魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~漆黒の剣士~
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第16話 「天才」
「よし、やっと僕の番だね。ショウ、ちゃんと見ててよ」
無邪気な笑顔を浮かべながらユウキはシミュレーターの中に入っていく。ここに至るまでにそれなりに長い時間を有し疲労していたはずだが、デュエルが出来るとなれば吹っ飛んだらしい。
エイミィの熱血っぷり凄かったもんな。一通り教えた後なんか燃え尽きてたし。まだ仕事があるんだから考えろとも思ったけど、まあユウキのためにはなったから感謝するとしよう。
スクリーンに意識を移すと、徐々にフィールドが映り始める。デュエルを行う場所はシンプルな空のようだ。初心者であるユウキにはありがたい場所かもしれない。
『おお……って、空ぁぁぁ!?』
と思ったのだが、ブレイブデュエルでは視点と感覚がアバターと完全にリンクするため、空の上に立っているような気分を味わうことになる。高所恐怖症ではない人間でもいきなりあそこに放り込まれれば、ユウキのような反応をするのも無理はない。
とはいえ、ユウキはあらゆるジャンルのゲームで天性の才能を発揮する奴だ。エイミィから説明を受けていたこともあって落ち着きを取り戻したのか、すでにそよ風を味わっているように見える。
「それにしても……」
最初のカードローダーでRを当てるなんて運が良いよな。一般の初心者、いや上位の人間が聞いても羨ましがることだろう。
防具の類は胸にある黒曜石のようなアーマーくらいであり、その下にあるチュニックとロングスカートは青紫色だ。腰には黒く細い鞘があり、同色の剣が納められている。
剣を所持していることから分かるとおり、ユウキのアバターは接近戦タイプだ。スタイルがベルカだったので、俺やアリサ以上に近接での戦闘能力は高いと思われる。まあアバターの性能がデュエルの勝敗を必ず決めるわけではないので、初デュエルである今の戦闘力はそのへんの初心者と変わらないだろうが。
「……何か嫌な気配がするな」
普通は複数の初心者がまとまってフリートレーニングに参加し、感覚を養ってからデュエルへと移行していく。だがユウキが映っているスクリーンには、彼女の周囲に他のプレイヤーは確認できない。経験から推測するに……他のプレイヤー達はフリートレーニングを行っているが、彼女だけは普通にデュエルをやっているのではないだろうか。
直後、忍のような騎士服に身を包み、赤いマフラーを巻いた少女がユウキの前に姿を現した。
……嘘だろ。
スタイルの良い体に刺激が強そうな騎士服。艶やかな長い黒髪をポニーテールまとめた大和撫子のような少女には心当たりがある。俺の記憶が正しければ、《風雪の忍》という通り名で知られ始めている中堅デュエリストだったはずだ。
本気でデュエルをされたら、いくら天才のユウキであっても敵うはずがない。しかし、乱入は許可されていないと思われるので助けに入るのは不可能だ。そもそもシミュレーターが埋まってしまっている。
『ん、お姉さんが僕の相手?』
『……そう』
『そっか。にしてもお姉さん、凄い格好してるね』
ユウキの言葉に忍者の頬が真っ赤に染まる。どうやら本人も気にしているというか、人並みの羞恥心は持っているらしい。ただアバターとの出会いは運命のようなものなのでどうすることもできない。
馬鹿……お前は自分には似合いそうにないって意味で言ってるのかもしれないけどな。スタイルが良い人間ってのは、意外と自分のスタイルにコンプレックスがあったりするんだぞ。知り合いの乳魔人さんとかわがままボディさんがそうだし。
ユウキの言葉は、おそらく火に油を注いだようなものだろう。彼女はこれまで数多のゲームをやってきたため、ここで負けたからといってブレイブデュエルをやめたりはしないだろうが……今の俺にできることは見守ることだけか。ひどく負けたならば、慰めるくらいのことはしてやろう。
『えっと、お姉さんを倒せば僕の勝ちになるんだよね?』
『そう……勝てたらだけど!』
忍者はクナイのような魔力弾を出現させたかと思うと、ユウキ目掛けて投擲した。ユウキは持ち前の常人離れした反応速度で回避したものの、まだ上手く飛べないため宙を転げるように移動していく。
『うわぁ、びっくり……って、ちょっ!?』
敵を倒すことがルールの単純なデュエルであるため、連続で攻撃を仕掛ける忍者の行動は咎められるはずがない。ただ彼女は、ユウキが不恰好ながらも攻撃を避け続けているせいか少し苛立っているように見える。
『えっと……確か移動は飛びたい方向に意識を集中だっけ!』
ユウキの背中に半透明な黒い羽が生えたかと思うと、これまでの転がるような回避と一変して高速移動で避け始める。強張っていた顔が笑みに変わっていっているあたり、今の状況さえ楽しんでいるらしい。
ユウキの最も優れた才能は、どんな状況でさえも楽しむことができることかもしれないな。
スクリーンで見ていても、圧倒的な速度でユウキの技術は上昇していっているのが分かる。おそらく相対している少女は、彼女の異常と言えそうな成長速度に恐怖を覚えていることだろう。故に――
『なら……これで!』
――これまで以上に攻撃を加えるのも必然とも言える。
女忍者は両手にクナイ状の魔力弾を持ち、微かな時間差を付けて投擲する。ユウキはすぐさま回避行動を起こすが、これまでのクナイとは違って追跡を行っている。
飛び続けるユウキは魔力を消費し続けるし、ホーミングする魔力弾を維持する女忍者も魔力は消費する。消費している魔力で言えば、攻撃していた女忍者のほうが上だろうが、あれは保有魔力が優れているからこそ取れた行動ではないだろうか。通り名を持つほどのデュエリストが考えもなしに攻撃を続けるとは思えないのだから。
『逃げてばかりじゃ勝てないよね』
ユウキの口元がわずかばかりだが動いた気がした。何を言ったのかまでは分からなかったが、彼女の行動には内に秘められている思考が顕著に現れていた。
彼女は急停止を掛けたかと思うと、左腰にあった剣に右手を伸ばす。振り向くのと同時に抜剣し、飛来していた最前に魔力弾を迎撃――いや《斬った》。返した剣で2発目を斬り捨てると、流れるような剣技で全ての魔力弾を無力化した。
発生した煙によってユウキの姿が隠れるが、偶然にも突風が吹いたのか一瞬で煙は霧散する。同時に現れた彼女の顔は笑っている。女忍者に対する恐れを微塵も感じさせない不敵な顔だ。
ユウキは不敵な笑みを崩すことなく、黒曜石のような色合いの剣の先端を女忍者に向けながら口を開いた。
『お姉さん、今度は僕から行くよ!』
言い終わるのと同時に、ユウキは女忍者に向かって飛翔する。女忍者はクナイ状の魔力弾を放つが、それは稲妻のような速度で煌く剣によって粉砕されてしまう。通常の魔力弾ではユウキを止めることは不可能だろう。
『ならば……!』
女忍者は左手でクナイ状の魔力弾を放った後、右手で腰にあった刀を引き抜き、鎖鎌のような形態に変化させる。魔力弾の迎撃に意識を裂かれたユウキは、それに一瞬気づくのが遅れてしまい、気が付いたときには鎖が彼女の周囲を円を描くように飛び回っていた。
『ぐっ……』
急激な方向転換で回避しようとしたユウキだったが、鎖のほうが早く彼女の左腕を捕らえた。直後、女忍者は追撃を加えようと左手に魔力を集め巨大な手裏剣を生成する。
『沈め!』
投擲された巨大な手裏剣は、回転を強めながらユウキへと向かっていく。当然ユウキは回避しようとするが、左腕を捕縛されているため大した行動ができない。手裏剣にもホーミング機能が付加されているらしく、回避することは絶望的に思える。だが――ユウキの目は死んではいない。
『僕は絶対に……!』
ユウキは両足を大きく開きながら右腕を肩の高さで引き絞る。黒曜石のような刀身に魔力が集束され、徐々に紅蓮の炎へと変化。それを飛来する手裏剣に向けて撃ち出す。雷のような速度のせいか、赤い稲妻が疾ったかのように見えた。
彼女が放った技は《ブレイズストライク》。俺が愛用する単発重撃技であり、餞別として俺が彼女に渡しておいたスキルカードだ。強固な防御力を誇る敵にだろうと有効なダメージを与える技であるだけに、手裏剣を粉砕することは可能だろう。
だがしかし、敵が放っていた手裏剣にもそれなりの魔力が込められている。強力な魔法のぶつかり合いは、必然的にそれ相応の爆発を引き起こすものだ。目の前で爆発が起こるユウキは無傷ではすまない。
爆発と轟音。
生じた大量の煙によってユウキの姿が確認できなくなる。エリア内に終了の表示がされないことから、戦闘不能にはなっていない。だが大規模な爆発だっただけに、彼女が負ったダメージはかなりのものなのだろう。
『……最後まで諦めたりしない!』
煙を突き破るように現れたユウキの騎士服は、誰から見てもボロボロとしか言えない状態だった。しかし、彼女の瞳には鋭い気迫が宿ったままだ。
先ほどの一撃で魔力を大きく消費したのか、女忍者は投擲できているのはクナイ状の魔力弾だけだ。だがそれではユウキを止めることはできない。
女忍者は逃げようとする素振りも見せるが、ユウキはほぼトップスピードに乗っている。勝負を決めようと大攻撃をしたせいで一時的に速度がゼロになっていた彼女では、今から加速して逃げ切ることは不可能だろう。
『やあっ!』
女忍者の眼前に迫ったユウキは、気合を発しながら愛剣を雷のような速度で振るう。圧倒的な速度で襲い掛かってくる刃を女忍者も防ぎきることはできず、ついに体勢を崩されてしまった。
そのチャンスを逃すことなく、ユウキは通常攻撃を連続で放ち……そして。
『これで決める!』
バックモーションの少ない垂直斬りから上下のコンビネーション、最上段から決めの一撃を放った。高速4連撃《バーチカル・フォース》。
絶え間ない斬撃の嵐を受けた女忍者は、静かに空から消えて行った。ユウキが勝利し、デュエルが終了したのだ。
……マジかよ。
ユウキのセンスは誰よりも知っている。でもだからといって通り名を持つデュエリスト相手に初プレイで勝利できるなんて思っていなかった。彼女の才能を俺は侮っていたのだ。
「ショウ、勝ったよ!」
小走りでやってきたユウキは笑みを浮かべながらVサインをした。そんな彼女を見た俺の胸中には、呆れの混じった驚愕と、強敵の出現による歓喜があった。
俺はユウキに近づくと、微妙な笑みを浮かべながら彼女の頭を何度か軽く叩いた。
「まったく……お前を見てると、一緒のゲームはやりたくなくなるな」
「えぇー!? 僕は他の誰よりもショウと戦いたいのに。やめたら絶交するからね!」
「やめるかよ。昔から思ってたんだ、お前に勝ちたいって。それに俺のことをライバルだって思ってくれている奴もいるし、何より他のゲームはまだしもこのゲームに限っては誰にも負けたくない」
スピードレーシングやスカイドッジでは小学生達に負けてしまっているわけなのだが、あくまであれはおまけや人数合わせで参加したようなものだ。正式に俺に対して挑まれたなら負けるような戦いをするつもりはない。
「はは、ショウがそういうこと言ってくれるのは初めてだね。すっごく嬉しいよ。でも僕は、誰よりもショウに勝ちたいからね。今すぐは無理だと思うけど、必ず勝ってみせるよ!」
「そうか、じゃあ俺も負けたくないから今後は別行動ということで」
「うわぁぁ、待ってよ! 僕、まだここに慣れてないんだからひとりにしないでってば!」
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