リメインズ -Remains-
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12話 「生命を取り落す時」
前書き
運命数:
神秘数列の特徴を決定付ける古代数字のこと。「Ⅰ」から「Ⅸ」まで、凡そ現代数字で言う1から9までの固有属性を持った数字を組み込むことで術に大きな変化をもたらす。一説によればこれの他に「ゼロ」に対応する運命数の存在が囁かれているが、公的記録では未だに立証した者はいない。
それが慢心だったのか、それとも単純に自身の命に重さがあるものと考えていなかったのか、その真実は今でも判然としない。
ただ、ひとつだけ理解していることがあるとすれば、それは――闇を切り裂く少年の声。
「宣言通り首は貰ったぞ。血みどろ騎士」
その瞬間、俺は確かに自分の身体からそっ首が斬り飛ばされる感触を認識した。
「あ、が……ッ」
見開かれる瞳、飛び散る赤い飛沫。
斬られたという事実を忘れそうになるほど鮮やかに滑った銀の刀。
驚くほどに美しく、そしてどこまでも残酷なる斬撃。
視界が激しく揺れる。剣を握っていた手の感触ごと、四肢の感覚が消えうせる。
そして、遠くに聞こえる声。
聞き覚えのあるような気がする、声。
「ブラッドさぁぁぁぁあああんッ!!!」
狩人に撃たれた鳥のように切なく悲痛な叫びが、俺の骸が転がった広場に木霊した。
擦れる視界が映したのは、その声の主ではなく色褪せた記憶の断片だった。
空の雲にさえ届きそうな巨木の下に広がる都市、その家の一つに住む女性。
声をかけるといつも最初は決まって怒っていて、怒った後は笑っている、そんな女性。
そしてその顔が――俺の記憶の中にいる誰かと被って見えた。
= =
「予定変更だ、今すぐその首貰い受ける」
「やってみろ、 黒羽坊や。取れるものならな」
挑発としては少々露骨だったが、どうもあのクロエを名乗る子供は見事にそれに乗ったらしい。
銀色の刀を掲げ、静かに唱える。剣の柄に装飾された翡翠色の石が眩い光を発し、クロエを纏う風が大気を裂くよう鋭く研ぎ澄まされる
「わが剣に宿りしⅦの胎動よ。逆巻く風雲を我が意志の下に掌握せよ」
逆巻き――自然の法則からの乖離を意味し、術師が好んで使う詠唱だ。
言葉通りに荒れ振るう風を掌握したクロエは、コートをはためかせながら掌に光を収束させ、放つ。
「疾ッ!!」
強い光は極小の竜巻を形成して、弾丸のように空を抉るように打ち出された。
長年の勘が危険を察知し、咄嗟に体を逸らして躱す。
狙いが逸れて地表に衝突した竜巻は街の石畳を抉り飛ばした。
更に矢継ぎ早に発射される風を躱しながらも、その威力に驚愕する。風というものが石を粉砕するほどの威力を持つなど聞いたこともない。神秘術によってかなり威力が増幅されている。
市場に残されていたテントや椅子ごとバラバラに粉砕しながら飛来する風を躱しながら、術の突破口を探すように思案を巡らせる。
「この術……周辺にある風に法則を付与して飛ばしている物ではないな」
「……………」
「情報を渡す義理はないということか」
クロエはそれに返答せず、代わりに今度は数マトレの竜巻を振り下ろすように発生させた。
竜巻はうねりながらも石畳を吹き飛ばす凄まじい風圧を纏ってこちらを追跡してくる。僅かにでも触れれば風に巻かれてズタズタに引き裂かれるだろう。全力で市場を駆け回りながら、竜巻をどう切り抜けるか思慮を働かせる。
通常、神秘術とは大気中にある神秘と+αの媒体に法則を付与して発動させる。
例えば風を飛ばす神秘術は神秘と大気を媒体に術で威力を上乗せするという形式で行われる。水なら大気中の水分、火の場合は特殊であり神秘に法則を付与して熱量に変換することで熱を持つ。このように術の発動は一つ一つに法則付与することで初めて実現する。
だが、高位の術士になると複数の神秘数列を連結させて多機能術式を発動させることができる。
あのクロエが扱っているのはそれだろう。彼は自分の周囲を纏う風から攻撃を繰り出している。恐らくあの風は攻守の両方に転用可能で、彼のイメージのままに動くよう定義付けが為されているのだろう。
一つ一つの術をバラバラに発動させるよりずっと効率的で、その代償に恐ろしく複雑な術式を理解する必要がある。
そしてその術式を持ち主の指令の下で代理処理するのが神秘数列というものだ。あの少年の剣にはファーブルのもののような掘り込みは見当たらないが、古代には今より遙かに高度な神秘数列技術があったのだ。
彼の持つ剣が古代武具だというのならば不思議なことはない。
同時に、敵に回すには余りにも厄介なのだが。
追跡を続けた竜巻は次第にその勢いを失いつつある。その隙を見計らい、身を翻して竜巻へ向かう。
自慢ではないが、『たかが複数のヒトを吹き飛ばす程度の風』ならば――剣の風圧で切り裂ける。
「いい加減にしつこいんだよ。――ぜやぁッ!!」
ゴウッ!と音を立てて横薙ぎに振るった剣から発生した衝撃が、竜巻を横一線に斬り飛ばした。同時に俺はその剣の勢いを殺さないまま足を軸に体を回転させ、背後から高速で迫っていたクロエの白刃を受け止める。
竜巻の発動と同時に機を伺っていたのだろうが、その程度は軽輩を察すれば造作もない。すぐに剣を弾いて距離を取り、クロエが再び生成した小竜巻の弾丸を側転で躱す。あちらもあれで決まるとは思っていなかったのか、すぐさま刀を煌めかせて追撃を仕掛けてきた。
至近距離まで持ち込まれたことで、戦いは剣戟に移る。
「風相手では戦いにくそうだったから、わざわざ出向いてやったぞ。さあ、そのそっ首を差し出せ!」
「欲しがるのはガキのやることだ!欲しいなら自分で奪ったらどうだ!?」
「言われずともッ!!」
小柄な体躯から繰り出される一つ一つの剣筋が異様に速い。
恐らくは速度と手数で切り裂きつつ隙を作り致命傷を負わせるスタイルだろう。一撃一撃が人体の死角や関節構造上反応しにくい部分を狙っている。段平剣で応戦するが、取り回しが利きにくいためか足や腕に小さい傷を負う。このままではジリ貧だ。
裂け目から流れる血を「戦闘に支障を来すほどではない」と思った俺は、剣劇のリズムを崩してクロエの銀刀に強引に刃を当て、踏込と共に弾き飛ばす。弾かれた体勢のまま空に逃げたクロエは、直ぐにバランスを取り戻した。
「ちょこまかよく動くものだ。大人しく当たっておけば楽に済むものを」
「ほざけ、お前こそその鈍重な剣で良く動く……ならばッ!!」
そう言うと今度は自身を加速させ、残像が見えるほどの速度でで裂蹴を放ってきた。直線的だったので躱すが、風圧が背後にあった屋台を石畳ごと斬り裂く。足に纏わせた風の付加効果だけでこれほどの威力では、本当に首を狩られかねない。
躱した傍から方向転換して追撃を仕掛けてくる縦横無尽の蹴りを次々に捌くが、空間をフルに生かして苛烈に攻め立てるクロエ相手に防御に徹していては勝ち目はない。
少々危険だが、下手に避けて追撃されるより正面から迎え撃つ。
拳を握り、足を踏ん張り、空を切るその旋風蹴へ力任せに拳を叩きこんだ。
「ふんッ!!」
「ハァァァッ!!」
脚と拳が激突。足の纏う風の刃が、拳の風圧で弾け飛んだ。
互いの関節と筋肉がみしり、と悲鳴を上げ、足元の瓦礫が衝撃に耐えられず砕ける。
互いに完全に真芯を捕えた攻撃は、互いの攻撃の反動で弾かれる形で引き分けに終わった。
段平剣を重心に体を回転させ、バランスを取って着地する。向こうは空中で既にバランスを立て直していた。こちらが健在であるのが気に入らないとでも言うようにクロエが顔を歪める。
「……ッ、その腕をもぎ取ってやるつもりで蹴ったのだがな」
「お前の細足が今ので無事なほうが不思議だ。お前、本当にヒトか?」
今まで、同じマーセナリーとの訓練や魔物と散々闘ってきた中でも、ここまで自在に空を飛んでくる奴はいなかった。しかもあの小柄な体躯に秘められた想像以上のパワー。自分の5倍はある魔物を骨ごと両断できる自分の剣を受けて平気というのもおかしかった。
その問いに、クロエは皮肉気に嗤った。
「どうだかな。それに、お前だって『化物』だろう」
俺が――だと?
化物とは何の事だ。単なる実力的拮抗の事ではない含みを持たせたその物言いに眉を顰める。
俺の身体が普通ではないというのか。何がどう普通ではないのか、それも含めてこいつは知っているのか。クロエは黙り込んでじっとこちらを見つめている。
「……どういう意味だ?」
「まさか、本気で忘れているのか?なら――たった今教えてやろうッ!!」
「ッ!!」
クロエの周囲に渦巻いていた風が、突如として周囲の全てを吹き飛ばすように荒れ狂う。
戒めから解放されたように荒ぶる神秘の風が、都市の空に台風染みた空気の渦を形成した。
風圧で体が吹き飛ばされかねないその空気の壁に、必死に足を踏ん張って耐える。
最初は市場の中心に発生しただけだったその風は、周囲の空気や塵を巻き込みながら次第に大きく、大きく。小竜巻から竜巻へ、竜巻から更に上へ。周辺の建物の窓ガラスやレンガの一部がその威力に弾け、崩れる。
「こいつ……今までと規模が違い過ぎる……!」
「怖気づいたか。ついていないか。どちらでもいいが、貴様は死ね」
轟々と巻き起こるそれは――『大竜巻』と形容するしかない巨大な風の塊となった。
うねり、荒れ狂い、触れるすべてを天高くへ巻き上げる神の息吹。
ここまでのエネルギーを持っては、もはや術とは呼べない。
今までの術で制御された小さなものとは桁が違う、自然災害としての竜巻と同じ領域だ。天高く巻き上げられる塵の渦が、天高くまで舞い上がって月明りを遮る。
「ふむ………時間をかければもう少し大きくも出来るが、これ以上はお前以外を殺しそうだ」
理性が警告した。これは既に剣を振り回しているだけの粗暴なマーセナリーにどうこうできる段階を越えている、と。
もう、どうあがいてもこの怒涛の烈風には近寄ることも出来ない。これだけ膨大な烈風を発生させるということは、それだけ膨大な量の神秘を掌握しているということ。あのクロエと言う少年は、自らの意思で自然災害と同等の力をその手で弄んでいる。
神秘の掌握は、掌握範囲が広がれば広がる程にその代償として術の行使者に負担をかける。なのにクロエはその中心にいて息ひとつ乱していなかった。規格外の化け物だ。
だが同時に、本能はこう告げる。
この程度のそよ風で諦めるのか?お前だって息は切らしていないし、足も震えていない。
何より――こんなにも「楽しい」戦いを今ここで自分から投げて良いのか?
これは極上の馳走だぞ。おまけに勝てれば望む物も手に入る。
我ながらなんてどうしようもない男だ、とため息をついた。
「分かってはいたんだがな」
「――何だ、突然遺言か?」
「仮に遺言なら貴様のような餓鬼には託さんさ」
ずっと考えないようにしていた事がある。
魔物の行動は戦えば戦うほどにその単純なパターンが読めてしまう。ある程度経験を積むと、後はルーチンワークだ。だがヒトの戦士は違う。戦うたびに経験を分析し、少しずつ戦法や技を変えてくる。それと戦うのは変化とスリルに満ちてとても楽しいものだ。
そして――きっと相手を殺してしまうほどに死に物狂いなら、もっと楽しいだろうと。
「俺はマーセナリーだ。マーセナリーは屑がやる仕事。そして俺は、戦いのスリルに病み付きになって魔物を殺してきた。頭の中では記憶の為だの何だのとほざいてはいるがその実――本当はこんな命懸けの戦いを求めている」
どくん、と心臓が歓喜の雄叫びを上げた。
身体が熱い。全身の血流が暴走しているようだ。
吐き出す息が熱い。風など気にもならぬほどの熱が、全身を揺らす。
湧き上がる衝動に突き動かされるように、剣を構えた。
身体と剣が一体となり、足を通して大地の力を借りる。
右手に剣を、左手は柄に。敵と右肩の直線状に鍔が来るように、一直線に構える。
俺の記憶の中でも最も古い、最も基本的な構え。
「……俺の目の前でその構えを取るか。――『30年前』のあいつと今のお前が同じかどうか、試してやるッ!!」
膨大な風の渦が急速に収縮し、風の爆弾と化した力がクロエの左足一本だけに収束されていく。
竜巻をそのまま飛ばすのではなく、全身に衣のように纏いながら物理運動エネルギーをありったけ継ぎ込んで、荒鷹より速く、竜巻よりも強く身体を加速させる風を更に追い風で加速させ、身体そのものを斬撃に化けさせる。
吹きすさぶ疾風を纏いし其の姿、風の化身の如く。
恐らくはもっと確実な殺し方があいつにはあった筈だ。それこそ竜巻そのものでこちらを町ごと吹き飛ばす方法の方が楽だったろう。それでもあいつが正面からの一撃に拘ったのは、絶対の自信か、それともこちらに態と合わせているのか。どちらでも構わない。
いや、むしろ本気だからこそ滾るのだ。本気だから、こちらも本気をぶつけてみたくなる。
脳裏が激しく疼いた。だが、もう疼きも気にならないほどに意識は正面へと注がれていく。
この魂を焦がす高揚の中でだけ、疼きと渇きを忘れられる。
「お前が俺の渇きを癒せるのか………全霊の一撃で確かめさせてもらおうかッ!!!」
雄叫びと共に、足を踏みこむ。大地を割るほどに深く、強く、疾く。
その力を体のラインを通して、剣先のただ一点だけに集中させ――森羅万象を斬る。
俺の扱う流派も知れない剣技の中で、唯一必殺剣と呼べる、乾坤一擲の斬撃。
「ぶった……斬れろぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
「ヒトは風には勝利できない。勝利できるのならば――その時は、貴様の化けの皮を剥いでやろうッ!!」
音速を超えた二つの刃が、激突した。
激突の衝撃で、広場に接していた塀や屋根にまで亀裂が入り、押しのけられた空気が暴風となって広場に存在するありとあらゆるものを天高らかに吹き飛ばし、それでもなお殺しきれないエネルギーが広場の石畳を悉く粉砕していく。
たった一度の攻防が、その余波が、第四都市の広場一つを丸ごと陥没させた。
そして――クロエと彼の銀刀はその想像を絶する衝撃波と共にかかった負荷に耐えた。
俺自身もそれに耐えた。むしろ、そのまま押し切って叩き斬るという絶対的な意思を込めて前へ押し込もうとした。
――だが、俺の剣は耐えられなかった。
クロエの必殺の一撃の衝撃に拮抗したのはほんの一瞬のこと。
直後、俺の段平剣は、根元からみしみしと亀裂が入り、驚くほどにあっけなく砕けた。
「……………」
「―――――」
クロエは一言も言葉を発さず、その殺意のままに俺の首へ刃を滑らせる。
俺は、ほぼ無意識にテレポットから細剣を取出し、カウンターの要領でクロエに放った。
魔物の脳天さえ一撃で刺し貫く超速の刺突が、クロエの喉元に命中した。
命中したのだ。
なのに、なぜ。
刃は、クロエの喉に振れた時点で完全に停止していた。
頭が一瞬真っ白になる。そんな俺の耳に届いたのは、クロエの冷酷な声。
「宣言通り首は貰ったぞ。血みどろ騎士」
すらり、と首元を冷たい何かが駆け抜けた。
その瞬間、俺は確かに自分の身体からそっ首が斬り飛ばされる感触を認識した。
「あ、が……ッ」
何が起きた。その言葉は、首ごと喉が裂かれたせいで言葉には出来なかった。
後書き
1話から読み直すと放置されたミスが沢山あったので目につくものを修正しました。
長い事更新してなくてごめんなさい。これからも不定期です。
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