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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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星屑編 導入

 
前書き
過去独自解釈……要するにオリジナル回 

 
闇の書覚醒……はやての誕生日も最初はともかく最後は綺麗に終わってから、もう一ヶ月以上経った7月中旬。騎士達も戦いの無い穏やかな生活に最初は戸惑っていたものの、しばらく過ごしていく内に徐々に慣れていった。
ヴィータは老人たちとゲートボールをやり、シグナムは近くの剣道場や高町家の道場で剣の腕を磨いたり、ザフィーラは恭也に勧められた盆栽という趣味にはまり、シャマルは…………隙を見つけて台所に入っては、暗黒料理の腕前が上がっていた。高町美由希の緑色腹痛料理の件もあるし、あれには一度ちゃんとした料理の作り方を教える必要がある。毎度毎度死線をさまよっているこちらの身になってもらいたい。

リインフォース・ネロは趣味ややりたい事がまだ見つからないらしく、適当に出歩く俺やリハビリ中のはやての傍によくいる。突然足が回復して動くようになった事は当然、石田先生も疑問に思っていたものの、原因不明だった病が治ったのだから喜んでくれていた。

そして今まで足が治る希望が無く、本当は内心で途方に暮れていたはやても今なら頑張れば治せる状況になった事で張り切ってリハビリをしている。そんな訳で今まで八神家の台所ははやてが務めていたが、今は治療に専念しているため代わりに俺が務める流れになった。

そうそう、先日行われた期末試験が今日返された。それで教えた側の役目として八神家で皆の成績を見せてもらうと、なのはの英語のテストは……58点。前回の42点より16点も上がっていた。

「なんとか前回より10点上回ったな」

「うん、英語でここまでの点数とったの初めてだよ! 先生も褒めてくれたもん!」

「そうか。なら次は満点を目指してみるか?」

「アリサちゃんレベルは流石に無理!」

断言する程か……。ちなみにアリサは今回英語のテストでは満点を叩き出している。すずかも98点と満点一歩手前で、どうやらなのはに教えていた隣で彼女達もさり気なく上達していたようだ。

それはそれとして期末試験が終わった事で学校が長期休暇、夏休みに入ったらしい。それで大量の宿題、通称“夏休みの友”が渡されて彼女達が嫌そうな顔をしている光景を見て、はやてが「宿題をやらんで良いのは学校に行ってない事の数少ないメリットかもしれへんなぁ~」などとぼやいていた。

「でもああやって夏休みの友で四苦八苦するのも、後になればきっと良い思い出になるんやろうね」

「はやては大量の宿題を出されて苦労したいのか?」

「ちゃうちゃう! そんなんやなくてね。大袈裟な言い方やけど、友達とあんな風に一緒に努力して困難を乗り切るっちゅうのが羨ましいんや」

そういえば時の庭園でヴァナルガンドとの戦闘の時、彼女はアースラで帰りを祈る事しか出来なかった。目の前ですずかをさらわれても何も出来なかった自分に、相当な無力感を募らせたのだろう。だからはやては、今度こそ誰かの力になれるよう必死にリハビリに励んでいる。ある意味生き急いでいる、と言うのが適切か?

なら逆に俺は死に急いでいる……いや“急いだ”か。……皮肉だな。

「ま~たサバタ兄ちゃん、遠くを見とるなぁ」

「そうか? なら気を付けよう」

「いや、そこは別に良いんやけど……。……そういやサバタ兄ちゃん」

「なんだ?」

「サバタ兄ちゃんって、友達とか……仲の良い人おるん?」

「………恭也とかか?」

「確かにあの人とは仲良さそうやけど、アレはむしろ喧嘩友達とか悪友みたいな感じやね」

はやての言う通り、恭也とは何かと話す時が多い。しかし俺が銃の代わりに大剣を主力武器にした事で、なぜか会うたびに剣の手合わせを要求されるようになった。こちらにも都合や事情があるため、負担が残らない軽い勝負しかしてきていないが、武器の違いはあれど、お互いに実力は拮抗している。ゼロシフトを使えば神速を使う恭也とほぼ同じ速度で動けるとはいえ、もし本気で勝負する事になったら正直勝てるかどうかわからない。というかヴァンパイアから人間に戻れたり、暗黒物質を宿しても月の力を経由して順応できたりと、高町家は家族全員色々とおかしい。
あの時の家族の再会の光景を見て、ふと思った事がある。士郎のように親父(リンゴ)も……もし人間に戻れていたら、俺達兄弟はどうなっていたんだろうな……と。今更あり得なかった事態を考えるなんて、少しセンチメンタルになっているのかもしれん。両親の事は地雷だらけだ、もう考えないようにしよう。

「そういや初めてお出かけした時に“ひまわり”って人の事をちょびっと話してくれたけど、その人は一体どんな人なん?」

「ザジの事か……そうだな。仕組みは違えど魔法を使う者、魔導師として、俺の世界における魔女の境遇に関するこの話は聞いておくべきかもしれない」

この前のジュエルシード事件の際、幽霊とはいえ魔法バレによってフェイトは危険な目に遭っていた。普通の人間が持っていない力を操る者は、時に疎まれ、時に狙われ、時に異端視される事を、力を振るう者として心に刻み付けておくべきだろう。

「みんな~! サバタ兄ちゃんの昔話が始まるで~!」

『は~い!』

いや……勧めて聞かせるような内容じゃないんだが……。騎士達もノリが良いな、おい。

「魔女って聞くと、中世ヨーロッパの魔女狩りの時代を彷彿とさせるわね」

「魔女狩り……時代がそういう風潮だったとはいえ、特別な血筋を持つ身から見ると最悪の出来事だよね……」

アリサもすずかも、興味があるのか体育座りで参加していた。最近、彼女達がいると何故か妙に安心できる気がする。
世界の違いに対して気楽に興味津々な者が多い中、俺は彼女と初めて出会った時の話を始める。長い話になるが、ちゃんと休憩は挟むさ。

「あれは俺が確か10歳の頃、まだクイーンの御許で人類の敵たる暗黒少年として匿われていた時の話だ……」

・・・・・・・・・・・・・・・・

~~Side of ザジ(幼少期)~~

(注:この頃はまだ先代ひまわり娘と出会っていないため、標準語である)


大地の都、アースガルズ。都市の中心に太陽樹さまが植えられているこの街の、ごく普通の家庭でうちは生まれた。太陽樹さまが張られる結界のおかげでこの街は吸血変異とかアンデッドとか、そういう外の世界の脅威から守られていた。だけど……ここは普通のヒトには恐怖の無い生活が約束される代わりに、異端の存在にはとことん冷酷な場所でもあった……。

「魔女の力か……気味が悪いぜ」

「何でも見通せる能力だなんて、近くにいたら何をバラされるかわかったもんじゃないわ」

「何であんな化け物がのほほんと生きてるのよ!」

「この街からさっさと消えて欲しいものだ!」

「出て行け! 魔女は出て行け!!」

自宅の外から響く何の謂れも無い罵詈雑言から耳を塞ぎ、うちは自分の部屋のベッドの中にこもった。何にも悪い事はしていないのに、どうしてこんなに嫌われなければならないのかわからなくて涙があふれ出す。でも……仕事で疲れてる両親にこんな顔は見せられないから、まだ帰ってない今の内に精神を落ち着かせようと努力する。

うちの異能、“星読み”。それは星々の動きから神羅万象、過去現在未来を読み解く技。最初は無くし物を探したりできるから役に立つ力だと思っていた。事実、探し物をしていた人に探し物の場所を教えたら感謝された。誰かの役に立てる力ならもっと色んな人に使っても大丈夫だと、もっと褒めて欲しいと思った。

だから異能の存在を甘く見ていた当時のうちは調子に乗って、様々な探し物や無くし物の居場所を見つけてはその人に教えていった。だけど……どうして教えてないのにわかるのか、秘密を知らない内に誰かに教えていないか等、普通の人には無い力を持っている事に恐怖を抱かれてしまった。

そこからは急降下する一方だった。以前は注がれていた感謝や尊敬などの眼差しが一変し、恐怖と畏敬に染まってしまった。うちの能力の事は両親の耳にも入っているけど、二人が今のうちをどう思っているのか……もし、街の人と同じように怖がられてしまったらと、そう反応されるかもしれないのが怖くて訊き出せなかった。
いつしかうちは出来るだけ迷惑が掛からないように自分から距離を置き、食事中も最低限の会話しかしなくなった。今の所何も言われていないが、うちは……生きてるだけで両親の荷物になってる。傍にいるとそういう感情を抱いてしまうから……。

ある日、うちは心が疲れた時に行く、街の外れにある小さな丘に向かっていた。そこには腰かけるのに丁度良い大きさの岩があり、寄りかかって夜に空に浮かぶ星を見上げると、心が落ち着くのだ。そこは太陽樹さまの結界の中ではあるが、自然豊かな町中と比べて外の荒涼とした光景が見えるので街の人も気味悪がって寄り付かない。そのおかげで一人になりたい時にうちはここに訪れている。
初めて避難しに来た時は、誰にも見られないことで心のまま感情を発露して大泣きした。魔女の力は忌み嫌われるものと理解して、両親にうちが魔女なだけで迷惑をかけているのだから、これ以上感情を吐露して負担をかけられない。だから甘えちゃダメ、自分で乗り切らないといけないと思っていた。

でも……世界の魔女に対する風当たりは厳し過ぎて、まだ10代の少女の精神では耐え切れるはずがなかった。
道行く人から罵倒されるごとに心が摩耗し、世界が灰色に染まる毎日。こんな辛い出来事しか無いのなら、生きてても疲れるだけだ……。そうやって人生に絶望しかけていた、その頃だった。

「おまえが“星読み”か?」

うちの見つけた秘密の場所に、彼がふらりと現れたのは……。

「……あんた、誰?」

生意気そうに目つきが鋭くて赤く、前に垂れる紫の髪。サイズが大き過ぎる藍色のマフラーを巻いて、一人前に黒くてごつい銃が入ったホルダーが腰にぶら下がった、身長から見て私と同年代らしい黒衣の少年が佇んでいた。

って、今の返事ダメじゃん。

街では見た事無いから恐らく外から来た彼にうっかり荒んだ態度で名前を尋ねてしまい、魔女の癖に自分から第一印象最悪にしてどうするんだ、と内心で後悔した。

「……サバタだ」

しかし彼はこちらのそんな気持ちなど無視し、無愛想に簡潔に答えてくれた。魔女と知りながらも対等に話してくれる人間、この人はそんな数少ない良い人だ。うっかり出だしは失敗したけど、何とかなるかな。

「それで、おまえが“星読み”なのか?」

「……うん、うちは“星読みのザジ”。…………魔女だよ」

「そうか。ならおまえの力を見込んで探してほしいものがある」

「異能目当てか……悪いけど、他を当たってくれる? もうこれ以上魔女の力を使って嫌われたくないから……」

「…………」

「せっかく尋ねて来てくれたのにごめん。でもわかって……」

「フッ……別に無理強いさせるつもりは無い。元々自分で探すつもりだったからな」

「ごめんなさい……あ、でもアースガルズの事ならたくさん話せるよ。ここに来たばかりなら聞いておいた方が良いと思うよ」

「そうか……なら聞かせてくれないか?」

そこからうちはこの街の歴史や良い所、どこに何があるか等を昔の思い出も含めて話していった。魔女の力が発覚する前の思い出がほとんどだけど、それらの記憶で一緒だった人達も今では魔女のうちを嫌っている。でも……昔は皆と色んな事をして失敗したり、怒られたりして笑いあった記憶がある。当時の感情を思い出し、渇き切った心に水分が少し戻ってきて久しぶりにうちは笑顔になれた。

「そういや“女の子がピンチになればヒーローが必ず駆け付けてくれる”って事を当時あの子はまだ本気で信じてたんだよ? まあ、同じ女子としてそのシチュエーションに憧れはあるけど、ピンチになる前に何とかするのが当たり前だよね?」

「そりゃそうだろう。他人の力に頼ってばかりだと、いざって時に自分で何も出来なくなるからな」

「だよね!? そこんところを夢見がちなあの子はちゃんとわかってるのかな~と思ったんだ。でも同じ女の子として、そういう乙女らしい夢を持ち続けていたい気持ちはわかるんだよね~」

ぶっきらぼうなくせにサバタも意外に聞き上手で、普段はあんまりおしゃべりする方じゃないのに、いつの間にかうちから一方的に話し続けていた。そうしてうちは久々の同年代の少年とのおしゃべりを日が暮れるまで堪能していた。

「いつの間にか日が沈んでいたな……」

「あ、ホントだ」

「色々話してくれて感謝する。ひとまず俺はもう行く、世話になったな」

そう言ってどこかに立ち去るサバタの背に、うちは無意識に手を伸ばしていた。すぐに気づいて手を引っ込めるが、どうしてそんな行動を取ったのかわからず、首を振って気にしないようにした。大方もうちょっと話していたかったとか、そんな所だろうと見切りをつけて。

「………“星読み”か」

今は夜で、空では星が輝き出している。そもそも……魔女の力を使う条件は最初からそろっている。

「い、いやいや……もう使わないって決めたじゃん、うち。たった一回のおしゃべりで、心絆されてなんか……」

でも……彼とまた話したかった。せっかく会えた魔女を嫌わない存在を、久しぶりに他人との触れ合いで感じた温かさを、もっと感じたかった。もっと一緒にいたかった。そのきっかけが欲しくて、うちは嫌って自分で封印した“星読み”を一回だけ……ほんのちょっと使うだけ……と発動させた、させてしまった。

「……読めたっ!」

サバタの探してる物は…………街の近くにある『神秘の森』、その最深部にある。迷うような地形じゃないけど太陽樹さまの結界の外だから街の人間なら誰も行こうと思わない場所。

そんな所に探し物があるなんて……外から来た彼はきっと吸血変異やアンデッドに対して何か対策があるに違いない。ただ、彼が何を探しているのかまでは読まなかった。
確かに“星読み”をもっと使えばある程度はわかるんだけど、そこまでやったら前回のようにまた嫌われるんじゃないかと思って力をセーブさせたのだ。必要以上に使って、取り返しのつかない事態になるのは避けたいから。

「また会ったら、どうやってこの事を言おうかな~?」

な~んて、彼とまた会うことを自分でも驚くほど楽しみにしながら、良い気持ちでうちは帰路に着く。街中じゃあ魔女と一緒にいるという事で向こうにも迷惑がかかるだろうから、今日出会ったあの場所にいればまた会えるかもしれない。そうやって自分の部屋のベッドの中で明日の予定を考えてはゴロゴロしていた。

だけど……両親が少し遅く帰ってきた頃に、それは起きた。

「あれ……? おとーさん、おかーさんも、そんな顔でどうしたの?」

いつもと比べて目の据わった怖い表情でうちを見つめる両親。いくら疲れててもここまで冷たい顔はしなかった二人に一体何があったのかわからなくて、うちは困惑した。
妙な胸騒ぎがしている中、ゆっくりと父の口が開く。

「ザジ………死んでくれないか?」

「―――――え」

一瞬、全身に冷たい水をかけられたように、身体が動かなくなる。耳が遠くなったのかと、何かの間違いだと思った。街の人にうちが魔女だと罵倒され続ける中、両親だけは味方でいてくれた。家族が心の支えになっていたから今日まで何とか耐えられたのだ、なのに……。

「母さんもね、魔女を生んだ汚らわしい女って言われて、何度も嫌な目に遭ってるのよ。もううんざりなのよ、あなたのせいで酷い事されるのは!」

「おまえのせいで俺は仕事をクビになった。おまえがいたせいで俺達の人生お終いなんだよ! どうしてくれる!!」

「もう消えてよ。お願いだからさっさと死んで!」

これは……何だ? 現実? 嘘だ……嘘だ……! だって、だっておとーさんとおかーさんが、あんな憎悪のこもった目でうちにこんな事を言うはずが……!
夢だ……これは夢なんだ……! 早く……早く覚めないと……こんな悪夢! うちが好きな両親はこんな顔もこんな酷い事も言ったりしない!

お、おかーさんが……ほ、包丁を持ってきた。おとーさんもナイフを取り出して……!

「おまえなんか娘じゃない! この魔女がッ!!」

「ひっ!?」

刃物から条件反射で避けて、うちの身体が床に転げまわる。だけど右ひじに鋭い痛みが走り、まさかと思って恐る恐る見てみると……避けきれなかったナイフが掠めた裂傷で血が流れていた。ポタポタと流れるそれは床を赤く汚し、うちにこれが現実だと訴えていた。そのせいで、理性では理解したくないのに本能が理解してしまった。

両親はうちを本気で殺そうとしている、と。

「避けやがったか、魔女の癖に……!」

「大人しく殺されておけば良いのに……!」

保護者から襲撃者へと変貌した両親から、本能的にうちは必死に逃げた。二人を見ない様に走って玄関の扉を開け、夜闇に包まれる街の中をとにかく駆けた。着の身着のままで逃げるうちをわざわざ追おうとは思わなかったようで、後ろに両親の姿は無かった。
でも……絶対的な味方だと思っていた両親からのまさかの裏切りで、うちの心は悲鳴を上げていた。涙が溢れて止まらなかった。拭っても拭っても、留まるところを知らなかった。足元がふらついて何度も転びながら、身体も心も深く傷つきながら、それでも走り続けた。

「うう……! ぐすっ……うあぁぁ……!! あああぁぁああああ……!!! うあぁぁぁわぁぁぁあああっ……!!!」

親に命を狙われて追い出されたうちは出来るだけあの家から離れようとして、いつの間にか街の外に出てしまっていた。太陽樹さまの結界の外、吸血変異とアンデッドが闊歩する世紀末世界に、何の装備も持たずに飛び出してしまった。
い、いけない……戻らないと……! いや……ダメだ、もうあの街に戻る事は出来ない。殺意に取り込まれたあの両親に見つかったら、次は逃げ切れるかもわからない。じゃあうちはどこに行けば……?

「……はは、そうだよ。魔女なんだから、世界中のどこに逃げたって居場所は無いんだ……」

そう気付いた瞬間、心が絶望一色に染まっていった。魔女には夢も希望も無い、持つ事すら許されないんだ……。
だけど状況はうちを更なる絶望に追い立ててくる。

ガシッ!

「むぐっ!?」

突然口元に布が当てられて、急に足に力が入らなくなって倒れてしまう。暗くなっていく意識の中で、大人数人の物と思われる大きな足音がいくつも聞こえてきた。

「こんなヘンピな所で女の子を手に入れられるとは嬉しい誤算だぜ!」

「クロロホルムも安くないんだ、商品にするんならもちっと丁寧にしようや」

「うっせぇ! 下手な追い込みよりさっさと捕まえとく方がマシだろうが! それにこいつの腕の傷は元からだっ!」

「いいからさっさと縛って荷台に放り込んでおけ。グダグダして他の連中に見つかりたくないだろう?」

「そうだな。一般人だけじゃなくヴァンパイアにも見つかれば終わりなんだし、人狩りも楽な仕事じゃねぇしな」

人狩り……それはこの世紀末世界において、吸血変異から辛うじて逃れた富裕層がアンデッドに対して、人間を文字通りの“盾”として使い始めた事から始まる。人狩りはヴァンパイアの襲撃によって家族を失った者や孤児をさらい、売る事で莫大な報酬を得ている。富裕層は人狩りから、アンデッドに対する使い捨ての“盾”を手にする事で、生き延びる確率を上げる。中には慰み物にしたりする者もいるが、基本的に立場の弱い人間や弱者は強者の生け贄になるのが、荒んだ人間社会の現状である。

そして……そんな人狩りの一集団に捕まったのだと理解するのと同時に、為すすべなくうちは気を失ってしまった……。






カラカラカラカラ……。

人狩りの引っ張る荷台の車輪の音が、舗装されていない地面を進む振動で響く。横たわっていて揺らされた事で意識を取り戻したうちは、パーカーにスカートという服装は変わっていないが、代わりに牢獄のような荷台と繋がる鎖の着いた手錠と足枷が嵌められて逃げ出す事が出来ない自分の状態を把握し、深く嘆息する。

「両親に捨てられて、挙句の果てに最底辺まで落ちぶれた、ってこと……。はっ、魔女にはお似合いの末路だね……」

いっそここで舌を噛み切って自殺でもしようかと考えたけど、いざしようと思っても両親に与えられた死の恐怖のせいで踏ん切りが付けられず、結局未遂に終わった。魔女の力があってもうちは何も出来ない弱い人間、周りを包む暗闇がそう告げている気がした。

薄暗い荷台の中にはうちと同じく、人狩りに捕まって運命が決められた人間が複数いて、彼らもまた、人生に絶望している表情だった。まあ別にヴァンパイアが襲って来さえしなければ、所有者の下である程度まともな生活が出来るのだから、そこは運次第だろう。
だけどうちには異能、魔女の力がある……。この世紀末世界において、食べ物はそこまで豊富じゃない。魔女に食わすぐらいならさっさと殺してしまえ、という風潮が強く、場合によっては支持者を増やすために見せしめとして処刑される可能性だって十分ある。

要するにお先真っ暗。もう人生ヤケクソに思えて、このままどこまで落ちていくのか逆に楽しみになってきたよ。ま、強いて後悔があるとすれば……。

「……サバタに“星読み”の結果、伝え損ねちゃった……」

もううちに自由は無い、だから彼に伝える手段は無い。最初頼まれた時に素直にやっておけば良かったと、今更ながらに思う。でも……彼との時間はここ数年の間で最も有意義で楽しく、充足していた。また……会いたかった……話したかったなぁ……。でもそれはもう叶わない願い。後に待つのは……『死』だけ。

「……やっぱり、諦められない……もう一度……会いたいよ…………サバタ………………助けて……!」

そうやって未練が残るうちは、人狩りに捕まった魔女の分際で、叶うはずの無い事をつい天に願った……。

カラカラカラカラ……ガタンッ!

「な、なん――――んごっ!?」

「操舵手がやられた!? 一体どこから――――へぶっ!」

「チクショウ、ヴァンパイアの襲撃か!?」

「いや……アンデッドがいない! ならこれは人間の―――どふぅっ!!」

メキッバキッドカッグシャガリッボギンッ!!

外から肉を叩くような打撃音と、何かを砕くような音が断続的に響く。かなり激しい足音が多く聞こえる中、一つだけ他より軽い足音があった。その足音がする度に先程の打撃音が聞こえ、人の身体が地面に崩れ落ちる音がして他の足音の数が減る。謎の襲撃者と人狩りとの実力差は圧倒的で、そんなに時間が経っていない内に軽い足音以外の足音が全て聞こえなくなった。

「な、なんなの……?」

周りの人間も外の様子が気になるようで、少しざわついていた。軽い足音が近くの何処かに歩いては何かをこじ開ける金属音を響かせ、また歩いてはこじ開ける音がした。どうやら人狩りの荷台を開けているらしいけど、荷台全てを開けているという事は私達を全員逃がすつもりなのか、それとも誰かを探しているのか……。

そして足音は私の乗ってる荷台に近づき、後ろの扉の鍵を開ける音。ギィ~……っと開けられたその扉に立っていたのは……暗闇でもわかる赤い眼に藍色のマフラーを巻いた少年。

「フッ……憧れのシチュエーション、叶えてやったぞ」

「……サバタ!!」

再会を願った彼が助けてくれた。夢みたいだ……たった一度しか会っていなくて、しかも唯一魔女を否定しなかった彼が、まるでヒーローのように現れたのだから。

“女の子がピンチになればヒーローが必ず駆け付けてくれる”

それはずっとご都合主義だと言って信じなかったけど、まさか自分がそれを体験できるとは夢にも思わなかった……。






人狩りから奪ったカギでうちの枷を外し、サバタはカギの束をうちの他に捕まってた人達の足元に放り投げた。世紀末世界だとここから自力で生きていくのは大変なので、このまま裕福層に売られて束の間の安息を得るか、それとも厳しい環境でも諦めずに自分の力で生き延びるのか、自分自身で選ばせるのだそうだ。

「闇雲に解放するだけが救いではない、ってこと?」

「さあ?」

「さあって……」

「そもそも俺は突然街の外に出て行ったおまえを探しに来たんだ。そんな矢先に人狩りなんぞに捕まったあいつら全員の面倒まで見切れるか」

まあ確かに、少年一人が抱え込むにはあの人数は多過ぎる。と言うより自分だけでも生き残るのに大変なのに、余計な負担を抱えようとはしないだろう。

「じゃあさ……なんで私を助けてくれたの?」

「さっきも言っただろう、街の外に出て行ったおまえを探しに」

「それだけなら人狩りと一戦構える必要なんて無かったじゃん。失敗すれば自分も捕まる危険を冒してまで……どうして……どうして魔女のうちを助けたの?」

「…………」

「教えて……お願い!」

「………………………………泣いてたからだ」

「え? 泣いて……?」

「アースガルズを出た時のおまえは、まるでこの世の終わりが訪れたような酷い有様だった。それで気になって付いて行ったらこのザマだよ、バカが」

「と、年頃の乙女に面と向かってバカって言うなや!?」

「バカにバカと言って何がおかしい? 何の装備も戦う力も持たずに感情のまま飛び出すおまえをバカ以外にどう表せと?」

「ムキーッ! バカバカって何度も連呼すんなぁー!」

ポカポカパンチを弱くぶつけてくるうちを見て、サバタはため息を吐く。なんか面倒なヤツと関わってしまった、と暗に思われてる気がした。

「……で、助かったのは良いとして、おまえはこれからどうする?」

「あ…………」

今後の事を指摘されて、うちの顔に影が落ちる。そもそもうちがあの街を出たのは両親に殺されそうになったからで、元々魔女という事であそこの住人全員に忌み嫌われていた。今更あそこに……家に帰る事はもう出来ない……。

「……かえ、れないよ……うち……おとーさんにも、おかーさんにも……殺されかけて……みんな……出て行けって……だからもう……ダメなんだよ……!」

「なるほど……あの涙はそういう事か。やれやれ、魔女の境遇はどこも似たり寄ったりか……」

思い出すだけで胸が張り裂けそうに痛み、涙があふれ出てしまう。サバタに説明する間、時々嗚咽が入って言葉にならなかったけど、それでも彼は最後まで聞いて、理解してくれた。
彼は「これまでよく一人で頑張った」と抱き締めてくれて、泣き続けるうちの頭を撫でてくれた。魔女の力を使ってから両親に抱きしめられた事が無いうちは、その人の温もりを感じた途端、涙腺が崩壊してしまった。

「なんで……魔女ってだけでなんで……! うち……なんにも悪いことしてないのに、どうして……ぅぅ、わぁあああああんっ!!」

同年代の男の子の前だと言うのに情けないけど、もうどうにも止まらなかった。この時だけで、うちは一生分泣きじゃくったと思う。それだけ盛大に泣いたうちを、サバタは受け止めてくれた。

そして……もう涙の雫一滴も出ない程の時間泣いてくしゃくしゃになった顔を、冷静になったうちはつい「恥ずかしいから見ないで……」と服の袖で隠してしまう。……恥ずかしいだけじゃない頬の熱さもあるが、とにかく今の顔を見られたくなかった。

「……! おい、右手を出せ」

「無理! 今酷い顔してるから見せたくない!」

「おまえの泣き顔ならとっくに見ている、良いからさっさと右手を出せ」

「お、女の子に手を出せって、何するつもりなの?」

「応急処置だ」

「はい? 応急……ああ……」

彼の意図を把握したうちは、仕方ないけど大人しく右手を差し出した。うちの手を掴んで服の袖をまくった彼は、右腕に刻まれた傷跡を見て呟く。

「おまえの腕の傷……ちょっと深いな。これは治っても痕が残りそうだ」

「そう……なんだ……」

両親に付けられた傷が消えないのは、一種の執念とも呪いとも思った。うちは両親に恨まれていると、捨てられたという目に見える証として、身体に刻み付けられたのだと。だからこれはうちに与えられた罰、一生背負っていかなければならない現実であると、傷を見る度に思い出させるだろう。
そんな感傷的になるうちをよそに、サバタは薬で消毒して包帯を巻いていった。乙女の肌が黴菌や水膨れなどで荒れない様に、丁寧に治療してくれる彼の姿を見てると、どことなく心臓の音が大きく聞こえるようになる。それに比例して身体もなぜかあったかくなるんだけど、一体これは何だろう……?

「よし、終わったぞ」

「そ、そう! ありがとう!」

「……やけに顔が赤いな、熱でもあるのか?」

「ち、違うっ! そんなんじゃないんだから!」

「そうか。あと、袖の切られた部分を直すのは血を洗い流してからの方が良い。今直したら落としにくくなる」

「わかった……って、え? サバタって裁縫もできるの!?」

「できるが?」

女子力高ぇ……男だけど。

一人旅をしてるって事は自炊も出来るだろうサバタを見て、料理も裁縫も、治療も満足に出来ない自分が乙女として恥ずかしく思えてきた。旅する者の嗜みなのかもしれないけど、戦いも含めて何でもできる彼の姿にうちは憧れを抱いた。
何かお礼が出来たらいいんだけど、一体何が……あ、一つあった。彼に会いたかった理由の一つとして、これを伝えたかったんだ、うちは。

「あのね……あの後、“星読み”でサバタの探してる物を見てみたんだ。…………アースガルズの近くにある『神秘の森』、その最深部に目的の物があるよ」

「神秘の森……ここから南か」

「えっと……今から行くつもり?」

「まさか。深くなくても夜の森は危険だ、俺はこの辺りの土地勘が無いのだから当然、日が出てから行くに決まっているだろう」

なんか暗に「俺はせっかちな人間じゃない」と怒ってるような言い方だった。そりゃ当たり前の事をしないような人間に見られたら誰だってムッとする。これはうちが迂闊だったかな……。

くぅ~~……。

「な……なな……!!?」

うちのお腹が空腹を訴える音を盛大に出して、あまりの恥ずかしさで赤面してしまう。た、確かに夕飯食べてないからそうなるのも自然の摂理だけど! 何も助けに来てくれた男の子の前で鳴らなくても……! ぅぅ~……。

「干し肉ならあるが……食べるか?」

「…………いただきます」

サバタは旅の携帯食として持って来ていた干し肉を一切れ、うちにくれる。乾燥してて固いけど、噛み千切って咀嚼する毎に滲み出る肉の荒々しい味。口の中に広がるそれは、生きてるんだって心に実感できて、普段より美味しく感じられた。量は少ないから一回一回をしっかり味わって、飲み込んでいく。

「……“星読み”、おまえは行くアテが無いんだろう? ならしばらくの間、俺と旅を共にするか?」

「……え? う、うち……魔女なのに……ついていってもいいの?」

「魔女でもいい、少なくとも俺は魔女かどうかは気にせん。で、どうなんだ? 来るのか?来ないのか?」

「い、行きたい。うち、サバタと一緒に行きたい!」

「そうか」

うちの決意を淡々とした様子で受け止めるサバタ。まあ、彼の頭の中ではうちの力を使えば探し物を早く見つけられるといった打算もあるのだろうけど、うち自身はそれでも構わなかった。彼の役に立てるのなら、ずっと嫌ってた“星読み”の力も使いこなしてみせる。何も出来ないうちじゃ、それしか彼に報いる方法が無いから。

・・・・・・・・・・・・・・・・

~~Side of サバタ(一時休憩)~~

「これが“ひまわり”……アイツとの腐れ縁が始まった瞬間だ」

ザジと初めて出会った頃の話を終えると、はやてもなのはもアリサもすずかも、ヴィータもシグナムもシャマルもネロも凄まじく号泣していた。ザフィーラは渋く唸るだけだったが、目の端に水滴が浮かんでいた。

「おいおい、まだ序章だぞ。こんな調子で最後まで持つのか、おまえ達?」

「初っ端からこんな哀しい話されて泣かんヤツがおるかぁーーー!!! うわーん! ヴィータァァァ!!」

「うわぁぁぁん! はやてぇぇぇーーー!! 色々辛すぎるよコンチクショー!!」

「ぐすっ、ヒック……! 酷いよ……親に殺されそうになるなんて……! そんなの悲しすぎるよぉーー!!」

「さ、サバタ……あんたどんだけイイ奴なのよ……! そういえば私達が誘拐された時とザジさんが人狩りに捕まった時って、結構シチュエーション似てるわね!」

「ザジさん……魔女の力を生まれ持っていたせいでこんな目に……! でも……月村の血をコンプレックスに思ってた私と彼女の境遇にはすっごくシンパシーを感じます!」

「サバタ! おまえは立派な騎士だ! ベルカの騎士としてこの私が認めるッ!!」

「世紀末世界でも変わらない悲しい人間の性質、今の話でよく伝わってきました……。そしてサバタさんの愛情がどれほど深いものなのか、それもわかって……ぐすんっ……きました!」

「うむ……兄上殿は漢の中の漢だ。誰が何と言おうと、俺はそう宣言しよう」

「昔から兄様は……我々が尊敬する兄様だったのですね……! あなたのような方に出会えて、私も主も幸せです……!」

ここには心優しい連中が多いせいか、妙に絶賛されてしまっている。何度も言うが、当時の俺はクイーンの下で、暗黒仔としての修業に励んでいたんだぞ? つまり人類の敵として活動していたわけだが……しかし最終的に見たら少し違うかもしれない。

「さて、これからは当時の俺が集めていたもの、その話を始めよう……」

 
 

 
後書き
ロリザジ
ショタサバタ

どうですか? 
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