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1部分:第一章


第一章

                            喉
 伊吹義春はバーでバーテンをしている。この仕事は夜の仕事だ。
 日々カクテルを作り客の相手をしている。その中でだ。 
 ふとカウンターにだ。一人の女が来たのだ。
 顔立ちは楚々としていており髪は黒くショートにしている。やや小柄で華奢な感じの身体だ。胸はあまり大きくはなさそうである。
 服は清楚な感じで気品のある上着にロングスカート、どちらも淡い大人しい色である。一見すると育ちのよい何処かのお嬢様である。
 しかしだ。義春がそこで見たのは。
 首だった。彼女の喉だ。真珠のネックレスで飾られたその首は。
 長く白くだ。非常に形のいいものだった。その首を見てだった。
 思わず見惚れて。それで思ったのだった。
「口付けをしたい」
 交際してだ。そう思ったのだ。
 だが告白はできなかった。彼は奥手だったのだ。彼女もおらず真面目にバーで働くだけだった。だが一旦そう思うとであった。
 昼も夜も彼女、その首のことだけを考えるようになり。それでだ。夢にまで見る様になった。
 夢の中で彼女と抱き合いその喉に接吻をする。そうした夢ばかり見るようになった。
 それが一月程続いた。夢はやがて。
 何故かだ。夢の中で刃を持ってだ。
 その喉に接吻してから切り裂く様になった。切り裂いた喉から。
 鮮血が飛び散り全てを紅に染める。彼女の白い身体も彼自身も。
 そうしてた夢を毎日見るようになった。そして彼女もまた。
 毎夜店に来てだ。カウンターで静かに飲む。その姿は自然と目に入ってしまう。実際にだ。彼女のその喉を一気に切ってしまうのではないか。
 こんな風にも思うようになってきていた。そんな中でだ。
 ある日店が終わり帰る時にだ。不意にだった。
 呼び止められた。呼び止めたのは。
 女だった。長い黒髪を頭の後ろで丸めてまとめている。切れ長の奥二重の目に白く細長い顔、高く筋の通った鼻立ち、紅の小さな唇。背は高く見事な身体をしている。その身体を黒いスーツとズボンで多いネクタイは赤、ブラウスは白だ。その彼女が夜の中から出て来てだ。
 彼に声をかけてきたのだ。
「悩んでいるわね」
「貴女は?」
「魔術師よ」
 女は微笑んでこう答えた。
「黒魔術師。名前は松本沙耶香というわ」
「松本さんですか」
「ええ、よかったら覚えておいて」
 その切れ長の目を細めさせてだ。沙耶香は義春に告げた。
「この東京にいる。魔術師よ」
「占い師とかではなくて」
「占いもできるけれどそれは仕事じゃないわ」
「仕事はあくまで魔術師ですか」
「そうよ。それでね」
 その黒い、琥珀を思わせる目で義春を見てきた。そのうえでだった。
 沙耶香はだ。こう彼に言った。
「いつもお店に来ている女の人が気になるわね」
「わかるんですか」
「魔術師にとって人の心を読むのは基礎の基礎よ」
 そうだというのだ。
「これ位訳はないわ」
「何か怖いですね」
「怖がる必要はないわ。それが魔術師だから」
「ですから魔術師自体がです」
「まあまあ。それでね」
 そうしたことはいいとしてだ。さらにだ。
 沙耶香は微笑みだ。また義春に話した。
「貴方、このままだとね」
「このままだと」
「彼女を殺してしまうわ」
 そうなるとだ。沙耶香は彼に言った。
「彼女の喉を切りたいと思ってるわね」
「まさか。そんな」
「夢に見てるわね。毎日」
 しかしだった。沙耶香は。
 今度は義春の夢のことまで話してだ。そうしてなのだった。
 彼の願いを無意識下のものまでだ。言ってみせたのだ。
 
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