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猫の憂鬱

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第4章
  ―2―

「涼子の子供、の、父親、ねぇ。」
井上の問いにタキガワは頬を掻き、俺が候補なの?と反対に聞いて来た。
「青山涼子に関わってる男が御前位しかいねぇんだよ。」
「嗚呼、其れってかなりゴーインね、刑事さん。」
「なぁんか、御前、知ってそうだな。」
「そうねぇ、会員だった、って事は教えとくわ。」
くつくつタキガワは笑い、地面に灰を落とした。
「ま、なんでも話すよ、俺。涼子嫌いだし。」
嫌いな癖に葬儀に来るのか、と思ったが、憎い奴の葬儀に態々出向く物好きも居る。死に顔見て笑ってやろう、という思いである。
「じゃ、行こっか。」
「え、何処に。」
「何処って、喫茶店で話聞いちゃうの?署に行こうよ。」
タキガワの最もな返しに、何方が警察なんだか、我乍ら呆れた。
「拓也、帰るぞ。」
焼香から戻った龍太郎は、何とも言えない井上の表情に、タキガワを見た。
「署迄来てくれるって、タキガワ。」
「涼子の事話しゃ良いんだろう?全部話しちゃう。」
「だって。」
十分の間で何が起こったのか、龍太郎は深くなる眉間の皺に触れた。
井上、威圧感が全く無いタイプと云って良い、此れが刑事だと玄関先に現れても先ず恐怖は感じない、手帳見せられても納得いかない雰囲気で、其れが、井上の強みでもあった。
タキガワが証明したように、勝手に着いて来る。そして、勝手に話す。
タキガワは、実際なんでもかんでも話した。青山涼子の前夫である兄のセイジとの馴れ初めから、ドイツでの活動、日本に帰国してからの事、本人かと思う位詳しく話した。
「兄貴と結婚した時も、なんか腹に抱えてる女だな、とは思ってたよ。」
「頭が痛くなって来た。」
胃はもれなく痛い。聞けば聞く程、痛くなった。
井上の、破天荒な女、は明確だった。
最初の結婚、此れには子供が居た、なんというか、制御心が無いのか自由なのか、其れは知らないが、タキガワセイジは立派な日本人である、生粋の日本人で一滴も他の血は混ざらない、なのに、青山涼子が生んだのは、如何にもな白人とのハーフ顔の男児だった。性に奔放な井上も唖然とした。
「兄貴、アル中だったんだわ。」
「そらアル中にもなるわ…」
「飲酒運転で事故ったって知ってるよな?」
「一応、聞いては居ます。」
「アル中なんだぜ、事故るわ。ずーっと酒飲んでんの。甥っ子には、其れはまあ、救いだな、兄貴、根が子供好きだったし、可愛がっては居たよ。」
「良かった…」
タキガワの言葉に一番安堵したのは、子供好きの井上だった。此れでタキガワセイジから虐待受けていたとなると、うっかり蓬餅食べて死ぬわで、子供が報われない。
青山涼子が憎くて堪らなかっただろう、タキガワセイジは。雪村みたくさっさと離婚してしまえば良いもの、しなかったのは弟であるタキガワが言うように子供が好きだから、生憎青山涼子は絵に集中している、自分が見なければ放置されると思ったのだろう。
「まあ、其れもあるけど、ね?」
タキガワはニヤニヤ笑い、知ってるんでしょ?と顔を寄せた。
「涼子が受け継いだ莫大な財産…」
「…成る程。」
「涼子は絵と猫にしか興味ねぇ女だったから、金に関心が無いのな。…判るよね?」
妥協したのだ、タキガワセイジは、青山涼子が相続した莫大な財産に。良くある、金持ちな奥様が夫の愛人関係に金で目を瞑る、此れが逆になった。タキガワセイジは我が物のように財産を使う代わりに、青山涼子の不貞も目を瞑り、白人との息子でも可愛がった。
「ポルシェで事故ったの。買って一年以内の。」
「マジで…、勿体ねぇ…」
「ねえ。」
井上とタキガワは意気投合し合う様に頷いた。
「兄貴の事故は、マジで事故だよ。細工無し、アル中の自爆。事件性無し。」
「其の後、の事なんですが。」
青山涼子の息子の事故死である。
夫のタキガワセイジの交通事故も息子の事故死も、何にも情報が無い。此れ等二つの事件が発覚したのは時一と雪村の証言である。
国内での事件なら当時の担当刑事に聞けば良いが、なんせ場所はドイツである。大掛かりな事件だったらドイツ当局に話し聞く事も出来るが、此の事件もドイツの事件も、地方紙に載る位の事件でしかない。
聞くには、小さ過ぎる事件なのだ。
「青山涼子女史は、御子息が亡くなった時、夫が殺した、と喚いてらっしゃいますよね?」
「うん。」
「然し、実際の主人は前の年に亡くなっている…、此れはどういう事なんです?」
「知らねぇよ、大方、そん時の男の事なんじゃねぇの?」
「そうでしょうか。」
手帳から一枚の写真を取り出した龍太郎はタキガワに其れを見せた。
「此れ、何の植物か判りますか?」
渡された写真をタキガワは受け取り、はっきり云った、此れはトリカブト、と。
「トリカブト…、御存知ですね?」
「嗚呼。」
「そして、青山女史が好きだったのは、ヨモギモチ……」
普段、捲し立てるように話す龍太郎は、ゆっくりとした口調で言葉を発した。
「白人の方が、果たして、蓬餅を、知ってるでしょうか?」
「知ってる白人だって居るよ。外国人一寸馬鹿にしてね?あんただって、バームクーヘン位知ってるだろうが。」
「ええ、実物はね?けれど、作り方は?日本人の私達ですら知らないのが多いですよ。実際私は知らない。一人の刑事に至っては、蓬の葉すら知らなかった。唯の葉っぱ、そう、答えたんです。そして雪村氏も、蓬の葉を知らなかった。けれど貴方は、一発で此れがトリカブトだと判った。何故です?」
釣り上がる三白眼の目にタキガワは煙草を咥えた儘なのも忘れ、見返した。
「俺を、疑ってんの。」
「いいえ?疑問なだけです。」
落ちた灰、其れを井上が目で追った。
「貴方達、繋がってますね?」
「誰と…?」
「勿論、雪村凛太朗氏ですよ。」
「すげぇ憶測。」
手帳から又一枚写真を取り出し、同じように見せた。
「当てて下さい、タキガワさん。此れは、何方ですか?」
八年前に亡くなった猫ですか?今生きている猫ですか?
タキガワは顔を逸らし、八年前のきな粉、“今の”は鼻がもう少し上向いてる、そう、答えた。
課長は思った、此処迄爽やかな笑顔の本郷、そう無いぞ、と。
「御見事です、タキガワ……セイジさん。全てに於いて。」
高かった声色は一気に落ち、狼の唸り声を課長に教えた。
「そういう事か。」
龍太郎を睨み付けるタキガワをマジックミラー越しで見ていた課長は部屋を出た。
「話して貰うぞ、タキガワセイジ。」
「冗談キッツ。」
タキガワは笑っていた。


*****


部屋を出た課長はジャケットから携帯電話を取り出し、宗一に発信した。
「宗、八雲と変われ。至急だ。遊んでる暇無い。」
「へいへい。」
何時もなら、なんでぇ、嫌よぉ、と茶々入れる宗一だが、電話から流れる声色にさっさと変わった。
「八雲。」
「へい?」
「今直ぐ調べて欲しい。」
「何をです?」
「青山涼子とタキガワコウジだ。」
「はあ、なんで?」
「漫画家のタキガワコウジ…イコール、青山涼子だ。」
「はい!?」
ぶっつり電話は切れ、なんなの、と電話を宗一に返した。
「彼奴なんてぇ。」
「タキガワコウジは青山涼子、やて。」
「はあ?」
八雲は当然、宗一も首を傾げ、然しまあ課長の命令である、調べなければならない。
もういい加減此の事件から身を引きたい八雲は嫌々パソコンを弄り、分析を始めた。
犯人は左利き、青山涼子は右利き。此れは遺書と青山涼子の日記ではっきり判る。
遺書は確実に左利きの人間が書いている、其れは判るのだが。
パラパラと読みたくもない(作者曰く純愛)コメディ漫画を読み、インターネット上に垂れ流れる同人誌を見比べた。
クソみたいな商業漫画、神作と崇められる同人漫画、其の違いはなんだ。
「八雲ちゃぁん、涎出てるよぉ。」
横から秀一が、猟奇エロ漫画に興奮する八雲を指摘した。
「出てないわ!」
「えー、出てるよぉ、鼻の下も伸びてるよぉ。」
云い、秀一は八雲のパソコンディスプレイを覗いた。
「…酷…、何此の漫画。リョナ、リョナ!」
「仕事の邪魔。」
「嫌いじゃない、もっと見せろ。」
見せろ見せろと秀一は寄り、八雲の身体を押し退け画面に噛り付いた。
「ちょ…、ほんま、邪魔…」
「此れ、作者誰?」
「タキガワコウジやて…」
「は?」
此の男は何処迄他人を見下せる目を持つのだろうか、さも可哀想な人を見る目で八雲を見た秀一は、やっぱ御前馬鹿なんだな、と云った。
「は?」
「同じ人物が描いたと思うのか?此れ。マガジンの尾田とジャンプの尾田位違うよ。」
「はい?」
何を云ってるんでしょうね、此奴は、と八雲の口は開かない。
「最初は、お、似てるな!同じ作者か!?尾田すげぇなあ!ドン!とか思うじゃん?でも実際違うじゃん?マガジンの尾田とジャンプの尾田って。そういう事、雰囲気が違う。全体の。」
パソコンから離れた秀一は、先生、斎藤馬鹿ですよ、首にしましょ、クぅビ、と一々宗一に報告した。
作者が、違う…?
そうか、そういう事やったんか。
逆や、逆やったんや、全てが。
最初から。
「わらびの飼い主は青山涼子やなくて雪村凛太朗やった…、先入観…其処からなんやな…。大きに博士!あんたやっぱ天才や!」
叫んだ八雲に、やだ何あれ、チョーコワインデスケドー、八雲きもーい、とセグウェイに乗った。 
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