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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第ニ章。妖精の神隠し
  第十二話。『次は……しましょうね』

……。
ん?
どこだここ?

視界は霧のような靄に包まれていて見えにくいが、何処と無くいい香りがする。
これは……石鹸の匂い?
状況を確認しようとした時。
靄の中から人影が目の前に浮かんできて……。

「げっ」

「おりょ?」

キリカの綺麗な長い赤髪と、真っ白な肌、豊かに揺れる白い双璧が水滴で濡れているのが目に入って______。

(ま、まさか、ここは⁉︎)

「きゃっ、ここお風呂⁉︎」

「……えっ、お風呂場⁉︎」

音央とリサの叫び声と驚きの声が聞こえたのと同時に。

「そりゃ」

突然背後から鋭い声が聞こえて、俺の顔面に強烈な痛みがする液体みたいなものをかけられた!

「ぎゃああああ⁉︎ 目が、目が……‼︎」

あまりの痛さに床に転がりながら叫んでしまった。
痛さで目は開けられないが、これは……。
シャンプー、か?
匂いからしてシャンプーだがなんてもんを人の顔にかけるんだ!
というか、さっき見たのは、もしかしてキリカの裸なのか⁉︎
脳内で先ほど見た光景をちょっと再生(リピート)してしまう。
キリカの白い肌、豊かな胸、水に濡れる赤くて長い綺麗な髪。
脳内再生をしてしまい、血流の流れが加速する。
ドクン、ドクン、ドクドクドク……。
偶然とはいえ、キリカの裸を見た事で性的に興奮してしまい、ヒステリアモードが強化されてしまった。

「お、お風呂だから……で、電話に、出るの遅れて、ご、ごめんね?」

キリカのもじもじした声が聞こえたが、俺の目は激痛のせいで全く開く事が出来ないでいる。
しかし、キリカのお風呂姿か……。

「キリカのお風呂姿……それは是非見たいな」

ヒステリアモードの俺はついぽろっと思った事を口にしてしまった。
それを聞いていた奴がすぐ側にいる事も忘れて……。

「死になさいっ」

ザクゥッ、と背中に突き刺さる凶器の感触がした。

「ぐああああっ‼︎ まだだ! この程度の痛みならまだ耐えられる……」

「もう、モンジ君ったら……っていうか、瑞江ちゃん……」

「まだ死なないようですね」

「何をやってるんですか、ご主人様? そんなに裸が見たいのならリサが……」

「っていうか、ええと、モロに刃物が背中を突き刺しているんだけど……ええと……いいの?」

「モンジお兄ちゃん、大丈夫なの?」

「音央様、ミーちゃん。大丈夫ですよ、ご主人様なら」

「わはははは‼︎ モンジ刺さってるー」

「う〜ん、大丈夫なのかなあ?」

「大丈夫ですよ、ご主人様ですし」

音央やミーちゃんが心配する声が聞こえ、リサは何やら若干失礼な物言いをしているようで、タッくんは俺の背中に突き刺さる凶器を見て笑っている声が聞こえた。
というか、主人に対してなんちゅう物言いだリサの奴。
あれか。キリカの裸見たのを怒ってるのか?

「死なないんだよね、瑞江ちゃんがそういう状態でいる時は」

キリカが一之江の攻撃で俺が死なない訳を音央に語るのを聞きながら思う。

最近、俺の扱いが人間扱いされてねえぇぇぇ⁉︎
いや、自業自得だけど……人間だぞ、俺。

ちなみにキリカがいう、一之江のそういう状態とは、『月隠のメリーズドール』の能力を発動させている時の状態で、以前ちらっと見たボロボロのドレスを纏った金髪少女の人形姿の事だ。

「まあ、そうです。なので音央さん、心配はいりませんよ」

「え、あ、うん、いいのかなあ……?」

良くないぞ。本当は良くないからな。
前世でもそうだったが、こういう事が日常的にあると、きっと『慣れって怖いね』で終わるからな!
俺は激痛とショックのために薄れていく意識に必死に抵抗しようとするが、どうやら一之江の刺し方は、相手の意識を奪う事にも長けたもののようだ。
消えていく思考の中で俺は……。
脱出不可能とされる、『人喰い村(カーニヴァル)のロア』から抜け出せた事を理解してすっかり安堵したから気絶した。
そういう事にしたのだった。

……ガクり。


















2010年⁇日⁇時⁇分。

不意に目を覚ますと、そこは物静かな和室だった。
畳の匂いが仄かに鼻をくすぐり……なんとなく記憶を刺激する。
この畳の匂いを何処かで嗅いだ事があるような、ないような不思議な感覚がした。
外の光が障子越しに薄く眩しいのを見て、俺はこの場所を思い出した。
布団の中はぬくぬくと暖かく、何時迄も入っていたいがそろそろ出ないと『彼女』に笑われてしまう。
______あの優しい笑顔が見れるなら二度寝もいいかもしれないけどな。
そんな事を思いながら柔らかな微睡みの中に溶けこんでいく。
ここがどこで、今がいつで。自分が誰なのか、なのかは。
そんな事はどうでもいい。
今はただ……。

「もう一度寝てしまうのですか?」

枕元に佇む『彼女』の優しい声をもっと聞いていたい。
彼女とここでずっと過ごしていたい、という想いが溢れる。

「それもいいかもしれないね」

自分で呟いた言葉が、まるで誰かの言葉のように頭に響いた。
まるで産まれて初めて言葉を発したかのような、そんな感覚に陥った。

「あ……ふふっ」

「ん?」

俺の声を聞いて、その少女はくすくすと笑ってくれた。
その笑顔を見ているだけで、心が安らぐ。
このまま彼女の笑顔を見つめていたい。
このまま彼女とずっと一緒に……。
このまま彼女とずっと……。
ドクン、ドクン、ドクドクドク……。
恋にも似た感覚を覚えて胸の高まりが増していき、そして何故か……。
______つくん、と胸が痛んだ。

「やっとお話が出来ましたね」

「ん、そうだったけ?」

「よかった。ずっとお話がしたかったんです」

彼女のその言葉により、僅かにだが記憶が戻った。
そういえば前に会った時に言っていたな。
『次は……しましょうね』と。
あれは、『次はお話しましょうね』だったのか。
記憶が曖昧でいつ見た夢なのかも定かではなかったが……良かった。
俺も彼女と話がしたかったからね。
こうして見つめ合っているだけで不思議な事に、切ないような、もどかしいような胸の痛みを感じる。
それを払拭したくなった俺は彼女に話しかけようとして……。

「ふふっ。あんまり動かないでください」

彼女の顔が近い事にようやく気付いた。
俺は今までずっと彼女に膝枕してもらっていたんだ。
頭の後ろに当たる柔らかな太ももの感触にドキドキしてしまう。
そして不意に、彼女が髪をかきあげたその時……。
何処かで感じた匂いがした。

(この匂い……つい最近、嗅いだ事があるような⁉︎)

「この匂い……何処かで……」

頭の片隅に描かれる全く、別人のシルエット。
記憶に手を伸ばそうとした時______辺りの景色が霞み始めた。

「また、眠ってしまうのですね」

その声はどこか寂しそうで、俺の頬を彼女の手が撫でた。

「次は……一緒にご飯を食べましょうね?」

一緒に食事の約束。
彼女と二人だけの秘密の約束。
それはなんていう甘い誘惑だろう。
だけど、なぜかな?
彼女の顔が寂しさと、苦痛に歪んでいるみたいに、そう見えてしまった。
彼女を不安にさせる何かがあるのだろうか?

胸の中に、そんな不安と心残りを抱いたまま。


______俺は眠りから覚めるのだった。











2010年6月2日。


俺達が無事に見事『人喰い村』から帰還したその後。
俺は気絶させられたまま、四人の手によって運び出され、キリカの家のリビングで目を覚ました。家の人がいなくてよかったよ、とキリカに安心されたのを覚えている。
その言葉を聞いた俺も安心した。
ご両親がいる時に娘が入っていたはずの風呂場から男が運び出されていたら通報されても仕方ない状況だからな。
そして、それとは別に困った問題というか、後処理がある。
タッくんとミーちゃんはキリカがしばらく預かってくれる事になったのだが、問題はリサだ。
本人の熱望により、我が家。一文字家というより、俺の側で過ごす事が決まっていた。
俺が気絶した後に。俺の知らないうちに。
というか、そういう大切な決め事をする時にこの世界でもはぶかれてしまう俺って……。
まあ、なんとなくそうなる予感はしていたから心構えは出来ていたんだが、リサが我が家で過ごすには超えないといけない高いハードルがあって。

(両親、とりわけ従姉妹(理亜)になんて説明したらいいんだ⁉︎)

一文字家の実質的な支配者というか、家計を支えているのは理亜なので彼女に説明をして、納得してもらえるか、その説得の仕方により、リサの処遇は決まってしまう。
一文字の両親はほとんど家に帰ってこないからな。

「はふぅ」

授業終了後、頭を悩ませて溜息を吐いていると。

「おいおい、何辛気臭いキモ顔をしてんだモンジ?」

「モンジっていうな。
それにお前に話したらお前が殺人犯になり、俺が被害者になっちまう事を考えていたから話さん」

「なっ……お前……!」

「悪いな、アラン。
俺はお前より先に大人になっちまったんだ」

嘘ではない。高校生の身でありながら専属のメイドがいる時点でただの子供じゃないからな。

「お、おい、マジか……⁉︎」

もの凄い狼狽えようだが、からかいすぎたか?

「お前……まさか……!」

「ああ、そのまさかだ!」

まさかって何がだ?
と思いながら悪ノリしてやるとアランは……。

「音央たんと何かあったのか⁉︎」

とんでもない勘違いをしていた。

「昨日の放課後、お前と音央たんが一緒に出かけたのは知っているんだぞ!」

「なんで?」

「3人で出て行くのを見たからだ!」

いや、そこに一之江もいるのを見てんじゃねえか!
まぁ、アランの妄想が先走っただけなんだろうが。

「まあ、落ち着け」

「落ち着こう」

アランの態度はあっさりしたものだった。
きっとアランの事だから俺が女の子達と何かあったなんて思いもしないんだろう。
別に何かあるのが嬉しいわけではないがな。
むしろ、ヒス持ちとしては即刻立場をアランと入れ替えて欲しい。
俺は出来れば女子達と関わりあいたくないんだよ。

「ってか、お前。音央も狙ってたのか?」

「フッ……甘いぞモンジ」

「何、得意げになってるんだよ。あとモンジって言うな」

「僕は可愛い子はみんな好きだ! だが、自分から仲良くする勇気は、無い!」

いっそ清々しいほどのチキンぶりだな、アランよ。

「試しに聞いみるが、なんでだ?
可愛い子と話せるのは嬉しいものじゃないのか?」

俺にはよくわからんが、一般的な男子高校生は女子と会話したいと思うものじゃないのか?

「そりゃあ嬉しいさ! だがな……それ以上に、嫌われたらショックだからな」

嫌われたら嫌だから、遠巻きにニヤニヤする。
なるほど、それは正しいピュアボーイの在り方かもな。

「だからお前が仲良くしているのを見ると妬ましいわけだよ」

「理不尽だろう⁉︎ キリカとかは多分、お前の事を嫌ったりしないと思うぜ?」

一之江や音央は確かに気が強いからそういう事もありそうだが、キリカに至ってはなさそうな気がする。
そもそも『人を嫌う』という概念を持っているのかすら怪しいからな。
もしキリカが嫌う事があるとしたら……魔女だけに『人間を増悪する』とか、そっちの方向になるだろうしな。
だからアランみたいな奴がセクハラ発言をしたりしたくらいじゃ、嫌ったりしないだろう。
……多分。

「マジか⁉︎ もしかしてキリカたんは僕の事を……?」

「面白い人(笑)だって言ってたぜ」

「よっしゃあー‼︎」

思いっきり叫んでガッツポーズをしたアラン。
そして、そんなアランを微笑ましく見守るクラスメイト達。今日も俺達のクラスは平和だ。

「モンジ。アランさんとラブラブなのは構いませんが、そろそろ行きますよ」

俺の背後から声がかかった。
振り返ると一之江は冷めた視線で俺達を見つめていた。

「誰と誰がラブラブだ⁉︎」

「ユー、アンド、ヒー」

「何故英語⁉︎」

「英語の宿題を片付けていたからです」

そういえばさっき、そんな宿題が出たような。
一之江は授業終了からホームルームにかけて、ずっと宿題をしてたのか。
どうりで静かだったはずだな。

「モンジとラブラブ……待てよ?
モンジとラブラブになったら、もしかしてモンジの周りの女の子達とも仲良くなれるんじゃ……?」

「お前は落ち着け」

ゴスっとアランの頭に頭突きをお見舞いしてやった。
GIIIやシャーロックに通じた俺の必殺技だ。
頭突きを食らわしてやったアランは痛みに悶えている。
桜花を使わないだけ、俺は優しいと思う。

「そういや、キリカは?」

「気になる事があるからと、早々に市立図書館に行きましたよ。
『モンジ君によろしくね、キャピキャピ』って言ってましたよ」

「キャピキャピ、はお前の演出だろ?」

「実際に言ってましたて」

「……言い切られると、言ってそうなヤツだから強く言い返せねえな」

「言ってましたて」

二度も言われると本当にキリカが『キャピキャピ』と言っていたような気がしてきた。
押しの強い発言には用心が必要かもな。

「音央さんは?」

「あいつは……なんだろうな。ちょっと避けられてる気がする」

あの後。キリカの家からあいつの家の前まで送り届けたんだが、その時から様子がおかしかった。
なんというか、やたらと曖昧な態度をとられるんだ。
話しかけても生返事だったし、色々説明しようとしても『また今度でいいわ』って言われるし。
もしかしたら無理矢理抱きつかせた事とか、根に持っているのかもな。

「流石にあんな目に遭ったばかりだから、落ち着いていないのかもしれないな」

「今はまだ余計な事を他人に話したりしないと思いますが、後でちゃんと説明する時間を作らないといけませんよ。噂を広められたら大変ですから」

「ああ、そうだな」

あんな大変な事件に巻き込んじまったんだ。きちんと説明しないと、音央だって怖いままだろう。

「んじゃ、2人で行くか?」

「ええ。タクシーはもう呼んであります」

「痛だだだだっ……ん? なんだ、一之江さんモンジと出かけるの?」

復活したアランがそう尋ねてきた。

「ちょっとモンジを山に捨てに」

「検討を祈ります!」

「死ね_____」

ゴンッと、再びアランに頭突きを食らわした俺は一之江と一緒に学校を後にした。 
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