ONE PIECE《エピソードオブ・アンカー》
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episode7
見覚えのある家。
見覚えのある男と女。
女はすすり泣き、男はぎこちない笑顔を向けてくる。
ああ...ワタシの家だ、とアンカーは眺めていた。その光景を眺めているだけだった。
女が泣いている。
それが母だとすぐに気付く。
男の笑顔が気持ち悪い。
それが育ての親だと気付いてしまった。
アンカーが物心つく時には既にその状態だった。
普段、目を合わせてくれない母親。
彼女が目を合わせてくれる時は、いつだって罵られた。涙を流しながら、罵声を浴びせながら、あらゆる物を投げつけられ、たくさん殴られた。
ぎこちない笑顔の育ての親。
彼の本当の笑顔を見たのは一度だけ。友人らしき者たちと、楽しそうに笑っていた。それが、最初で最後の笑顔だった。
彼らは、揃ってアンカーに言う。
その言葉が、アンカーにとって呪縛になるとも知らずに......。
「だって、お前はーーー」
「ーーーっ!?」
無意識に体を起こした。寝汗の量が尋常ではない。
アンカーは夢を見た。懐かしい姿の母と育ての親を眺める夢。
「はっ...。忘れられたと思ったのに...」
長い間、見ることのなかった夢。
おそらくは、少し前に船に乗ることになった少女...コアラの存在がきっかけだろう。
殺されたくないから笑顔を止めず、泣くのも我慢していたコアラに対して、タイガーは「泣けばいいじゃねぇか!」と声を荒げた。それ以来、コアラは心を開いたらしくタイガーを始め、他の魚人たちと接するようになった。
それから数日。
アンカーは毎日この少女の顔を見るハメに陥る。
タイガーの船長命令により、同じ部屋での寝起きが命じられたのだ。
コアラは、アンカーと少し似ている。違うのは親が生きているということと、殺意を抱いたことがないこと。それにあと1つーー。
「夜風に当たるか...」
再び眠りにつこうとするが、夢の内容がフラッシュバックする。とても眠れそうにない。
甲板に出る扉を開けると、月明かりに照らされたアーロンと出会した。
「珍しいな。お前が、夜中に起きて来るとはな。...どうした?」
「そっちこそどうしたのさ。月見酒ってわけじゃなさそうだし...」
「なんとなくだ」
「ハハッ。アーロンらしい」
何を語るわけでもなく、ただ月を眺めて時間を潰す。
月が傾いたと分かるようになった頃、沈黙を破ったのはアーロンの方だった。アンカーに「ちょっと待ってろ」と告げて去った後、しばらくして酒を持って帰って来た。
「月見酒だ。付き合え」
「1杯だけね......」
グラスに並々に注がれた酒を、零さないようにチビチビと口を付ける。月明かりで黄金に輝いた酒がゆらゆらと揺れ動いていた。
量が半分くらいになるまでは、ずっと黙ったまま。先程の質問に答えたのは、それからだった。
「アーロン...。アンタは、ワタシのことをどう思ってる?」
「なんだ、急に」
「さっきの“どうした?”の答えだよ。あまり、よくない夢を見たんだ。...お母さんと、育ての親の夢」
アーロンは酒を飲むのを止めた。
「ワタシの出生は話したろ? お母さんが死んだ後、育ての親は行方不明になった、って。実は、違うんだ。育ての親は行方不明になったんじゃない。......死んだんだ。ワタシが、殺した」
「.........」
「驚いたよね...ごめん。アーロンは、同族殺しを嫌うって聞いたから黙ってたんだ。しかも、相手は仮とはいえ親だしね」
アンカーが育ての親を殺した理由は“生きるため”。
恋人のいる前では、優しい男であるフリをした。ぎこちない笑顔はそのためだった。10年も我慢した。育ての親は、アンカーに殺される前にそう叫んだ。
「大きくなるまで...高値で売れるまで待って、人間共に売り付けるために!」
それが、育ての親の最期の言葉。
「目の前の奴らを敵だと思った。殺されると思ったんだ。......気が付いたら、向こうが死んでいた。真っ赤に染まった手や服を見て、自分が殺したんだって分かった」
アンカーは、自分の手を見る。
過去に見た真っ赤に染まった自分の手を思い浮かべながら、あまり変わらないな...と苦笑する。
変わったのは手の大きさくらいである。
アーロンはその様子をじっと見つめる。
僅かに残った酒を煽るように飲み干し、アンカーを真っ直ぐ見つめ、その名を呼んだ。
「過去にお前がどんなことをしていようが、俺が口出しするつもりは無い。お前は、俺が認めた仲間だ」
「アーロン...」
「そ、それに...お前はッ」
言葉を詰まらせ、咳払いを繰り返す。
その先の言葉がアンカーにとって呪縛であるとも知らずに、不器用な男の言い回しは紡ぎ出される。
「お前はーー」
お前はーー
「ーー特別だ」
ーー特別(カイブツ)だ。
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