魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 中学編 14 「風邪を引いた王さま」
胸元から手を入れて体温計を取り出す。体温計には【37.2】と表示されていた。朝方よりは落ち着いているが、まだ熱が残っているようだ。
「ぐぐぐ……」
我としたことがまさか風邪を引くとは不覚……。
昨日までは何ともなかったし、体調管理にも気を付けていたつもりなのだが……己が気が付かないうちに疲労が溜まっておったのだろうか。
まあ心当たりがないわけでもない。
今年の3月から地球で生活を始め、学校でも毎日のように賑やかな時間を過ごしてきた。ここでの生活は自分の家で過ごすように気楽なものではあるが、レーネ殿と顔を合わせればその度にからかわれる。まあ昔からあのような性格なので疲労は一時的なものだが。
ショウとは……会った頃から気も合い、助け合える関係だ。ここに住むようになってからは家事の大半は我が行っているが、買出しはたまにしてもらっておるし、我が外に出かけるときはあやつがやってくれておる。
「こうして考えてみると……あやつは良い男よな」
家事はできるし、おやつは自分で作れる。容姿もそれなりであるし、背も高いほうだ。少し線が細く見えるが、鍛えているだけに無駄なものがないだけであって力がないわけではない。
愛想があるとは言えないが、昔に比べれば感情も表に出るようになっておる。呆れたり驚いたりとプラスのほうの感情はあまり見ていない気がするが、周囲の人間を考えると仕方あるまい。
魔導師としての才能は、周囲のものより劣るというか器用貧乏ではあるが、地道な努力によってかなりの戦闘力を持っておる。また技術者としての道も進んでいるだけにデバイスの知識も豊富だ。身体的にも頭脳的にも悪い部類には入らないだろう。
「それに……」
前にシュテルから聞いた話では、デバイスの対人戦闘データを取った際に相手のデバイスを破壊したらしい。おそらく歴戦の騎士であるシグナムとの長年の訓練によって鍛え上げられた剣術並びに反応速度、デバイスの知識を有しているからできる芸当であろう。技術者達からは賛否両方言われているらしいが。
なのはやフェイト、小鴉と周囲が飛び抜けておるせいで平凡に思えるが、あやつも充分な実力を持った魔導師よな。なのは達を天才とすれば、秀才といったところか。
「……よくもまあ腐らなかったものだ」
あれだけ才能に恵まれた者が近くにおれば、普通の人間ならば努力することを諦めそうなものだ。まああやつの性格が性格であり、また環境が精神を早熟させたことが理由ではあるだろう。それ故に年不相応なことを考えて苦しんだ時期もあるのだろうが。
フェイトや小鴉の過去については聞いておるし、なのはが堕ちたときは我もすでに知り合いであった。あやつの心にはきっと我が思っている以上に深い傷があるのだろう。
「……故に」
あやつを最も理解できるのは同じような心の傷を持つ小鴉だ。誰よりもあやつと深いところで繋がっておるだろう。
だが……あやつらの関係は我が知った頃から何も変わっておらぬ。
別におかしいことではないが、最近思うようになったことがある。ショウも小鴉も大切な人間を失っている。そのため互いのことを理解できる。付き合いの長さからして、間違いなく大切な存在だと思っているだろう。
だが……あやつらは今以上の存在を作ることを恐れているのではないだろうか。
魔法に関わる以上、この世界の者と比べれば命を落とす可能性は格段に高い。誰よりも大切な存在を失うようなことになれば、心が壊れてしまうことは容易に想像できる。表面上には見えなくても、深い部分で恐怖していることはありえない話ではないはずだ。
「…………何を考えておるのだ我は」
親しい人間には幸せになってもらいたいが、だからといって病床のときに考えることもあるまい。どうにも遊園地に行った日から我はどこかおかしい。
なぜこうも……あやつのことを考えてしまうのだろうか。
あやつは我にとって同じ苦労を知る仲間であり、親しい友人のひとりだ。それ以上でもそれ以下でもない……ないはずだ。そうでなければ、同じ屋根の下で暮らすことなど不可能だろう。
もしや……あやつと何かあって気まずい空気にならないように気を張りすぎていたのだろうか。だがあやつは自分から不埒な真似をするような人間ではないし、この家には昔から度々泊まっていた。緊張しすぎていたということは考えにくい。
「えぇい……考えがまとまらぬ」
朝よりも熱が下がったおかげで頭痛や喉の痛みは大してないが、熱があるせいか思考が鈍い。今の状態で考えるな、と言われればそのとおりではあるのだが……体調が良くなったせいかじっとしていたくない。我は居候の身なのだから。
やれる範囲のことをやってしまおうか、と思った矢先、扉を叩く音が聞こえた。次の瞬間、おぼんを持ったショウが中に入ってくる。上体を起こしていた我と目が合った瞬間、若干彼の目が開いたがすぐに元に戻った。
「起きてて大丈夫なのか?」
「熱も大分下がっておるし、そもそもただの風邪だ。問題ない」
「そうか。まあでも今日1日は家のことは気にしないで寝てろよ」
まるで我の考えを見透かしているかのような物言いだ。我はそれほど分かりやすい性格をしているのだろうか。それとも顔に出やすいのか……などと考えておる場合ではない。
「あ、あまり近づくでない」
「……?」
首を傾げるな馬鹿者。我とて年頃の娘ぞ。汗を掻いておるときに異性に近づかれたくはないわ。おそらく寝癖も付いておるだろうから、見られているだけでも恥ずかしいというのに。
「あぁ……安心しろよ、お前はいつだって綺麗だから」
「ば、馬鹿者! そのような歯の浮くことを申すな!」
外見のことなら気にするな、という意味で言っておるのは分かるが、ここは普通に気にするなだけでよい。
小鴉やらに女心がどうのと言われて今のような言い回しにしているのかもしれんが、貴様は自分で思っている以上に良い男なのだぞ。我は誤解せぬからともかく、誰にでもそのようなことを言うのは乙女の純情を守るためにも許さんからな。
それ以上に今の言葉で嬉しさを覚えた自分のほうが許せんが……こんなだから周囲に色々とからかわれるのだ。ディアーチェ・K・クローディアよ、貴様は安い女ではないはず。
「病人のくせにあまり大声出すなよ。まあ少しは元気になったようで安心したが」
「我とて出したくて出したのではない。元はといえば貴様が……まあよい。用件を済ませてさっさと出て行け。貴様にうつっては大変だ」
「ならまずはこれを食ってくれ」
ショウが差し出してきたおぼんの上には出来たてと思われるお粥が乗せられていた。体調が良くなって空腹を覚え始めていただけに思わず唾液が溢れてくる。
「これを食べて薬を飲むのを見たらすぐに出てくよ」
「子供ではないのだから見ていなくてもちゃんと食べて飲むわ」
「ダメだ。俺が安心できない」
貴様は我のことを信頼しておらぬのか。
とも言いそうになったが、立場が逆だったならば我もきっと似たようなことを口にしていただろう。それだけにぐっと吞み込むほかになかった。
「ならば食べ終わるまで後ろを向いておれ。今の姿をあまり見られたくはない」
「お前が思ってるよりひどくないんだがな」
「ひどさの問題ではない。我の心の問題だ。いいからさっさと後ろを向かぬか!」
ショウは「やれやれ」と言いたげな顔を浮かべながら我におぼんを渡すと、ベッドを背もたれにして後ろを向いた。
椅子があるのだからそちらに座ればいいだろう、と思ったが、普段よりも弱っているせいで近くに居てくれることに安心感を覚える。そんな自分に思うところもあったが、我も人間なのだからそういうときもあると割り切ることにした。
「……美味いな」
「そうか……よかったよ。最近はあまり料理してなかったし、お粥ってあまり作ったことがなかったから」
「そうなのか?」
「まあな。義母さんは仕事に没頭するあまり貧血や栄養失調とかで倒れることはあったけど、風邪とかには不思議と掛からない人だったからな」
言われてみると確かに不思議だ。あの人の仕事量ならば体調を崩し色々な病気に掛かりそうだが……。またショウの義母になってからは倒れたという話も聞かなくなった。目元の隈と気だるそうな顔は相変わらずだが。
「はやてとかも滅多に体調を崩したりしない奴だし、今ではシャマルとかもいるからな。俺の出番はもうないだろうさ」
「ふむ……まあ良いことではないか。そのような出番はないことに越したことはない」
「そうだな」
そこでいったん会話が途切れるが、気まずい雰囲気にはならない。穏やかな時間が流れていると言えるだろう。このように心が安らいでいるのを感じるのは久しぶりの気がする。
最近は休日もあまり一緒にいることは少なかったからな。我は家事やシュテル達と買い物に行ったりしておったし、こやつはデバイス関連のことで魔法世界のほうに行くことが多かった。それに先週あたりは
「……そういえば、貴様はキリエと買い物に行ったそうだな」
「ん、まあ」
「あやつの相手は思ったよりも大変であろう」
あやつが主にからかっておるのは姉のアミタではあるが、何かあれば誰でもからかう輩だ。もう少し真面目ならばアミタのように多くの人間と交流を持てるだろうに。まあ表面上の付き合いだけの者を友と呼ぶタイプでもないので今のスタンスを変えるつもりはなかろう。
「ああ……シュテルとレヴィの特性を合わせたような奴だからな。まあ俺よりもフェイトのほうが苦労してたけど」
「ん? フェイトも一緒だったのか?」
「途中で会ってな。そしたらフローリアンが一緒にどうかって誘ったんだよ」
「そうか……」
あやつのことだから何かしら目的があったのだろうが……いや、変に疑うのはやめておこう。茶目っ気があるせいで誤解されることもある奴だが、根は良い奴なのだ。
キリエは昔から花を育てるのが趣味であったからな。それは今でも変わっておるまい。小悪魔的な言動を取っておるせいか、容姿を褒められても照れたりすることはないが、自分が育てた花を褒められると赤面する。そのような者が悪いはずないだろう。
「……音が鳴り止んだが食べ終わったのか?」
「ん、ああ……すまなかったな」
「気にするな。今後立場が逆になることもあるかもしれないんだから」
そう言ってショウは、空になった食器を受け取りながら代わりに水と薬を差し出してくる。我は受け取ると一度水を口に含み、薬を入れて一気に飲み込んだ。それを見たショウは、一度優しく微笑むと立ち上がる。
「じゃあ俺は約束通り出てくから。ちゃんと休めよ」
「言われずとも分かっておる。子ども扱いするでない」
まだ学校の課題も終わっていないものがある。それに家事は基本的に我の仕事ぞ。今日中に体調を戻さなければならないであろう。無理なぞするものか。
体調を悪化させでもすれば恥ずかしい姿をもっと見られることになるし、何より心配や迷惑を掛けてしまう。こやつは別に気にしないだろうが、我はどうしても気にしてしまうのだ。何としても今日中に治さなければ。
「何言ってるんだ。俺達はまだ子供だろ?」
「人の言うことを聞けないほど子供ではなかろう」
「それはそうだな」
ショウは静かに背中を向けると扉に向かって歩いていく。家の中にいるのは変わらないはずだが、先ほどまで近くに居たせいか寂しいという感情を覚えた。風邪で弱っているからだろうが、彼が言ったようにまだまだ我は子供らしい。
「……ショウ」
「ん?」
「……ありがとう」
ただ感謝の言葉を述べただけなのに、我は異様に自分の顔が熱くなっていくのを感じた。おそらく彼に対して「ありがとう」という言葉をあまり使ったことがなかったからだろう。いつもはすまないといった言葉を使っていたはずだから。
赤くなった顔を見られたくなかった我は、ふとんに包まるように寝転がった。微笑ましい顔をされているような気配がするが、気にしてはダメだ。
ショウは「何かあったら呼べよ」と言い残すと部屋から出て行く。流れ始める沈黙に耐えられなくなった我は、静かにふとんから顔を出した。
「……何をやっておるのだ我は」
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