Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第24話 芯念
其れは、消え去った世界の記憶を知覚する以前の問答の続き。
己は弱さを唾棄し、強さを信奉する。
しかし、其れは侵略し弱者を滅し略奪し、己が優位性に酔いしれる下劣な強さ―――邪悪を肯定するものではない。
己の信じる強さとは単純な腕っ節の強さではない―――己の両足で立ち、現実と向き合い真剣に生きる気概、心の強さ。
其れこそを俺は信仰し敬愛する。
そして、己とは違った形で唯依もまた彼女もその心の強さで生きている。
己が武士と修羅の二種混合の矜持に依って生きているのに対し、唯依は己の弱さを自覚しそれを乗り越えようとする心の強さ、勇気に依って生きている。
ああ―――単純な話だ。己は、前世なんぞ思い出す前から彼女に惚れていたっていう単なる惚気だ。
「篁中尉の事といいますと?」
目の前の蒼を纏う女史、ウェーブの掛かった黒髪を靡かせる嵩宰恭子が口にした問いかけに心当たりのない忠亮は逆に問い返した。
「―――今の摂家の状態をあなたはどれ程分かっているかしら?」
「そうですね、現在の政威大将軍は本来国務全権代行という肩書に反し、その権力が及ぶのは精々が斯衛軍の大まかな指揮程度。
しかしながら、その責任は国政全てが及んでいる―――実にバランスが悪い、責任と権利の天秤が完全に崩壊している。」
元を辿れば事後立法という法の根幹を破壊した東京裁判という逆襲裁判により日本を貶め、GHQ統治による政策とそれを引き継いだ官僚・歴代政党による亡国政策の一環。
しかもイェール大学のロバート・ダールが言うように民主主義は社会的多元主義であるため、利益対立による内輪もめによる均衡でバランスをとるシステム。
一見聞けば上手く出来ているように聞こえるかもしれないが、実態は社会問題に対する自己解決能力の喪失でしかない。
何故、東京裁判などという存在そのものが国際犯罪である其れが罷り通ったかというと、それは白人の差別思想が見え隠れする。
簡単に言えば、『白人以外の有色人種が白人の領地を奪うのは犯罪』、『白人が他人種の領地を侵略するのは文明化』。つまりはそういう事だ。
欧米にとって法律とはその時の自分たちに都合が良ければ合法、そうでなければ無効。その程度でしかないのだ。
やってることは文明国のそれではなく蛮国のそれである。
「ええ、故に全ての五摂家が政威大将軍の座に対し尻込みしている状況よ。本来、男の論理で成り立っている武家社会で私のような年若い女が当主と成れたのも一重に、武家の仕来りを逆手に取って政威大将軍と成らないようにする為の手段よ。
改革的、男女平等―――そう云う大義名分でね。煌武院家も其れは同じ、そんな嵩宰と煌武院を九條と斉御司は非難しているわ。」
「今代の殿下が将軍の任に着かれたのは明星作戦でしたか。あの時、私は大陸側から侵攻してくるBETAと横浜の分断を兼ねた京都奪還作戦に参加していました。
馬鹿でもわかりましたよ、殿下が将軍の任に着かれたのは一番年若く、女子であるが故に信仰心も集めやすく、同時に失敗した時に責任を被せるのに丁度良かったから。
―――名目上は、今でも殿下は帝国・斯衛の両軍の総指揮官ですからね。官僚の思惑が透けて見えます。」
滅私にて国に仕えると言えば聞こえは良いが、実際は医療でも度々指摘される派閥の拡大と専門知識の占有により頻繁に敢えて間違った判断を下すことにより、保身と権益拡大を狙う論理崩壊が引き起こされる。
これを阻止するには、同じく専門知識を有する者が監視する必要があるが、民主政治家にはそのような能力はない。
民主主義に於ける政治家とは、詰まる所は素人が選んだ素人の代表に過ぎないからだ。
故に、民主政治下では実際には官僚の独裁政治となり、暫し経済の暴走と戦争が多発する。その実例、数え始めたらキリがない。第二次世界大戦ですらその一例なのだから。
「ええ、今の状態で政威大将軍なんてなったら官僚に権利を全部奪われたうえで身動きを取れなくされて、対面だけ守った状況を緩やかに悪化させるだけの政策の責任だけ負わされる――誰もやりたがるはず無いのよ。
今は悠陽殿下が人身御供としてお立ちになったから沈静化はしているけれど、早期退陣は必至と私を含め見ているわ。
未だ五摂家は中立の斑鳩を中心に相手の見えない綱引きをしているようなもの――そこで、中立の斑鳩家から嵩宰家へ一つの打診があったわ。」
「―――そこで篁中尉が関係してくるという訳ですか。」
篁家は代々嵩宰に仕えてきた譜代武家、家格こそ低いものその忠義の歴史は古い。そして、戦後の家格調整に続いて嵩宰直系の名門鳳家からの嫁入り。
戦争特需により得た膨大な資産と貴き血と歴史に家格、篁家は銘家と呼ばれるに相応しい全てを手に入れた。
―――そして、その次期当主として生まれたのが唯依である。
主である嵩宰と同じく女性当主を掲げる篁家――それが関係してくるとなると予想できる手は限られてくる。
「――篁中尉と斑鳩家に連なる者との婚姻ですね。嵩宰と斑鳩の両家は近しい家どうし、婚姻を結ぶのもさして難しくはない。
そこで、篁中尉と斑鳩家の者との婚姻は……中立である斑鳩家が、同じく女性当主を掲げる煌武院・嵩宰と云った征夷大将軍の責務を回避しようとした武家を認めたと言外で口にしたも同然。」
煌武院とて、仮にも政威大将軍に着いたのだから地盤は固めておきたい。ならば同じ女性当主を上げた嵩宰は元より、中立の斑鳩を自陣に組み込みたい、故に反発は起きない。
薄明計画が何故すんなり通ったかの裏側が薄らと見えてくる。
五摂家の内三家の連立、これで武家社会の意思統一は表面上ではあるが成ったも同然。
其処で京都の二大英雄たる嵩宰恭子・斑鳩崇継が当主を務める派閥、しかも戦術機開発に於いて絶大の威光を持つ篁は嵩宰の譜代家臣であり血も入っている。
更に、二人はあの武御雷の初実戦を完遂させた実績もある。
つまり、斯衛の正面装備選定に関する発言力は非常に大きなものとなる、比類なき程に。
「――概ねその通りよ。付け加えるなら、唯依と婚姻させた者に当主を譲れと圧力を掛ければそれは其の儘斑鳩が九條・斉御司に付いたという風に意味合いを自在に変えることが可能。
つまり、政局は斑鳩家が決定権を持ったという事―――札で云えばジョーカーを手に入れたも同然の一手よ。」
単純に斑鳩家の人間が嵩宰あるいは煌武院のモノと姻戚を関係となるという事は、中立である斑鳩家が其方側に着いたと見れるが、それだけでは弱い。
この問題の鍵は女性当主だ。
時期女性当主となる事が決定となっている唯依を番わせる事で、それは斑鳩家が女性当主を容認したという言外の告知へと至る。
そして、中立であるが故にその発言を翻す事で容易に勢力図を塗り替えることが出来る――何故なら、斑鳩家は斑鳩崇継が当主である事からも分かるように、男の当主を上げているからだ。
一度きりの手段ではあるが実にそつがない。
何度も繰り返すと虚言とみられるか、双方からそっぽを向かれるため平時では愚行以外の何者でもないが、今のような亡国間際の状態では最大級の効果を発揮する一手だ。
しかも一度しか使わないのならその効果は絶大。マキャベリの君主論の上手な残虐の使い方と同じだ。
「昔から、崇継が虚言を弄したこともなければ、それが杜撰だったこともない。
之ほどのジョーカー、敢えて切らないという選択で状況を自分の思う通りに動かしている……正直に言って時々、彼が怖くなる。」
果たして、それだけだろうか。
そんな疑念が脳裏に引っかかる。あの斑鳩崇継はこんな無難な手ばかりを打つような人間だったか、という事だ。
政治には必ず敵だけに非ず味方にも大なり小なりの犠牲を強いる。誰も犠牲にせず前には絶対に進めない。
理想は所詮は絵空事に過ぎず、理想では現実は回らない―――あのヘラヘラした態度も意図して作ったものだろう。
(―――へらへらするのも大変そうだな。)
脳裏に浮かんだ柔和な笑みに一瞬心の青筋を立てるが、あれが意外に子供っぽく純粋である事は薄々感づいている。
未来予知に近い程に鍛え上げた五感や洞察力を以てしても―――邪気を全くと言っていいほど感じないのだ。
―――力は不平等に与えられる。だが、それはその人間が生きるために必要不可欠だ。だから、すべての人間は与えられた力を全力で活用しなくてはならない。
しかし、大き過ぎる力とそれを活用する大き過ぎる舞台を与えられた者は実際、どうなのだろうか。
その舞台は、自分の能力でなければ務まらないと決められた人間はどうだろう。
そいつは自分の一生を選ぶことが出来ない、嫌でもその舞台に立ち続けなければ成らない―――その一生が終わるまで。
つまりは人は運命の奴隷だという事だ。平凡な一生はそれで哀れかもしれないが、平凡なりに救いはある―――だが、それに比べてなんと哀れな存在なのだろうか。
全ての人間が救われ、幸福となる未来なんてあり得ない。
戦争は必ず味方への犠牲を強いる、政治も同じだ。
権力という力を持つ者は、切り捨てるべき味方と救うべき味方を選別せねばならない。暴力という力を持つ者が暴威を前に守れる人間を選別せねばならぬように。
――そう、良識と良心を持ちながら救う人間を選別できる強靭な精神を持つという一点に於いて、斑鳩崇継と斑鳩忠亮は似通っていた。
(斑鳩崇継がこの程度で終わるわけがない―――そう、この仕儀すらも何らかの布石か、備えであるはず。もっと大きな何か……別の、或は“予行練習”か)
斑鳩崇継は王の素質を持つ一人だ。遠望神慮と即断即決、その二つを併せ持つ稀有な存在。
其れが如何に複利を及ぼす一手とはいえ、それだけで終わらすだろうか?
―――考えていても埒があかない。下手の考え休むに似たり、己程度が如何に思慮を巡らせた処でそう易々と真実にたどり着ける筈もない。
今は別の事が本題だ。
「――で、恭子様。私に篁中尉をどうしろというのです?まさか、婚姻を解消しろと仰るわけではないでしょう。
そうなれば嵩宰家の不利となる。“当主”としての貴女はそんな事口が裂けても言えない筈だ……本音がどうあれ。」
「ええ、分かっているわ。―――之から言う事は彼女の血縁としてのお願いよ、恥知らずと受け取ってもいいわ。
どうか、あの子の味方でいてあげて。私と唯依は確かに血が繋がっているけれど、仕来りと立場に縛られて出来ない事もあるわ―――でも貴方なら、侍ではなく武士であるあなたなら……!」
「―――それは篁中尉自身が乗り越えねばならぬ問題、他人がとやかく言えることではない。例え血が繋がった家族であろうとも。」
厳しい言葉を返す、人は必ず生まれもっての宿業。つまりは運命と対峙してそれを受け入れたうえで幸福に成るという決断を下さねばならない。
其れは孤独な決断だ、誰からも称賛されることのない孤独を超えた孤独な決断だ。
本当の意味で独りぼっちの決断と決意だ。
だが、それを決意する事こそ幸せをつかみ取る為の必要最低限の資格なのだ。そうでない人間は幸福には決してなれない。資格も力も無いから成れるはずが無いのだ。
「あなたは正しい、だけど誰しもあなたの様に己に依ってのみ立てると思わないで。」
「それで弱い者同士、傷を舐めあって支え合ってとでも?―――それは単なる共依存だ、和でも無ければ切磋琢磨でもない。
自立出来た人間どうしが認め合い対等に手を取りあい、力を合わせ相互に高め合い更なる次を目指す―――それが真実の平和という物の筈だ。」
まっすぐに五摂家、嵩宰家当主であり京都大火の折は時の大将軍の命に背き、斑鳩崇継より武御雷を拝領し、多くの兵と民を救った英雄を睨み付ける。
弱い人間に権利はない、人権平等?白痴の妄想だ。この世は所詮、弱肉強食……真に強者足らんとしない人間は家畜以下。
弱いことは罪であり、強くなろうとしない事は其れを超える極罪、生きている価値何ぞない。
「嵩宰恭子、俺を見くびるな――安易に手を伸ばし、彼女を堕落させるものかよ。彼女が次に進むのを後押しする事こそ有れ、引き上げるなんぞ己惚れたことなんぞするものか。」
「心を鬼に、獅子は千尋の谷に我が子を突き落す……とでもいうつもり?」
ため息を伴って告げられた言葉。
皮肉と共に視線で突き刺さんばかりに反目で睨み返す姫武将、それは大層な圧力を持つがそんなもを意に介さず忠亮は告げる。
「必要と在らば、之こそが俺の彼女に対する報恩。俺は他者にも強さを求める、甘え何ぞ許しはしない―――それが無自覚な悪意となり、より多くを殺す悪であるのだから。」
悪即斬、悪は切って捨てねば守れない。
綺麗事で守り通せるほど世界は甘くない―――理想で現実は回らない。人は現実で生きているのだから、その現実を受け入れそこから打開策を模索し見つける事こそ人間の英知という物だ。
現実を見ない、民主主義・社会主義・新自由主義・共産主義などの不平不満を利用した上下逆転の為の誇大妄想に過ぎない思想は要らない、そんなものは塵だ屑だ。
害悪でしかない、人類という群体を蝕むがん細胞と大して変わらない。
「嵩宰恭子様、先ほどの願いの答えです―――云われるまでもない。
彼女は純粋だ、非常に徹しきれず尚かつ絶望することも出来ない諦めの悪い女……そういう不器用さ加減は俺の好みだ。」
問題を根本的に解決し、長期的に同様の危険の発生を予防するには、敢えて生存の危機を回避しない姿勢が必要とされる場合がある。
人はそれを勇気という。
怖れの持たぬ、つまりは勇気なき力は傲慢さを持ち、暴走を引き起こす。
彼女のそれは心の奥底の弱い自分を自覚しているからこそ、それでも尚という諦めの悪さに依る―――つまり、篁唯依もまた勇気ある人間なのだ。
今はまだ、歯車が上手くかみ合っていないだけなのだ。
その不器用さと在り様は、己が貴ぶ強者の資格を既に持っているという事なのだ。
「それが藪蚊の如く潰される未来なんぞ決して認めはしない。………認めはせんよ絶対に。」
青を纏う傷だらけの戦虎は、冷徹の裏に決意の炎を燃やす瞳で絶対的な孤高の風格を纏い告げるのだった。
後書き
( 一一)やっとひと段落ついたぜ
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