魔法少女リリカルなのは ―全てを変えることができるなら―
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第二話
――――機動六課での生活が始まって四日目。
朝我、スバル、ティアナの他にエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエの二人を交えて出来た部隊/フォワードの面々は、高町 なのはによって地獄の訓練を受けていた。
エリオとキャロ、二人との交流も問題なく進み、訓練ではティアナと朝我の指示にしっかりと応えてくれるなど、チームワークも現状では問題なかった。
高町 なのはによる基礎訓練が終わり、次回から本格的な訓練が始まると言う宣告を受けて絶句する中、朝我は部隊長室を訪れていた。
「失礼します」
部隊長室に入ると、中では八神 はやてと高町 なのはの二名が近くのソファに座って何やら会話をしていた。
朝我が入ったことで話題を一旦中断し、彼の方へ意識を変えた。
「うん、いらっしゃい」
「思ったよりも早かったね」
はやて、なのはは笑顔で朝我を出迎えると、朝我は立場上の理由から姿勢を正して敬礼する。
「ああ、畏まらんでもええよ。 プライベートってわけやないけど、私らだけやし、タメ口でええよ」
朝我は二人と、そしてこの場にはいないフェイトと面識がある。
当時は部隊や立場なんてものはなかったため、年齢が上の朝我もタメ口だったのだが、部隊に入ってからはそれを改め、立場によって口調を変えるようにしていた。
公の場ではそれも仕方ないが、外部の介入がない部隊長室であればその必要もないとはやてに促され、朝我は肩の力を抜いたように息を吐いた。
「……なら、楽にさせてもらうよ」
「うん、それが朝我くんらしいよ」
なのはも満足したような表情で二回頷いた。
朝我は二人と対面になる席に座り、早速本題に入ってもらうことにした。
「なんで呼ばれたのかくらい、分かっとるよね?」
「まぁ、昇格試験の時のことを思えば、むしろ今日まで聞かれなかったのが何故か疑問になるかな」
はやての問いに、朝我は苦笑混じりに答えた。
「なら分かると思うけど、どうして機動六課を選んだの?
……ううん、そもそも朝我くんの実力だったらBランクであることがおかしい。
どうして“それ”を隠してるの?」
「…………」
なのはは逃げ場を奪うように詰め寄り、朝我の瞳を見つめる。
不覚にも綺麗だな、と思った朝我は慌てて眼をそらすが、逸らした先に今度ははやてが詰め寄ってきて見つめてきた。
逃げ場を完全に失った朝我は深い、深い息を漏らし、数秒の間を置いて語りだした。
「……俺の“力”は、この世界の魔法には“実在してはいけない力”だからだ」
そう言うと、朝我は自分の持つ能力について語りだした。
Bランク昇格試験の最後に見せた高速移動魔法/フリューゲル・ブリッツ。
ただの高速移動の類であれば、多くの魔導師が扱うことが出来る一般的な魔法である。
しかし高速移動の魔法は、その速度が高ければ高いほど肉体にかかる負荷が大きくなる。
BJの性能で軽減されているが、それにも限度がある。
朝我 零が発動したフリューゲル・ブリッツの速度は現状、全魔導師の発動する高速移動魔法の中で最速である。
瞬間移動にも等しい魔法に、BJを着なかった朝我の肉体が耐えられるわけがないと言うのがなのは達の疑問だった。
その答えが、朝我 零の持つ能力/『始まりの世界(ダ・カーポ)』にあった。
『発動対象に起こった全ての“事象を零に還す”』。
フリューゲル・ブリッツを使う際、朝我はこれを発動させて全身に来るはずだった加速の負荷を無に還した。
つまり神速の魔法をノーリスクで使用することが出来るのだ。
「そんなこと……あり得るの?」
詰め寄っていたなのはとはやては呆然としながらソファに座り、溢れるように疑問を呟いた。
二人に対して朝我は不敵に微笑み――――
「ありえないことをするのが魔導師、だろ?」
当たり前と言わんばかりに、そう答えた。
*****
話しの途中ではあったが、通信連絡でなのはとはやては事情ができ、解散となった。
なぜ機動六課に来たのかと言う疑問だけを残しての終わりだったが、なのはとはやてにとっては彼の持つ能力に興味と驚きが向いていた。
解散となり、時間の空いた朝我は機動六課の隊舎内を散策した。
1階から周り、屋上へ向かっていく。
入隊してすぐにフォワードメンバーはなのはによる訓練漬けで、レクリエーションなどを受ける暇がなかった。
今日、二人に呼ばれていなければ朝我はフォワードの面々と共に隊舎内の案内を受ける予定だった。
それがちょっとしたことでズレてしまい、一人での散策となってしまった。
「――――まぁ知ってる場所だし、今更散策しても新鮮味がないけどな」
人気のない屋上についた朝我は、ため息混じりに呟いた。
手すりに右肘をつけ、体重を乗せて一息。
そして目を細め、そばにある海から吹く風を浴びていく。
《マスター、この世界は間違いなく、あなたが経験してきた時間軸と同じのようですね》
右手首に付けられた銀十字のチェーンブレスレッド。
か細い女性の声を出す朝我のインテリジェント・デバイス/クロス・ネクサス。
「隊舎内も、スバル達も…………なのは達も変わってなかったし、今のところは問題ないな」
朝我 零は海の向こうを眺めながら、現在に至るまでの経緯を振り返った。
今から数ヵ月後、高町 なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、八神 はやては死亡する。
その未来を変えるために朝我は過去に遡り、今から八年前に時間移動した。
彼の持つ能力/始まりの世界(ダ・カーポ)の持つ事象を零に戻す力を極限まで高めることで、自らが求める時間まで戻ったのだ。
だが、年単位での時間移動による負荷は計り知れず、不幸にも時間移動の直後は記憶喪失になって入院を余儀なくされた。
幸いにもネクサスが生きていたこともあり、記憶は直ぐに戻り、更に運がいいことに入院先がなのはが入院した病院だった。
そこでなのはと邂逅し、その流れでフェイトとはやてと仲良くなった。
その後は記憶喪失や身元不明なことを利用して様々な書類関係の問題をスルー、多少の不手際もありながらも陸士訓練校に入学した。
スバルとティアナとはそこで出会い、仲良くなり、そしてコンビ……ではなくトリオとなった。
そこからはBランク昇格試験を受けて現在に至る。
「何もかも、運良くここまで来れた……けど」
なのはとの出会い、スバルやティアナとの出会い。
それは全て偶然のことだった。
それをラッキーと言えばそれまでだが…………。
《全ては運命の歯車によって仕組まれていた……マスターはそうお考えですね?》
「……ああ」
ネクサスに心中を語られ、神妙な表情で頷く。
朝我曰く、現状の流れは全て変わりなく進行している。
ただひとつ、朝我 零の介入を除いては。
その介入がどこまでの変化を与えられるか――――。
「俺一人には、荷が重すぎたかな?」
《覚悟の上でしょう?》
「……まぁな」
《ご安心を。
私も付いています。
マスターに何があろうと、私はあなたの刃となり、盾となりましょう》
自信に満ちた励ましに、朝我の表情から自身の笑みが戻る。
「……ああ、頼りにしてるぞ、ネクサス」
《お任せ下さい!》
互いに士気を高めると、朝我は駆け出し、自主練に向かうのだった――――。
*****
朝我 零のステータスは資料の中だと平均並みとされている。
しかし実際の所、全体的に高いステータスを持っている。
それは未来で高町 なのはによる訓練を受けていたことや、フェイトやはやて、その他機動六課の部隊長全員との戦闘訓練を体験していることが影響している。
更に言えばなのは達が死ぬ原因となった事件にて経験した、命懸けの戦闘。
多くの戦いを経験した彼の実力は、本来であれば機動六課などと言った試験的な部隊ではなく本格的な部隊にこそ向いている。
――――それだけの実力を持っていても尚、愛しい人の命を救うことはできなかった。
「始めるぞ、ネクサス」
機動六課隊舎から少し離れると、広い訓練場がある。
朝我は自分を中心に半径30m範囲内にB級の野球ボールサイズのスフィアを出現させる。
数はネクサスがランダムに設定しており、朝我は知らない。
ドーム状に展開された無数のスフィアが、ターゲットである朝我を捉える。
訓練内容は、30秒までに半径30m範囲内にいるスフィア全ての数を数えきること、それが終わったら全てのスフィアの中心にあるコアを貫くことである。
なお、範囲外にいるスフィア、ダミースフィア、妨害攻撃があり、更にスフィアの狙いをコアのみにしなければ破壊判定されない。
あまりにも短い制限時間、更にフェイクとクリア条件の多さから、その難易度は普通の教導訓練の枠を超えている。
しかし、そんな無茶な訓練内容を考えたのは、高町 なのはである。
当時、朝我 零のステータスは速度以外は点で低かった。
いや、むしろその速度で全てのステータスを補っていた、悪く言えば誤魔化していた。
それを見過ごすなのはではなく、自身が持つ知識の全てを費やして考えた訓練内容がこれだった。
発案した本人ですら『20歳にもなってないのに、人生で一番高いレベルの訓練内容を作った自信があるよ……』と遠い目をして述べていた。
朝我も、そしてフェイト達も苦笑したが、それも今となっては良い思い出であり、そして今を生きる朝我の強い味方となっている。
《それでは――――スタート!》
ネクサスの掛け声と同時に、全てのスフィアが朝我に向かってレーザー光線を放った。
180°と言うほぼ全ての方向からの放たれた雨にも似た、回避しようのない攻撃。
朝我はネクサスを起動させず、すぐさまフリューゲル・ブリッツを発動させ、走り出した。
瞬間移動の如く消えた朝我。
彼のいた足元に、全てのレーザー光線が当たって小規模の爆発を起こした。
光線が迫れば迫るほど、回避する穴が無くなっていくからだ。
ここで大事なのは、どんな瞬間であっても冷静さを失わず、咄嗟の判断がすると言うこと。
それには勇気と実力、そして経験が必要だ。
「半径30mのスフィア数、160体!」
朝我の姿は30mギリギリの位置にいた。
一直線の移動に見えるが、その一瞬で彼は跳躍もしており、半径内のスフィアを数えきっていた。
「クロス・ネクサス/起動!」
端に到着、そして全てのスフィアが再び朝我をターゲットにした瞬間、彼はここでデバイスを起動させた。
右手首に付いたブレスレットは銀色に光ると、刀の姿となって彼は右手で柄を握った。
それと同時に全てのスフィアから再び雨のような光線が放たれる。
「行くぞ――――!」
朝我は再びフリューゲル・ブリッツを発動させ、レーザーの中に飛び込んだ。
今度こそ、回避はできないと悟った朝我は刀を持って光線を切り裂く道を選んだ。
この訓練で一番間違った選択は『立ち止まること・防御に回ること』である。
レーザー光線の雨は止まらない。
そこで防御に徹してしまうと、あとは自分の体力が尽きるまで狙い撃ちされてしまうのだ。
だからこそ、休むことは許されず、考える暇もほとんど与えられない高難易度の訓練。
「せいっ!」
朝我は刀を横薙ぎに振るうと、その一閃だけで数発の光線を切り裂いた。
その隙間を飛び、ほか全ての光線を回避。
更に先から迫る光線も同じように切り裂き、回避していく。
ただしスフィアは傷つけず、神速の中で無数の斬影を描いていく。
「残り半径30m範囲内のスフィア数140!」
《第一ミッションクリアです。
引き続き、第二ミッションを進めてください》
残り全てのスフィアを数えきった達成感に浸る間もなく、朝我は駆け出す。
今度はスフィアのコアを破壊すること。
外郭破壊は失敗とみなされるため、コアだけを精確に狙わなければならない。
残り制限時間は20秒。
朝我は焦ることなくスフィアのコアを突いて破壊していく。
たった10秒間の出来事にも関わらず、彼の息は既に上がっていた。
しかし汗は10秒では分泌されず、息が上がっても汗がない状態になっていた。
コアを突く、移動する、光線を回避、そしてコアを突くの繰り返し。
単純に見えてかなりの神経と体力を使う訓練を、しかし彼は30秒と言う短い時間で体験した。
「これで、ラスト!」
そう言って朝我は最後の一体のスフィアのコアを突き、破壊した。
《――――ミッションコンプリート。
お疲れ様でした、マスター》
「はぁ、はぁ、……っはぁ……」
立ち止まり、刀をブレスレットの姿に戻した朝我は、その場で大の字に倒れた。
遅れて全身から溢れ出す汗と熱。
潮風が全身の熱を奪っていく感覚が心地よく、そして視界いっぱいに広がる青空が心を無にしていく。
《マスター、ただいまのクリアタイムは25秒、新記録です》
「たった一秒…………誤差でしかないな」
《マスターにとっては、誤差ではないでしょう?》
「まぁな」
そう、彼にとっての一秒は生死を別けるほどの大きな差がある。
一秒でいくつものことができ、そしていくつもの大切なものを失う。
それが、神速の世界に足を踏み入れた朝我に課せられた宿命。
「誰よりも速く、大切な人の手を掴むため――――か」
「それって、誰の言葉なの?」
「うおっ!?」
青空だけだった視界に突如、金の長い髪が埋め尽くした。
しかも髪の毛は瞼を刺激し、激しいかゆみを生み出す。
「うおおおおお、目が、目がぁあああああ!」
「あ、ああごめんね!」
悲鳴を上げる朝我に女性は慌てて謝罪、そして髪を持ち上げた。
そして朝我の視界に映ったのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの顔と――――。
「フェイト執務官殿、下着が見えているであります、ご馳走様であります」
「え――――キャ!!」
敬礼しながらそう言うと、フェイトは両手でスカートを抑えた。
朝我はため息を漏らしながら立ち上がり、顔を真っ赤にしながら睨みつけてくるフェイトに謝った。
「ごめんごめん、わざとじゃないんだ」
「わ、わかってるよ!
わかってるけど……もっと可愛い下着にすればよかった」
「え、何か言った?」
「ううん、何でもない!」
「?」
最初の声が大きかったせいか、最後の方が全く聞こえなかった朝我は頭に疑問符を浮かべる。
その時、ネクサスの盛大なため息が聞こえた気がしたが、それも気のせいだと思って朝我は気にしないことにした。
「……それよりも朝我、今の訓練って自分流?」
咳払いと共に話題を切り替えたフェイトの問いに、朝我は少し迷い、そして答えた。
「えっと、ある人からちょっと教わったんだ。
俺は速度だけがウリだけど、速度だけで何もかもが守れるわけじゃない。
だから、その速度を更に生かすために、他のことも鍛えられるように……って、そう思って作ってくれた訓練だ」
「ある人って?」
フェイトの知る限り、朝我にそういったことを教えてくれる人を知らない。
いたとしても唯一――――高町 なのはだけだった。
しかしなのはの訓練を受けたのは、機動六課に入隊してからが初めてのはず。
その疑問に対して朝我は――――『 』――――微笑んで答えた。
「今は内緒。
ちゃんと話せる時がきたら、話すよ」
「……」
フェイトはしばらく朝我を見つめた。
彼に関して、知らないことが多いからだ。
もちろん、信頼していないわけじゃない。
少なくとも、フェイト自身にとっては親友であるなのはとはやてから絶大な信頼を得ている朝我を疑うことなんてできなかった。
記憶喪失で身元不明。
それが理由か、はたまた彼が異能の魔導師だからか。
ここを訪れる前、フェイトはなのはとはやてから朝我に関する能力の話を聞いた。
反応は先ほどの二人と同じで呆気に取られた、といった感じだった。
謎が多いが故に、不安が多い。
だから彼が大事なことを隠していると疑えば、そこから疑問の種は成長していた。
――――しかし。
「……うん、それじゃその時に、ちゃんと話してもらうから」
ふぅ、とフェイトは迷いを吐き出し、今は気にしないことにした。
朝我にだって、波乱に満ちた時間があっただろう。
それを今、自分の疑問を解消させるために聞き出す必要はない。
そこまでして、彼の心に触れる必要はないのだ。
今はただ、新設された部隊で、彼の存在がフォワード達にとって、そして機動六課にとって必要であること――――それだけで充分だった。
後書き
ということで第二話でした。
本編にはあまり触れず、今回は朝我の現状のお話しだけしました。
最後の部分で『 』☚空白部分がありましたが、それも後のお話で昇華させようと思います。
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