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極短編集

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短編24「神様のスイッチ」

ビー!

 ブザーが鳴る!僕は目の前にある、大きな赤いスイッチを押した。

 僕は、新しい仕事についた。ハローワークで紹介された住所に向うと、ビルがあり、エレベーターを上がり3階の奥が僕の職場だ。僕の仕事は……

ビー!

 と、ブザーが鳴ったら目の前の、机の上にある赤いスイッチを押すのだ。初めて会社に来た時は驚いた。会社からは、前もってマニュアルが郵送で渡されていた。マニュアルにそっていくと……

住所の書いてある所に行く。
会社のドアを開ける。
右手奥の3号室で業務となる。
業務内容は、机の上の赤いスイッチを、天井のブザーが鳴ったら押す。
業務時間は8時半から18時。
12時から13時まで昼休み。
午前10時、午後15時より15分の休憩。
週5日の勤務。
休みまたは遅刻、早退などの場合は、電話にてフリーダイヤルへ。音声案内にしたがって、手続きを取る事。

 まあ、こんな感じで僕の仕事が始まった。初めての内は、興味本位で続いたが……

「だだ、スイッチを押すだけかよ!?」

 段々と業務への熱意は消えて行った。

ビー!

 ブザーが鳴り、スイッチを押す。ブザーはいつ鳴るか分らない。一日鳴らない時もあったし、ひっきりなしに鳴る時もあった。しかし……



「ただ、押すだけかよっ!?」

 一か月も立つと嫌気が差して来たのだった。だから業務中……

「アハハハッ!」

 漫画を持ち込んでしまった。しばらく様子を見たが、何も言われなかった。とはいえ飽きては来る。僕は昼休み、他の部屋も開けて見た。恐る恐る開けると……

 誰も何もいない、真っ白な部屋だった。

 部屋は、1号から6号まであった。しかし、机と椅子があり、赤いスイッチがあるのは僕のいる3号室だけだった。トイレの隣りは給湯室で、良くそこでお茶を沸かしたり、会社のレンジでお弁当を温めて食べた。
 どの部屋も真っ白で、窓がなかった。空調は効いていて、いつも同じ温度と湿度のようだ。そうそう、一度、会社に残ってみた事があった。18時までが業務時間なので18時になると帰っていたが、しばらく椅子に座っていると、18時半になった所で……

パチッ!

 っと、照明が消され、代りに非常灯が点灯した。シーンとする社内。30分くらいいたが、その他に変わりはなかったので、帰ることにした。ドアは僕が出たあと、勝手に鍵がかかっていた。
とにかく、変な仕事だ。しかし、給与はちゃんと銀行に振り込まれていた。半年が過ぎた辺りから、僕はこの仕事が辞めたくなった。とにかく、やり甲斐を感じないのだ!毎日、会社に来て、ブザーが鳴ったらスイッチを押す!

 その事になんの意味があるのだろう?
 
 僕は段々といい加減な気持ちで仕事を始め、机の上にはテレビを置き、DVDを見たり、お菓子を食べながら、ブザーが鳴るとスイッチを押していたのだった。
 そんな折、地震があった。業務中に地震は起こった。かなりデカい揺れだ。

ビー!

 その最中にブザーが鳴った!

「なんだよ、こんな時に!」

 と、思ったが取りあえず、机の下から手を伸ばし、スイッチを押した。

「あれっ!?」

 スイッチを押すと同時に地震は止まった。ニュース番組をつけた。テレビでは、臨時ニュースをやっていた。そのまま、つけておくと、またまた臨時ニュースが入った。なんと津波が来るらしい!それもかなりの大津波だ。すると……

ビー!

 と、ブザーが鳴った。僕は反射的にスイッチを押す。臨時ニュースのテロップが修正された。津波の規模が小さくなった。

 それからは、僕はテレビだけでなくパソコンやラジオを持ち込んだ。

「そうか?ヤッパリ、そうなのか!?」

 僕は自分の仕事を理解した。テレビで速報が出た。火山の爆発だ!

ビー!

 すぐさまブザーが鳴る。スイッチを押すと……

「あっ!火山がおさまった。良かったあ~」

 大した災害にならずにすんだのだった。パソコンからは、世界のニュースがキャッチ出来た。森林火災発生!このままでは、街が炎に飲みまれてしまう。

ビー!

 ブザーが鳴った!スイッチを押す。森林火災は突然の雨によって鎮火した。

「やっぱりそうだ!!」

 僕はこのスイッチを『神様のスイッチ』だと思った。それからの僕は、やり甲斐をもって仕事に励んだ。机の上には機材が並び、地球規模のデータが瞬時に分かるようになった。
太陽フレアの増大!NASAより緊急発令。太陽風に乗り、今までにない電磁場が地球に襲いかかって来た!

ビー!

 ブザーがなった!スイッチを押す。今回の電磁場は、大した事なく済んだのだった。
 僕は変わった。心が物凄く広くなった。僕が人類を守っているのだ!こんな気分の良い話しはない。そして気付くと30年余りが過ぎた。会社から手紙が届いた。あと1年で定年であるという通知だった。
 
「思えば不思議な仕事についたなあ」

 僕は独り言をつぶやきながら、通いなれた道を行く。いつもように椅子に座り、ブザーが鳴るのを待った。それは突然に起こった。

「うっ!!」

 胸が飛び出るほど、バクバクと言い出したのだった。苦しさに僕は突っ伏した。

『心臓発作!?』

 頭の中に浮かんだ言葉。ギュウッと痛みが襲う!急に目の前が暗くなり、意識が遠のいて行く。その時だった……

……ー!ビー!ビー!ビー!

 ブザーの音が聞こえた。僕は机に突っ伏したまま、無意識の内にスイッチを探した。スイッチに腕が触れる。

『これが最期の仕事か……』

 そう思いながら、スイッチを押した。






 僕は、目が覚めた。スイッチを押した瞬間、さっきまでの痛みは嘘のように無くなった。助かった!そう思った。僕はすぐに119に連絡した。救急車が来るまでの間……

「ありがとうございました」

 と、スイッチに向かって頭を下げたのだった。

 そんな事もあったこの仕事。とうとう今日でお終いだ。18時になり、終了時間になった。僕が会社のドアを出ると……



 そのビルは、忽然と消えたのだった。

おしまい
 
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