魔法少女リリカルなのは ―全てを変えることができるなら―
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第六話
――――ホテル・アグスタの一件から数日が経過した。
ガジェットの襲撃があったものの、大きな怪我も事故もなく終了した。
しかし、ティアナの誤射と朝我の独断行動は厳重注意を受けた。
「……ふぅ」
そんな朝我に与えられた罰は、膨大な量の書類整理/デスクワークだった。
ため息が漏れてしまうほどの量に、さすがの朝我も参っていた。
自業自得と言われればそれまでだが、座りっぱなしの状態で数時間の作業は、肉体以上に精神的にくるものがあった。
「……っく、あ……はぁ」
今日が罰を受ける最終日であり、全てが終わった朝我は大きく伸びをする。
身体のあちこちから鈍い音が鳴り出し、固まっていたことを改めて自覚させられた。
罰を受けて数日、ろくに訓練にも参加させてもらえず、自主練を除けばほとんどの時間は座っての作業だった。
「鈍ってなければいいけどな」
《たった数日で鈍るようなものではないはずです。
感覚に微妙なズレがある程度でしょうから、すぐに取り戻せますよ》
「ならいいけど」
ネクサスの意見を貰いながら朝我はいつものように隊舎の外に出た。
真夜中の訓練場は、波の音だけが広がって心地よいのだが、これまた数日前から別の音が聞こえるようになった。
朝我は音の主のもとへ向かい、今日も説得を行うことにした。
「……おいおい」
そこにいたのは、練習用スフィアを標的に様々な動きをするティアナだった。
彼女はアグスタの一件で誤射をしてしまい、危うく仲間を傷つけるかもと言う失態を犯した。
その反省もあってか、こうして毎晩、訓練が終わってからも一人で自主練をおこなっていた。
自主練だけでいうのであれば、朝我も毎日のようにおこなっているのだからとやかく言える立場ではない。
しかし、朝我の訓練はあくまでも自分の身に合った内容、量、質の訓練なので無理のない訓練と言える。
ティアナの訓練は、自分の身に合わない無茶な訓練だった。
一巡目の高町 なのはは、フォワードのみんなに与えている訓練は一日の限界量まで調節した内容だと語っており、それ以上の訓練はオススメしていなかった。
つまり今、ティアナがおこなっている訓練と言うのは無理のあるものなのだ。
そんなことを若いうちにおこなっていれば、遠くない未来で体を壊してしまう。
朝我は何度も指摘してきたが、彼女は聞く耳をもってくれなかった。
とはいえそれで諦めることができるわけもなく、こうしてしつこく声をかけていたのだが……。
「なんでお前までいるんだよ……スバル」
この日、訓練には新たに一人、スバル・ナカジマが参加していた。
それによって自主練内容も変わり、個人の能力と並行してコンビネーションの種類を増やそうとしていた。
その光景に朝我は怒りを通りこして呆れていた。
「二人共、取り敢えず今日はその辺にして終わらせろ!」
声を上げて二人の動きを止める。
息が上がり、汗で全身が濡れている二人に朝我はため息混じりに歩み寄った。
「ティアナ、何度も言わせてもらうけど、自主練にしてはやりすぎだ。
身体を壊したら意味がないだろ?」
「これでも抑えてるほうよ。
それに、近々なのはさんと模擬戦になるって話しだし、勝つためにはこうするしかないのよ」
引き下がれないと言わんばかりに、ティアナは朝我を睨みつけた。
その後ろでスバルは朝我に申し訳なさそうな表情で見つめていた。
恐らくスバルは、アグスタで失敗したティアナのためを思って一緒にいるのだろう。
とはいえ。
「ティアナ、相棒であるスバルやデバイス達にまで無茶をさせるのはやめろよ。
そんなこと、ティアナらしくない」
「っ!?」
ティアナの瞳が、更に力強く朝我を睨みつけた。
図星を突かれたことに対してか、朝我の発言は踏み込みすぎたのか。
どちらにせよ朝我の言葉は、ティアナの怒りを増す要因となってしまった。
「知ったようなこと言わないでよ!
アンタの勝手なイメージをアタシに押し付けないでよ!
アタシには証明しないといけないことがあるの!
絶対に……だから、邪魔しないで」
「ティアナ……」
「ティア……」
朝我は、そしてスバルも、言葉が出なかった。
彼女の抱えているものは理解している。
だが、だからと言って何を言えばいいのか、二人には分からなかった。
間違っている、ああしろ、こうしろ。
そう言ってやめさせたって、今のティアナはやめないだろう。
暴走しているわけではないけれど、周りが見えていないのだ。
目標があって、失敗があって、それでもなおやらないといけないと突き動かされる。
その気持ちは、朝我は痛いほど理解できた。
でも、それを口にすることはできない。
――――結局、ティアナを説得できない最大の理由は、そこだった。
朝我自身が正々堂々とぶつからないから、ティアナも応えてくれない。
「……危険な真似だけは、しないでくれ」
だから朝我は、結局最後には引き下がるしかなくなるのだ。
一言だけ残す、それが限界だった――――。
*****
「くそッ!」
ティアナ達から離れた所で、朝我は右手で隊舎の壁を殴る。
痛みから右手は熱を帯び、少しずつ血が流れだした。
どうやら思った以上に力を込めてしまったらしい。
壁に損傷はないが、自分の体を痛めつける結果になってしまった。
それでも、耐えられなかった。
後悔と、自分に対しての怒りに、耐え切れなかったのだ。
未来に待ち受ける結末を知っているにも関わらず、ティアナを変えることができなかった。
力尽くで止めるべきなのだろうか。
だが、それでは余計に反発させてしまう。
他にどんな言葉をかけてあげればいいのか、朝我には分からなかった。
全てを知っていても、結局何もできなかった。
それがあまりに悔しかった。
それはまるで、未来で待ち受ける結末すらも、変えられないと言われたような気がしたからだ。
「くそ……くそぉ!!」
二度、三度……何度も壁に右拳を打ち付けた。
何度も、何度も――――。
「――――ダメだよ、朝我」
右手首を、柔らかな感触と温もりが包み、勢いを止めた。
それと同時に隣から聞き覚えのある女性の声がした朝我は、冷静さを取り戻しながらそちらの方を向いた。
「フェイ……ト」
そこにいたのは、今にも泣き出しそうな顔で心配するフェイトだった。
「そんなことしたら、右手……使えなくなっちゃうよ」
そう言いながらフェイトはゆっくりと手を伸ばし、彼の右拳を両手で包み込んだ。
朝我の全身から怒りと共に力が抜け、同時に右手に強烈な痛みが走った。
「ごめん、心配かけた」
「ううん……心配かけるのも、かけられるのも、慣れてるから」
優しく微笑みながら、フェイトは朝我の右手を自分の胸に当てた。
「ちょ、フェイト……!?」
突如右手に伝わる、今までに感じたことのない弾力と心臓の鼓動。
痛みと混じり合って何とも言い難い感覚にとらわれ、顔が熱を帯びていく。
「朝我がどんな想いでそうしているのか知らないけど、私はずっと……朝我のこと、心配に思ってるから」
「……」
恥ずかしさのあまり、手を離そうと思った朝我だが、自然とその力も抜けていった。
気づけば先ほどまで思考と胸を支配していた怒りや後悔は消えて、冷静さを取り戻していた。
「何があったのか、今回は話してくれないかな?
今回のこと、だけで良いから」
「……わかった」
今回のことだけなら、と朝我は自分に言い訳をした。
本当は聞いて欲しくて堪らなかった。
一人で背負い切るには限界があって、背負い切るには、きっと右手が使い物にならないといけなかっただろう。
そう思うと、自然と心は素直になっていた。
朝我とフェイトはその場に座り、フェイトはポケットから消毒液と絆創膏を取り出して朝我の右手の治療を始めた。
「……いつも、そんなもの持ち歩いてるのか?」
「うん。
私、エリオやキャロの世話をしてた頃があって、最初の頃はよく転んだりして怪我したから、いつも応急処置ができる道具は持ち歩いてたの。
こうして持ち歩いてたのは、まだ癖が治ってない証拠かな」
自嘲気味な笑を零しながらフェイトは慣れた手つきで治療を終え、絆創膏を貼り終えた。
「助かったよ、フェイト」
「ううん、これくらいは大したことじゃないよ。
……それじゃ、話してくれるかな?」
「ああ、そうだな」
そうして朝我は、ティアナのことを話した。
ティアナがどういう境遇の子か、そして今、どんな気持ちでいるのか。
それに対して朝我自身はどうすればいいのか、どうすればよかったのか。
洗い浚い話した。
フェイトに聴かれたからじゃない。
自分から、フェイトに聞いて欲しくて仕方なかったのだ。
虫の良い話だったかもしれないにも関わらず、フェイトは口を挟まず、最後までしっかりと聞いてくれた。
「……フェイト、例えば……だけどさ」
「うん」
話すべきことは話したにも関わらず、いつの間にか朝我は聞く予定ではなかったことを聞いた。
「――――もし、未来に何が起こってるか分かってて、でも何も変えることができなかったら……結果の出なかった努力は、何もしなかったことと同じなのか?」
「……」
フェイトは俯き、しばし考えた。
どういう意図でその質問をしたのか、本当はフェイトは聞く権利があったはずだった。
しかしフェイトはあえて聞かず、そして自分の出せる最大限の答えを提示しようと模索した。
「……私は、無駄な努力なんてないと思う」
力強い瞳で朝我を見つめ、フェイトはそう答えた。
「どんなことにだって意味はあって、それは成功も失敗も関係なく意味があるんだと思う。
例え未来に起こる結果を変えられなかったとしても、そのために費やした努力は、決して無駄にはならないよ」
「……どうして、そんなことが言えるんだ?」
結局、失敗してしまえば全て無駄じゃないか。
言葉にせず、朝我は強い眼差しでフェイトに問いかける。
フェイトは目を逸らさず、小さく微笑んだ。
「だって君は、成功するまで何度でも努力するはずだから。
だから一度や二度の失敗は、成功するための努力の一つなんだと思う」
「フェイト……」
朝我は、心を見透かされたような気がした。
彼が何を抱え、なんのために走っているのかを、見透かされたような気がして、恥ずかしくなった朝我は慌ててフェイトから目を逸らした。
そのリアクションにフェイトはクスリと笑い、再び彼の右手を両手で握った。
「なんでかな……朝我のこと、分かるんだ。
もちろん、全部が分かるなんて傲慢なことは言わないけど……分かるんだ」
「っ……」
朝我の心臓が、大きく飛び跳ねた。
周囲の音全てがなくなり、フェイトの声だけが鮮明に聞こえるような感覚にとらわれた。
「フェイト……それって……」
「なんでなのかな……私にもよくわからないんだけど、ずっと前から知り合いだったみたいな感じがさ、初めて出会った時から何となくしたんだ」
「……」
心臓の鼓動が、血の流れが、急激に速度を上げた。
呼吸が乱れそうになるのをギリギリでふみ止め、しかし全身の熱が上がるのを止めることはできなかった。
心の底から溢れ出す高揚感。
それはまるで、小さな奇跡と希望を得たような気分だった。
もしかしたら、一巡目の記憶が、想いが、ここにいるフェイトの中に流れているのではないか。
そんなありえないようなことを、しかし朝我は起こったと思った。
一巡目のフェイトの想いが、ここにいる彼女にも存在しているのであれば。
「フェイト……」
「ん?」
伝えたいと思った。
今まで抱えてきた、本当の想いを。
もし伝えることができたら、どれだけ楽か、どれだけ幸せか。
――――そう思った所で、彼は冷静になった。
「……今日は、月が綺麗だな」
「え……ああ、うん」
呆気にとられたフェイトは、僅かに返事を遅らせた。
朝我は空を見上げ、満月をじっと見つめた。
そんな彼に釣られて、フェイトも満月を見つめた。
彼がどんな想いを伝えたかったのか、理解することができず。
しかしフェイトはこの時、彼の傍にいられることを幸せに思った。
もっといたいと、そう思った。
自然頬は緩み、彼に笑顔を見せる。
――――そんな笑すらも、朝我の心の奥底では鋭い刃となって傷つける。
この先に待ち受ける光景も知らず、彼女はまた無邪気に彼に笑いかけた――――。
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