愚者の英断
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愚者の英断
大小問わず、人生は選択の繰り返しだ。全くもって全くその通りだと沖田は考える。
では自分達は何か大切な選択を間違えたのだろうか。大切な貴女が何故ここにいないのだろう。死んだ姉の祭壇の前で自問自答を始めてからもう三時間が立つ。答えは分かりきっていたがまだ納得が行かない。
振り返らないと、約束したのに。人間の心はそう簡単に出来てはいない。
「……姉上」
正座して俯いたまま、祭壇に向かって静かに語りかける。
「僕もそろそろ選択しようと思います。貴女が遂げられなかった想いを僕が遂げます。貴女の代わりじゃなくて、沖田総悟として。こんな馬鹿な弟でごめんなさい」
最後まで孝行出来なくてごめんなさい、と膝の上で拳を握り締めてから立ち上がる。その瞳にはもう迷いはなかった。
最後に少しだけ振り返って襖を閉める。遺影の中の姉が優しく微笑んだ気がした。
「土方さん」
目的の部屋の前に立って声をかける。普段の沖田ならば絶対に声等かけなかっただろう。だが今日は違う。それだけ今日は特別だった。
返事はない。いるのは分かっているので少しだけ待ってから襖を開けて中に入る。
真っ暗な室内の文机の前に、目的である部屋の主はいた。灯りも点けず煙草も吸わず、ただ座ったまま呆けているようにも見える背中は随分と小さく弱々しく見えた。
彼は泣いているのか、それとも。
「……何の用だ」
「大事な話がありやす」
土方の肩がピクリと僅かに揺れたが、構わずにその後ろに正座した。背中をまっすぐに見据える。
「急ぎか」
「へい」
「……分かった」
土方は小さく息を吐き、ようやく沖田の方を振り返る。だがその顔は下を向いたまま沖田を見ようとはしなかった。暗闇のせいでその表情すら窺えない。
「土方さん。アンタの選択は、決断は、絶対間違いなんかじゃねェ」
「……!」
土方の肩が震える。
「姉上が死んでからずっと考えてたんでさァ。俺やアンタの選択が本当に正しかったのかとか。姉上を救えたんじゃねーのかとか」
「……」
「でもねィ。結局アンタが出した答え以上の選択は、なかったんです。何ひとつ。きっと何をしても病気の進行をあれ以上遅らせる事すら出来なかった」
未だ顔を上げない土方を沖田はまっすぐ見据えながら話す。
「姉上の幸せを一番に願ってくれてたのは俺じゃねェ、アンタだ。俺は姉上の幸せを願いながら、結局俺の幸せを優先してきた」
「それは……ッ」
「今なら言える」
顔が見えない、この暗闇の中なら。
「土方さん、姉上の幸せを願ってくれてありがとうございやす」
「…ッ総悟……俺、は……お前はッ!」
「アンタは正しい。俺が保証してやらァ。だからもう自分で自分を否定すんのはやめにしなせェ」
そこまで言い終えて沖田は深呼吸する。自分の選択を告げるために。
「これからはずっと俺がアンタの傍にいてやります。何があってもアンタの背中は俺が護る」
「だから土方さん、アンタの隣を――アンタを俺に下せェ」
最後まで言い終わる前に目の前で震え始めた土方を抱き締めた。少しだけ高い位置にあった頭が沖田の肩に埋まって隊服の肩口を濡らす。
「俺ァアンタの事が大嫌いだ。だけど世界中の誰より愛してる自信があります。今はまだ姉上の代わりでも構いません。でもいつかきっと沖田総悟として愛して下せェ」
こんなの狡いですよね、すいやせん。沖田はそう言って辛そうに顔を歪めた。
土方が初めて顔を上げる。その蒼い瞳にはうっすらと涙が膜を張っていた。
「馬鹿野郎ッ……代わりだなんて言うなッ……本当は自分を見て欲しい癖に……!」
「すいやせん」
「最初からちゃんと自分を見ろって言え……それこそ狡ィじゃねーか」
沖田の背中に恐々と腕を回される。抱き締める力はあまりにも弱々しく、土方の身体は小さく震えていた。
沖田は身体の奥底から悲しさと愛おしさが込み上げてきて訳が分からなくなった。とりあえず腕の中の温もりが消えてしまわないように強く強く抱き締めた。それ以外に、彼の悲しみを和らげる方法もこの想いを伝える方法も思い付かなかった。
「……お前はいなくなってくれるなよ、総悟」
「当然でィ。アンタを殺すまでは死んでも死にきれねぇや」
「お前さっき俺の背中護るとか言ってなかった? 背中からブッスリ逝かれそうで怖くて預けらんねーんだけど」
「大丈夫でさァ。……多分」
「多分って何だァァァ!」
普段のやり取りに戻った頃には土方の涙は止まっていた。
愚者の英断
(大切なモノを失って大切なモノを手に入れた。精一杯幸せにするから空から見守っていて下さい)
後書き
個人的に土方の事は好きだけどそれ以上に三人(沖田と土方と近藤)の幸せを願って見守ってるミツバさんが好きです。
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