101番目の百物語 畏集いし百鬼夜行
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第七話
◆2010‐05‐11T08:40:00 “Yatugiri High School 2-A Class”
三人が教室について少しすると、チャイムが鳴った。結構ギリギリだったようだ。急いでよかったかもしれない。まあ、ティアとのお話タイムはアレクがいたとはいえ既に済ませてあるからいいんだけど。
「あー、ホームルームの前に転入性を紹介する」
担任の夢じいちゃんがいつも通り眠気を誘う声で教室に入ってきて、しかしいつもとは違うことを言った。公立高校で転入生が入ることがあるのか、と少し驚きながら俺はそのドアを見る。
夢じいちゃんに促されて入ってきたのは……だいぶ薄い、しかし不自然ではない茶色の髪を伸ばしてツインテールにしている、どこか強気な印象を与える女の子だった。綺麗な姿勢で教卓の辺りまで歩いてきてチョークで自分の名前を書き、勢いよく回ってこちらを向く。一瞬遅れて動くツインテールと、片手を腰にあてた姿勢からも、何となく強気なイメージを受けた。というか、ここまでで思った印象は、『ツンデレ?』である。いや、分かるだろ?
あ、服装は翠緑学園のものだ。今更気付いた。
「翠緑学園から来た、夢宮天樹よ。よろしくね!」
と、腰に右手を当てたままの体勢で笑いながらそう言うと、とてもドキドキさせられる。でも、翠緑学園ってすぐ隣の市にあるんだから、ここにこれるなら通えそうなもんだけど……
気になるし、仲良くなったら聞いてみよう。ってか、また凄い名前だな。漢字だけ出されたら、男だと思ってしまうかもしれない。
「席は、えっと……窓際の机の横側にヘッドホンをかけてる彼、神無月君の後ろになります」
「ハイ、分かりました」
夢じいちゃんの指示に従って、俺のほうに歩いてくる夢宮さん。
そんな俺の方を、ティアは頑張れというような、アレクは失礼をするなとでもいうような目で見てくる。アレクは一体俺をどんな人間だと思っているのだろうか?
と、そんなことを考えていたら、夢宮さんは俺の机のすぐ横で止まった。
「いいヘッドホンね」
急に言われて何の事なのか一瞬分からなかったが、鞄に入るだけのスペースがないから机にかけているヘッドホンのことだと気づく。
「あ、ああ。無理してちょっと高めのやつを買ったんだよ」
「確かに、これあたしも色違いのやつ使ってるけど、ちょっと高いわね。バイトとか頑張ったり?」
「まあ、そんなところ。苦労しただけの意味はあったかな」
まさかこれで話が出来るとは思っていなかった俺は、ちょっと驚きながらも話が出来ていることがちょっと嬉しかった。これは、すぐにでも仲良くなれるかもしれない。
とはいえ、まだホームルーム中であるから、これ以上話しているのもクラスメイトにしてみれば迷惑だろう。夢宮さんもそのことに気付いたようで、ちょっとバツの悪そうな顔で周りを見る。
「あ……同じヘッドホンを使ってる人がそばにいるみたいで、ちょっと嬉しかったんだけど、やっちゃったわね。近くの席だし色々と聞くかもしれないけど、よろしくね?」
「ああ、よろしく夢宮さん」
「名字で呼ばれるの好きじゃないし、天樹っていうのもなんだかごつい感じだから、テンでいいわ、神無月君」
「じゃ、俺も凪で。よろしく、テン」
予想以上に仲良くなれそうな感じなのがかなり嬉しい。そう思ったからか、自然と差し出された手に自分の手を重ねて、握手に応じた。
ん……?ちょっと手の中に違和感を感じていると、テンは俺に軽く手を振って後ろの席につく。
夢じいちゃんはテンが席についたのを確認してから、連絡事項を述べて行く。が、俺は手に残された違和感が何なのか、そっちが気になって耳に入ってこない。
だから自然と手を開き、そこに残されたのが何なのかを見た。そこには、小さく折り畳まれた紙が残されていた。つまり、テンが残していったものである。
手紙だろうか?だとしたら、一体何を?間違いなく初対面だし、伝えるようなことはないと思うんだけど……
ゾクッ
手紙の存在を認識した瞬間、冷や汗をかきそうになるほどの寒気を背中に感じ、同時にズボンのポケットに入れているDフォンが、痛いくらいに熱を帯びる。
ついでそうになる声をどうにか抑えるが、しかし背後から感じる『何か』が恐ろしくてたまらない。Dフォンが萌えだしてしまいそうなほどに熱くなっているのが、まるで俺に危険を告げているかのようで、さらに怖くなる。
とにかく、このままでは火傷しかねない。そう思った俺は反対側のポケットから姉さんが毎日用意してくれているハンカチを取り出して逆側のポケットに入れようとするが、何故か渡された手紙に目が行ってしまう。それに意識がいって、どうしても行動が再開できない。
だから……なのだろう。一旦ハンカチを机に置いて、その手紙を手に取る。そしてそれを開くと、そこにはきれいな字で、こう記されていた。
『夢と違うことをするなよな』
たった一文にすぎないそれは、俺の心臓をわしづかみにした。そして同時に、命の危機を感じた。
◆2010‐05‐11T08:55:00 “Yatugiri High School 2-A Class”
朝のホームルームが終わって一限目までの十分程度の休み時間。次の授業が音楽であるために早めに転入性質問攻め大会は終わりをつげ、皆教室移動を始めた。そして、
「じゃ、凪君。案内をお願いしても?」
「ああ。それじゃ、行こうか」
俺は、さっき色々と聞かれたら答えると言ったこともあって、テンを音楽室へ案内することになった。音楽室に行くなら転入性質問攻め大会に参加していた誰かについていけば行けただろうに俺に案内を頼んだのは俺が参加していなかったから気を使ったのか、それとも何か他の意図があってのものなのか……いや、考えても仕方ないか。それに、ここで聞くわけにもいかない。何せ……
「それと、えっと……」
「あ、私は園田ティア。よろしくね、夢宮さん」
「オレはアレク・ビブオーリオだ、夢宮」
この案内のメンバーには、この二人もいるのだから。あの手紙の意味をこの二人のいるところで聞くのは、あまり得策ではないだろう。
「そう、よろしく園田さんにビブオーリオ君。あと、あたしの事はテンでいいわ。凪君にもそうしてもらってるし」
「じゃあ、改めて。よろしくね、テンさん。なら私のこともティアでいいから」
「俺もアレクでいい。名字は長くてかなわん」
「まあ確かに、ビブオーリオなんて長いったらねえよな」
一々呼ぶには、ちょっと面倒だ。だからか、アレクはある程度話す人には名前の方で呼ぶように言っている。そういう共通点があるからなのだろうか、俺がアレクとよく話すようになったのは。何せ……
「フン、カミナの神無月もいい勝負だろうに」
とまあ、うん。神無月、ってのも結構長い。名字で呼ぶと五文字で名前で呼ぶと二文字なら、そっちで呼んでもらった方が個人的にも楽だし。にも関わらず、第三の選択肢として三文字で呼ばれることが多いんだけど。
というか、だな。このタイミングでその呼び方を出すと……
「カミナ?」
ほら、テンが反応した。出来ることならこれを知られるのはもう少し凪って呼び方に慣れてからにしてほしかったなぁ……。つっても、周りの人みんながみんなそう呼んでるから、時間の問題ではあったか。
「カミナって?」
「コイツのあだ名だ。幼馴染がつけたらしいが、気がつけばこっちで呼ぶやつばかりになったのだとか」
「ケホケホ……中にはカミナ君の名前は知らないけどカミナって呼ぶ人とかはいるくらいに」
「ふぅん……じゃ、あたしもカミナって呼んでも?」
「ハァ……経験上、ダメだって言ってもそう呼ぶんだよな、この流れって」
「じゃ、決まりね」
まあ、うん。もういいや。言動ではあのやり取りをすることになるんだろうけど、それくらいなら別に。あだ名で呼んでくれるってのも、親しくなったみたいでいいし。
「そういえば、テンさんってどこか部活に入る予定とかあるんですか?」
「んー、翠緑じゃどこにも入ってなかったしなぁ……」
と、テンは少し考えるような表情をする。八霧は翠緑ほど学力が高いわけでもないし、余裕が出来るだろうから部活も出来るとは思うんだけど。
「今のところは考えてないわね。三人は、何かやってるの?」
と、俺達に聞いてくる。そこから考えてみるつもりなのかもしれない。
「私は、どこにも入ってないですね。でも、たまにカミナ君たちの部活を見に行ったりしてます」
「じゃあ、二人は同じ部活なんだ?」
「そうでなければ、ここまで話すようになっていたか怪しいところだな」
「まあ、そんな仮定は成り立たないし気にしなくていいだろ。で、俺たちは射撃部に所属してる」
「……射撃部?」
と、テンは驚いた様子だ。まあ、中学時代の同級生とかに部活の話をするとたいていこの反応だからもう馴れたけど。他の学校の人とか親せきとかに話すと、大抵このように驚かれる。
「珍しい部活ね、それ」
「だろ?ま、俺もアレクも物珍しさから入ったから人のこと言えないんだけど」
「どうせ出来るなら、貴重な経験が出来た方がいいからな」
ま、珍し過ぎるのと日本の『銃』に対するイメージからか、俺たちみたいな理由で興味を持つ人は多くいても、入部するところまで決心する人は結構少ない。おかげで部員数ッはギリギリだ。
「この二人、射撃で上の大会に行ってたりするんだよ?」
「あ、そうなの?凄いじゃん!」
「そうでもない。元々人数が少ないからスタートが県大会な上に、オレがやっているライフルは県大会の次に全国大会だ」
「俺も、行けたのは県大会の次のブロック予選までだしな。実績だけを見ると凄い部活みたいなんだけど、実はそうでも無かったり」
「それは……入ってみないと、分からない感覚なの?」
「そうかも。まあ、興味があるなら一度見に来てよ。全体的に緩いから大歓迎だし」
いっそ入ってくれてもいいくらいだ。初めて射場に行く人は、それはもう驚いてくれるから面白いし。銃声って、非日常すぎるからな。
と、そんな話をしているうちに音楽室について、先に二人が入っていく。俺も入ろうとしたが、テンがその場に立ち止まっているのが見えて俺もその場に残る。
「どうした?授業そろそろ始まるから、入った方がいいぞ?」
「聞きたい事、ないのかしら?」
「いやまあ、あるにはあるんだけどさ……」
うむ……時間的には、聞けるのは一つくらいかな。
「なあ、あの手紙って、どういう意味なんだ?」
「そのまんまの意味よ。夢と違う事、しないでよね」
これ以上の説明はないのだろうか?無いんだろうなぁ……ならまあ、仕方ないかぁ。
「まあ、そこまで言うなら、出来る限りそうしてみるけど……」
「……そ」
「ああ。何か事情はあるみたいだし、可愛い子がそこまで言うなら、俺はそうすしたいし」
「…………」
ちょっと赤くなった顔で、無言を貫くテン。意外な弱点を見つけたのかもしれないけど、でもあったその日にここまで言うのは押し過ぎたかな?
「アンタ、バカ?」
短く、しかしすごく失礼なことを言われた。しかも、ちょっと自覚があるやつ。
「あー……まあ、はい。出来る限りその通りにします、はい」
「うん、よろしく」
それだけ言い残して、テンは音楽室に入っていく。俺もその後に続いて、自分の席へ向かった。あの言い分だし、今日にでも夢で見た光景があるのだろう。
◆2010‐05‐11T??:??:?? “Dream World”
ここは……校門前、か?
どうして今ここにいるのかの記憶はないのだが、何故か意識ははっきりとしている。やけに鮮明にこの場、この時間を理解しているのに、しかし体は自由には動かない。
そんな俺がまず最初に見たのは、猫だった。校門の上で丸くなって寝ている、白い猫。とてもかわいらしい姿なのに、だれも見向きもしないで下校していく。
何故かその猫にひかれて俺は歩き……その猫が起きて校門から飛び降り、走っていったのを見てつい追ってしまう。
そして次の瞬間、俺はいきなり飛び出してきた車にはねられた。
◆2010‐05‐11T11:20:00 “Yatugiri High School 2-A Class”
とか思ってた日に、また自分が死ぬ夢を見た。昨日と同じパターンなら、その日の帰りなのかな?
なら、今日の帰りに何かあるのか……そう思って少し首を捻って後ろの様子を見ると、夢宮さんは夢じいちゃんの授業だというのに眠そうな様子もなくノートをとっていた。まじめだ。
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