大統領の日常
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本編
第十五話 クーデター
前書き
六月四日
・大統領が行っていないことを選挙から「市民の許可」に変更しました。
・中盤あたりの「市民は長らく戦争が続いていたせいで軍人が死ぬのが当たり前になっているのではないのか。」のあとに「自分たちで考えることをやめてしまっていないか。」を追加しました。
西暦2115年 10月 16日
ホルス・マーチス
現在会議室はまるで宇宙のような静けさに包まれている。
マスティス副議長の言った言葉がその原因だ。
逮捕するといったが大統領は何か事件を起こしたのだろうか。あの大統領がそんなことをするとは思えない。
この静けさを取り払ったのはタレクだった。
「マスティス副議長、大統領を逮捕するといったが何か大統領は事件でも起こしたのかね。そうであれば決定的な証拠を見せていただきたい」
他の委員長らが一斉に副議長に視線を向けた。
「残念ながら証拠はない。大統領が事件を起こしたわけでもない」
この言葉に余計頭がこんがらがった。他の委員長も首をかしげている。
またタレクが質問をし始めた。
「ではなぜ大統領は逮捕されなければならないのかね。事件を起こしたわけでもないのだろう?」
その通りだ。事件を起こしたわけでもないのになぜ逮捕しなければいけないのか。
「それは・・・この国のためだ」
国のため?大統領は何か国民に対して圧制を敷いたわけでもない。逆に国民は好意的だ。大統領を逮捕すれば逆に国民の反感を買うのではないのか。
「国のためとおっしゃったが、大統領は市民を苦しめるようなことは一切していない。逆に市民からは支持されている。であるのに副議長は大統領を逮捕することが国にとってプラスであるとおっしゃるのかね」
「そうだ」
きっぱりとしたい言い方だった。しかし、大統領を逮捕することでプラスになることなどあるだろうか。私の中ではそのようなことはひとつもない。他の委員長も首をかしげて顔を見合わせている。すると副議長が話し始めた。今度は大統領のほうを向いている。
「閣下はあまり例のないとても優れた大統領でしょう。閣下は就任してすぐに”戦災孤児育成法””専制主義排除法”などの悪法を廃法にしました。その後も税率を5%減税し、教育予算を増やして高校まで無料で学べるようにしたりと市民の国家のために最大限努力してくださいました」
その通りだ。大統領は国家のため、何よりも市民のために尽力してきた。逮捕する必要がどこにあるというのか。
「しかし、閣下は重要なことを破っていらっしゃいます」
重要なこと?法律でも破ったというのだろうか。他の委員長も顔を見合わせている。
すると、今まで沈黙を続けていた大統領が口を開いた。
「・・・重要なこととはいったい何のことだ」
いつもの大統領の声ではなかった。
「閣下、ここが何制の国かもう一度考えていただきたい」
どういうことだろうか。この国は民主共和制だが・・・それと大統領の逮捕とどう関係があるのだろうか。
「この国は民主共和制だ。市民から選ばれた者たちが市民の意思に基づいて国を動かしていく」
「そう、その通りです。しかし、閣下は市民の意思に基づいて国を動かしてきましたか?」
そういうことか。
大統領が”戦災孤児育成法””専制主義排除法”を廃法にしたのも税率を5%減税したのも、教育予算を増やし高校まで無料にしたのもすべて市民の許可を得ていない・・・
一部は選挙を行って決めたものもあるが、大部分は大統領が評議会でいきなり提案して半ば強引に決めている。私たちも最初の頃は止めていたが、最近は市民からの支持が強いこともあって選挙はおろかまともに話し合うことがそう多くない。確かに大統領は重要なことを破っている。
しかし、それは国家を健全なものにするためのものであって国を不健全にしたわけではない。大統領がこうしていなければ、いまだに”戦災孤児育成法”や”専制主義排除法”も存在していただろう。これがなくなったおかげで何十、いや何百万の人々が助かったことか。
3分ほど経っただろうか。大統領が話し始めた。
「市民の意思、か・・・。彼ら市民は既に思考が半ば硬直している。例として挙げるが18年前の”モスクワ”の悲劇の後、政府は当初戦争を継続しようとしていた。そのときガルメチアス帝国の皇帝が死去し、帝国は3勢力に分かれて内乱がはじまろうとしていたからだ。あの時多少無理をしてでも攻勢をかけていればあの戦争は我々の勝利で幕を閉じただろう。しかし、そうはならなかった。核攻撃に怖気づいた市民が戦争中止のデモを各地で起こしたからだ。それにつられた一部の政治家が”財政が持たない”という事を理由にクーデターを起こそうとした。これを知った戦争続行派はやむおえず戦争をやめ、帝国と講和した」
あの頃のことは今でもたびたびテレビでやっている。しかし公式には”財政が破たんする”ということが講和の理由であるといわれている。
「まったく・・・兵士がいくら死のうとも何も言わないくせに非戦闘員が死ぬとすぐに騒ぎ立ててくる。今だって各地では散発的にデモや暴動が発生している。それもすべて軍関係の施設に、だ。2週間前の横須賀空襲だって市民が暴動を起こしてその対応に追われていて迎撃が遅れたのが原因だ。」
大統領の言うことは恐らく正しい。第三次世界大戦でも非戦闘員が死ぬたびに大規模なデモが起こったといわれている。市民は長らく戦争が続いていたせいで軍人が死ぬのが当たり前になっているのではないのか。自分たちで考えることをやめてしまっていないか。
そう考えているのだろう。
「・・・もはや何を言っても無駄のようですな。もう・・こうするしか・・・」
突然会議室に十数人の兵士がドアを破って入ってきた。
「なんだ君たちは!いまは会議中だぞ!!」
クロスムが叫んだ。しかしすぐに兵士に両腕を捕まえられ、テーブルに押さえつけられた。
他の委員長らも兵士たちに押さえつけられている。私もだ。
しかし、情報交通委員長のモーラムと法秩序委員長のワルホムは捕まえられていない。グルだったのか。
大統領は無言のまま席に座っている。少しも動揺していない。さすがといえるだろう。
「・・・クーデターか・・・」
大統領が呟くように言った。
マスティスが銃を取り出して話し始めた。
「もはや・・・もはやこうするしか手がないのです・・・。このままではこの国はガルメチアス帝国と同じ運命をたどることになってしまう・・・。もはや…もはやこれしか止める方法がないのです!」
叫ぶような声だった。
「だからと言ってこんな非常識な手段を使うのか」
「なんといわれようともやめるわけにはいきません。閣下には大統領の座を降りていただきます」
「いやだと言ったら?」
マスティスが銃を大統領に向けた。
「閣下には死んでいただきます」
「・・・わかった。だが、私もただでやられるつもりはないのでな」
大統領が指を鳴らした。その瞬間会議室に何かが投げ込まれ、ガスのようなものを噴き出した。
入口から銃を持った兵士が突入してきた。不意を突かれたクーデター派は必死に抵抗したが全員肩や足を撃ち抜かれて倒れこんだ。
3分ぐらいたっただろうか。会議室は物音ひとつなく静かだ。
少しずつ頭を上げてみる。いたるところに兵士が倒れている。しかし皆生きているようだ。
大統領は相変わらず席に座っている。まったく動揺していない。
入口から男が一人入ってきた。大統領のほうに向かっている。
少し会話すると2人は席を立って会議室を出て行った。
救護班が来たのはその3分後だった。
西暦2115年 10月 16日
ペルシャール・ミースト
ふう・・・
死ぬかと思った。
ハイドリッヒからクーデターの事を知らされたときはマジで驚いたが、対応策を考えていると言われたので胸をなでおろした。が、あえて暴発させようといわれた。その後、必死に動揺するのを抑える練習をした。
会議室ではマジで怖かった。正直銃を向けられたときはマジで死ぬかと思った。
俺は今鎮守府(元大統領館)の自室にいる。そして目の前にはハイドリッヒがなんかしゃべっている。
”クーデターに参加した奴は皆公開処刑にしましょう”とか”もういっそ君主制にしたらどうですか”とか、マジで恐ろしいことを平然と話している。あこがれもしないし、しびれもしない。
「ハイドリッヒくん。そんな全員処刑にしなくても・・・」
「では主だったものだけを処刑し、他は全員永久労働とします」
「いや、そういうわけじゃなくて・・・」
「まだ小官はやるべきことがあるので失礼させていただきます」
え、あの、ちょっと・・・
行ってしまわれた・・・
・・・君主制・・か・・・
世界を統一したら・・・君主制・・・
後書き
なんかすぐ終わってしまった感がありますが、外伝で詳しくできたらするのでご了承ください。
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