すり
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4部分:第四章
第四章
「あいつ彫りものなんてしねえしな」
「おかしなことにおかしなことが続きやすね」
「全くだ。これはな」
「これは?」
「あいつに聞くぜ。直接な」
そうするとだ。三次はすぐに決めたのだった。そうしてだ。
おみよが洗濯を終えて周りをしきりに探りながら川のほとりからそそくさと去ったのを見届けてからだ。二人はおみよの長屋の方に戻った。そしてだ。
おみよの部屋の障子を開けて中に飛び込んでだ。こう叫んだのだった。
「やいおみよ、その手はどうしたんでい」
「えっ、旦那!?」
「その手、見せやがれ」
部屋の中で遅い朝飯を食っているおみよに飛び掛ってだ。そのうえでだ。
その袖を乱暴にめくった。するとだ。
そこには無数の目があった。右手にも左手にも。目が幾つも連なりだ。それぞれが一斉に動いて三次を見てきた。その無数の目がある袖を見てだ。
久吉は腰を抜かした。三次も唖然とする。その二人にだ。
おみよは顔を怒らせてだ。こう言ったのだった。
「見たね、この手を」
「おめえどうしたんでい、これは」
「何かね。最初は黒子だったんだよ」
三次の手、己の手を掴むそれを振り払ってからだ。それからだ。
おみよはその手を必死に隠してだ。庇う姿勢になってから言い返したのだった。
「それがどんどん出来てね。ある日ね」
「そうなっちまったってのかよ」
「そうだよ。何でかはわからないけれどね」
「おめえそりゃ只ごとじゃねえだろ」
「そんなの見ればわかるだろ」
「まあな。それはもう病気とかじぇねえな」
三次もそのことはすぐに察した。久吉はその横で腰を抜かしたままだ。
「化け物かその類だな。それならな」
「どうすればいいかわかるのかい、この目を」
「俺の知ってる坊さんでかなり徳の高い人がいてな」
目を鋭くさせてだ。三次はおみよに話した。
「その人のところに来い。そうすれば何とかなるかも知れねえ」
「何だよ、あたしを助けてくれるっていうのかい?」
「困ってる奴を見捨てるなんざ江戸っ子のすることじゃねえ」
だからだとだ。三次はおみよにすぐに言い返した。
「だからだよ。いいな」
「旦那、本当はいい奴だったのかい?」
「そんな話はどうでもいい。だからすぐに行くぞ」
三次はおみよに対して言った。そしてだ。
まだ腰を抜かしている久吉にもだ。こう言うのだった。
「おめえもだ。行くぞ」
「へ、へい」
「腰が抜けてもしっかりしろい」
急に声をかけられて飛び上がった久吉にだ。三次は言った。
「わかったな。すぐにその寺に行くぞ」
「わかりやした」
飛び上がってそのまま立った姿勢になってだ。久吉は三次に応えた。こうしてだ。
三次はおみよ、ついでに久吉も連れてだ。江戸の神田にあるその小さな寺に入った。そしてそこの年老いた住職に対してだ。おみよのその手を見せたのだった。
住職はその手を見てだ。すぐにこう言った。
「これは百々目鬼じゃな」
「百々目鬼!?」
「それは一体」
「手癖の悪い者にできるものでのう」
こうだ。そのおみよの手の無数の目に睨まれながら話すのだった。
「こうしてじゃ。無数の目ができてしまうのじゃ」
「手癖の悪い奴にかい」
「この女はすりじゃな」
まさにそれだとだ。住職はおみよのその顔を見ながら三次に問うた。
「そうじゃな」
「ああ、まだ捕まったことはねえがな」
「そうじゃろうな。悪いことをすれば必ず戒めや報いがある」
住職はここで善悪の話になった。
「それでこうなるのじゃ」
「成程。そうだったのかい」
「左様じゃ。ではじゃ」
そうした戒めの話からだ。そのうえでだ。住職は三次とおみよ、ついでに久吉に話した。
「三次、御主はこの女の手をどうにかしたいのじゃな」
「だからここに来たんだよ」
言うまでもないと。三次はすぐに返す。
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