リリなのinボクらの太陽サーガ
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友達
前書き
無印終了
「は? 別れる前にフェイトと決着をつけたい?」
諸々の話を終えてひと段落した後、高町家の様子を見に来た際になのはがそんな事を言い出してきた。
「うん。まだフェイトちゃんと心から友達になれていない気がするから、お父さんとお兄ちゃんに言われた通り、一度全力でぶつかりたいの」
「なるほど……それならリンディに頼めば場を整えてくれるんじゃないか? 俺に頼むのではなくな」
「えっとね……お父さんとお兄ちゃん以外だと、サバタさんに一番先に伝えたかったの。私にとってこの事件はユーノ君の助けを求める念話が始まりだったけど、フェイトちゃんやすずかちゃん、アリシアちゃんを本当の意味で助けたのは間違いなくサバタさんだから、どうしても一番に言っておきたくて……」
「……そうか。……そうだな、フェイトも友人関係の構築には内向的な傾向がある。思い返せば、あいつの心はまだ完全にはこじ開けられていない。なのは、おまえの不屈の心ならフェイトの気持ちを前向きに変えられるかもしれん。思いっ切りやってくるといい」
「はい!」
「おまえ達の戦い、有意義な決着を迎えられる事を祈ろう。戦え、なのは……戦って戦って戦い抜いて……その先に何が待っていようとも……決して諦めるな! 諦めないその心こそが、最大の武器になるのだからな!!」
「はいっ!!」
高町なのは。元々地球の一般人でありながら次元世界随一の多大な魔力を有し、アンデッド化寸前まで暗黒物質を浴びても尚折れないその心、とくと拝見させてもらうぞ。恐らくおまえが……最もジャンゴに近い心の強さを持っているのだからな。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of フェイト~~
考えてみれば、彼女とこうして心置きなく相対したのはこれが初めてだ。リンディさんが彼女の要望で特別に決着の場を設けてくれたけど、なんで事件の間は元々敵だった彼女がここまで私に執着するのか、まだよくわかっていない。それを確かめるために私はこの挑戦を受け入れ、こうして結界を張った街の中で宙に浮かんでいる。
上を見上げると管理局のサーチャーがふよふよと浮かんでいるのが見える。この戦いは映像としてアースラに中継されていて、お兄ちゃんや母さん達もモニター越しで声を届けられる場所にいる。でもここには私と、そして……彼女だけしかいない。
「戦う前にちょっといい?」
「いいよ」
「先にお礼を言いたくて。母さんを止める手伝いをしてくれて……ありがとう」
「うん! それにこっちこそ私の挑戦、受けてくれてありがとうなの、フェイトちゃん」
「それはいいんだけど、ジュエルシードを巡る戦いは終わったのに今更決着だなんて、あなたはそこまで私と戦いたかったの?」
「う~ん、というよりフェイトちゃんとしっかり友達を始めるには、一度ちゃんとぶつかる必要がある、という理由の方が強いかな?」
「はやてとはぶつかってないよ、私?」
「はやてちゃんとのやり取りは、傍から見ると姉妹っぽかったというか、親子っぽかったというか……」
『ま、まさか……私がフェイトの母親となるために最後に乗り越えなきゃいけないのは、あなただというの!?』
『だぁー!! なんでこっちでも保護者バトルせなアカンねん!? お説教から続いて第2ラウンドかいっ!!』
……なんかアースラで母さんがはやてにライバル意識を燃やしてるみたい。仲良いなぁ。
「あはは……まあ、二人がお互いを大事にしてるのはちゃんとわかってるよ。だから私もフェイトちゃんを大事に思える仲になりたかったんだ」
「そう……はやてやお兄ちゃんが受け入れてくれたように、あなたも私を友達だと言ってくれるの?」
「なのは、だよ。高町なのは。名前で呼んだらもう友達だよ、フェイトちゃん」
「……ありがとう、なのは」
「うん!」
互いのしがらみを乗り越え、屈託のない笑顔を見せあった私たちはそのあと、心が何も縛られていない純粋な実力勝負に意識が移動する。一定の距離を挟み、デバイスを構えた私と彼女の赤い目が交叉する。
「私たちの全ては、まだ始まっていない。だからこれからを一緒に作り上げていくために!」
「うん。今一度、決着をつけよう。……行くよ、なのは!」
「来いなの、フェイトちゃん!」
戦闘開始。
踵のフライヤーフィンで飛翔する彼女に、私は先手必勝とばかりにフラッシュムーブで接敵、サイスフォームのバルディッシュを振るう。だけどそれを読んでいたのか、なのはは設置型のバインドをいたるところに仕掛けていた。
発動したバインドに捕らえられる前に何とか攻撃を中止して脱け出したが、高速移動型の私にとって空間を一部制圧されるような攻撃はかなり厄介だ。それならと、私はフォトンランサーでバインドを潰したり、発動を阻止したりして彼女の攻撃の手を一個ずつ抑えていった。
「わかってたけどやっぱり強いの。でも私も負けられないから!」
だけど向こうも、魔法に触れてそんなに経っていないはずなのに、私に匹敵……いや、それ以上の数を正確にコントロールしてシューターを放ってくる。こちらが攻めに転じようとしたら、その直前に周囲や進路上にバインドを配置して迂闊に攻撃できないようにしたり、シューターのコントロールの精度が高すぎて回避や防御に意識を多く集中せざるを得なかった。
彼女の特性は砲撃型だからバインドに捕まるのは、イコール彼女の最も強力な攻撃に飲まれること。私の得意なスピードでは、バリアジャケットの防御も固い彼女に対して決め手を欠く。前はただ固いだけの相手だったのに今はなんというか、堅牢な移動要塞を相手にしている気分だ。
圧倒的な物量で蹂躙してくる彼女だが、やはりスピードにおいては私が上だった。当然だ、これまで私はそれを重点的に鍛えてきたんだから。初めて魔法に触れたこの短期間でここまでの実力をつけた彼女の努力は称賛に値する。でも……私だって相応に努力してきたんだから、ようやく私を見てくれるようになった母さんの目の前で負けたくない!
互いの魔力弾をぶつけて爆発させて煙幕を張ったところで、すぐさま高速移動で接近し、デバイスを振り下ろす。寸でのところで気づいた彼女はシールドを展開、衝撃のせめぎ合いで激しい閃光が発生する。
ここで決める! と意気込んでいた私はバリアブレイクの術式を発動し、障壁を打ち破ろうと更に力を込める。なのはも食い破られまいと魔力を送り、障壁の強度をさらに上げてくる。だけどその時、私は背後から迫るなのはの魔力を本能的に察知し、反射的に振り向いてディフェンサーを展開する。そこにさっきの魔力弾の衝突で隠れていた彼女のシューターが衝突し、かき消された。
しかしこの時、わずか一瞬でもなのはから目を離してしまった。慌てて彼女の位置を探るが、それは上空から勢いよく振り下ろされる彼女のデバイスが答えを示していた。
「せいやっ!!」
「っ……!」
慣性力を利用して重量が乗っている彼女の打撃をバルディッシュで受け止め、鍔迫り合いになる。このままじゃ劣勢に追い込まれると思った私は、フラッシュという目くらましの閃光魔法を使用する。
「にゃっ!? 目がチカチカする……ってバインド!?」
「アルカス、クルタス、エイギアス、疾風なりし天神よ、今導きの下打ち掛かれ。バルムル、ザルメル、ブラウゼル……!!」
詠唱を進めるほど、無数の雷撃が私の周りに展開されていく。モニターの向こうではユーノとアルフが慌ててるけど、この戦いは私の本気を出さなきゃなのはにも失礼だから、止めるわけにはいかない。
「フォトンランサー・ファランクスシフト。打ち砕け、ファイヤ!!」
次の瞬間、無数に浮かんでいた周囲の雷撃がすべてなのはに殺到し、炸裂。それによるエネルギーの過度な集中で凄まじい爆発が起きる。
だけどこれは本当の意味で全力を出し切る訳だから、当然私も相応に疲労がフィードバックしてしまう。これで決まってたらいいが、彼女の成長速度を考えたらもしもという可能性がある。なので念のための魔力弾は用意しているんだけど……あの爆煙の中から寒気がするほど大きなプレッシャーを感じる。
「なるほど。攻撃が終わったら、バインドも解けちゃうんだねぇ」
その声が聞こえた瞬間、思わず鳥肌が立った。煙が晴れると、かなりボロボロになりながらもしっかり立っているなのはの姿があった。ただ……彼女はまるで肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべていて、正直かなり不気味だった。
「今度はこっちの番だよ! ディバインバスター!!」
咄嗟に残しておいた魔力でシールドを展開、うめき声がたまらず漏れ出るも、彼女の砲撃をどうにか耐えきった。が……その一瞬安堵した心の油断を突かれ、私はなのはのバインドに拘束される。
「な、バインド!?」
まずい……今の防御で魔力はほとんど空だ。それに彼女のバインドはかなり綿密に練られているのか、相当頑丈だ。脱け出そうと足掻いても、ビクともしない。
その一方で、私の視界一杯に拡がる巨大な魔法陣を展開しているなのは。な、何故か……彼女の背後からヴァナルガンドに匹敵するプレッシャーが発せられて、私の背に冷たい汗がダラダラと滝のように流れ出す。
ああ……今わかった。あの時お兄ちゃんが喰らった破壊光線とほぼ同じものを、これから私も喰らうんだって。こっちは非殺傷設定が入っているのが唯一の救いかな……? え……ちゃんと組み込まれてるよね!?
「受けて見て。これがディバインバスターのバリエーション……の亜種!!」
え、ちょ……魔力がまだまだ大きくなってるよ!? 最初に使った時より更に威力増えてない!? あの時は未完成だったの……っていやいやいやいやホント待ってお願い!! それ撃たれたら死んじゃうよぉ!!
「ジェノサイドブレイバァァァー!!!!」
「ちょ、なんか色々違ッ!? いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
哀しいかな、私の悲鳴は彼女の放った砲撃の発射音にかき消された。両手足をバインドで拘束されて身動きを完全に封じられている状態の涙目の私を、まるでクジラが小魚の群を襲うかのようにピンクの光がジュッと音を立てて飲み込んだ。
砲撃はそのままの凄まじい猛進で私たちの足元にある海に衝突し、海水を高々に打ち上げる……どころか、なんとモーゼの十戒のように割ってしまった。結界の中じゃなかったら間違いなく大惨事になっていただろう。海が割れて海底だったはずの砂地に残った砲撃痕、軽く半径一キロを超える巨大なクレーターの中心でプスプスと煙を立てながら私の体は横たわっていた。
やっぱり気のせいじゃなかった。暗黒物質が宿ったなのはの攻撃力は、以前より恐怖を覚える勢いで上がっている。もう……こんなの人間業じゃないよ……ぐふっ。
『フェイトォォォォオオオオオ!!!?』
『うわぁ……アレ、下手したらヴァナルガンドの破壊光線と正面から撃ち合えるんじゃない? これから友達になろうって相手にあんなもの撃つかなぁ、普通……』
『フェイトちゃん……ヤムチャしやがって』
『anotherだったら死んでたな』
いや……早く助けに来てよ……。
・・・・・・・・・・・・・・・・
~~Side of サバタ~~
……末恐ろしいな、高町なのは。今より鍛えれば彼女は条件さえ対等ならヴァナルガンドともサシでやり合えるだろう。あれをまともに受けて身体的には無傷でいられる辺り、つくづく非殺傷設定のありがたみがわかる。
「ピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖いピンク怖い……」
心の傷は別だが。というか非殺傷設定は、身体ではなくむしろ精神に傷を与えやすくなっているのではないか?
あの決闘の後、トラウマを植え付けられたフェイトは医務室で目を覚ますなり俺が常時身に付けている“月光のマフラー”にしがみついてブルブルと震えていた。ヴァンパイアの吸血といい、恭也のプレッシャーといい、なのはの砲撃といい、つくづくフェイトはこの世界でトラウマを多く植え付けられたものだ。
「一度も勝った事が無い相手に挑戦してしっかり勝つとは、流石は俺の娘だ!」
「そうだな、戦う以上は手加減なぞ無用。勝つために最善を尽くすのは戦士として当然の義務だ。えらいぞ、なのは!」
「えへへ……お父さんもお兄ちゃんも、恥ずかしいよ~!」
おい、高町家! それでいいのか!?
幼少期からイモータルに育てられて一般人より戦闘寄りの感覚をしている俺でも、高町家の阿修羅の如き教育方針に戦々恐々とする。隣ではユーノとクロノ、はやてにアルフも「なんて恐ろしい戦闘民族なんだ、高町家……」と血の気の引いた青い顔をしていて、リンディやプレシアは「あの親にしてあの子供あり、血は争えないわね……」と哀しき人間の宿命を嘆いていた。なおアリシアは「あはは……もうなんも言えね~」と投げやりな笑みを浮かべるだけだった。
「ああ、そうだプレシア、血で思い出したのだが……」
「血って、なんか嫌な思い出し方ね」
「まあそう言うな。八神家にいる間、フェイトは『ミッド式ゼロシフト』という俺の月光魔法ゼロシフトの性質を再現した新しい魔法術式を構築していた。仮にも天才研究者の娘、初めて自分で作った魔法術式でも、彼女は即席ながら時の庭園の戦いで一応使える程度に組み上げた」
「ああ、あの一瞬ですり抜ける高速移動魔法ね。私もリニスも教えた記憶のない魔法だったからどうして使えるのか奇妙には思ってたわ」
「そうだ。だがやはりどうしても知識不足が否めないため、一回の魔力使用量が効果と比較して多めだ。つまりまだ未完成な訳なのだが……知識があるおまえなら、完成に導く事が出来るんじゃないか? それにフェイトと親子の絆を深める良い機会だ。共同開発すれば思い入れも出来るだろうし、何より形として残るものを一つでも作っておいた方が良い」
「なるほど……私がまだ動けるうちに、家族の絆を確かめられるものを作って後悔しない様にしろってことね。……色んな意味で先を見ているわね、サバタ」
「フッ、既に生みの親も育ての親もいない身空だ。自然と別れに対する心構えや準備もわかるようになる」
「あなた……その年齢で結構壮絶な人生を歩んできたのね……」
俺の過去を話した事が無いからプレシアは知らないが、これまでの数少ない言葉である程度は察したようだ。フェイト達は部分的に知っているが、詳しい経緯は話す気になるまでお預けだ。
それから高町家の経営している喫茶店『翠屋』に、長い間行方不明扱いだった高町士郎がようやく帰って来た。大黒柱が戻ってきた光景に桃子と美由希が唖然とした直後、営業時間中だというのに彼に抱き着き号泣してしまったが、その光景にリンディ達管理局員や、流石にプレシアは無理だが特別に出歩く事を許可してもらっているフェイト達も涙を誘われていた。
とにかく高町家がやっと全員揃う感動の再会を今、こうして果たしたわけだ。なお、士郎となのはの目が暗黒物質の影響で赤くなった事は、彼女達も最初不安がっていたものの、今の所は何の影響も無いと伝えるとひとまず安心したようだ。
その後、店仕舞いをしてから翠屋内で“高町士郎帰還祝い”という高町家主催のパーティが開かれ、一旦帰した月村家をまた呼んだり、美由希の料理は実は激マズで恭也が逃げたり、何か代わりに俺が食う羽目になって全身が緑色(腹痛状態)になったり、ずっと蚊帳の外扱いだったアリサが半泣きで突撃してきたり、アースラにいたはずのプレシアがいつの間にか混じっていたりと色々なイベントがあったが、まあ何というか、皆で賑やかな時間を過ごせた。
はやても、フェイトも、アリシアも、なのはも、すずかも、アリサも、この時は全員揃って笑顔だった。恭也、美由希、忍、ノエル、ファリン、クロノ、ユーノ、リンディ、プレシア、彼らもまた、彼女達と同様だ。……後始末を考えると色々大変だが、それでも今は皆幸せそうだ。
だけど……ここにはカーミラがいない。それが俺の心にしこりとなって残り、この空気を楽しめずにいる。彼女の魂はヴァナルガンドと共に永遠の眠りについているのに対し、彼女の犠牲の上で生きている俺がこの幸せを享受しても良いのか、どうしても考え込んでしまう。
『あなたのおかげで救われた心があった事を、時々で良いので思い出してください。それだけが私の、最後のワガママです』
……俺のおかげで救われた心、か。カーミラの想いは常に俺の中にある、それは彼女もわかってたはずだ。ならカーミラは別の誰かの事も思い出してほしい、と言っていたのか? それとも……結果的に救ったこいつらを見守って欲しいと言っていたのか?
フッ……わからないなら、どちらも行えばいいか。“別の誰か”に関しては追々見つけ出すとして、当面の目的はこいつらの面倒を見続けよう。消えたラタトスクの行方は気になるが、ヤツも傷が癒えるまでしばらく大人しくしているはずだ。それまでの間に様々なケリをつけておこう。
パーティの後、久々な気がする八神家に俺達は戻ってきた。しかしフェイト達は重要参考人という扱いなので、管理局から帰宅を禁止されている。そのため八神家には家主はやてと俺しか帰ってきていなかった。
「なんか、この家の人間が半分もいなくなってしもうたなぁ……元幽霊も含めて」
「ポルターガイストもこれで起きなくなるわけだが……寂しいのか?」
「そりゃあ……うん、正直そうやな。サバタ兄ちゃん達が来て、まだ一ヶ月しか経ってへんけど、フェイトちゃんとアルフさんもいる生活に慣れてきた所やから、どうしても物足りない感じがするんや……」
「フッ……何も死に別れた訳じゃない。またすぐに会えるさ」
「ぶっちゃけちゃえばそうなんやけど……一度失った家族の温かみを、皆と過ごして深く思い出したから、胸がぽっかり空いた気持ちなんよ。また何の変哲もない日々を送るだけの独り暮らしに戻ってしまうんやないかって、すっごく不安なんや」
「………」
そういえば両親が早くに死んでから俺達が来るまで、はやてはずっと一人でこの家に暮らしていたんだったな。死ぬようなきっかけもないから生きている、ただ日常的に生かされているだけの籠の中の鳥として。その彼女が心からの仲間を得た事は、砂漠に水が染み込むが如き効果をもたらす。渇き切っていたはやての精神は一時的でも潤いが与えられた事で、二度と人の温かさを失いたくない性質に変化した。
「兄ちゃんは……サバタ兄ちゃんはここに……私の前からいなくなったりせえへんよね……?」
そして……その精神は依存へ変質していく確率が高い。
懇願する様に俺の左手を握って呟くはやてに、俺は空いてる右手で彼女の背中をさするだけに留めた。『ここにいる』と明言はしない。そんな事を言えば一時的な慰めにはなるだろうが、余計依存しやすくなる。それに……別れは必ず訪れる。望もうが望むまいが、それだけはどうしても避けられないさだめだ。
暗黒物質に侵された俺の身体も、そう長くは持たないのだから。
この日、はやては俺の部屋で一緒に寝た。それぐらいの甘えなら許容できる範囲だが、ずっとという訳にもいかない。はやての将来を考えると、一度彼女の生活保護者と会う必要があるな。
誰からも何の支援を受けずに育つなぞ、この世界の仕組みではあり得ない。そのため生活保護者の存在は少し前からいると考えてきた。その人間が親戚や親族ならなぜはやてを一人にしているのか問い詰める必要もある。だがもし、はやてと血の繋がりも無い赤の他人だったら、その時は……。
翌日、アースラが時空管理局本局に帰投するべく、地球から発つ。向こうではフェイト達の裁判が執り行われるそうだが、リンディが俺達に渡してくれた通信機のおかげで連絡が取れるようになった。これなら向こうで緊急事態が発生しても、こちらで不測の事態が起きても、互いの情報を知る事が出来る。遠まわしに俺の力で魔力を消されないか監視するためでもあるのだろうが、目立った害が無い以上向こうが利用してくるならこちらも利用すればいい。
公園の離れた所でフェイトとなのはが別れる前に互いの想いを語り合い、髪を結んでいたリボンを交換した。はやてもフェイトにまた家に来るように伝えていた。それを見ていたアリシアが、ポフッと空中から俺の肩に乗りかかってきた。
「うん、やっぱり肩車はこうじゃないとね♪」
「温泉旅行のリベンジか。実体がないのに強引に乗りかかってきたんだったな、あの時は」
「ま~ね~♪ でもやっぱりこうして人の体温が感じられて触れ合えるのが一番だよ~!幽霊の間は何かに触ろうとしてもすり抜けるし、強く念じたら変な音を出しちゃうし、誰かに気付いてもらおうと色んな所を飛んでみても誰も気付かないし、そんな事をしてばっかりいたら霊感のある人に悪霊に間違われて危うく退魔師に『あくりょうたいさ~ん!!』ってされそうになった経験もあるし、散々な記憶ばっかりなんだよね~。あぁ、思い出したら何かブルーな気持ちになってきちゃった……」
『うっ……うっ……ごめんなさい、アリシア……死んだ後もあなたにそんな辛い思いをさせていたなんて……!!』
「モニター越しで泣くな、プレシア。母親に戻るなら少しはしゃんとしろ」
感傷性が高すぎて傍から見てると色々不安になるテスタロッサ家だが、それが彼女達らしいと言えば彼女達らしいのだろう。同じ子を持つ親であるリンディは微笑ましそうに眺めていて、今後も大人の波に呑まれるに違いないクロノは呆れたような顔を浮かべていた。
「あのなぁ君達、もう裁判に勝った気でいるんじゃないのか? これから滅刑の情報を集めたり揃えたりしなければならないから大変なんふぁふぉっへっアフィスィア!!」
「あはははは! クロノ変な顔ぉ~!」
アリシアよ……話してる途中に頬を横に引っ張るのはやめてやれ。確かに笑える絵だが、クロノの言ってる事は至極真っ当なものなんだぞ。
「はぁ~~~~~……」
「クロノ少年、強く生きろ」
「君も少年じゃないか! ……そういえば今更なんだが、サバタって何歳なんだ? 少年って言うからには流石に成人は迎えてないようだが……」
「ああ、俺の年齢か……」
そういえば……俺は何歳なんだっけか……? クイーンに拉致されて訓練に明け暮れた結果、誕生日も忘れたから数え年で適当に12ぐらいまでカウントしたのは覚えているのだが、それから結構年月が経っている。“ひまわり”は俺と同い年だ、とか言っていたが、それは初めて会った時の話でまだカウントしてた頃の事だから参考にならない。サン・ミゲルで再会した時に尋ねる手もあったが、女性と年齢の話をしてはいけないと先代ひまわりに釘を刺されているので止めている。とりあえず今の俺の身体の成長速度を鑑みて、年齢を逆算してみよう。ほとんど勘だが……大体……。
「15ぐらいじゃないか?」
「僕より一つ年上でその身長だと!? なんてことだ……」
愕然とするクロノだが、逆に俺はクロノが14歳でなのはやフェイトのような8歳女子とほぼ並ぶ身長しかない事に驚いた。なお、俺の身長は19歳の恭也より拳一つ低い程度だから15歳男子平均身長だと思う。
しかし冷静に見れば俺も15歳か……そろそろ“少年”を名乗るのは限界かもしれない。だが……俺が“青年”になれるまで生きていられるか、寿命的に微妙だな……。
「はぁ……そろそろ出発の時間か。二人に伝えてくる」
ダウナーな気分のままクロノは、3人娘に刻限を告げに向かった。別れを惜しみながら彼女達はまた会う約束をして、こちらの転送ポートの近くに戻ってきた。フェイトは何かを言いたそうにこちらを見上げるが、俺の上には未だにアリシアがしがみついている。こんな時でも自由だな、こいつ。ま、彼女も流石に転送時は降りるだろう。
「お兄ちゃん……あの……わっ?」
放っておいたら本題に入る前に時間になるので、彼女の頭をグリグリと少し強く押さえて撫でながら、俺は言いたい事を先に言う。
「フェイト、おまえはもう少し心に正直になれ」
「え……心に正直って?」
「かつてプレシアがおまえを娘と認められなかったのは、物分かりが良すぎて親としてどう接すれば良いのかわからなかったからだろう。親は子に甘えられるのが仕事なのに、子であるフェイトはそれを自制していたから、親のプレシアは自分の愛情を注げる相手を当時死者だったアリシアに注ぐしかなかった。前から親の愛を欲しがっていたおまえだが、そもそも愛情を注がれるきっかけを作ろうとしなかったのも原因の一つなのだからな?」
「う、うん……じゃあこれからやってみるけど、甘え方がわからないよ。一体どうすればいいのかな?」
「ねだれ」
「ふぇ? ねだ……?」
「甘えたいと、褒めて欲しいと、プレシアの前でとにかく駄々をこねてねだってみろ」
「でも……そんな事をしたら母さんに失望されたりしないかなぁ……」
「いや、プレシアは究極の親バカだ。アリシアを蘇生させようと何十年も研究する執着心からわかるだろう? むしろ機会があれば彼女の前でアリシアと二人でお願いしてみろ、今なら嬉々として叶えてくれるぞ」
「そ、そうかな……?」
「そうだよ、自信を持って! 私の妹なんだからやればママをメロメロに出来るよ、絶対!」
頭の上からアリシアのフォローが入るが、メロメロになったプレシアは凄く想像しやすかった。若干“ヤン”が入ってる彼女だから、気持ちも一気に傾倒しやすいのだろう。……ん? という事は彼女の血を引き継いでいるフェイトとアリシアも実は……? いや……よそう、考えるだけ時間の無駄だ。
「いっそのこと甘えまくってメロメロどころかデレンデレンにしちゃって、皆でラブラブすればいいんだよ!」
「メロメロでデレンデレンでラブラブな母さん………うん! 私、頑張ってみる!!」
ぐっと握り拳を作って気合を入れているフェイト。アリシアはそれを微笑ましく見ているが、おまえも当事者だからな? 他人事じゃないからな?
とまあ、いつもの八神家特有の空気がこの辺りに充満した所で、とうとう出発の時間になった。アリシアも肩から降り、フェイトとアルフと共に転送ポートの中に入る。クロノとリンディが彼女達の隣に立ち、転移魔法を開始した。
「それじゃあ本局へしゅっぱ~つ!」
「お兄ちゃん! はやて! なのは! 必ず……必ず帰ってくるからね!!」
「皆、次に会うまで元気でね!!」
三人の別れの声を聞き届けた直後、転移の光に包まれて彼女達は去って行った。静寂が戻る公園で、なのはとはやてはしばらくの間半泣きで手を振っていた。
…………ところで。
「ユーノは帰らないのか?」
「へ? ユーノ……君? ……………………………あーーーっ!!」
頭を抱えたなのはがやっちまった、と言いたげな顔で叫ぶ。完全に忘れられてたな、ユーノ……。道理でこの場に姿が無い訳だ。
「シクシク……ヒドイよなのは、僕を忘れていくなんて……ぅぅ……」
「ご、ごめんなさいなのぉー!!」
高町家に置いてけぼりを喰らっていたユーノが泣きながら徒歩で現れ、なのはが土下座しそうな勢いですぐさま謝った。早速、リンディからもらった通信機を使う時が来たようだ。
なんか感動的な空気が一気に台無しになった気がする。はぁ……。
後書き
次回からA’s編です、既にブレイクしていますが。
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