探し求めてエデンの檻
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8-3話
前書き
突きつけられて初めてその醜さを知る。
テレビや新聞記事の向こう側でしか知らない悪性。
隣にあって本当の意味で見ようとはしなかった人間の部分。
目を逸らしてはならない、知らなきゃいけないケダモノの側面。
しかし、頭はその事実を受け止めきれない。
理性を失った人間の姿に茫然自失となってしまう。
蒼髪の女性に言われるがままに置き去りにされた赤神りおんは、鬱蒼とした樹木に囲まれて膝を落とすしかなかった。
自然が周りを囲んで圧迫感が襲ってきた。
動かない深い森林は圧倒的なほど存在感を漂わし、土草の匂いと何かが潜んでいると思わせる茂みが私の気を散らす。
先が見えない未知の領域だけが八方に広がっていて、恐怖感が取り囲むように狭めてきてるようで動こうにも動けないでいる。
無理にでも自分からついてきたのだけれど、ジェニアリーさんに置いて行かれて、私はどうしようもなく心細くなっていた。
真理谷君達を見捨てるのか見捨てないのか、アキラ君の事も気にかけているような事を言ってジェニアリーさん一人で森の中へと駆け出して行ったのを見送る事しか出来なかった。
「どうしたらいいの……」
改めてとても不安になる。
怖さを紛らわしたくて何かしてないと落ち着かない衝動が湧いてくる。
しかし、狭めてくるような恐怖感が周りを取り囲んでいて、足から動けそうになかった。
周りは見渡す事も出来ないような深い樹林が広がっていて、それ以外にわかるのは正常を失った人達と真理谷君達がいる広場だけ。
周りの視界の届かない樹海も怖いけど、ジェニアリーさんが危惧する集団狂気を起こした人達に近づく事も怖いと感じていた。
人がいる所に行って安心したいという気持ちはあった。 しかし本当に…本当に、あの人達はそんなに怖い存在になっているのだろうか?
確かめてみたい…だけど、ここからでも窺える穏やかさなど欠片もない形相が揃い踏みしていると、ジェニアリーさんの言う事が本当なのだとわかってしまう。
「………(怖い…)」
どこにも行けない不安が掻き立てられる。
周りには未知の森、そしてそこに一人で側には誰かがいない事がとても怖い。
思えば、昨夜化け物に襲われてから…死ぬような目にあったというのに、今初めて一人になって恐怖というものが蘇ってきていた。
改めてジェニアリーさんが側にいたという事が、どれだけ自分を安定させていてくれたのかがわかる。
お茶をくれて、落ち着かせるように宥めてくれて、厳しく言うようで逞しく生き延びられるように諭してくれた人…それが今私一人になって、どれだけありがたいかがわかった。
その場で蹲ってしまいそうな時、スンスンと鼻を突っつくように匂いを嗅いでくる小さな存在の事を思い出した。
「ぁ………」
それはジェニアリーさんと別れる前に、ずっと私に付き添ってくれている小さな仔リス――プティロドゥスという名前だとは知らない――だ。
まるで気遣うように接してくるその小動物に、心の中が幾分か楽になったのを実感できた。
不思議な事だけど、この二十センチもないような小さな仔リスは、私の心を支えるために傍にいてくれているみたいだった。
私は、潰さないようにその仔リスを抱きしめた。
キュゥ、と仔リスは呻くように鳴いたが、嫌がってる素振りはなく私の胸に大人しく包まれてくれていた。
周りがわからないジャングルの中で、この小さな存在が在るという事が頼もしくて心が落ち着く。
こんな気分になるのは…子供の頃に、怖い事があったら布団を被って丸まっていた時のような……いや…“あの頃”もだろうか…。
仔リスを抱きしめて、宝石箱の片隅で仕舞っていたかのような思い出を思い出して、私は怖さを忘れる事が出来た。 いや…まだちょっと怖い。
…よし、少し落ち着いた。
怖さを紛らわして、視線を巡らせてジェニアリーさんの姿を探す。
「……周りはやっぱり木ばかり…そして向こうは…」
ずっと剣呑な雰囲気をさせていた人達が真理谷君とCAさんに怒鳴り散らしている。
どうしてあんな風になってしまったのか…あの人達は、近づくのが怖いほど恐ろしい表情をさせていて、同じ人間とは思えなかった。
つい昨日までは…互いに助け合おうと寄り添っていた人達とは思えない。
奮起した気持ちが怖気付いてしまいそうになる。
だけど、見てるだけというのも…ジッとしていられなかった。
「ジェニアリーさんはああ言ってたけど…何か、できる事は…」
私はもっと広く周りを見渡した。
石でも棒でも何かあれば…などと、大した事をするわけでもない、でも何かしないと落ち着いていられず、何か無いか辺りを見渡した。
下を見渡し、横の茂みを観察し、上まで見上げて樹に何かないか探した。
「…ん?」
その時だった。
何かがあった。
視界の中でポツンと、一度見たら見逃してそのまま気に留めないほど小さな点。
木漏れ日と私のいる位置、陽の向き加減、違和感のように小さなソレを注意深く意識した事、様々な要因が重なり合って見つける事が出来たただの偶然。
木の葉の隙間の向こうにある断崖絶壁、その上に浮かぶ小さな物体があった。
妙な胸騒ぎがした。
点にしか見えないほど遠くあるその物体が、崖の上に浮かんでいて、それが崖下に真っ逆さまに落ちかねない状況にある事が、妙にざわつく不安を抱いた。
その小さな点に向けて目を凝らした…遠くにあるその物体がおおまかな輪郭しかよく捉えられないながらも、その形を見て私の中で何かの直感が働いた。
「アキ、ラくん…―――?」
ほんのわずかに、学生服のような布色と、幼馴染と思わしき髪型が見えた気がする。
望遠鏡もない裸眼ではハッキリと確認できるわけがない。 だが女の勘といったものだろうか、十中八九あれが幼馴染のアキラ君なのだという予感を強めた。
予感は否定よりも先に危機感を煽る。
「なんで…なんで、あんな所に…!?」
普通じゃない。
“崖の上で浮いている”なんて状況は普通じゃない。
遠目からでも、アキラ君と思わしき物体は“崖の上に立っている”ようには見えなかった。
どういう状況かはわからなくて、極めて危険な状況に置かれているのは明らかだった。
なんで危ない事に…。
とてもシンプルにそれが危険を伴う状態なのだと分かってしまった。
私は自然と体が走り出そうと動いた。
ここで待ってて、と言われたジェニアリーさんの言葉は忘れていない。 だが、あれを見て走り出さずにはいられなかった。
「…あっ!」
駆け出した矢先に、私はとても近くにある背後の存在に足を止めらせた。
振り返ればそこには、暴漢となった人達に囲まれて拘束されている友人の姿がある。
アキラ君と同じように、危ない状況にある真理谷君がそこにいるのだ。
何てことだろう…すぐそこに友人がいるのに、この場を立ち去らないといけないなんて…!
自分には何も出来ないとわかっていても…友人を置き去りにするのは後ろ髪を強く引っ張られる。
でも…アキラ君が…! ジェニアリーさんが言ってたように“最悪な事になってるかも知れない”…それが今にもそうなってもおかしくないのだ。
「アキラ君……真理谷君……!」
視線を崖の方に…そして、振り返って木々の向こうへと視線が彷徨う。
そして私は―――。
「ごめんっ……真理谷君っ…!」
迷いを振り払うように、重い足取りに鞭打った。
真理谷君から背を向け、アキラ君のいる崖の方へと駆け出す。
「あとで…あとで、必ず戻ってくるからっ…!」
アキラ君を助けて、必ず助けに戻って来る。
心苦しい選択に言い訳しながらも、私は…失いたくないがために、最善を尽くそうと走る。
そう誓いながら崖の方向へ進む足は、疲れを訴えても止まる事はなかった―――。
――――――。
「はぁっ、はっ…はぁっ…!!」
息を切らせても走り続ける事、十数分……いや、それよりも長いかも知れない。
運動部で体力はそれなりにあるつもりだ。 だけど、崖を迂回して長い坂道を駆け登ったため疲労で胸が痛い。
アキラ君の所に辿り着こうと無我夢中になるほど走ったため、呼吸が苦しくなって時間感覚が鈍っていた。
大きく回り道をして、だいぶ高い所まで来たけど…ここまで猛獣の一体も出なかったのが幸いしていた。
一人で飛び出して来て、自分一人だけで遭遇したらアキラ君を助けるどころではなくなっていた。
しかし…足がそろそろ疲労を訴えてきた。
「…くっ……ぅ、はぁ…はっ、はぁ、はっ……!」
疲れによって視線が俯く。
急がなきゃいけないのに、足が言う事を聞いてくれない…坂道を登る一歩一歩が重くなる。
無造作に生い茂る木々が視界を阻んでいて、どれだけ進めばアキラ君の姿を見る事ができるのかわからない。
精神的に消耗していく中、私はほんの小さな小石につま先を引っかけてしまった。
「あっ…!!」
疲労した足でふんばる事が出来ずに転んでしまった…。
膝を擦りむいてしまわないように反射的に両手で地面を着いて、そのまま蹲ったまま動けなくなった。
「はぁっ……はっ、はぁ……」
息が苦しくて呼吸を荒くさせて、地面に手を着いたまま動けない。
急ぎたい気持ちがあっても、体が上下に呼吸するばかりで動けずにいた。
痛い…転んだ膝が痛い…酸素を求める肺が痛い…。
「キュル…?」
肩にしがみ付いていた仔リスは心配そうに小さく鳴き声をかけてきた。
アキラ君が心配……それはわかっているけど、仔リスの言葉無き鳴き声では苦しくなった体を動かす助けにはならなかった。
だが、その時…声が私の意識を惹いた。
「…―――!」
声が、聞こえてきた。
近い……男の子の声が、向こうから……。
誰の声なのか…高所を吹き付ける風によって起きた葉擦れの音に邪魔されて、よく聞こえなかった。
確信はない。 遠目で見た時には勘が囁いた確信が、今になって私に疑惑の不安がよぎった。
本当にあれはアキラ君だったのか…今聞こえた声はアキラ君のものだったのか……真偽に不安を抱いて、鼓動が別のリズムを叩いた。
「………」
進まなきゃ…。
這いずって進んで行って、茂みの向こうにある光景を見た。
「(ア、アキラ…君…)―――…っ!?」
無事であって欲しいと思う人の姿を見た。
上半身をツタで巻かれ、下には降りるべき地面がない所で枝を支点にして宙吊りにされているアキラ君の姿があった。
まだ生きているとわかる姿でそこにある―――だが、そこには…私の目には異様に映るモノがあった。
アキラ君の姿の次に、私は否応なしに真っ先にソレが目に入った。
あれは…鈍器…? …石の、斧……!?
なんであんなモノがあるの…?
それがなぜ…アキラ君に向けられているの?
そんなモノをもった…男の子が、宙吊りになっているアキラ君に追い詰めるように近づいているの?
―――それはあまりにも緊迫した場面。
後姿でその正体が知れない学生服の少年が、石斧という凶器を持って、まるで恐怖を与えるかのようにアキラ君にジワジワと近づいてきていた。
歪ながらも鋭くさせた石斧を仰々しく斜に構え、アキラ君しか存在しない空間に向けられるその矛先。
凶器。 そう…あれは武器。 人体にそれをぶつければ、ヘタすれば死んでしまう道具。
アキラ君の表情は焦りと恐怖に引き攣り、ツタで吊るされた体を暴れさせる。
今まさに凶行が行われるその場面に、私は奇跡的にその瞬間に居合わせてしまった。
「ちょ…おいっ、やめろよ! やめろッ!!」
アキラ君が物凄く怯えた声で訴えた。
その様子から、明らかに尋常じゃない事態である事を悟り、確信した。
アキラ君が殺される…!
生まれて初めて味わう恐れに、私は動けずにいた。
助けないと…! でも、幼馴染の危機だというのに体が反応してくれない。
ダメ!、とそんな言葉すら出せず、バクバクと心臓が不規則に脈打って動揺を代弁していた。
「(駄目…ダメっ…だめっ……!!)」
止まって、と心の中で叫んでも、石斧を少年は歩みを止めない。
崖の縁にまでアキラ君に近づき、その凶器を振りかぶった。
「や…やめろおおおおぉぉぉ!?」
「だっ……!!」
絞り出すように出掛けた制止の声は遅く、凶器はアキラ君の頭へと目掛けて思いっきり振るわれた。
死ぬっ…―――!?
「うおぉぉっ!!」
石斧がアキラ君の顔を砕こうとした。
だがその一瞬、必死の雄叫びをあげたアキラ君は蹴り上げるように足を揺さぶると同時に、上半身を大きく横に倒した。
「なにぃ!?」
あれが動かない的であったのなら、それは確実に彼の命を奪っていた。
だが、ツタで拘束されたアキラ君は腕を支点に宙に浮いた体を回転するように回避し、石斧は顔があった位置を通過した。
それは石斧を持った少年にとって、予想外の回避だった。
「くっ…う…!」
「ちっ、しぶとい奴…! だが、今度こそ!」
一度は避けても、依然アキラ君の危機には変わらなかった。
ツタで吊り下げられた彼はただの的でしかなく、石斧を持った少年は今度は狙いを外さないように再びその凶器を振りかぶった。
揺れが少ない体勢だったから咄嗟の回避が出来たアキラ君だけど、その動作でツタは左右に大きく揺れていてとても不安定になり、どうあがいても次の攻撃を凌げられる状態ではなかった。
「だ―――」
私は、無意識の内に足が動いた。
声を絞り出しながらその凶行を止めようと、今度こそ私は真っ直ぐ駆け出した。
「…駄目えええぇぇぇっ!!」
「っっ……!?」
背後からの強襲。
その場にいたアキラ君も石斧を持った少年も、私の出現に判断力が止まるほどに驚いた。
わずかな間の無防備なその瞬間、私はそこにある背中に向かって私は肩で体当たりを仕掛ける。
判断力の止まった石斧の少年は反応が遅れてしまい、ただの体当たりを避ける事も出来ずまともに喰らった!
「ぐぇっ!?」
手応え…は弱かった。
女の、それもクタクタになった足では、勢いがあってもその威力は強くなかった。
ちょっと小柄でも相手は男子で、崖に足を踏み外す一歩手前で踏み止まった。
「はぁ…はぁっ……!」
間一髪だった。
あと一瞬でも遅ければ、石斧はアキラ君を殺していた…。
「り、りおん…お前、どうしてここにっ!?」
アキラ君が私を目にして驚いた声をあげる。
私は彼の無事を見て安堵するも、それは浸る間はなかった
「お、ま…え……!!」
怨嗟が込められた声が響いた。
少年は振り返り、怒りを滲ませた顔を…私は見る事は出来なかった。
身を翻して振り返ったそこには―――仮面があった。
何かの民族伝統の仮面のようなモノが少年の顔に張り付いていた。
目と口だけしか空いていない異様さを形にしたかのような無機物の造形が私を睨みつけてきた。
「危ねぇじゃねかぁ~……」
おどろおどろしい声だった。
今まさに崖下に落ちそうになって命の危険を感じた人間のモノは思えないほど、その声は怒りを滲ませている。
するとその仮面の少年は、アキラ君に向けていた凶器を……私の方へと矛先を変えた。
「ひっ……!」
不細工な石の刃を見て、小さく悲鳴が零れた。
あれが人に向かってつもりだとわかっていると、矛先が向けられた事に怖さで体が震えた。
「あと一歩踏み外していたら崖下に落ちてたぞ…? こいつを助けようとしたつもりかぁ…?」
崖っぷちに立っているのに、臆すること無く向けられた負の感情に、まるで私の方が追い詰められているように思えた。
こんな憎たらしさを込めた声は、私は聞いたことがない。 猛獣とは違う恐ろしさ…人が持つ殺意というモノを感じて、私はたたらを踏んだ。
「おい! やめろ! そいつに手を出すな!!」
「……」
アキラ君が自分が危ない事になるにも関わらず怒鳴りつけるが、仮面の少年は全く意に介さなかった。
あとでどうとでも出来ると思っているのか、アキラ君の事を無視して私を殺す事を優先する。
縛られていて言葉しか出せないアキラ君では、仮面の少年を歩みを止められない。
「あ…ぁ……」
声が震える。
アキラ君の危機の時にあれだけ感じていなかった恐怖に心が冷えた。
いつの間にかあの仔リスの姿もない。
武器の有無の時点で、どちらに優位なのかは明確だった。 不意打ちと言う唯一の優位も既に消えた。
「りおん、逃げろ!!」
アキラ君はそう叫ぶ。
自分の身の危険を及ぶとわかっていての行動だけど…私は、動けない…私の足が竦んでいた。
猛獣に襲われた時は死にたくない一心で逃げ回れたのに、仮面の少年を前にして不思議と動く事が出来なかった。
石斧は確実に距離を詰めて…私を殺そうとしてくる。
「邪魔されたが……お前でもいいな。 お前を血祭りにあげてやる」
「い、や……殺さないで……」
それは明らかな殺害宣告。
不穏極まりない発言は、殺意を伴って肉薄してきた。
「冥府の王ハデスが宣言する―――」
竦み上がった私に殺そうと、仮面の少年は石斧を振り上げた。
そして―――。
「今ここで、貴様を処刑する!!」
その後ろに―――ジェニアリーさんが立っていた。
「―――そこまでよ」
誰もが、そこにいる女性の存在に驚かされた。
私も、アキラ君も、仮面の少年も、崖しかない道無き方向から現れた彼女の存在に度肝を抜かれた。
気付いた時には、ジェニアリーさんが蒼い髪を靡かせてそこにいて、私の視界内であったのにも関わらずいつそこに立っていたのかその瞬間がわからなかった。
誰もがそこで声を出す場面だった。
私は驚きながらも助けを求めるはずだった。
アキラ君は戸惑いながらも声をかけるはずだった。
仮面の少年は警戒心を剥き出しにして声を張り上げるはずだった。
「―――」
だがそれよりも早く、ジェニアリーさんの手の方が早かった。
凶器を持っている事など全く意に介さず先制する。
息をつかせない流れるような動きで手が伸ばされ、少年の後ろ襟首を掴むと―――ジェニアリーさんは躊躇いなく、彼を崖下へと放り投げた。
「きゃあ!?」
「なっ!?」
「ぬっ、おぉぉぉおおおっ!?」
ジェニアリーさんを除いて、私達は驚きに声をあげた。
崖へと放り投げられた仮面の少年に至っては、吠えながら真っ逆さまに落下していった。
私は思わず崖っぷちに近づいて下を覗いた。
呑気な事であるが、私はただの学生で人を傷つける事に慣れておらず、殺そうとしてきた相手である仮面の少年の行方を追った。
いくらなんでもやりすぎなのではないか、そう思った、が―――。
「くそ、があぁぁぁぁぁっ―――!!!!」
狂気と殺意がこもった雄叫びが響いた。
落下していく恐怖を微塵とも感じていないかのような恐ろしい声に、私はその姿を最期まで見る事は出来なかった。
「あ……落ち、た…」
崖下の森に落ちていく音がする。
葉を散らし、鬱蒼とした森の中に沈んでいった…死んだのだろうか、それはわからない。
不気味だ…怖い以上に、不気味さを感じさせられた。
あの少年は一体何者だったのか…アキラ君を…私を殺そうとする理由が皆目見当もつかない。
殺されるほどの恨みを買った覚えは私自身にも、昔から見てきたアキラ君にあるとは思えない…にも関わらずあの仮面の少年は躊躇いもなく私達を殺そうとした。
まだ子供の範疇である学生であるはずなのに、人間ではない怪人のような気味悪さ…。
あんな少年が…うちの学校にいただろうか?
「……」
沈黙が続いた。
ややあって間が持たなかったのか、吊るされたアキラ君よりも先に、ジェニアリーさんが口を開いた。
驚くでもなく、怒るでもなく、命の危険とか絶体絶命とかそんな切羽詰まった事態をよそに、ただ飄々と…この人だけが別の速度を生きてるかの如く、何でもないように言う。
「また会ったわね仙石アキラ―――二度目だというのに、居心地が悪そうな格好ね?」
ちょっと…アキラくぅん?
後書き
●原作との差異
やっぱり原作における突っ込みどころはここ、崖の上にブラ下がっていてどうやって自力で助かるのか?
たまたま謎の風が吹いて助かって、たまたまツタが切れて、たまたま崖の上に落ちた。
アキラ一人ではどうしてもこの幸運が重ならないと、ヘタすると死んでいたでしょうね。
この物語では、天信睦月も赤神りおんもいるから助ける分には全く問題はありません。
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