーンで終了です。
神官の娘が、兄弟どちらの子を産んだか分からないのが良いのかな? 神官の「どちらの子か?」という問いに、娘が「私が愛したのも受け入れたのも一人だけよ」と答え、その名前を口にする前に舞台が終了するのだ。わざとどちらか明言せず、見る側の想像を掻き立てさせる訳か。
どちらの物語も良く仕上がっている。そしてどちらも、役者に高い演技力が必要になって来るな。絶対に。
……演技指導の時間。増やさなければならないな。
演技指導の方も一段落し、楽曲関係もカトレア姉さまに手伝ってもらい何とかなった。最初は危なっかしい演技をしていたが、数をこなすと慣れて来たのか素晴らしい演技をするようになったのは幸いだ。
台本のストックもそれなりに用意できたし、団長もしっかりした人物を選出する事が出来た。これならば私が付きっきりにならなくても大丈夫だろう。……と言っても、後はバックコーラス。本当に如何しよう?
いや、ジタバタしても如何にもならないので、気持ちを切り替え少し訓練を増やそうと思う。
戦闘面で一番心配なのが、以前ギルから渡された練習用のバスタードソードだ。この剣はやたらと重く、今の私ではまともの振る事も出来ない。(この剣に使っている金属を、完成品にも使うと言っていたから)筋力を鍛えて、この剣を十全に使いこなせるようにならなければいけないな。……それには筋トレを増やすのが一番か。
「ディーネ。筋力トレーニングを増やしたのですね」
「ええ。練習用のバスタードソードを、まともに振れる様になりたいので……」
私がそう答えると、何故かギルは苦笑いした。
「あの剣はあくまで、練習用に特別重く作った物です。本来の使用方法は、鏡と向き合い構えを維持する訓練に使います。元々振り回す事を考慮していないその剣と違い、完成品は標準から多少重め程度の重量に抑えますよ。それにディーネの訓練メニューは、筋トレに偏り過ぎています。柔軟などをもっと取り入れて、バランス良く訓練しないと逆効果になりますよ」
そんな事は、言われずとも気付いている。だけど、この特別に重い剣を操れるようになれば、通常の剣を自在に操れるようになるはずだ。
「分かっています」
ギルが私の答えに懐疑的な目を向けて来る。放っておいてほしい。
それから暫くして、見つからなくて困っていたバックコーラスを幸運にも見つける事が出来た。それと同時にギルは、ネフテスで砂漠緑化をしなければならなくなる。精霊からの依頼なので、逃れる事は不可能だ。ギルには悪いが、ここで一気に差を付けさせてもらう。
今までの私は、体が未発達である事による力不足で、バスタードソードを十全に使いこなす事が出来なかった。しかし筋力も付き体格も成長した事から、これらの問題を解決する事が出来たのだ。余計な場所(胸)も成長してしまったのは、不本意であるが仕方が無い。戦う時に邪魔だし、気持悪いやつらの視線は集めるしで本当に邪魔だ。
何はともあれこれで、一定水準のパワーとスピードを確保出来た。基礎訓練を疎かにはできないが、技術面での課題に目を向けていも良いだろう。特に盾を持たない私は、カウンターにカウンターを合わせる技術と、攻撃を受け流された場合の対策が必要になって来る。
この場合、絶好の模擬戦相手となるのはギルなのだが、本人が多忙の為余り私の訓練に付き合ってくれないのがネックになる。もどかしい。
そこで私は、守備隊長に頼み領軍の訓練に参加する事にした。その理由は、領軍の在り様にある。
……領軍には地元出身の者が多いが、彼等を指導するのはお母さまに鍛えられた元隊員達と、魔の森が解放されても残った傭兵達である。そして警備内容の関係から、対人・対メイジ・対亜人・対魔獣と、幅広い戦闘経験を積むことになる。あえて武器や防具を統一せず、得意な物の使用を推奨(共通しているのは、鎧の下に着用できる領軍の制服だけ)しているので、その威容は軍と言うより傭兵団に近く個々の実力も高い。
と言う訳で、領軍なら実力も高くバリエーションに富んだ模擬戦相手が居る。これを利用しない手は無い。
……模擬戦の数をこなすと、自身の問題点が見えて来る。
分かっていた事だが、対人戦でネックとなるのは小回りの悪さにある。バスタードソードなので大剣よりはマシだが、無視できる要素では無い。それらの要素が原因で、カウンターや受け流してからの反撃を受けやすいのだ。
以前からこれらの対策は訓練して来たが、筋力不足で十分な効果が出て居ないのが現状だ。
この問題を解決するにあたって、攻撃のバリエーションを増やす事にした。しかし新しい武装の追加は、止めておいた方が良いだろう。ただでさえ重い武器を装備しているので、これ以上動きを阻害する重りを増やすのは避けたい。となると必然的に、体術等の無手で可能な格闘術に限定される。以上の事を踏まえた結果“剣技に柔術と蹴りを取り入れ、更に剣を片手に持ち替え不意打ちで拳や投げも入れる”と言う結論に至った。
しかしこれは、あくまで剣の補助にすぎない。剣技自体を向上させなければ、先は無いのだ。それには、剣をもっと自在に操れるようになる必要がある。型の練習を増やすのはもちろんだが、加速した剣を制御する為にも筋力向上は絶対に必要だ。先に目標とした技術(カウンター対策。受け流し対策)も、早急に身につけなければならない。
……これらの課題をクリアするのに、実に2年の時を消費してしまった。しかしその甲斐は、十分にあったと言える。
そう。ハンデ付きとはいえ、お父様とお母様に勝つ事が出来る様になったのだ。これは大きな一歩と言えるが、それだけでは無い。これでギルに固有武器を作ってもらえるのだ。
実はギルの部屋で、私の固有武器の設計図と見た目だけのサンプルを見る機会があったのだが、そこに記された反則的な性能と美しさ……何より、愛剣と言葉を交わせる事に私は心を躍らせていた。……それでも帰還したギルを引き摺り、工房に連れ込んだのは淑女として問題があったと思う。
ギルが完成させた剣は、確かにドリュアス家最強の剣と言える物だった。
しかし、ギルに渡された剣は……魔法金属を使っていないので、杖としての性能はお世辞にも良いとは言えない。(通常の杖剣と同程度)三つの術式(《帰還》《障壁》《癒し》)は組み込んであるが、制御自体は自分で行わなければならない。(詠唱が要らない分、自分で魔法を使うよりマシ程度)そして突貫作業だった所為か、出来上がりの処理がイマイチの上に重い。(これは私が急かしたので、あまり文句は言えない。この際、重いのは我慢する)
……だけど一番問題なのが、これインテリジェンスソードじゃないんですよね。(愛剣と語らうのを、楽しみにしていたのに)
不思議に思いギルに確認すると「技術的問題(魔法金属の鍛造)を解決できていない」と、返答が帰って来た。しかも「勿体無いから魔法金属は使わなかった」との事。(鍛造でなくとも、魔法金属を使えば段違いの性能を確保できる。ミスリルやコルシノ鋼は貴重だが、そこはケチって欲しくなかった)
……身の安全が掛かっている以上、思わず怒鳴ってしまった私は悪くないと思う。
とにかく技術的問題が解決したら、新しい物を打ち直すと言質は取った。しかしギルは非常に多忙で、完成が何時になるか予想出来ないのだ。
早く正式な固有武器が欲しいなら、ギルの負担を少しでも軽くする必要がある。それには、領の仕事を覚えるのが早道だろう。私は私なりに出来る事をする。そう決意して頑張っていたのだが、そんな状態でも厄介事は待ってはくれない。ネフテスのエルフが襲来したり、それに伴う商会の立ち上げ……と、仕事は次から次へと押し寄せて来る。
本命の研究が上手く行かないのに、こんな事ばかりやっていたら、ストレスが溜まるのも仕方が無いと思う。……それに煮詰まってイライラしたギルは恐い。下手する今の愛剣を取り上げられそうだし。
そしてその心配は、現実の物となった。突然、カトレア姉さまが部屋に飛び込んで来て……
「ギルが盛大にキレたわ。私の実家に避難するわよ」
それを聞いた私達の反応は早かった。10分とかからず、荷物をまとめて竜籠の中に退避する。巻き込まれたお父様と領の仕事があるお母様には悪いが、私達はあんな精神汚染空間に居たくないのだ。もっと言えば命が惜しい。虚ろな瞳で、干将莫邪の製法を呟いていた時には“炉に放り込まれるのか?”と、本気で思った位だ。
オーギュストと連絡をとって、安全が確認されてから領へと帰還した。
領へと帰還すると、何と私の固有武器(正式版)が完成していたのだ。余りの嬉しさに忘れていたが、生贄となったのはティアの鱗だったらしい。改めて“鍛冶をしているギルには近づかない”と、私達は心に誓った。(でも、愛剣の人格が女性である事は事前に言って欲しかった。思わず殴ってしまった私は、悪くないはず……無いか)
その後も厄介事は次々と舞い込んだが、ギルとアナスタシアの固有武器完成と共にとりあえず落ち着いた。
「思いつく限りの厄介事は、これで終ったはずです。と言うか、いい加減平穏が欲しい。欲しいです」
ギルが虚ろな瞳でこんな事を言うようになっていたので、落ち着いてくれて本当に良かった。学院入学まであと半年ちょっとだが、それまで平穏が続く事を切に願う。
私達の願いが通じたのか、4ヶ月以上も平穏に過ごす事が出来た。引き継ぎと入学の手配も終了し、残り2ヶ月も平穏に過ごせそうだ。
私とアナスタシア、ジョゼットも落ち着いて本を読む時間が増えたし、ギルはカトレア姉さまに誘われピアノの練習を始めた。そんな平穏な時間が、ずっと続けば良いなと私は思っている。
今日もいつも通り、訓練を終え体を清めて居室に集まっている。以前はこのタイミングで訓練の反省会をしていたが、最近ではその必要も無くなり集まる習慣だけが残った。(以前はお母さまの訓練を生き残る為の作戦会議だった。慣れって恐い)
集まっていると言っても、別に何か話していると言う訳ではない。それぞれが思い思いに過ごしているだけだ。
……と言うのも、エルフから入手したマジックアイテム(原作のオアシスにて出て来た水石と風石を利用した空調の魔法装置)が、部屋に設置してあるからである。とても居心地が良いのだ。そんな部屋を更に快適にしようと、全員があれこれと改造する……特にギルは自重しない。剣の展示や本(+本棚)が増えていたり、グランドピアノが増えていた等は可愛い物だ。何かやっているなと思ったら、次の日には部屋に壁が半分ぶち抜かれ部屋が広くなっている……なんて事もあった。
話しがそれた。……そんな訳で、この時間は本を読むかお茶を飲んで過ごすのが常道である。他愛無い雑談や仕事の話もするが、基本的にフリーの時間だ。
「ギル~」
この快適空間、唯一の汚点が動き出した様だ。
「何ですか?」
ギルが返事をすると、カトレア姉さまは黙ってグランドピアノを指さす。……このバカップル共が。
「一人でやってください」
「むぅ」
しかしギルは、にべもなく断ると再び読んでいた本に目を落としてしまう。……酷い。一言で切って捨てた上に全く躊躇が無い。
そんなギルの対応に、姉さまは頬を膨らませると一人でピアノの前に行く。そして一人でピアノの弾き語りを始めた。コテコテのラヴソングで、曲名は“名も無き旋律”(某魔法少女アニメの前身アドベンチャー二作目で、歌手の卵であるヒロインが主人公に贈った曲)だった。やたらと好き好き言う歌詞は、甘ったるい事この上ない。
一曲終わってギルの方を見ると、全くの無反応……見事なスルーっぷりである。ギルの反応を確認した姉さまは、見るからに不満ですオーラが滲み出ていた。爆発しそうで怖いから、ギルには如何にかしてほしい。そう思っていると、姉さまがピアノに向き直る。
次の曲に歌詞は無い様だ。そしてとても寂しい旋律が部屋を満たす。
……この曲名は記憶の風(「モンテ・クリスト伯」をモデルにした。中世ヨーロッパを舞台にしたRPGで、主人公とヒロインが演奏したピアノ曲)だ。正直に言わせてもらえば、私は「モンテ・クリスト伯」のストーリーの方が気になる。しかし演劇で使うとしたら、ハルケギニア向けに改変しなければならない。あらすじを聞きかじった程度の私では、それは不可能だろう。誰か台本を書き起してくれないだろうか。
そう思いながらギルを見ると、本を閉じ立ち上がった所だった。顔には“しょうがないなぁ”と、書いてあるかのようにみえる。そのまま姉さまの隣に行くと、ギルもピアノを弾き始めた。姉さまの女性パートだけだと寂しいだけの曲だったのに、ギルの男性パートが加わると途端に豊かな音色となる。
やがてピアノを弾き終えると、ギルはソファに戻り本の続きを読み始めた。カトレア姉さまも満足したのか、ピアノを拭き片付けている。そこで私は“今のギルは余裕があるはずなので、台本を書く事は十分に可能なはずだ”等と考えてしまった。
「ギル」
「何ですか?」
「私は“モンテ・クリスト伯”のストーリーが気になるのですが……」
「書きませんよ。“傷ついた姫と不良騎士”と“鏡映しの王子”を書いたでしょう」
「……そっか」
思考を読まれたのか、お願いをする前に先手を打たれてしまった。台本の数に余裕はあるが、出来るだけストックは欲しいのだ。いざ困窮した時に、私やギルに余裕があるとは限らない。私はギルの隣に座り、その腕に抱き付いた。カトレア姉さまの前でこれをやると、高確率でギルは折れてくれる。(このおねだり方法は、自爆技に近く多用すると凄く危険)
「ギル。どうにか台ほ……」
ここで食らい下がった事を、後悔する羽目になるとは思わなかった。
「それよりディーネ」
「何ですか?」
「そこに立ってください」
有無を言わせない口調。本気だ。頼み事以前に、今のギルに逆らうと絶対に不味い事になる。言われたとおりに立つと、ギルは私の腕や脇腹、腿や脹脛を次々と触って行く。女性の体を気やすく触るのは、どうかと思う。……鉄拳制裁は必要だろうか? そんな事を考え始めた所で、ギルは私の手を握り部屋の外へ引っ張り出した。
「ギル? 何を?」
そしてそのまま廊下を進み、行き着いたのは私の部屋だった。部屋の鍵は閉められ、私はベッドの上に投げ出される。
「ギル。本当に何を……」
今私の頭に浮かんでいるのは、カトレア姉さまに刺される未来だったりする。浮気は良くない。しかしそんなピンク色の思考は、一瞬にして吹き飛ばされる事となった。
「ディーネ。体がずいぶんと固くなっていますね」
まずい。割と本気で怒っている。部屋を出る時に、カトレア姉さまが無反応だったのはそう言う事か。
「体の柔軟性がどれだけ大事か、私はキッチリ説明しましたよね?」
私はその質問に答えられない。
「説明……しましたよね?」
「……はい」
目を逸らしながら頷くのが精いっぱいだった。ここでの下手な言い訳は、地獄を見る事になる。もう遅いかもしれないが……
「自覚はある様ですね。ならば、とやかく言う心算はありません」
その言葉にホッとしていると、次の言葉で地獄に落とされました。
「先ずは“股割り”から行きましょうか」
物凄く良い笑顔のギル。その嗜虐的な笑みは、お母様とソックリだった。
「(股が)裂ける裂ける裂ける~~~~!!」
「(股は)裂けません。大丈夫です」
「乗らないで!! 乗らないで!! 痛い!! 痛いって~~~~!!」
「叫んでないで、言われたとおり息を吐きながら力を抜いてください。そうしないと、何時まで経っても痛いままですよ」
「無理無理無理!! 死んじゃう。死んじゃうから!!」
「そう言って死んだ人は居ません」
「もう……赦しくれ。赦しくれよ~~~~」
「無理♪」
本当に地獄だった。それ以外の言葉は出ない。
「これ位にしておきましょう」
やった。生き延びた。
「明日からはもっと厳しく行きますよ」
「へっ!?(これで終わりじゃないのか?)」
その言葉通り、次の日からも柔軟地獄は続いた。訓練が終わった後に捕まり、湯を楽しんだ後にも捕まる。一度捕まると、30種類以上のポーズを10~30秒ほどやらされる。それを2~3セット程……時間にして1時間位だ。
一度逃亡を試みたが、カトレア姉さまに即捕縛された。私が逃亡に使った時間は、そのまま二人の時間の減少につながる……らしい。こうなったら、単独での逃亡は不可能と見て良い。ならば協力者を……と言う事になるが、当然それを許すギルではない。家族や使用人への根回しも万全だった。アナスタシアやジョゼットに「兄さまにあんまり迷惑かけちゃダメだよ」と言われ、この件で味方が居ない事を悟らされた。
こうなると、恥の拡散だけは抑えておきたい。事情を知る者達に、口止めをするのが精一杯だった。だがこの口止めが、余計な事態を生む事になる。
一部のメイド達に、不可解な反応をする者達が出て来たのだ。何故か私の顔を見ると、顔を真っ赤にして目をそむける。仕事は普通にこなしているのだが、その間も私と目を絶対に合わせない。何故か悪寒が走った私は、そのメイド達を拘束(簀巻き)し問い質した(尋問)ら……
曰く、私とギルが男女の関係になっている。
曰く、ギルの方から押し倒した上に家族や古参の使用人公認である。
曰く、そこにカトレア姉さまも交じって爛れた関係に……
何処の噂好きのおばちゃんだよ。私はまだ乙女だよ。呆れていると、その原因は柔軟時の私の悲鳴らしい。あれを聞かれていた? 滅茶苦茶恥ずかしい。いや、それ所じゃない。こんな噂が姉さまの耳に入ったら……と思ったら、既に知っていて後始末をしっかりする様に脅迫された。恐かった。
慣れない作業だけど、やるしかない。私は早急に噂をもみ消そうとしたが、既に使用人の間に広がってしまっている様だ。
途方に暮れていると、ギルが手伝ってくれる事になった。
……群衆心理? 飛語(蜚語)? ゴシップ? デマ? 流言? 言っている事は何となくわかるが、頭がついて行かない。私が“流言等の搦め手に弱そう”とか、全くもってその通りだよ。これを機に経験を積むとか言われても……出来るか!!
事情を知っている者達には、憐みの目で見られるし……殆どの古参使用人は「くだらない」と切り捨てて居る様だが、例の声を直接聞いてしまった者達や新参の使用人達は、信じると言うより困惑している様だった。この辺りは、ドリュアス家の信用の高さが窺える。
とりあえず、私の声を聞いてしまった者達に事情を説明しておく。証拠として前屈姿勢をやってみせると、一発で信じてくれた。どうやら私の体が固くなっているのは、使用人達の間で既に有名になっていたらしい。カトレア姉さまの態度が、以前と変わっていなかったのも要因の様だ。
とにかくこれで大丈夫と思ったら、何故か噂はより広まってしまった。
何故か分からずにギルに泣き付くと「人は信じたい物を信じるのですよ」とか言われるし。訳分からん。更に「もっと分かりやすくと言えば、否定すればするほど真実味が出てしまうのですよ。今回の場合は……」と言う様に難しい話が続く。要約すると“私が近しい使用人を使って噂をもみ消そうとしたから、かえって真実味が出てしまった”と言う事らしい。勘弁してくれよ。
その話を聞いて私が出した結論は……
「ギル。私では解決は無理です。手伝ってください」
自力解決は不可能と言う物だった。それに対しギルは、溜息を吐きながらも頷いてくれたのだった。
「実を言うと、状況はひっ迫している訳ではないのですよ」
それは私も分かっていたので、素直に頷いておく。本当に不味い状況なら、ギルやお父様お母様が即座に動いているからだ。しかし、その理由までは分からないので、教えて欲しいと目で訴えておく。
「結論から言って噂が外に漏れても問題無いのです。……その一番の理由は、今の貴族社会の根底に関わる事です。現状ハルケギニアの結婚は、一夫一妻制です。これは始祖の時代からの決まりですが、血を後世に残す事を重視すれば一夫多妻が普通なのです。しかしそれを律義に守っていては、お家断絶もありえます。現に先代(マリアンヌ様)、今代(アンリエッタ姫)の王族は姫一人と言う不味い状況です。と言っても、今代に関しては王が婿養子なのである程度仕方が無いのですが……」
ギルは仕方が無い等と言っているが、実際かなり洒落にならない状況なのではなかろうか?
「話しがそれました。お家断絶はとにかく拙いので、子供に恵まれない貴族は妾を持つのが当たり前なのです。一夫一妻制を頑なに守っているのは、王族や一部の上位貴族くらいですね。……加えて、分家の存在も重要になって来ます。次代へ血を繋ぐ為の予備ですね」
その予備(ヴァリエール公爵家)を含めトリステイン王家には、一人も男子が居ない事実……実はかなりヤバイのではないだろうか?
「そしてドリュアス家程の大きな家に分家が無いのは、かなり拙い状態と言えます。加えて樹の精霊との交渉役と言う血筋は、トリステインでも王家に次ぐ重要な血筋です。国からすれば、分家を早く作れと言うのが本音ですね」
確かにドリュアス家の血筋が途絶え、樹の精霊と再び敵対関係になっては洒落にならない。だがそれが、今回の件とどう関わるのだろう?
「そこでディーネの立場ですが、断絶したモンモランシー家の分家。その唯一の生き残りの無爵位貴族……と言う事になっています。ドリュアス家の養子である以上、政治的駆け引きには使えますがそれだけです。国が一番に望む“交渉役の予備”を増やす役には立ちません」
確かに私の出自では、交渉役の血筋を増やす役には立たない。と言うか、ギルも言い辛いのは分かるけど、そんな顔をしなくても良いのに……
「そこでディーネが分家を立ち上げ、未婚のディーネに私の血が流れる子供が居たら如何でしょう?」
そう言う事か。ギルの立場からは言い辛いな。しかし……
「それでも十分な醜聞になると思うけど……」
私の言葉に、ギルは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「確かにそうですね。ですが、ディーネに私の子が出来た方が、ドリュアス家の隙となるのですよ。その理由の一つ目が、分家立ち上げの口添えをすれば、単純に当主になったディーネに恩を売る事が出来ます。二つ目の理由が、結婚もしないのに“子供を作るだけ作って捨てた”と言う負い目が私に出来ると言う事です」
確かに傍から見れば、そう映るかもしれない。だが、実際にそうなった時にギルを恨めるかと言うと疑問だが……
「そして何より、交渉役の血筋断絶が避けられるので、ドリュアス家に“思い切った手”を打つ事が出来る様になる事です」
……暗殺。“思い切った手”と言われて、真っ先に思い浮かんだのはその言葉だった。
「まぁ、それもこれもディーネに手を出していない以上、絵に描いた餅に過ぎないのですがね」
そりゃそうだ。しかし、それと醜聞は話が別だと思うのだが……
「私としては、今後の付き合う貴族を選定する為の試金石になるので、別に噂が流れても問題ありませんけどね。ディーネの方は、価値が落ちると言う意味で言い寄って来る貴族が減るかもしれません」
……あれ? それって外に噂が流れた方が得になるのか?
「でも、その噂を信じた馬鹿が“どうせ傷物だろ”って、上から目線で“娶ってやる”と言って来るかもしれませんね。それどころか“どうせなら俺の相手もしろよ”と、せまって来るバカも居るかもしれません」
……無いわ。と言うか鳥肌が立った。
「それは絶対に嫌だ。如何にかならないか?」
「はい。如何にかしましょう」
ギルが笑顔で応えてくれたのだが、背筋が冷えたのは何故だろう? その理由は次の日に嫌と言うほど思い知らされた。
「ディーネさん。私の話を聞いていたの?」
「はい」
「では、なぜ下らない噂が消えないのかしら?」
「それは……」
私が言い淀むと、カトレア姉さまの殺気は膨れ上がる。……今すぐ逃げ出したい。
私達が今居る場所は、ドリュアス家本邸の中庭にあるオープンテラスだ。椅子に座った姉さまに対し、私は床に正座をさせられている。余り人に見られたくないのだが、非常に目に付く場所でなので先程から使用人達の目線を感じる。
と言うか、それなりに風系統の特性があるので、私の耳は常人と比べかなり優れている。その所為で、先程からヒソヒソと話す使用人達の声が聞こえるのが辛い。私の株が大暴落だ。
……そんな拷問の様な時間が、どれくらい過ぎただろう。そこにギルがやって来た。
「カトレア。ディーネに何をしているのですか?」
ぬけぬけとそんな事を言って来た。軽く殺意がわいたが、私は悪くないと思う。
「あの不愉快な噂の件よ。ギルにも何とかしてって言ったわよね」
「い いえ。確かに言われましたが……。そんな出鱈目な噂は、放っておけば消えますよ」
「消えてないじゃない!!」
それだけで形勢は決してしまった。すぐにギルも私の隣に正座させられる。ギルが「そんな事実は無いのだから……」と、なんとか言葉を絞り出すが、姉さまが「当り前よ!!」と返し黙らされた。……弱い。そして私と一緒に、姉さまのお説教お貰う羽目になる。
姉さまの説教は、それから一時間ほど続いた。解放された私とギルは、居間にあるソファーでグッタリとしている。
「これで本当に何とかなるのか?」
ついそんな疑問が口から出た。
「なりますよ」
ギルが何でもない事の様に返事をする。
「……と言うか、ならなければこんな事はしません」
それはそうだろう。
「この噂が消えないポイントは、嫉妬深いカトレアが何もアクションを起こさなかった事にあります。実際は事実関係を知っていて、怒る理由が全く無かったからなのですが、カトレアの立場でそのような噂が流れれば普通は不快になるはずです」
私はギルの言葉に頷く。
「加えてティアの存在です。カトレアがティアと言う例外……前例を作った事で、ディーネもそれに類する立場になりかねないと言う認識が生まれました」
人間形態のティアが、カトレア姉さまの前でギルに抱きつく光景。しかも姉さまが、それを笑って見ている。アナスタシアを始めとする家族でさえ良い顔をしないのに、突然現れた美女にそれを許すのは何も知らない人間には異常に見えるだろう。
一足飛びでは信じられない事でも、布石となる物があれば信憑性が出て来ると言う事か……
「それはその前提を崩してしまえば良いと言う事か?」
ギルが満足そうに頷く。
「その通りです。カトレアが黙認しているという前提を崩し、そのような事実は無いと喧伝し、ディーネが中途半端な隠ぺい工作……いえ、事実が無いので情報工作と言った方が良いですね。これに意味を持たせ、今までカトレアが何も反応を示さなかったのは、私達が宥め抑えていたからだと知らしめました」
あの公開お説教に、それだけの意味があったのか……
「……加えて、貴族が正座させられ怒られると言うスキャンダラス性が、この事実を一気に広めてくれます」
「それって火事になった家を、爆破して消火する様な物じゃなかろうか?」
私が思わずそう口にすると、ギルは笑った。
「上手い事言いますね。その通りです。……まあ、カトレアが本気で怒って針のむしろに座るよりマシでしょう?」
ギルの返しに私は頷くしかなかった。
「それよりもディーネが大変なのはこれからでしょう」
「……え?」
ギルが何を言っているのか分からずに呆けていると、突然居間の扉が開いてお母さまが居間に入って来た。
「母上がようやくまとまった休みをとれたのですよ」
私が状況を理解出来ないでいると、お母さまが口を開いた。
「ディーネちゃん。最近になって素敵な言葉遣いになっているそうじゃない」
「……あ」
そう言われて初めて気付いた。この家に来た当初は、言葉使いや礼儀作法を徹底的に教え込まれたのだ。しかしそれが領軍の人達と付き合うようになって、かなり砕けた口調になっていた事に……
「えっ……いや、その。それは……」
言い訳をしようとするが、如何しても言葉が出て来ない。
「再教育よ。ディーネちゃん」
「そう言う訳です。諦めてください」
ギルの見捨てる宣言に、思わず睨んでしまう。
「トリステイン魔法学院入学前に、一度徹底的にやってもらった方が良いですよ」
そう言って、ギルは居間から出て行ってしまった。
「再教育用に、人も一杯雇ったからね。当然私も付き合うわ」
お母さまが嬉しそうにしているだけで、精神的に追い詰められる未来しか見えない。
「さぁ、行くわよ」
襟首を掴まれると、そのまま居間の外へと引きずられた。
ちなみにアナスタシアまで巻き込まれ、妹から恨み事を貰う羽目になった。
後書き
次からは本編に入ります。
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