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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第112話 失点

 
前書き
 第112話を更新します。

 次回更新は、
 4月1日。『蒼き夢の果てに』第113話
 タイトルは『反撃』です。
 

 
 かなりのイケメン。九組のキャプテン自称ランディくんに比べると、今打席に入りつつある青年の方が余程外国からの留学生に見える……と言う感じの風貌。何と言うか、ハルケギニア世界では良く見かけるが、日本人としては珍しい彫りの深い――所謂、濃い顔と称されるタイプのイケメンが右打席へと入った。

「プレイボール」

 九組のトップバッターがヘルメットを取った後に軽く会釈を行う。その動作を確認した野球部所属の男子生徒が務める主審が、右手を高く掲げて試合開始のコールを行った。
 その僅かな後。
 主審のコールを待って居た我がチームのエース殿が、ゆっくりとした動作から振り被り――
 この瞬間、北高校冬の球技大会野球部門の決勝戦の幕が切って落とされたのでした。



「それなら、涼宮さん。ひとつ賭け(ゲーム)をしませんか?」

 非常に爽やかな物言い。普通の女生徒なら、その容姿に()()()て、賭けの内容を深く聞く前にOKを出して仕舞いそうになる、そのような雰囲気。
 但し、俺の目から見ると非常に胡散臭く、慇懃(いんぎん)……を通り越えて、無礼にさえ感じる態度。こんな相手から持ちかけられるゲームなど絶対の乗るべきではない、と思うのですが。
 何と表現すべきか……。そう、ヤツの薄ら笑いからは他者を嘲るかのような不遜な色を感じるのです。すべての存在を上から見下ろすかのような不遜な物を。これが何らかの外連味(けれんみ)。――例えば本心を隠す為のハッタリやごまかし等ではなく、本当にそうヤツ自身が感じているのか、それともそうではないのかが、今の俺でもさっぱり分からない相手。

「何よ。聞いて上げるから、さっさと話してみなさい」

 しかし――
 しかし、俺の内心での考えなど顧みる訳もなく、最悪に近い答えを返して仕舞うハルヒ。こう言う手合いの話は最初から聞かないのが上策。聞いて仕舞うと相手の土俵に乗った事となるので……。

 ハルヒの答えを聞いて、淡い……かなりの女性を虜にするであろうと言う微笑みを魅せる自称ランディくん。但し、これも俺から見ると、我が意を得たり……とほほくそ笑む性悪軍師が浮かべる類の笑みにしか見えない。
 この手の笑みが似合うのは周公瑾と言うトコロなのでしょうかねぇ。

 いや、ドイツの有名な錬金術師の魂を得た、とされる悪魔の微笑みの方か……。

「簡単な事ですよ。次の決勝戦で僕たちのチームが勝ったのなら、彼を僕たちの友達にしても良い。ただ、それだけの約束が欲しいだけです」

 女子生徒しか居ない文芸部で、かなり目立つ容姿の男子転校生を囲い込むのは良くない噂が立つ原因にも成りますから。
 最後にもっともらしい理由を付け足し、相も変らぬ薄ら笑いで締めくくる自称ランディくん。こいつ等、ハルケギニアでも、ここでもまったく変わりがない。

 しかし……。
 しかし、こいつ等がわざわざハルケギニアからこんな危険な……ヤツラにとって危険な敵が多数存在している世界にやって来た理由が()()ですか。
 俺自身がヤツラから妙に好かれて、と言うか、警戒されていると言う事なのでしょうか。
 別にヤツラが何を企んで居ても、俺や俺の周りに居る人間に対して害がなければ俺は無害な存在のはず。しかし、これだけ俺に絡んで来ると言う事は……。
 ヤツラの企てに取って俺が邪魔だ、と言う事ですか。

 但し、そんな申し出は当然――

「その勝負受けた!」

 ――受けられるはずはない。そう答えようとした矢先、さっさと勝負を受けて仕舞う我らが団長殿。コイツ、何も考えていないんじゃないのか?

「おい、ハルヒ!」

 流石に相手……自称ランディくんの真意は測りかねるけど、それでもヤツラの目的がロクなモンじゃない事は想像に難くない。少なくとも、魔がどのような甘言を耳元で囁いたとしても、それを毅然とした態度で撥ねつけなければならないのは世の東西を問わず常識なのですが……。
 ただ、ハルヒやその他の連中が、相手が人外の存在だと言う事を知っている訳ではないので――

 どのような屁理屈を使ってこの訳の分からない賭けを止めさせるか。その手立てもないまま、それでも待ったを掛ける為に口を挟む俺。
 しかし――

「問題ない。要は勝てば良いだけ」

 左に並ぶハルヒの方向に向き直った俺の後ろから、妙に不機嫌な少女の声が掛けられた。
 そして、その声に続けられる更なる言葉。

「確かに負けなければ、相馬さんの言うように問題ない訳だから」

 こちらは少し上機嫌。但し、彼女……朝倉さん自身が発して居る雰囲気は口調ほど明るい物などではなく、妙な覚悟が感じられた。

 朝倉さんは現在が異常な事態が進行中だと言う事に気付いて居る。ならば、この覚悟と言うのは彼女自身が、彼女自身の()を戦い守る事への覚悟と言う事なのでしょう。そして、さつきに関しても気付いていない、と考える方が不自然だと思います。確かに、霊的な感知能力を彼女がどの程度有して居るのか、……については謎ですが、それでも名づけざられし者や這い寄る混沌に関係している可能性が大の存在が目の前に顕われて気付かないほど、能力が低い訳はないはず。
 何故ならば、現在の彼女は単独で行動中ですから。関東圏でならば例えぱっと見で単独行動に見えたとしても、その実、大きなバックアップを受ける事も可能でしょうが、ここ西宮は関西。そこで相馬家所縁(ゆかり)の者が動いて居たとするのなら、水晶宮がその存在を掴んで居ないはずはありません。
 しかし、そのような報告は俺たちの元には届いてはいない。
 ここから考えると、相馬さつきと言う名の人物は、単独での任務に当たる事が出来る能力者だと言う事に成りますから。危険に対する感知能力が低い術者を単独行動させる可能性は流石に低いでしょう。

「わたし達SOS団の辞書に不戦敗の文字はないわ!」

 だから、賞品は賞品らしく大人しくして居なさい。そもそも、あんたに許された答えは、ハイとイエスだけなんだから。



「ストライック!」

 回転の良い、彼女の性格から考えるとまるで正反対の球質のストレートが有希のミットに納まる。
 その瞬間、まるでプロの審判を意識するかのようなオーバーなアクションで審判が最初のストライクを宣告した。相変わらず速い。更に、コントロールも良い。この球速、及びコントロールならば、ストレートしか投げられない彼女で有ったとしても、進学校の男子高校生程度なら易々と抑える事が出来るでしょう。

 何時もと同じ調子、俺の基本的人権などまったく無視の状態で話しが進み、俺をこの試合の賞品と化した試合開始直前の一幕。
 ただ、確かに皆が言うように勝てば問題がない訳ですから……。

 大きく振り被るマウンド上のハルヒ。こいつの場合、普段の態度がデカいから身体は大きいように感じているけど、実は有希や万結よりもほんの五センチほどしか違わない身体を大きく使って投じる速球。
 ゆっくりした動作ながらも、多分これは全力投球。幾らバイタリティの塊の彼女と言っても体格から言って限界がある。おそらく、行けるトコロまで行って、そこから先は誰かにバトンタッチする心算の、あまり後先考えていないピッチングスタイルなのでしょう。

 十分に体重の乗った速球が外角低めに構えた有希のミットに向かって奔る。
 しかし!

 ややオープン気味の構えから左足をクローズド気味に踏み込む九組の一番バッター。これはマズイ!
 外角低めへと糸を引くように走っていた白球を一閃。乾いた金属音を残し、打球はライトの頭上に!

 但し、ウチの外野手は鉄壁。正確に言うのなら、打球の行方が眼で追えるレベルの速度なら、ウチのセンターは勝負に対して絶対に加減をしないが故に、確実に追いつける。
 そう考え、一度見失った打球を視線で追う俺。

 しかし、その俺の視線の先には――絶対に追いつけない打球の追い方をするライトのカニ。具体的には身体は打球に正対した姿勢。つまり、ホームベースの方向を向いた状態。その姿勢から、自らの後方に向けぐんぐん伸びて行く打球を追い掛ける形。何と言うか、機関車がバックをしているかのような雰囲気と言えば分かり易いでしょうか。
 尚、当然のように人間の背中に目は付いて居らず、更に言うのなら、人間の足は後ろに向けて全速力で走られるようには出来て居ないので……。

 五歩も進む事もなく、後ろ向きにひっくり返って仕舞うカニ。せめてもう少し打球に近い位置で仰向けに倒れたのなら、俗に言うバンザイ、と言う状態のなでしょうが――。打球自体は無様なその姿を嘲笑うかのようにヤツの遙か頭上を越え、サッカーの決勝戦が行われているグラウンドを転々と転がって行く状態。
 その時になって、ようやく出遅れていたセンターのさつきが大きく回り込んで転がって居た白球に追い付いたのですが……。

 中継に入った俺にボールが戻って来た時には既に、ホームベース横で主審が大きく両手を横に広げて居た。
 九組の一点先取。……と言うか、この球技大会が始まってからこれが最初の失点と言う事。今までずっと大差で勝利して来た為に、ハルヒ自身が打たれたヒットも数えるほど。ついでに言うと、逃げると言う選択肢も存在しない以上、フォアボールすらないので――

「何やっているのよ、ヘタクソ!」

 マウンド上で醜態を晒したライトを指差しながら怒鳴って居るハルヒ。確かに、ヘタクソと言われても仕方がない動きだったとは思いますが、それでも一般的な男子高校生の動きでは、九組のトップバッターの打球を捕球する事は難しかったでしょう。

「ドント・マインドや、ハルヒ」

 一点ぐらい取り返してやるから気にするな。
 そう言いながら、両手でボールに付いた土を落とし、ハルヒへと手渡す俺。確かに負けず嫌いは悪い事じゃないけど、起きて仕舞った事を非難しても始まらない。ましてライトとレフトに穴が有るのは最初から判って居た事。今更、そんな事を言っても詮なき事でしょう。

「何よ、エラそうに」

 それなら、この裏の回に絶対に点を取りなさいよ、アンタが!
 はっきり言って八つ当たりも良いトコロの台詞を俺に対して投げつけるハルヒ。

 ただ、

「へいへい、仰せのままに」

 逆らっても意味はない。それに、早いウチに追い付いて置くのは悪い事でもない。
 まして、この勝負に負けて、俺が奴らに引き渡される、……と言う事の本当の意味が分からない以上、能力の出し惜しみをし過ぎて負けるのは問題がある。

 そう考えながら、(きびす)を返して定位置に戻る俺。ライトのカニには軽く右手を上げて気にするな、と一言だけ声を掛け、センターからこちらを難しい顔で見つめるさつきとは軽く視線のみの交錯で終わらせる。

「プレイ!」

 俺が定位置に戻り、止まって居た試合が再び動き出した。
 九組の二番バッターが右打席で構えに入ると同時に、主審が試合再開の宣言を行う。

 しかし……。
 身体自体は自然と打球に対処出来る形を取ってはいる。しかし、俺自身は未だ先ほどの不可解な現象に心の大部分を割いている状態であった。
 そう。普段の状態なら例えライトの頭上を越えて行く打球であったとしても、センターに陣取ったさつきが軽々と処理をして仕舞ったはずです。確かに普通の人間に……出来る可能性もゼロではないけど、それはプロ野球のトップレベルの選手が、元々、そう言う極端な守備体型を敷いた時にのみ可能だろうと言う打球の処理を、普通の女子高校生がセンターの定位置から捌いて仕舞うと言う不可解な現象が起きる事と成るのですが……。
 ただ、さつき自身がどうも非常に負けず嫌い。更に、自らの身体的な能力をあまり隠そうとしていないようなので、今までの……この学校に入学してから十二月に成るまでの間の蓄積が、相馬さつきと言う名前の少女が、少々普通の人間と違う能力を示したとしても誰も不思議とは感じない、と言う状況を作り出して居るようなので問題はないらしい……です。まして彼女は涼宮ハルヒが集めた奇人変人集団に身を置く人間ですから、あの連中なら、少々の奇行ぐらいは――と考えられているらしい。
 聞くところに寄ると体育祭でも大暴れしたらしいですから。ハルヒ以下、SOS団所属の女子生徒たちは……。

 しかし、先ほどのライト頭上を越えて行った打球に関しては、その人間離れした能力を発揮する事もなく、普通の人間とそう大差ない動きで終始行動したように感じたのですが……。

 普段通り、頭の隅では常に最悪の事態を想定して置く俺。そう、この場所……球技大会の決勝戦の場所となった北高校のグラウンド自体が既に奴らのフィールドと成って居て、俺たち地球産の神々の加護を得ている存在に取っては死地と成って居る可能性について。
 これが俺の杞憂に終わればよし。しかし、その想定が間違って居なかった場合は……。

 急ごしらえのベンチ。パイプ椅子を幾つか並べただけのベンチに座る女子学生たちに混じっても、どちらの方が年上なのかさっぱり分からないこのクラスの担任教師。実は水晶宮から送り込まれた調査員の甲斐綾乃に視線を向ける俺。

 その瞬間。
 ツーストライクからの三球目、伸びの良いインハイの速球を打ち上げる九組の二番バッター。力のない打球は蒼い氷空へと昇って行き――

「オーライ!」

 かなり余裕を持って落下予想地点に辿り着くショートの朝倉さん。その声を聞いて、彼女に接近して居たセンターのさつきが歩を緩め、俺もバックアップの体勢ではなく、セカンドベースに付く事を優先させる。
 しかし――

 しかし、次の瞬間。落下して来た白球は無情にも差し出されたグラブの土手へと当たり、そのままサード方向……弓月さんの方向に転がって仕舞う。
 ボテボテと鈍い勢いで転がって行く白球。
 そして、弓月さんがボールを拾い上げた時には、バッターランナーは既に一塁を駆け抜けて居た。

 先頭打者ホームランの後、エラーにより更にランナーが出塁する。……う~む。考えられる限りに於いて、これは最悪の試合開始。この展開だと、このまま相手の勢いに呑まれて大量失点する可能性が高い。
 ただ、

「ドンマイ、朝倉さん。気にする必要はないで」

 先ずはハルヒが何か言い出す前に、そうやって場を落ちつかせようとする俺。
 そして、軽くグラブを掲げて弓月さんにボールを要求。

「サードは三遊間寄り。ショートはセカンドベース寄りにシフト」

 九組の三番バッター。左打席に向かう、自称ランディくん。ハルケギニア世界では最初にソルジーヴィオと名乗り、ルルド村付近で起きたテスカトリポカ召喚未遂事件の際にはゲルマニア帝国皇太子ヴィルヘルムと名乗った青年を見つめながら、そう指示を出す俺。
 更に、

「万結はファーストベースに着いて居てくれ」

 弓月さんから投げ渡されたボールから、丁寧に……。さきほどよりも更に、丁寧に土を落としながらマウンドの上のハルヒに近付く。
 まぁ、動揺するな、と言う方が難しい状況なのですが、余り時間も掛けて居られないし、更にタイムが無制限に掛けられる訳でもないので、ここは手早く、

「大丈夫や、ハルヒ。さっきの当たりで内野の頭を越えられないと言う事は、球自体は走って居ると言う事。流石の朝倉さんも決勝戦やったから緊張したんやろうな」

 案外、可愛らしいトコロもあるんやな、彼女も。

 何故に俺がこんな事をしなくちゃならないのか理由がさっぱり判らないのですが、それでも場を支配し続ける俺。
 まぁ、グラウンドの監督と言うべき存在のキャッチャーは有希。ファーストは有希よりも五割増の不思議ちゃんレベルを持つ万結。サードはイマイチ自己主張に乏しい弓月さん。この三人に関してはリーダーシップを発揮しろと言っても土台無理な話。ハルヒはお山の大将タイプだけど、彼女はイケイケの時には力を発揮するリーダーだけど、逆境の時には向いて居ない。朝倉さんはエラーをしたトコロだから、今は無理。
 そう考えて行くと消去法で俺しか残らないと言う、非常に人材が不足している野球チームだと言う事が判るのですが。

 今回はボールを投げて渡す事もなく――

「未だ試合は始まったばかりやから、気楽に行こうやないか」

 ハルヒの差し出した右手に直接ボールを手渡す俺。普段通り、何よ、エラそうに。忍のクセに生意気よ! ……などと言う彼女の悪態は素直に右の耳から左の耳へと聞き流す。
 これなら大丈夫。未だやる気だけは売るほどあるようなので。

 そう考えながら、テキトーに打たして行けよ。後ろには俺たちが居るから、などと言いながら、割りとゆっくりとした歩調で元の……いや、一二塁間の丁度中間点辺りの守備位置に就く俺。
 相手は左バッター。ここは素直に引っ張って来るだろう、と言う基本的な守備位置。

 但し、

【有希。相手は早いカウントから走って来る可能性が高い】

 外野は少し後ろ。相手は三番、ここは長打警戒よ。……と表面上ではそう言う指示を出しながら、【念話】では有希に対してそう伝えて置く俺。
 そう。もし俺が相手のチームの指揮官ならば、ここは間違いなく盗塁を試みます。
 何故ならば、この守備位置から考えると、一塁ランナーが走った場合、セカンドに入るのは、先ほどエラーをした朝倉さん。まして、彼女自身は女子野球部やソフトボール部に所属して居る、などと言う事はない普通の女子生徒。
 確かに、普通の女子生徒と言うには多少、規格外の能力を示す事は有りますが、先ほどのエラーをした様子からすると、現在の彼女は普段の彼女ではない状態で有る事は判ると思いますから、ここで潰そうとして来たとしても不思議では有りません。

 ならば、

【但し、ピッチドアウトなどの小細工は必要ない】

 そもそも、ハルヒにそんな小細工が出来るとも思えません。まして、万結にファーストベースへと張り付かせたのは牽制球が来るかも、と相手に思わせる為の処置。おそらくハルヒにそんな器用なマネは出来ないでしょうが、文字通り牽制の役ぐらいには立つでしょうから。

【セカンドには俺が入る。せやから有希は遠慮などせずに、全力で投げて来てくれ】

 そう【指向性の念話】で有希に伝えながらも、表面上は身体の力を抜いた……次にどのような行動も取る事の出来る体勢を維持する俺。同時に、肉体の強化と、そして服やその他の装備品……グローブやスニーカーの強化を同時に行う。
 そんな俺の思惑を知って居ないはずの我がチームのエース殿。割と様になった雰囲気で、肩越しに一塁ランナーへと視線を送りながらも、ゆっくりとした――

 ……って、目で牽制をしても、フォーム自体がゆっくりでは意味が――
 足が上がると同時にスタートを切る一塁ランナー。マズイ、これはギャンブルスタートドコロの話じゃない。そもそも、牽制球が来る事など全く想定していないランナーのスタート。

 ハルヒの手をボールが離れた瞬間!

「ハルヒ、三塁側に避けろ!」

 叫ぶと同時にアガレスを起動。普段通り、周囲の空間が色を失い、応援の声やランナーの足音。そして、風を切る音さえ間延びして聞こえ始める。
 当然、鼓膜に異常を来たした訳ではない。これは俺自身が通常の時間の流れから切り離された際に起きる事態。異常事態で有るのは確かだが、これ自体は普段通りの展開。
 しかし、その中に違和感。普段感じる事のない異常な圧力。身体全体に掛かる重力とも言うべき代物が存在する。

 これは、まさか!

 異常に重い身体を、無理矢理発動させた自らの生来の能力。重力を操る能力で相殺。しかし、普段の倍以上の労力を割いて二塁上へと到達。
 通常、プロで俊足と言われるランナーが盗塁に要する時間は4秒足らず。流石に高校一年ではそれほど速いとも思えないけど、それでもハルヒの投じた球が有希のミットに届くまでには1秒ちょい掛かるはず。但し、相手がギャンブルスタートを切って居るので、有希が取ってから投げるまでの間が2秒より余計に掛かればアウトにするのは難しい。

 俺が動かない身体を無理矢理に二塁ベースに到達させた瞬間、凄まじいまでの勢い。周りに衝撃波を放ちながら接近して来た物体が、差し出されたグローブへと跳び込んで来る。
 ――って、音速の壁を破って居るぞ、この送球は!

 一般人の目からすると有希が捕ってから投げるまでの一連の動作すら確認する事が出来なかったはず。まして、朝倉さんでは、彼女が二塁に到達する前にボールが抜けて、何処か遙か遠い場所まで転がって居たでしょう。もっとも、到達していても彼女のグローブでは腕ごと持って行かれる事は間違いないのですが。
 ライフル銃から撃ち出される弾丸のスピードが音速を超えるはずですが、それを、人間程度の強度を持った手に、一般的な野球で使用するグローブをはめた状態で掴めるか、と問われると、素直に無理、と答えますから。

 凄まじいまでの勢い。ただ、ボール自体は精霊の加護を与えてあるのか、少なくとも燃え出すような状態ではない、通常の硬式球の状態で俺のグラブに収まる。その瞬間に、すべり込んで来たランナーと俺のグラブが接触。
 間違いない。これはアウト!

 しかし――

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『反撃』です。
 野球小説の描写って手間が掛かる。話が進まない。
 
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