戦闘城塞エヴァンゲリオン
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第4話Aパート『見知らぬ、天井』
◇ ◇ 1 ◇ ◇
ヒデオが目を覚ますと。
「…知らない、天井だ」
そこは、アパートではなく。…病室?
ここは何処だろうかと、眠りにつく前の記憶をたどる。しかし、昨夜の記憶など一切ない。
親睦会に参加して、乾杯をしたところまではなんとか。
思い出そうとすると、頭が割れるように痛い。記憶を封印する呪いにでもかかったのか。
「マスターっ、気が付きましたか!?」
ウィル子。ベッド脇の台に置かれたノートPCから飛び出して、多少心配そうにそう言った。
此処は何処だ。僕は誰だ。…いや勿論、自分が川村ヒデオ(20、無職)であることは分かっているが。そんな常套句が浮かぶ。
ウィル子の説明によると、親睦会の途中でやって来た大会参加者同士の諍いに巻き込まれたとか。
結局一方と勝負して、勝利したのだという。大会HPのランキングを確認すると、確かに12勝に増えていた。
それにしても、日本酒を浴びるように飲んだ上で「自分は神だ。邪魔する輩は消えろ」などと妄言を吐きながら、数十人の参加者に暴行を加えたとか。
まさか。虫も殺せず、室内に虫が侵入しても、出て行くまでひたすら祈るしかできないような自分が。
なお、もう昼近くの時間。ミサトと美奈子は出勤のため、レナと大家さんは大会本部の用があって付き添いはウィル子だけだという。
「おや、目が覚めたのかい?」
病室の入り口からそう声をかけてきたのは、よれた白衣の男。ボサボサの髪に、黒縁メガネ。まだ若いような見た目だが、若々しさは感じられない。…若々しさが無いという点では、ヒデオも他人のことは言えないのだが。
おそらく医者、だろう。
「いっひっひ。キミぃ、エヴァンゲリオンのパイロットなんだってねぇ?しかも、聖魔杯参加者だって?」
医者が異様な迫力を放ちながら迫ってきて。…もしかして、大会参加者だったりするのだろうか?
「ど、どうだいぃ?このドリル、キミなら使いこなせるんじゃないかなぁぁ?」
白衣のポケットから、円錐形の金属塊を取り出して、そう言う。あきらかにポケットより大きいのだが。
しかし、…武器。
「ひひっ、その真剣な眼差し!興味?興味を持っているんだねぇ?流石だよ。5分でこれをキミの右手と換装しよう。」
「否、…先生。」
右手がドリルになったら色々と不便に違いない。…イロイロと。間違ってもここで頷くわけにはいかない。
「左手!?左手がいいのかい!?なんなら、左右一対で換装しよう。ついでにヒザドリルと乳首ドリルもオマケしようか?」
いやもう、訳が分からない姿に変貌しそうなのですが。
こっそり背後から忍び寄ったウィル子が、ゴスッと医者の頭にチョップを振り下ろした。
「マスターこの病院はヤバげです。さっさと退院するのですよ」
そもそも、何故こんな病院に入院しているのか。たしか、大会参加者は優遇される指定病院とかがあったはずだが。
「いや、大会指定の病院はどこも手一杯で」
よくわからないが、200人からの患者が詰め掛けていたらしい。
ところが無言の医者に、目の前に紙切れが突きつけられて。そこには請求書とあり、金額の欄に0が6つ並んでいた。
「300万!?何で、そんな額になるのですかー!?」
「霊薬、…世界樹の雫でもいいさ。けど。そういったものを使ったのさあ。キケンだったからねえ?」
そんなものが実在するのかは不明だが、高価かつ当然保険の適用外で。明細上はそのアンプルを3本打ったことになっていた。
「いひひひひっ。何なら、キミの腕にドリルを移植する権利をボクが買おう。1本100万でどうだいぃ?」
つまり、左右の腕と、片ヒザを犠牲にしろと。…乳首ドリルは、ない。いくらなんでも。ない。
ともかく、今日中に支払えなければ、ドリル移植手術だ。と念を押されて、やっと解放された。
外から見ると、廃墟一歩手前の雑居ビルを一棟占有する病院で。見上げると看板、『伊織総合ホスピタル』。
「はふぅ…、大変なことになったのですよー」
肩を落とすウィル子。大会三日目にして、負債額300万。ともかく金策に奔走しなければならなくなった。
◇ ◇ 2 ◇ ◇
第三新東京市の中心部付近。ヒデオとウィル子が立っていたのは、金融会社の前だった。
大きな看板を掲げていないが、見た目には大手旅行代理店か携帯ショップかといった風情で入りやすそうではある。
しかし、借金か。それだけはすまいと、自殺まで決意したというのに。まさかこんな形で…。
入り口のスモークガラス、中央に小さく店名を示すプレート。『伊織金融商会、第三新東京市中央店』。
ふと、見覚えのある字面だな。と思った、そのときにスモークガラスの扉の内側に、べたりと何か赤いモノがへばりつき。
「た、たすけ…、お金、返しま…ひ、ぎゃあぁぁぁぁっ」
へばりついたモノが不明瞭な言葉を発する。途中からは悲鳴に変わり。
最後には引きずり戻されたらしく。しーん。と、静寂。防音性の高い扉らしく、内側でどんな惨劇が繰り広げられているのか窺い知れない。
気付く。『伊織』総合ホスピタル、そして『伊織』金融商会。同族経営か、グループ会社か。
「マ…、マスター。ここはっ、ここもヤバイのですよー。」
慌てて別の金融会社を検索して。しかし。
「…信じられない。」
より落ち込んだ様子で。
第三新東京市で金貸し業を営んでいるのは、大手銀行を除けば、この伊織金融商会ただ一社だという。
大手銀行も貸付は、担保を前提とした長期ローンか上限が数十万のキャッシングのみ。即日で300万を用意できるようなものは他にはない。
なぜこんな状況になっているのかといえば、治安向上を目的とした市の条例で貸金業者に対して厳しい審査が設けられているから。実質的にはこの都市の経済を牛耳る“魔殺商会グループ”以外を排除するように仕向けられていた。
政治と企業の、癒着。政治腐敗か。ともかくさっきの病院もこの金融会社もそのグループ傘下ということになる。
「こーなったら、ネルフに泣きつくのですよーっ」
ウィル子が涙目で叫ぶ。
…そうか成程、その手があったか。
「行こう」
ネルフにではなく。金融会社のガラス扉を開く。「え、えー!?」とウィル子は信じられないという表情だが。
「…客か?」
モップを持って、床を掃除していたらしい若い男が振り返り言った。ノーネクタイで黒いシャツに黒スーツ、銀縁メガネをかけた耽美な顔立ち。愛想笑いのつもりか、ニヤリという悪い笑みになっている。客を迎える態度とは思えないが。
「先に言っておくが、人命より重いものはいくらでもある。金がその最たるものだ。」
先が赤く染まったモップをバケツに放り込んで、言った。
「…ご利用は計画的に」
「くくっ。返すあても無いなら借りるな。取り立てるこちらの身にもなれ。そういうことだ」
当然、担保も何もない。ウィル子はおろおろしているが。
「ところで、…あなたは?」
胸ポケットから取り出した名刺を差し出される。名刺には、『伊織魔殺商会社長 兼 魔殺商会グループ代表 伊織高瀬』とあり。
いきなり大物が出てきた。せいぜい、この金融会社の支店長クラスだろうかと思っていたのだが。
ともかく、これは好都合だ。
「僕に。投資しませんか」
「…何?投資だと。貸付ではなく?」
社長だという、この男――高瀬も意外だったようで、ひとまず話を聞こうという態度になる。まあ座れと勧められ、応接用机を挟んでソファに座る。
「先日、この都市を襲った脅威。それは“使徒”と呼ばれています。その使徒を撃退したのは、国連の下部組織」
「ネルフだろう。ふん、その位のことは知っている。その時ネルフの兵器――エヴァンゲリオン、に乗っていたのが貴様だ。と言うのだろう?川村、ヒデオ」
さすがに情報に聡いようで、こちらの素性はすでに割れていた。
「そう。知っているなら、話は早い」
「何に使うのかは知らんが、金が必要ならネルフに出してもらえ。0が7~8個並ぶ程度の金額なら即座に用意できるだろう?」
どうやら、自社グループの病院での治療費用に必要とは伝わっていないらしい。
「しかし、そんな義理は無い。なぜなら、僕は彼らと。正式な契約を結んでいない」
「なら、すぐにでも契約を結んでしまえ。そうすれば。…、ちょっと待て」
そう、目の前のこの男は間違いなく頭が切れる。
「貴様はまだ、どこの所属でもない、まったくのフリーだというのだな」
「ええ」
「つまり、ネルフに先んじて我が社と専属契約を結ぶことも可能。というわけだ?」
「まさに。その通り」
即座に頷く。
「ネルフが貴様を使いたいと言ってきたら、我が社の専属だと。いちいち利用料を吹っ掛けてやればいいのかな?」
「ええ。妥当な金額を請求してもらって結構。その上で、理不尽な要求に対して、拒否できるようにしていただきたい」
「しかし、俺も中間搾取するぞ。徒らに貴様の取り分を削る結果になるとは思わんのか?」
契約交渉というのは、契約事のプロフェッショナルがやるべきだ。
例えば、プロスポーツ選手はその競技を行うプロフェッショナルであっても契約事は素人だ。対して彼らを雇うチーム側の人事の担当者は契約事のプロフェッショナルである。そんな両者の交渉がはたして対等であるといえるだろうか?
ならば、選手の側もその道のプロフェッショナルに交渉を任せるべきではないか。
口下手な自分に有利な交渉ができるとも思っていない。だからそれを任せたいと、素直に頼んだ。
「くくくっ、俺を、いや魔殺商会を、代理人として利用しようとはな」
「気に、召さない。と?」
低い笑い声。プライドを傷付けてしまっただろうか。
「まさか。…おもしろいっ。そういう交渉は大いに好むところだ」
「それは。よかった」
「川村ヒデオ。君が望むなら、魔殺商会は君を正社員として迎えよう」
「是非とも」
「となれば、契約書を作らんとな。契約金として…、1000万ほどでいいか?それも用意させよう」
部下に指示をしようというのだろう。高瀬はポケットから黒光りする二つ折りタイプの携帯電話を取り出した。
「…契約金は、その半分で結構。その代わりに、支給して貰いたいものがいくつか」
「何だ。言ってみろ」
「まずは携帯電話を」
高瀬の携帯電話を指差す。
「持ってないのか。いや、ネルフからも支給されるのではないか?」
「支給されるでしょう。…発信機と盗聴機が、仕込まれたようなものが」
「ああ、だろうな」
納得した顔で頷かれる。
「とゆーか、今時スマホじゃないんですねー?」
「ふん、スマートホンか。以前使ったこともあるがな。ちょっとドンパチやらかしただけで画面が割れて、かなわんので戻した。
総チタン・ボディの特注品だぞ。イカシてるだろう。拳銃弾ぐらいなら耐えてみせる。貴様にも同型をくれてやろう」
高瀬の携帯を眺めて言ったウィル子に、自慢げにそう返した。
あとはノート型のパソコン。ウィル子の行使できる能力は感染した機器の性能に左右されるそうだから、できるだけ高性能な最新型をお願いした。
雇用契約書や支給品の準備を指示してからしばらくして。
荷物を抱えてやってきてのは一人のメイドだった。二十歳+αくらいだろうが、何故かミラーグラスをかけていて、その顔立ちははっきりしない。
「ご主人様ー。持ってきましたよ」
「リリー、足労をかけてすまん。君にも紹介しておこうと思ってな」
そう言って高瀬は、リリーというメイドにヒデオとウィル子を紹介する。
「あれれっ。ロボットのパイロットっていう大会参加者じゃないですか。ご主人様、…どんな卑劣な手段を使って勧誘したんですか?」
「馬鹿を言え。彼ら自身が我が社を希望して来たのだ」
疑わしそうに、メイドは高瀬を見た。ご主人様と呼んでいながら随分と気安い感じだ。
「あ、私はこうゆう者なんで、よろしく!」
と、ふたりにそれぞれ名刺を渡す。名刺には、『伊織魔殺商会会長 兼 魔殺商会グループ影の総帥 リリー』とあり。
社長に続いて、会長。それも見た目にはそんな役職に就いているとは思えない若い女性で。
「しかも、影の総帥とは一体?」
ウィル子が驚きの声を上げる。“影の”なのに名刺に刷ってしまうとか、それはどうなのか。
「聖魔杯参加者同士、仲良くしましょ?」
にっこりと、そういう彼女。何となく、ヒデオには凄絶な笑みに見えた。
◇ ◇ 3 ◇ ◇
ヒデオは黒いスーツに着替えていた。支給されたもので、金融会社の制服だとか。仕立てのいい高価な品だとおもうが、随分金をかけている。それに、サングラス。見た目に迫力が増すからということなのだが。
「ち、ちょっと、サングラスを外してみろ。」
言われて、すっとそれを外してみると、おおーっと、ウィル子を含め歓声があがる。なんだこれ。
「怖っ!!怖いのですよー。まるで殺し屋なのですよー」
「そうだよねー。血も涙も無い殺人マシーン!!って感じっ」
ウィル子とリリーが、わきゃわきゃ楽しそうに言い合う。
「…サングラスを外した方が、威圧感があるくらいだな。これは失敗だったか?…いや、そうだな。サングラスを掛けた状態で相手に近づき、至近距離で外してプレッシャーを与えるというのはどうだ」
いったい、何のために。とは思ったが、そういう戦術もありといえばありで。
「ウィル子ちゃんはどうする?制服、支給しよっか?」
「制服とゆーと、そのメイド服ですか?」
うんうんと頷くリリーに、「じゃあ」と言うと、ざっとウィル子の姿にノイズが入り、その瞬間メイド服姿に変わる。
「にひひっ、似合いますか?」
ふわりと可愛く回ってみせる。
「どーなってるの!?」
「何だ今のノイズは?」
驚く彼らに、ウィル子が電子の精霊であることを教える。聖魔杯の参加登録から種族は確認できなくはないだろうし、無用な隠し事で信用を傷つけることもあるまい。
「さすが最新型っ。メモリでっかくてCPUはやっ!!HDD読み書きも速いしっ」
さらに、支給されたノートパソコンや携帯電話に入り込むウィル子に、「すごっ、ほんとに入っちゃってる」とさらに驚く彼ら。
「…あとは、契約だな」
そう言って、雇用契約書と契約金を取り出す高瀬。
契約書は日付を1カ月前にしてあった。ネルフと関わりを持つ前から社員だったということにするためだ。既に雇用主の欄に社名と高瀬の名前が記載されている。ヒデオも被雇用者の欄に署名し印鑑を押した。
契約金500万。チケットではなく、日本銀行券で渡される。まあ、チケットしか流通していないわけでもない。
給料は銀行振り込みになり、契約日付を操作した関係で1カ月分はすぐに振り込まれるという。一般の会社員並みの給料に、今後ネルフに支払わせた分から出来高払いという形でプラスするということになった。
渡された紙幣の束から3つを、請求書と共に高瀬に返す。
「これを、払っておいてもらえますか」
正直、あの医者と顔を合わせたくない。ドリルをつけようとテンション高く勧められそうで。
「ん?ああ、ドクターのところの患者だったのか。…300万だと?いったい何の治療を受けたんだ」
「飲みすぎで、一晩入院しただけなのですよーっ」
「それだけで?…多少の暴利は許していたが」
怪訝そうに。彼からしても、この金額は意外なようで。
「ドリルを移植すると息巻いてたのですっ」
「あ、ああ…。そうかドクターに。気に入られたのだな」
そんな。気の毒そうに言われても。
「まあ、そういうことなら俺から渡しておこう。領収書だ、受け取れ」
さらさらと領収書を記載して渡される。ともかく、これでドリル移植手術は避けられた。
「しかし、そうか。武装はどうする。これぐらいならすぐやれるが」
そう言ってデスクの引き出しから取り出したのは、一丁の拳銃だった。
「否、拳銃は」
大会を戦い続けるには武器は必要。しかし、こんなものはダメだ。手加減のしようも無く、まかり間違えば人殺しになってしまう。
「近接系の方が得意なのか?あまり、いいものは無いが」
「あ、あれなんかどうです?ご主人様。以前ドクターが作った…」
リリーが何かを思い出したようで。しかし、あの医者が作ったものとかどうなのか。
「ああアレか。まあ、冗談の域を出んが大抵の相手には有効だろう」
「じゃ、持ってきますね」
手元の鞄に手を突っ込み、「えーと何処だっけー」などと呟きながら引っ張り出したのは金属製のケースだった。楽器でも入っている、あるいは非合法の取引の場面で大金が入っているような。
…鞄より大きいのだが。まあ、ドクターとやらもポケットより大きなドリルを取り出していたし。そういう、四次元何とか。のような技術が確立しているのかもしれない。
「では、ありがたく」
ヒデオはケースの取っ手を握り持ち上げた。ズッシリと重いが、持ち運びに苦労するという程ではなかろう。
「マスターっ、中身を確認しないのですか?」
「不要」
どんな武器だろうと。自分には、使いこなせるとも思えない。しかしこのような金属ケースなら、殺し屋じみた男の小道具として役立つだろう。サングラスとあわせて怪しさを倍増させられる。
「ふっ。大した自信だな」
「ですねー」
心底楽しそうな高瀬に、リリーも同意する。
「では、ネルフから連絡が来たらこっちに繋げ。巧く取りまとめてやろう。それまでは…、そうだな。貸付金の回収業務にでも就いておけ。まあアリバイ作りだ。実績は問わん」
そう言って、債務者リストと車のキーを渡された。
とにもかくにも、こうして。ヒデオ、就職。ネルフは、どう出てくるだろうか?
[続く]
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