英雄は誰がために立つ
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Life1 勉強会と考察会
――――私は元の世界から似て非なる世界に跳ばされた英霊の1人だ。
しかも、聖杯戦争でもないのにキャスターと言うクラスまで割り当てられていた。
そんなところに1人の少年が現れた。場所が場所なだけに一般人では無いだろうが、確認を取れば矢張り魔術師だった。その上、令呪が有り私のマスターでもあった。
その少年魔術師の特性――――いや、異端さを知った時、驚愕とともに日本で言う「棚から牡丹餅」的な幸運に表情では決して悟られないように歓喜した。
私もこれでも生前は魔術師の1人だ。彼の特性を知った時、瞬時に脳の半分をホルマリン漬けにしてもう半分を貴重な研究材料にしようと考えたのだ。
しかし私も英霊であるのなら依代となるマスターが必要不可欠。代わりのマスターを如何しようかと考えて街に出てみると、そこで私の中に衝撃が走った。
スタイルの良さに艶やかな唇と綺麗なロングヘアーの髪、優しげな瞳にまぶしい笑顔。
そう、私はこの時一目惚れを――――恋を知ったのだ。
そこで兎に角お近づきになりたいと有る理由を切っ掛けに、仲を深める事に成功した。
それからしばらくの間、私は彼女に夢中だった。最早件の少年魔術師の件についてなど如何でもよくなっていたのだが、ある日私の存在が呼び寄せてしまったのか、人影がほとんどいない森の中ではぐれ悪魔と言う存在に遭遇してしまったのだ。
普段の私であれば魔術師であろうともそこは英霊、どこぞの弱いはぐれ悪魔の1体容易に蹴散らす事も出来たのだが、最近は彼女の事もあって魔術師としての仕込みや準備など何もかも忘れていて、彼女を庇いながら避ける逃げるの防戦一方で、このままいけば彼女と共に殺されるのは必然であった。
そんな時に、件の少年魔術師が現れて助けてくれたのだ。
しかし、死に際に際してそのはぐれ悪魔の呪いを受けた彼女は、瀕死の状態に陥ってしまった。
如何すればいいのかとパニックに陥った私だったが、彼の異端魔術の力により彼女は救われた。
見返りも要求せずに彼女を助けてくれた彼の姿に魔術師らしからぬ罪悪感を感じた私は、彼と遭遇してからの事を暴露した。何も隠さず正直に。
それにも拘らず少年は笑顔で許してくれた。
だが何故許してくれたのかと問うと「今でも思っているのなら口にはしないだろうし、今では罪悪感が有るんだろう?ならばそれで十分じゃないか」と――――。
少々危うげな考え方だったが、私はその少年魔術師の歪なれど大きな器に救われた。
それ以来、私の根幹である優先順位に大きな変動が起きた。それが以下の順だ。
第一位、彼女自身と彼女との生活。
第二位、件の少年魔術師の安否。
第三位、件の少年魔術師の家族。
第四位、自分自身
第五位、件の少年魔術師の家族同然の友人達。
第六位、自身の魔術研究。
――――と、この通りだった。
以前は何よりも誰よりも根元の渦への到達と言う、正しく魔術師らしい思考だったのだが、今では愛する彼女との生活に信頼できる友人との集まりがこの上なく私を満たしていた。
もし、以前の私が今の私を見れば、軽蔑の視線に酷い罵言雑言で私を嬲っている事だろう。
しかしながら私はそれを、甘んじて受け入れるだろう。
何故なら私ことフィリップス・アウレオールス・テオフラトゥス・ボンバントゥス・フォン・ホーエンハイム(自称、パラケルスス)と言う名の魔術師は、件の少年魔術師――――藤村士郎との邂逅により正しく魔術師としての死だから。
-Interlude-
――――駒王協定締結から数日後の休日の午前。
場所は兵藤一誠宅の広々とした一誠の部屋に、木場祐斗以外のオカルト研究部全員が勉強中である。
本人の努力次第では、夏休みが地獄にも天国にもなる期末試験に向けてのだが・・・。夏休み期間の70パーセントを冥界で過ごす予定を立てている一誠達には、微妙な言い回しである。
そんな彼らは3つのグループに分かれて勉強中だ。一つは一誠とリアスに朱乃、二つ目は一年生コンビの小猫とギャスパー、三つめは元教会側の人間であったアーシアとゼノヴィアの敬虔なる信徒コンビだ。
「あのー?部長・・・・・・当たってるんですけどっ!?」
「あら?態と当ててるのよ。それとも嫌だったかしら?」
「そんな事あるはず有りません!」
(けど――――)
ポヨンっ♪
今度は反対側から、態と自分の豊満な胸を一誠の腕に押し付ける朱乃。
「朱乃さん・・・・・・当たってますが?」
「ええ、態とですもの。それともリアスの胸に劣るかしら?」
「そんな事もある筈が有りません!」
(けど、集中が・・・)
そんな朱乃の行動に抗議するリアス。
「何しているのかしら?朱乃っ!」
「あら?見れば一目瞭然じゃない?私とイッセーがいちゃついてるのよ」
「何がイッセーよ!イッセーは貴女の所有物ではないのよ!」
「それなら貴方のモノでもないでしょうっ!」
「いい加減にしなさいよ、朱乃!イッセーは私のなのーーー!?」
「いい加減にするのは貴女の方でしょう!?毎日毎日、イッセー、イッセー、イッセー!リアスの馬鹿!」
――――と、さっきから暫く置きに一誠を挟んで喧嘩をよくする2人。
そんな2人に挟まれている一誠は頭を抱え込んでいる。
(このままじゃ勉強に集中できない!しかし、此処で御2人に抗議すればこのハーレム状態が崩れてしまうっ!そんな事、嫌だ!けど、勉強しないと俺の頭じゃあ危険だっっ!クッソォオオオ!?俺は、どぉおおおおおすればいいぃんだぁああああああああ!!?)
などと下らない選択肢を迫られていた一誠。
そんな3人を置いといて、小猫とギャスパーのグループは真面目に黙々と勉強していた。
そして、アーシアとゼノヴィアは互いを補完する様に勉強していた。
「ゼノヴィアさん、此処解りますか?」
「ぅん?ああ、此処はだな――――」
――――と、最初にあった時を思えば信じられな位に仲のいい2人。
「それにしても藤村先輩が作ってくれたこの試験対策の勉強ノート、本当に解りやすいですよね!」
「ああ、私たち専用に判りやすくなっている気配りが、またいいんだ」
「どれどれ?」
そこに、今も王VS女王の熾烈な荒野から匍匐前進で抜け出して来た一誠が、ゼノヴィア達専用に作った勉強解読書を覗き込んできた。
自分に勉強を教えてくれると言う2人は壮絶な火花を散らしている真っ最中だし、後輩の2人にも勉強を教えてもらうワケにもいかない・・・。
ならば同年代と言う処だが、流石に異国人と言うだけあって聞くワケにもいかなかったのだが、そんな2人でも解りやすいと言うのであれば自分の勉強にも役立つんじゃないかと考えての事だった。
そうして覗き込む一誠。
「いいですけど・・・」
「多分、イッセーじゃあ解らないぞ?」
「確かに俺はバカだが、そこまで馬鹿じゃな・・・い・・・・・・」
(な・ん・だ・こ・れ・は?)
一誠が覗き込んだ其処には、写真や絵、記号などを抜かしてアルファベットに似たような文字で埋め尽くされていた。少なくとも一誠の視覚にはそのように見えた。
実際には、イタリア語とラテン語に訳してある文面だった。一応、外交用語のフランス語やドイツ語、日常業務で使われるスペイン語・ポルトガル語または英語で訳されている部分も所々ある。
「私たちがまだ日本に不慣れだろうと言う事で、士郎さんが私たちのために今まで使っていた母国の言葉に訳してくれたのさ」
「それに訳すだけじゃなく、判りやすく覚えやすいような解説付きなんですよ!イッセーさん!」
「・・・・・・・・・・・・」
2人揃って嬉しそうに語るので、ちょっと面白くなさそうにする一誠。
「あれ?如何したんですか?イッセーさん」
「いや、別に・・・」
「イッセーはちょっと面白くないだけよ?アーシア」
「イッセー君は同じ男として藤村君に劣っていると思って、少しふて腐れているのですわ」
いつの間にかに自分たちの下から一誠が姿を消していることに気付いたリアスと朱乃は、一時休戦して一誠の下にきてからお目当ての人物の心情を勝手に語る。
「べ、別にそんな事は・・・」
「でも大丈夫よ?イッセー」
「そうですわ、イッセーさんの魅力は私たちがよく知っていますからね!」
「部長・・・!朱乃さん・・・!」
2人の言葉に少しときめいて感動する一誠。
しかしそれは、2人が一誠の事を個人的に男としてみている故、贔屓しているに過ぎない。
現に士郎を贔屓にしているゼノヴィアから言わせれば――――。
「だが、士郎さんが頭が良い事には変わらないがな」
「む、俺だって士郎さんの様に頭さえよければ――――」
「正確には士郎は頭がいい訳では無いのよ?イッセー、ゼノヴィア」
2人のやり取りに、この部屋では誰よりも士郎の事を知っているリアスが口を挿む。
「む、如何いう事だろうか?部長。士郎さんは掛け値なく頭がいいじゃないか?実際この様な勉強ノートを作るにしても、ただその国の言葉を熟知しているだけではできないんだぞ?」
「それくらいの事、私だって理解しているわよ?私が言いたいのは、士郎は始めから頭が良かったんじゃなくて、血のにじむような努力で身に付けたと言う意味よ」
リアスはゼノヴィアに対して、誤解を解くように説明し始めた。
「これは士郎のお父様である切嗣さんから聞いた事なのだけれど、士郎が今現在修得している技術の9割ほどは才能なんて無かったんですって!士郎は運動神経も抜群だからよく誤解する人達も居るけれど、基本的に士郎は努力の人なのよ!昔から遊ぶと言う事もほとんどした事が無いらしいわよ?」
「あの戦闘上での身体機能の高さもか?」
この質問に何故かギャスパーが一瞬だけぶるっと震えて、小猫は勉強中の状態を維持したまま向かいの席で如何かしたのだろうかと言う疑問に感じた。
「さあ、そこまでは私も知らないわよ。その辺については、ゼノヴィアの方が詳しいんじゃない?」
「むぅ・・・確かにその当たりのせいで木場が・・・」
『木場』と言うキーワードに、ぶるっと震えるギャスパー。
「え?祐斗が如何かしたの?それ以前に如何して居ないのかしら?」
「ふむ、何といえばいいか」
「本当に如何したのよ?歯切れが悪いわね」
ゼノヴィアの態度に訝しむリアスと、そんな態度に心当たりがあるのかギャスパーが小刻みに震えだした。
「言うなら、木場は藤村邸で死んでいる」
『・・・・・・・・・・・・・・・(は・な・へ・え)!?』
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ!
ゼノヴィアの言葉にほぼ全員が呆気にとられてから、驚きつつ間抜けな声が漏れる。
そして今度こそ本気で体中を震わせるギャスパー。顔は恐怖に染まっていた。
「ちょっ!?ど、如何いう事!」
「それと何でギャスパーの奴は震えてんだ!?」
「何かしらの関係が有るんですか?ゼノヴィア先輩」
「関係は無いが知っているだけだ。ギャスパーも木場も、既に藤村邸の家族同然に扱われているからな!」
そう、駒王協定締結から次の日の放課後には3人の藤村邸へ住むことが許されたのだ。
それならば善は急げと言う事で、直にでも荷物を魔術魔法の転移により送ろうとした。
しかし、士郎が家族への魔術などによる催眠などを嫌っていたため、荷物の移送なども含めた引越し等は休日にした方が良いと言う事に成ったのだが、切嗣が勝手に手配した業者の手により更に次の日の放課後には完全に荷物運びが宛がわれた部屋へ済んでいた。
あの日からまだ2日、3日しか経過していないと言うのに、すでに家族同然状態に扱われるとは恐れ入る。
ひとえに、アイリスフィール・フォン・アインツベルンの子供へ注ぐ愛情の深さによるであろう。
「それで、如何いう事なのかしら?」
「――――あの日、木場の提案した本音についてだ」
「本音?あー、士郎の強さについてだったわよね?」
「そうだ、その件で今日から士郎さんのトレーニングに同行したんだ木場は。私は止す様に勧めたんだが、大げさすぎるんじゃないかと言われて結局付いて往ったんだ、アイツは・・・」
何とも言えないよう顔をしたゼノヴィアに、今も直震え続けているギャスパー以外の5人は首を傾げる。
木場祐斗は、リアス・グレモリー眷属内で速度も体力も総合的面でも現段階では一番強い。
それにもかかわらず、そんな兵にいくら強いっていっても人間である士朗の基礎れんに同行することを止めるというのは、祐斗と同じく大げさすぎるんじゃないかと思った様だ。
そんな5人に、未だに震え上がっているギャスパーがあるプリントを渡した。
「ギャスパー、これは?」
「し、しししし、しし士朗さんの・・・訓練メニューですぅぅぅ!!」
「へー、これが?だけど思ったより軽いメニューだな、一週間でこなす量としては」
「ホントですわね。これがどうかしたのかしら?ギャスパー君」
渡されたプリントをゼノヴィア以外の5人が覗き込んでいるが、未だにしっくりきていない様だ。
そこで事情を知っているゼノヴィアも覗き込んでから5人に向けて言う。
「違う・・・一週間分じゃないぞ、それは」
「一週間分の量じゃないと言う事は一日分の量って事?これなら確かにハードな訓練だと言「違う」・・・え?」
「これは今日の朝の一時間分の量だ」
『・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・・ぇぇぇえええええええ!!?』
ゼノヴィアの爆弾発言により、ギャスパーは変わらず震え続けており、それ以外の5人は鳩に豆鉄砲――――では無く、鷹にマシンガンを撃たれたかのように驚いていた。
「う、嘘でしょ!?」
「嘘じゃない」
「冗談なのでは?」
「冗談でもない。しかも、基本的にほぼ毎日士郎さんは熟している様だ」
その事実に開いた口が塞がらない様子の5人。
「そ、それで、祐斗さんはどうなったんですか?」
「一時間以内にこれを熟さなきゃならないからな。1割位しか出来なかったようで、士郎さんに担がれて戻ってきたさ。その後は宛がわれた部屋にて死んでるように眠っている。ギャスパーが今も震え続けている理由は、心配だったのか木場を尋ねに行って中を覗いてみたら、あまりに壮絶な表情過ぎて恐ろしかったらしい・・・そうなんだろ?」
ゼノヴィアに指摘されたギャスパーは、震えながら顔を激しく素早く上下させる様に肯定した。
そんな反応に5人とも背中や頬に嫌な汗をかいていることを感じた。
「ゆ、祐斗も気の毒ね?」
「そ、それより勉強を再開しましょう?」
この話題から余程離れたかったのか、朱乃の言葉にすぐさま同意してから各々が元の位置に戻った。
因みにギャスパーは、震えを何とか止めようと自己暗示をしていた。
「ぼ、ぼぼ僕は何も見てない、ぼ、僕は何も見てない、僕は何も見てない、見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない見てない――――」
少々煩かったようで向かい席で勉強していた小猫は、若干イラッとした。
そこですぐには勉強に集中できないのか、一誠がゼノヴィアに質問する。
「そう言えば3人目である副会長さんは、如何なんだ?」
この質問に途端に機嫌を悪くしたのか、不機嫌オーラをまき散らしたことによって空気を重くするゼノヴィア。
「別に何もないっ!あー、何も無いっっ!真羅椿姫風情が、早々に士郎さんのお情けを給われる訳がないんだっっっ!!」
士郎への色恋沙汰の話になると、良くも悪くも途端に感情の起伏が激しくなるゼノヴィア。
如何やら今回はネガティブな方向性らしい。
それと新参者どうこうと言うのなら、共に暮らすようになって1月も経過していないゼノヴィアも同じであろう。少なくとも士郎の姉であるイリヤからすれば。
「わ、わかったわかった、聞いた俺が悪かったよ」
「それにしてもあの時は本当に驚いたわよね?形式上とは言え、まさか椿姫も人質役を自ら買って出るだなんて思わなかったわ」
「そうかしら?彼女の事ですから、瞬時にその案を思い浮かべて嬉々としてあの時の状況を利用して、藤村君に近づこうとしたんじゃない?」
そう、堕天使側並びに天使側がその場から引き揚げた後に、3人目の人質役として真羅椿姫が名乗り上げたのだ。
時期シトリー家当主の眷族のトップである女王である彼女なら人質役としては申し分なかった。
内心ではどの様な思惑が有るかは別として。
しかし、その案に対して不服だったのはゼノヴィアだけでは無かった。内心ではソーナも悔しそうにしていた。次期当主であるソーナでは使えない手であるが故に。
因みに、サーゼクスとの話し合いは一応の決着を見せた。
サーゼクスが希望する事はもう少し年数を重ねてからにして欲しいと言う事で。
本人はいたって不満そうではあったが。
閑話休題。
ゼノヴィアは、リアスや朱乃の話を聞いてぶつぶつと呟く。
「士郎さんも士郎さんだよ!私の体だけでは不満だとでもいうのかっ!」
訂正を入れさせてもらえるのなら、その様な事は事実無根なのだが、暴走中の彼女には言っても無駄だろう。
因みに、アーシアだけには聞こえていたのか頬を赤らめながら俯いている。
「ま、まあ、何にせよ何もなくてよかったじゃねぇか!そういやぁ、士郎さんは如何してるんだ?」
「む、士郎さんだったら今日は――――」
ゼノヴィアは、バイクにまたがるセクシーな(←ゼノヴィア主観)士郎を思い出しながら口にした。
-Interlude-
士郎はバイクを駆り、赤と黒を基調とした服装に身を包んだ格好で、山岳部付近で現代相応に開発されてある小さい町に訪れていた。
その町の喫茶店のオープンテラスにて、裏の事情の知り合いに会う為だ。
そうして目的地である今時風のしゃれた喫茶に辿り着くと、オープンテラスに目的たる人物がそこに居た。
「久しぶりだな、フィリップ。待ったか?」
「いえいえ、時間通りですよ。士郎」
士郎と約束した人物。
真名は、フィリップス・アウレオールス・テオフラトゥス・ボンバントゥス・フォン・ホーエンハイムーーーー通称パラケルスス。念のためにフィリップ・アートゥスと言う偽名がこの世界における彼の名としている。
聖杯戦争でもないのに駒王町付近の山中でキャスターのクラスに当てはめられて現界した、錬金術や宝石魔術などを得意としている英霊であり元魔術師だ。
白を基調とした通気性の良さそうな夏服を纏った女性と見紛いかねない長髪の美青年は、恩人であり大切な友人でもある士郎を穏やかな雰囲気を醸し出したまま出迎えた。
「早速話したいんだが――――」
「――――大丈夫ですよ、士郎。認識阻害の魔術と念のため保険に、遮音結界も構築済みです」
「相変わらず手早いな・・・・・・それで何でケインが此処に居るんだ?」
士郎は眼を横にずらしてブロンド髪の青年に向けた。
「私が居ては御邪魔ですか?士郎」
「そう言うワケじゃ無いんだが・・・」
ブロンド髪の青年。
真名はケイローン。ギリシャ神話における、多くの有望な若者たちを大英雄の卵にまで育て上げて大成したケンタウロス族の『大賢者』。偽名ケイン・クロスでこの世界を渡っている。
フィリップと同じく、聖杯戦争でもないのにアーチャーのクラスに当てはめられて現界した英霊。
水色と緑を基調としたカジュアルな夏服に身を包んだ、広大な森の様な清冽な気配を持った青年。
しかしこの2人、英霊と言いながら肉が有る。だが受肉しているワケでは無い。
正確にはあと3人の英霊も入れた5人のマスター状態であった士郎は、藤村の血とアインツベルンの先祖返りの血が混ぜ合わせられたことにより、屈強な肉体に規格外な魔術回路から精製できるトンデモナイほどの魔力量を有していても、5体の英霊の現界維持の魔力を供給し続けるのは無理がある。
そこで、士郎がかつて衛宮士郎だった頃に邂逅した稀代の人形師の精巧な人形の記憶を、生体系統に特化した錬金術を得意としたフィリップが許可を取った上で覗き込んで、その人形を再現した器にそれぞれが移ったと言う事だ。
されど魂は肉体に依存するし、その逆もある。
さらに言えば彼らは神秘の塊だった。故に単に肉体を用意してもステータスは大幅なランクダウンは待逃れない。
しかしながらその心配は不要だった。
士郎が見た人形は何も一つだけでは無かった。
フィリップが再現した人形は単なる器では無かった。
士郎が衛宮士郎だった頃、宝石翁の紹介があったにせよ、自分の魔術の成果をおいそれと見せる魔術師なぞ基本的には存在しない。寧ろ、どうにかして出し抜こうと考えるのが一般的だった。
だが、士郎と稀代の人形師は同じ『創る者』。
そこに際して何か通じるものがあったのか、最強の幻想レベルより一歩手前の投影物を見せたら、快く『彼女』の上位作品である『肉体が魂――――神秘に依存する器』を見せてくれたのだ。
しかし何方かと言えば、彼女の見解からして士郎に見られてもさして問題ないと思われたのだろう・・・。
兎も角、士郎の記憶からそんな特別な人形を再現してからそれぞれが移ったために、ほとんどステータスをランクダウンさせずに済んだ。
更には肉体が有る故、一見完成された器でもあるが肉が有る以上、鍛錬し続ければさらにステータスが上がるだろうとフィリップとケインが皆に説明したのだった。
閑話休題。
「少々、報告したい事が有っただけですが、私の話より先の約束を優先してください」
「そうか・・・。じゃあ、お言葉に甘えるとしようか?」
「そうですね。では、お話を伺いましょうか」
そうして3人の会合は始まった。
-Interlude-
「成程、聖書に記させし堕天使の一柱コカビエルと四大魔王の血族の末裔ヴァ―リ・ルシファーが弱かった――――圧倒出来てしまった・・・ですか」
「ああ、正直かなり厳しいと思ってたんだが、何方も拍子抜けするほど弱かったんだ。如何いう事かな?」
士郎は、此処一月の間に戦った強敵についての疑問をフィリップに相談しに来た様だ。
「私たちが、この平行世界に現界してから数年経過した上での考察となりますが、直截的に申し上げるのであれば彼らの神秘の度合いが低まって来ているんではないかと思われます」
「神秘の低下による弱体化って事か?」
「それに加えて、どの神話体系も信仰を集めようと躍起になり、神秘の隠匿が二の次になりつつあるのではないかと言うのが、私の考えです」
「それにしては俺の投影魔術の威力が落ちた気配はないぞ?」
士郎はフィリップに対して当然の疑問をぶつける。
「これについても勝手な推測なのですが、魔術基盤が複数あるのではないかと思われます」
「複数?」
「正確には、一つの神話体系に一つの魔術基盤が有るのではないかと思われます。そして、今人間の魔術師の8割中分程は冥界に住む悪魔たちの魔力を再現したものですから、そちらの神話体系の魔術基盤に頼っていると考えています。更には、士郎の様な魔術回路を持つ魔術師は忘れ去られている可能性が高いですね」
「だから俺達が使っている魔術基盤の利用者も少なくて、威力も劣化してないって事か?」
「あくまでも推測の域ですがね」
フィリップの推測は突拍子もないものだったが、現状では何の実証も確証も無いので取りあえずは、それで納得するしか無い士郎だった。
「その推測に基づいた上で言うなら、聖書の勢力はかなり威力とか低くなってないか?」
「そうでしょうね。種族の存続などのために人間を転生させるなどして、神秘度も相当低下しているでしょう」
(まぁ、それだけとは思えませんが・・・)
フィリップは内心で思うところが他にあるのか、士郎達に告げずに口をふさぐ。
別に隠しているワケでは無くて、これ以上の推測だらけの話をしていても気が滅入るだけだからだ。
彼には研究者としての誇りもある故に。
「そう言えば、神器については何かわかったのか?」
「ええ、色々とわかりましたよ」
フィリップは、神器の研究を魔術協会や神の子を見張る者などに黙って独自に研究していた。
別に報告する義務など無いし、いざという時のカードとしても使える。
要するに、妻や士郎をはじめとする友人以外の事を信用していないのだ。
「既に解っていることは省きます。――――神器《セイクリッド・ギア》には、英霊と同じような神秘の塊が内包されています。まぁ、中には神滅具なんてものもありますから、これも英霊と同じように強弱が有りますがね」
「あー、知ってるよ。この間戦ったヴァ―リ・ルシファーや、一誠の神器なんかもそうだからな。それにしてもフザケタ呼び方だな、別の平行世界だから仕方がないが・・・な」
士郎の中の剣の丘にも突き刺さっている、イエス・キリストの処刑時にも使われた神殺しの槍。
宝具による真名解放時には、確かに士郎も『神殺しの聖槍』と唱えるが、ロンギヌスとはもともとイエスの処刑時の処刑人の名前。――――だが実際の所、聖槍の名をロンギヌスと勘違いする者が多数だ。
「そこは別に良いでしょう。所詮は区別するためのものに過ぎませんし・・・。私が言いたいのは、その神秘の塊の力を引き出せるのは契約者の成長時の力量だと言う事ですね」
「それ位も理解しているさ。・・・って、契約者?」
「仮称ですよ。聖書の神のシステムによって、人間の血を引く者達にランダムで転送されると言う神器。仮にも神からの贈り物ですからね、祝福の様なモノでしょうし、呪いでは無く無理矢理かつ一方的に契約させているんでしょう。本来であれば、それを呪いと言うのですが」
一方的かつ押しつけの善意など、自覚ある悪意よりも性質が悪い。前提が善意であるために頑固であれば罪悪感など微塵も生まれないのだから。
そのおかげで、一誠とアーシアは堕天使に殺された上で、椿姫も迫害されたのだから。
そう言う側面もあって、聖書の神は違う宗教観や神話体系からすれば邪神悪神の類と見做されているのだから。
まぁ、ある神話体系から他の神話体系の敵視感もあって、邪神呼ばわりなぞ珍しくも無い。
「――――と言う事は、もしかして・・・」
「はい、士郎の投影での宝具『破戒すべき全ての符』で、転生悪魔としての契約だけでは無く神器の契約もまとめて破戒してしまうでしょうから、気を付けて下さいね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「とは言え、士郎がコカビエルとヴァ―リ・ルシファーを圧倒で来たのは一重に士郎自身の実力もあるからだと思いますがね」
「それはいくらなんでも買いかぶり過ぎるぞ?フィリップ」
フィリップの言葉を真顔で否定する士郎。
「買いかぶりなモノですか!以前から申し上げて居る様に、士郎は謙遜が過ぎますよ」
そこで今まで黙って聞いていたケイローン――――ケインが、口を挿む。
「ケインまで・・・・・・」
いくらなんでも大げさすぎではないかと思う士郎。
「士郎は既に十分人の身で、英霊と背中を任せられる位の強さが有るんですよ?少なくとも、私よりは強いんで――――『ピリリリリリッ!』――――失礼」
フィリップの通気性の良い上着の内ポケットからスマホの着信音が鳴り、士郎達に断わってから取り出して電話に出る。
「『ピッ!』はい、うん!僕だよ、ハニー!」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
「うん!今は昨夜に伝えた通り、士郎の相談に乗ってるんだ!だから心配いらないよ?ハニー!」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
士郎達に話す口調と声音が、電話越しに出ているであろう『ハニー』なる人物になった途端に変わった。
信じられようか、『賢者の石』のモデルにもなった錬金術師兼魔術師の英霊『パラケルスス』が人生の根底が変わったとはいえ、士郎達の前で電話相手に話している時の彼は、バカップルの片割れそのものだ。
しかしながら、士郎もケインも慣れているのか、それぞれが何とも言えないような微妙な表情を作っているが、大して驚いている様子は見られない。如何やら、何時もの事のようだ。
「――――うん!夕食までには帰るから!戸締りはしっかりネ!ハ~~~イ!バイバイ、ハニー!」
『・・・・・・・・・・』
((コイツはもう、絶対魔術師じゃない!))
ピッ!
電話を切り、内ポケットにスマホを戻すフィリップ。
「――――ふぅ、失礼しました・・・どうかしましたか?」
「いや・・・相変わらずだなと思ってな。なぁ、ケイン?」
「ええ、夫婦円満で何よりです、フィリップ」
「フフフ、お恥ずかしい所をお見せしましたね。ところで話の続きですけれど・・・」
「いや、もう大丈夫だよ。フィリップ」
士郎の言葉に引き下がるフィリップ。
見せつけられた士郎とケインからすれば、ご馳走様状態だ。
「それでは、フィリップの方が終わった所で、お話があります」
フィリップへの相談について、済んだところでケインが口を開く。
「聖書の三勢力の会談襲撃の日、何故私に声を掛けなかったのですか?し・ろ・う!」
「え゛?だ、だって、会談が襲撃されるなんて夢にも思わ「嘘ですね」!?」
士郎の誤魔化しを一刀両断するケイン。
「夢にも思わなかったのでしたら、士郎とケインとフィリップ合作の大型スナイパーライフルを如何して持ち出したんですか?警備だけでしたら到底あんな物騒なモノ、必要ありませんよ?」
「うぐっ」
ケインの指摘に言い返せずに黙る士郎。
「しかし、もう起きた事をとやかく言う気はありませんので、次からはちゃんと話してくださいね?士郎」
「え・・・・・・だ、だが」
「異存が有ると?」
「あ・・・ありません」
ケインの鋭い眼光には有無を言わさぬ感情が籠っていたのか、士郎を無理矢理了承させた。
「それともう一つ」
「!?」
「今度は士郎の事ではありませんよ」
「・・・・・・・・・」
ケインの言葉に安堵を浮かべる士郎。
ケインに首根っこでも掴まれているのか、少々びくつぎ過ぎではないだろうか。
「士郎はあの日、英霊と戦いましたよね?」
「ああ、スパルタクスな?勘だったんだが、当たったよ。恐らくはバーサーカーのクラスで召喚されたんだろ」
「あの日、私も遅れて行ったんですが、キャスターとおもしき英霊を見ましたよ。結界でも張っていたのか、事前に察知されて逃げられましたが・・・」
「それはつまり、聖杯戦争が始まったのではないかと言う、疑惑ですか?ケイン」
ケインが話し始めてから口を閉ざしていたフィリップが、直截に尋ねる。
魔術の研究は続けているも、根源の渦への到達を目指さなくなったフィリップからすれば、現在の状況の永続は歓迎しても聖杯戦争開戦なぞ有難迷惑でしかないのか、口調が自然と堅くなった。
「確かにその可能性も検討すべきではありますが、何方かと言えば単なる報告ですよ?フィリップ」
「・・・・・・・・・」
「報告はそれだけではありません。アサシンとおもしき英霊も見かけましたよ」
その言葉と共にアサシンの様子と尋問結果を説明する。
「――――キャスターが俺を狙ってる・・・・・・か」
「心当たりなぞないでしょうが、気を付けてくださいね。士郎」
士郎は自分を顧みない処がまだまだあるので、警戒と注意を呼びかけるケイン。
「それと複数になっていた・・・ですか」
「いかに間諜の英霊と言えど、生身が無い以上分身なぞ出来ないでしょう」
「って事は宝具なんだろうが、格好からして山の翁ハサン・サーバッハの1人だろう」
「あの教団は、教主の人数が18人いた事位しか知られていませんからね、正直どの様な異能かは判りませんが、まだ複数居るか創造出来ると考えた方が賢明でしょう」
フィリップの考えは尤もだ。敵の情報が不足している時は、警戒心を怠らないのは堅実と言える。
それが間諜の英霊であるなら尚更だろう。
「兎も角、禍の団なるテロ組織にサーヴァントがいる以上、情報収集と共にあの2人にも注意を呼びかけましょう」
「アイツには俺の方から連絡しておくから、レウスにはケインから頼むよ」
「判りました」
こうして、3人はその後は少々のおしゃべりなどをしてから解散となった。
-Interlude-
私は士郎やケインと別れてから真っすぐに自宅に向かっている。
――――それにしても、士郎やケインなどは私が変わったと言うが、私自身はそうは思わない。
確かに、士郎や妻との出会いから魔術師としての私は死んだと言ってもいいが、根本的な部分はそのままだ。
根源の渦への到達。かつての私は、それのためなら何を犠牲にしようと裏切ようと躊躇いはしなかった。その部分が妻や士郎をはじめ、彼の家族やケインなどの友人達へとすげ替わっただけだ。
それらを守るためなら何を切り捨てても構わない。
若しかすれば士郎達はそれを覚悟や決意と言うかもしれないが、そんな上等なモノじゃない。
単なる私欲であり、冷酷非――――。
ピリリリリリッ!
ピッ。
「はい――――うん!僕だよハニー!うん、うん・・・・・・・・・うん、今から帰るよ。ハ~~~イ!」
ピッ。
――――冷酷非情なのだから。
後書き
以前の何処かの後書きにて載せた、オリ鯖として載せようとしていたのがパラケルススさんです。
Prototypeの方は知っていたんですが、蒼銀のフラグメンツなんてもの知らなかったんです、当時は。
因みに現時点で士郎側に居ないのはランサーとバーサーカーです。
ランサーを誰にするかは決定済みですが、登場時期は現段階までの原作の何所にも登場させる気は御座いません。一誠が3年になってからですね。
原作がそこまでやるのかは知りませんが。
バーサーカーについては考え中です。ハイドかゴールデンの2人が今の所、候補として挙げていますが如何しましょうかね?
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