すり
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3部分:第三章
第三章
「俺の知る限りじゃあいつだけだ」
「じゃあやっぱり」
「腕に自信があって捕まらないならすりは幾らでもするものさ」
三次はすりのそのことを話していく。
「だからな。あいつはな」
「簡単に手を洗いやせんね」
「腕がもげない限りな。けれどそんな噂もねえ」
「というと一体」
「ちょっとな。気になるな」
小道を蟹股で歩きながらだ。三次はその眉をさらに顰めていく。
「あいつのことを一回見てみるか?」
「そうしやすか?」
「ああ、腑に落ちねえ」
だからだというのだ。
「あいつの今を見てみたくなった」
「じゃああいつの部屋の近くに行って」
「あいつは洗濯屋だからな」
三次はおみよの表の仕事からだ。考えているのだった。
「それなら洗うだろ」
「洗わない洗濯屋なんていやせんね」
「ああ。だから川に行くぜ」
「あいつを待って」
「あいつを尾行してから見る。いいな」
「わかりやした」
こうしてだった。三次は久吉と共におみよの部屋の近くに隠れおみよが出て来るのを待った。だがおみよは中々出て来ない。
そのまま夜になったがまだだった。まだ出て来ない。三次も久吉もこのことに妙に思った。洗濯をしない洗濯屋なぞ有り得ないしおみよはそれはしっかりしていたからだ。
それでかなり待った。結局一晩過ごした。
そして朝早くにだ。ようやくおみよが出て来たのだった。
「やっとか」
「そうでやんすね」
二人は疲れた目でだ。部屋をそそくさと出るおみよを見た。そのうえでだ。
そのおみよ、洗濯ものを桶の中に入れて部屋を出た彼女を追ってだ。進むのだった。
おみよはやがて川のほとりに来た。そのおみよを見てだ。三次はこう久吉に言った。
「おかしいな」
「何がでやんすか?」
「今夏だぜ」
このことをだ。久吉は言ったのである。
「それで何であいつの服の袖は長いんだ?」
「あっ、そういえば」
「しかも何で洗濯をしてるのに袖をまくらない?」
見ればそうだった。おみよは既に洗濯板で洗いはじめている。しかしだ。
袖はまくらずそのまま洗っている。それを見てだ。三次は言うのだった。
「洗いものだ。邪魔になるよな」
「ええ、確かに」
「妙だな。それだけでも」
三次はこのことを妙に思った。それにだ。
彼は久吉にだ。このことも話したのだった。
「それにあいつはな。冬でもすりの時は袖をまくってたんだよ」
「夏は半袖で、やんすね」
「そうだよ。その方が仕事がしやすいからな」
「成程。それなのに今は」
「しかもだ。あいつは今袖を必死に庇って。怯える感じだよな」
「ですね。それも」
「あいつは何かに怯える奴じゃねえ」
三次はこのことも指摘した。
「とんでもなくふてぶてしい奴だ」
「すりらしくでやんすね」
「そうだよ。そんな奴だからな」
「あんな怯えるってのは」
「有り得ねえ。どういうことだこりゃ」
「何かありやすかね」
「そうとしか思えねえ・・・・・・んっ!?」
三次はここで見たのだった。それは。
おみよ、川で誰もいない朝早くにだ。まだ日の光も白いその中で洗濯をしているその彼女の左手をちらりと見た。すると手首のすぐ下にだ。
それを見たのだ。それは何かというと。
「何だありゃ」
「ありゃって?」
「あれは何なんだよ」
こうだ。三次は目を顰めさせて言うのだった。
「あいつの左手に見えたんだよ」
「見えたっていいやすと」
「目じゃねえのか、ありゃ」
己の目を顰めさせてだ。三次は久吉に話す。
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