田園
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5部分:第五章
第五章
「そしてそれからは」
「自分達で頑張るんだ」
「そうしないと駄目だよ。それじゃあいいね」
「うん、じゃあ」
とりあえず利樹の言葉に頷くゴーだった。
「頑張ってみるよ、僕もね」
「そうしてよ。是非ね」
こうしてだった。彼は時間があると利樹と話をするようになった。二人はよく田仕事をしながら話をした。ベトナムは一年で三度も米が採れるので忙しかった。
ベトナムにいる日本軍はかなり穏やかであった。敵が少なく彼等はよくベトナム人達と仲良く話をして共に働いていたのだ。
「こうして田仕事をしているのが」
「一番いいの?」
「言ったよね。家は農家だって」
また二人で田仕事をしていた。今日は溝をなおしている。鍬を手にしながら作業をしてその中で利樹はゴーに話をしてきたのだ。
「だからね」
「好きなんだね」
「そうだよ。けれどやっぱり僕は軍人だからね」
「兵隊さんなんだね」
「そうだよ。戦うのが仕事なんだ」
それだというのであった。
「けれど。そうだな」
「どうしたの?」
「軍人から引退したらまた田仕事に戻るんだろうな」
暖かい目での言葉であった。
「またね」
「今みたいに?」
「そうだよ。また百姓に戻るんだ」
言いながら鍬を軽く振り被る。そのうえで土にそれを下ろしてそれをどけるのだった。
そうしながら。ゴーに話をしていく。
「それでだけれど」
「うん」
「戦局次第でベトナムから離れても」
「離れても?」
「またここに戻りたいな」
こう言うのだった。
「それで君と一緒にね」
「こうして田仕事をしたいんだ」
「そうだね。それが一番落ち着くからね」
「そうなんだ」
「そうだよ。何があってもね」
彼は言った。
「本当はずっとここでしていたい位だよ」
「そんなに好きなんだ」
「本当に生まれてから農家だったし」
またこう話したのだった。
「落ち着くからね」
「じゃあこれからも」
「例え何があっても帰って来るから」
こうも言う利樹だった。
「その時にまたね」
「うん、畑を耕そうね」
二人で約束した。微笑み合う。それはまだ戦争がはじまって間もない頃のことだった。しかしであった。戦局は変わっていき日本にとっても辛いものになってきた。
そうしてであった。利樹もベトナムを離れなくてはならなくなった。彼はその前にゴーの前に来て。そのうえで彼に対して言うのだった。
「残念だけれど」
「そうなんだ。他の国に行くんだ」
「行くっていうか帰るっていうかね」
微笑んでこう彼に言うのだった。
「日本にね」
「利樹さんの国にだよね」
「そうだよ。祖国だよ」
そこだというのである。
「そこに帰るんだよ」
「そうなんだ。そこになんだ」
「うん、君とはもうこれでね」
「さようならなんだ」
「残念だよ」
それは心からの言葉だった。それを言うのである。
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