魔法少女リリカルなのは ―全てを変えることができるなら―
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第八話
――――彼女/ティアナ・ランスターは夢を見ていた。
夢の中で自分は先ほどの模擬戦をしていた。
まるで録画した映像を再生しているかのように、全く同じ光景が広がっていた。
そこでティアナは、これが自分の夢であることを自覚した。
(確かこれ、明晰夢って言うんだっけ?)
幼い頃、唯一の肉親である兄が亡くなった時、何度も目にした夢。
夢を夢と自覚し、その気になればその夢を好きに変化させられると言う夢。
幼かったティアナは、大好きだった兄と夢の中で何度も会い、好きなように遊んだ。
一時期、夢の中にいた方が幸せだと思い、睡眠薬に手を付けようとした頃もあった。
それほどまでに明晰夢と言うのは理想を叶えてくれるものだった。
――――だが、ティアナは賢く、そして強い少女だった。
結局、何もかもが夢なんだと自覚したとき、それで本当の幸せにはなれないのだと理解し、そして兄のためにも現実で努力すると言う道を進んだ。
それからは明晰夢なんて見なくなった。
兄が夢に出なくなることは一生ないが、それでも登場する回数はかなり減った。
(久しぶりに見る明晰夢が、まさか直近の出来事なんてね……)
心の中で自嘲気味な笑を零しながら、ティアナは夢の中で朝我から圧倒的な実力を見せつけれた/スターライト・メテオールを撃たれた。
夢の中だから当然の如く痛みはなく、視界を銀色と桜色、二色の色が支配していった。
(で、最後に朝我の顔を見て気絶……ほんと、我ながら酷いわね)
沢山の想いを込めて、今回の模擬戦にティアナは望んだ。
その想いのために、愛機であるクロス・ミラージュや相棒のスバル、スバルの愛機/マッハ・キャリバーを巻き込んだ。
勝つために、徹夜になるまで頭と身体を使った。
知恵熱が出て、スバル達に心配をかけた。
無茶だ、危険だと何度も何度も、朝我に注意された。
そんな日々の積み重ねが、自分に勝利を与えてくれるだろうと思っていた。
いや、たとえ敗北しても、きっと自分たちは認めてもらえると思っていた。
(それがこんなことになるなんて、ホントにアタシ……頭悪いわね)
模擬戦にはボロボロに負け、スバルには心配をかけ、朝我には自分勝手な怒りをぶつけてしまった。
そして脳裏を引っ付いて離れない、朝我の涙。
彼がどんな想いをぶつけてくれたのか、今ならわかる。
(結局アタシは、一人で無茶し過ぎてたんだ)
スバル達がいるとか、そういうことじゃない。
本当の意味で仲間を頼っているなら、本当の意味で一人じゃないのであれば、ティアナは模擬戦であんな無茶はしなかった。
自分の役割も見失い、強くなることだけに固執することはなかった。
そしてきっと、朝我の注意を聞いていただろう。
こうして終わってみて、冷静になってみて、ティアナは朝我の言っていた言葉の意味の一つ一つを理解していく。
(全部、朝我が全部正しかったってことなのよね。
そして朝我は最初から、こうなることを分かっていた……)
だから何度もしつこく、嫌われても、対立しても、ぶつかり合いになっても、彼はティアナを止めようとしてくれた。
そんな彼を、ティアナは傷つけた。
(アタシの馬鹿馬鹿ッ!!
スバルを馬鹿にできる立場じゃないわよ、全く!)
心の中で自分自身に説教をするティアナ。
今、目の前に壁があれば頭突きをしていただろうと思いながら、ティアナは何度も自分を叱咤した。
(はぁ……これ、起きたら真っ先に謝らないといけないわね……)
訓練校時代から、ティアナはスバルと朝我に謝るような失敗をあまりしてこなかった。
したとしてもほんの些細なミスで、ちょっとごめんと言えば二人は笑顔で大丈夫と返してくれるような、そんな程度の問題だった。
だが、今回の問題は土下座をしないといけないとティアナは感じた。
根が真面目なのもあるが、今回は流石に彼に迷惑をかけすぎたと自覚したのだ。
(朝我……許してくれるかしら)
先ほど述べたように、ティアナは朝我と大きな対立をしたことはない。
あっても目玉焼きに醤油とソース、どっちをかけるかみたいな程度が低く、本人にとって重要な問題くらいである。
その上、時間が経てばお互いコロッと忘れてしまうようなことばかりだった。
つまり、今回のようなことで謝罪して、彼がどういう返しをしてくるかわからないのだ。
(まぁ朝我って根は優しいし、ちゃんと謝れば許してくれる……………………………………か、な?)
夢の中にも関わらず、全身から大量の汗が溢れ出てくる感じがした。
血の気は引き、身体を嫌な温度差が襲う。
(もし許してもらえなかったらどうしよう……スバルは大丈夫よ、これくらい。
でも、朝我は違う。
アタシ、これでもかってくらい迷惑かけたし、口悪くしちゃったし、会っても無視しちゃったし……)
後悔先に立たず、とは言ったもので、後になって自分の今までしでかしたことを思い返すと、悔いがこれでもかと言っていいほど浮かび上がってきた。
それを全て許してくれる、なんて自信は流石になかった。
そこまで自惚れてはいないし、自惚れるわけにはいかなかった。
これでずっと嫌われたままになるのは、訓練校時代から培ってきた様々な思い出を、想いを、無にするような気がした。
(朝我に嫌われるなんて……イヤよ)
心の中でも、涙は流れた。
恐怖と涙で全身は震え、胸の中に後悔や怒り、憤りが募っていった。
これが夢で、心の中ならば、きっと許してもらえるだろう。
(あああああああああああああああッ!!)
胸に溜まったものとともに、ティアナは叫んだ。
(いや……イヤぁあああああああああッ!!)
駄々を捏ねる子供のように、我侭な子供のように、ティアナは拒んだ。
脳裏に浮かぶ、ティアナを拒絶する朝我の表情。
それを否定するように、そして恐怖に耐えかねたティアナは、叫び続けた。
自分でも驚くほど、彼に嫌われることに怯えていた。
距離を置かれたり、無視されたり、拒絶されたり。
そうなるのは嫌で、想像するだけで涙が止まらなくなり、胸が苦しくなっていく。
そうしてティアナは気付く。
(……好き……アタシ、朝我のこと、好きぃ……)
こんなにも痛くて、辛くて、苦しくて……いっそのこと、全部忘れてしまえばどれだけ楽なのだろうか。
それなのに、この気持ちが尊くて、愛おしくて堪らないと感じてしまう。
忘れたくない。
むしろ、もっと色んな彼を見たい、聞きたい、触れたいと思ってしまう。
まるでN極とS極の磁石みたいに、離れたくないと思ってしまうようなこの気持ち。
これが恋なんだと、ティアナは自覚した。
(お願い、朝我……アタシのこと、嫌いにならないで……アタシ、アンタのこと、大好きだから……だから――――)
ティアナの視界が白く染まっていく。
そして徐々に意識が薄れていく。
夢が終わると、何となく感じた。
彼がどう思っているだろうか、怖くてたまらない。
なのに、どうしてだろうか。
どんな想いよりも、彼に会いたいと願うのは。
これが、恋なのだろうか――――。
*****
「ん……」
目を覚ますと、視界に入る光が眩しくて瞬きを繰り返す。
光は日光ではなく、室内に備え付けられた電気のものだった。
風がなく、鼻を突く消毒液の香り、首から下を毛布が包んでいることからここが医務室であることを察する。
「っ……」
起き上がろと腰に力を軽く入れると、そこを中心に全身の筋肉が悲鳴を上げたように痛み出す。
「――――おっと、筋肉痛が酷いらしいから、今は無理して起きようとしないほうがいいぞ?」
「っ!?」
不意に聞こえた“彼の声”に、一瞬だけ呼吸を忘れたような停止感に陥る。
起き上がるのをやめ、首を回して声のする方向を向く。
人一人分ほどの距離に、パイプ椅子に座った彼/朝我 零はいた。
表情は穏やかで、ティアナの表情を伺うやいなや、笑みを零して見つめてきた。
「ここは医務室だ。
シャマルはちょっと用事があって抜けてるけど、ティアナの様態だったら目が覚めても検査とかいらないからいつでも戻っていいってさ」
「朝我………………ア、アタシ」
笑顔で言葉を紡ぐ彼に、ティアナは声を振り絞った。
「朝我、アタシ……アンタに謝らないといけないことがあるの」
「……気にするな、なんて言うつもりはない。
ティアナは根っからの真面目ちゃんだから、きっとこうするだろうなって思ってたから」
「……」
また、彼は分かっていた。
ティアナがどんな想いでいるのか、それを理解していた。
それが恥ずかしいような、嬉しいような。
心を見透かされているような気がして、複雑な気持ちになった。
だが、それでも。
理解されているとしても、言葉を紡がなければいけない。
それが誠意と言うものだと思ったから。
「ごめんなさい。
アタシ、自分勝手過ぎた。
朝我がどんな気持ちだったのか、どんな想いでアタシの前にいたのか、今更になって分かった。
アタシ、無神経過ぎた。
朝我のこと、何も考えてなかった。
なのに好き勝手言って……だから――――!?」
言葉を遮るように、朝我は右手でティアナの頭を撫でた。
優しく、暖かい温もりが頭部を刺激していく。
それはどこか懐かしく、心に染みていく。
「そんなに謝んなくていい。
ティアナだって、もう十分苦しんだし、傷ついた。
だから俺とティアナで、痛み分けした……それだけだ」
「あ……」
不意に、ティアナは懐かしさの正体に気づいた。
悪いことをして、怒られるのが怖くて、必死に謝った。
顔を上げてみると、相手はいつだって笑顔で頭を撫でてくれて、そして許してくれた。
その姿はまるで――――亡くなった兄のようだった。
二人の影が、重なって見えた気がした。
「それに、俺達は訓練校時代からこうだったじゃないか。
誰かが失敗しても、残りの二人も一緒に責任を取るなんてさ。
だから今更そんな畏まって謝らなくていいんだ」
「……」
訓練校時代、そう言われてティアナの脳裏には、訓練校に入った頃の記憶が蘇った。
支給される杖型のデバイスではなく、オリジナルのデバイスで入学したのが、ティアナ、スバル、そして朝我の三人だけだった。
それだけの共通点で、三人は組まされた。
魔法経験が圧倒的に短いスバルは、事あるごとに失敗を繰り返して、チームだったティアナと朝我は罰を受けた。
当初はスバルを足でまといにしか思わなかった。
自分が優秀だと奢っていたわけではなく、周囲の評価と総合した考えだった。
それに対して朝我は優秀と言える人物だった。
個人成績は常にトップクラスで、人柄もよく、明るく優しい人物で、誰からも好かれた。
最初の成績表が張り出された辺りから、朝我はラブレターをもらうようにもなっていた。
そんな成績や評価が凸凹の二人の間に挟まったような感じの立ち位置だったティアナは、朝我といると落ち着いた。
指示はしっかりと聞いて機転も利き、何より咄嗟の判断に迷いがなかった。
まるで現場慣れしているかのような実力は、共にいて嫉妬もあったが、イヤではなかった。
対してスバルの成長も目まぐるしいものだった。
スポンジが一気に水を吸収するかのような速度で、スバルは成長した。
……が、それでも調子に乗りやすく、失敗も多く、彼女を原因に罰を受けたことが多かった。
朝我はそれでも笑顔で気にしていないような様子でいたが、内心では迷惑だろうと思っていた。
――――だが、ある時ふと彼に聞いてみると、彼は首を横に振った。
『チームの失敗はチームで取るものだし、こうして仲間と一緒に何かやれるの、俺は好きだからさ』
そう言って彼はまた、屈託のない笑を浮かべた。
なんで彼が他人に好かれるのか、何となく分かった気がした。
彼は基本的に受身なのだ。
相手の成功も失敗も、全部受け止めて、共有して、一緒に感じ取っていた。
それが仲間であり、チームであると思っていたからだ。
それからだろうか、ティアナの考え方も変わった。
スバルなりの努力を知り、スバルの事情を知り、交流を増やした。
気づけば何をするにも三人でいることが当たり前になって、誰かが欠けている方が違和感だった。
彼がいてくれたことで、景色の見方が変わったような気がした。
そして現在もなお、彼はあの頃から何一つとして変わってはいなかった。
変わっていたのは、きっと自分だけで――――。
「……アタシの記憶が正しければ、失敗なんてスバルしかしてない気がするんだけど?」
「否定はしない」
「……ふふ」
「……はは」
――――だけど、今日この時だけは、あの時のように笑い合おう。
お互いに抱えているものも、背負っているものも、明日から再び始まる業務や訓練、事件。
全部全部、この瞬間だけは忘れて、二人は久しぶりに落ち着いて笑いあった――――。
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