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油すましと赤子

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4部分:第四章


第四章

「何故かというとじゃ」
「そのことがどうしてもわからなくてな」
「困ってるんだよ」
 甚平もおえりも口を尖らせて油すましに話す。
「これは一体どういうことでい」
「あんたの仲間の仕業かい?」
「そうじゃ」
 そのだ。妖怪の仕業だというのだ。
「そのせいでじゃ。こうなっておるのじゃ」
「ふうん。じゃあどんな妖怪だい?」
「悪い奴なのかい?」
「悪い者ではない」
 そうではないとだ。それが断る妖怪だった。
「別に人を食ったり火を点けたりはせぬ」
「何だ、じゃあとりあえずは安心だな」
「そうだよね」
「しかしじゃ。御主等にとってよい者ではない」
 能天気に言い出した二人に釘を刺したのだった。
「家の油を取っておるからのう」
「そうなのかよ。太て野郎だな」
「妖怪の風上にも置けないね」
「よくもまあそれだけ勝手に考えられるのう」
 油すましもそんな二人に呆れることしきりだった。
 しかしだ。それにめげることなくだ。こうその彼等に話した。
「まあとにかくじゃ」
「ああ、それでだよ」
「それでどうなんだい?その妖怪は」
「ほれ、今もじゃ」
 油すましは急く二人に話した。
「御前さん達は行灯に油を入れたままにしておるのう」
「ああ、行灯の中の皿にな」
「そこにだね」
「あと。油をそこいらに適当に出したリ」
 そうしてその他にもだった。
「少し余っていればぞんざいに捨てたりしておるじゃろ」
「油なんて安いものだからな」
「別に気にすることないじゃないか」
「では。今家の中を見てみることじゃ」
 咎める口調で二人にだ。また告げたのである。
「御前さん達のその家の中をじゃ」
「その妖怪がいるってのか」
「そうなんだね」
「そうじゃ。見てみるのじゃ」
 また言う妖怪だった。
「わかったな」
「よし、じゃあ見てやる」
「いざね」
 こうしてだった。甚平とおえりは油すましの言葉に乗ってだ。
 家の障子、扉にもなっているそれを少しだけ開けてだ。中を覗いたのだった。すると今家の中にいたのは。
 赤子だった。しかし彼等の子供ではない。赤子だがしっかりと歩いてだ。長い舌で行灯の中の皿を取り出してその油を舐めていた。
 その赤子を見てだ。二人は言った。
「あれがか」
「妖怪なんだね」
「そうじゃ」
 一緒に覗いている油すましがそうだと答える。
「これでわかったな。あれは油赤子という」
「それがあの妖怪の名前か」
「そうなんだね」
「そうじゃ。油がああして粗末に置いてあれば」
 どうするかというのだ。
「忍び込んで舐めるのじゃ」
「そうした妖怪か」
「そうなんだね」
「そうじゃ。これでわかったな」
 油すましは二人に対して言った。
「御主等が油を粗末にしているせいでじゃ」
「ああした妖怪が出て来た」
「成程ね」
「わかったら油は粗末にするな」
 二人に対して咎める調子で告げた。6
「これでわかったな」
「いや、こうしたことになったなんてな」
「妖怪の仕業だったとはねえ」
「妖怪は何時でもおる」
 その妖怪の言葉だ。
「人間と一緒にじゃ」
「そうか、つまりはあれか」
「そうだね、あれだよ」
 二人はここで相槌を打った。その相槌の根拠は。
「暮らしの中に妖怪あり」
「そういうことだね」
「いや、こりゃ油断できねえな」
「そうだね。本当にね」
「なら油を粗末にせんことじゃ」
 このことをまた言う油すましだった。
「わかったな。くれぐれもじゃ」
「じゃあそうするか」
「そうだね」
 このことにも頷いてだった。二人は納得したのだった。
 以後二人は油は粗末にせず残ったものはしっかりと元に戻したり節約するようになった。それ以後妖怪に油を舐め取られることはなくなった。神田に伝わる古い話である。


油すましと赤子   完


                  2011・7・24
 
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