駄目親父としっかり娘の珍道中
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第72話 俺の戦い、私の戦い
前書き
人には人それぞれの戦いってのがあります。それがどんな形であれ、人はその戦いに挑まなければならないのです。
そんな話だったりします。・・・多分
腹が減った―――
刀は常に飢えていた。幾ら生き血を啜ろうと、幾ら人の魂を食らおうと、この飢えは消えなかった。
時代が代わり、戦争がなくなった時代となり人と人とが戦わなくなってしまったこの時代では、この飢えを満たす事は困難であった。
その上、廃刀令とか言う政策の為に侍が刀を帯刀しなくなってしまったが為に刀を使う機会が減ってしまい、その為により一層飢餓感が増す結果となってしまった。
それもこれも、あの時、あの男のせいでこんな飢えを感じる羽目になってしまったのだ。あの男さえいなければ、以前の主から変わる事なくただひたすらに人を斬り、その血肉を貪る事が出来たであろう。
だが、全ては過ぎ去ってしまった事。今更悔やんだ所で時既に遅しである。
今、自分を使っているのは鼻炎持ちで盲目の様な浪人だ。名前は何度か口にしただろうが些細な事。いちいち気になどする気はない。
刀にとって重要な事はただ一つ。その持ち主が刀の飢えを満たしてくれるかどうかだ。
結果としては可もなく不可もないと言った所であった。この浪人はどうやら相当人を斬るのに慣れているらしく人を斬るのに一切抵抗を持っていない。その為に血肉にありつける事が出来たのは不幸中の幸いと言えた。
しかし、飢えが満たされると次第に刀は貪欲になっていく。もっと血肉が欲しくなってきたのだ。
”もっと人を斬れ! 形振り構わず斬れ! 敵も味方もこの世に存在する者は全て斬り捨てろ! でなければ、次にこの俺の飢えを満たす獲物はお前になるぞ!”
刀は次第に持ち手の手に余る代物になりだしてきた。形を変え、持ち主の体を乗っ取り、次第にその意志すら自分の物へと変貌させようとしていた。
その余りにも自分勝手な刀に現在の持ち主こと、岡田は苦悶の表情を浮かべていた。
「やれやれ、血気盛んなのは結構なんだがねぇ、もうちょっと節操ってのを弁えてくれないかねぇ? でないと、おじさんが此処の奴らに切り殺されちまうよ」
口調は何処か斜めに構えているようだが、その表情は冷や汗を流し苦痛に口元が歪んでいた。今こうして刀から伝わる激痛に必至に耐えているのだ。これに耐え切れなかったが最期、刀に自分の体は元より精神すらも乗っ取られ自分自身が刀の傀儡となってしまう。
使う側が使われる側へと落ちてしまうのだ。
苦痛に顔を歪めている岡田ではあったが、内面後悔などしていなかった。例え精神を乗っ取られようとやる事は変わらない。ただ目の前に立つ邪魔な奴をひたすら斬り続けていれば良いだけの事。
それが自分の意志でか、はたまた刀の意志でか。その違いでしかなかったのだ。
人斬りとなってから今日、まともに死ぬ事など望んではいなかったが、まさか刀に喰われるオチになるなんて、あの世に持っていけば相当自慢出来るネタになるであろうか。
それとも、あの世に行っても人を斬るだけか?
「よぉ、お苦しみの所悪いなぁ」
「あぁ、構わんよ―――」
暗がりの中で人知れず過ごしていた筈ではあったが、こいつにだけは看破されてしまったようだ。相変わらずこの男は油断ならない。
生憎目が見えない為に男の素顔は分からないが口調や肌で感じる威圧感から察するにこの男の危険性は自分以上である事は想像出来た。
今、自分はこの男、高杉晋介の元で人斬りをしている。この男の懐刀としてひたすらに人を斬り続ける。それが今の自分の望みであった。
だが、少々火遊びが過ぎてしまったようだ。背後から感じる高杉の威圧感の中には明らかに彼が不機嫌そうにしている感じがした。
「報告は聞いた。やるじゃねぇか、あの桂や銀時を手玉に取るなんてなぁ。お陰で良いデータが取れた。それだけは褒めてやるよ」
「ほぅ、てっきり折檻でもされるかと思ったが、これはこれは痛み入るねぇ」
「ま、木島の奴ぁ相当苛立ってただろうが、お前にそれを預けたのは他でもない奴だ。最初からそうなる事はある程度は予測出来た。其処は問題じゃねぇ」
「……じゃぁ、何が問題なんだい?」
「お前、大事な客人に手ぇ出したそうだな―――」
高杉の声が急に強張った物になった。どうやら彼が不機嫌なのは其処だったようだ。
あぁ、あの時のガキの事か―――
それを思い出すと、岡田はふと、自分が笑っている事に気づいた。まさか、江戸を火の海に変えようとしている狂気の男が女、それもまだ年端も行かない子供に手を出した事に怒っている。それが不思議とおかしく思えたのだ。
「おまけにそいつの髪を毟ったとか、髪は女の命だって教わらなかったのか?」
「生憎、人斬りをやってるとそう言う事とは無縁なんでねぇ。俺にゃぁそう言うデリカシーじみたのはないんだよ」
「そうかい。まぁ、今回は不問にしてやる。ただし条件付きでな」
「条件? それはどんな条件だい?」
「今回の火遊びの尻拭いをしろ。てめぇが散々江戸の町で暴れ回ったせいであちこちで騒ぎが起こってる。恐らく、此処が嗅ぎ付けられるのも時間の問題だろう」
其処まで言われた時点である程度察する事は出来た。要するに間も無くこちらに来るであろう刺客を討ち取れ、と言う事なのであろう。
それならば寧ろ願ったり適ったりと言った所だ。丁度この刀も飢えていた所だし、そいつらの血でも吸わせて落ち着かせれば一先ず安心出来るだろう。
「分かってると思うが、今回だけだ。次同じ真似したら、そしたら容赦なくてめぇを【そいつ】に喰わせる。そいつの餌になりたくなかったら火遊びは程ほどにするこった」
「ふふふ、こいつの餌か―――それも悪くねぇな。にしてもこいつぁ良い業物だねぇ。あれかぃ? かつて攘夷戦争最強と謳われた紅夜叉が用いていた二本の刀の内の一本【桜月】をベースにしただけの事ぁあるねぇ」
「ベースだ? お前、何か勘違いしてねぇか?」
「??? 違うってのかい?」
「紅桜に使われてるのは桜月の【欠片】だ。ベースになんざしたらてめぇ如き雑魚が使いこなせる筈がねぇだろうが。それとも何か? てめぇはあいつを超越したと誤解してんのか?」
「さぁねぇ、もうこの世に居ない奴とやり合えないってのは辛いねぇ。一度で良いから手合せしたかったよ。刀でもそうだが、こっちでも―――」
言い終わる前に突如として岡田の手が勝手に紅桜の刀身を引き抜いた。
頭上に刃を持ち上げると、それとほぼ同時に岡田目掛けて振り下ろされる刀身が其処にあった。
それを振り下ろしていたのは他でもない、高杉自身であった。
「ほぉ、どうやら既に刀はてめぇを食い始めているみてぇだな。その様子じゃ苦しいのも無理ねぇか。ま、同情はしねぇ、てめぇで撒いた種だ。てめぇで処理しろ」
岡田の腕に浸蝕している紅桜を見て、満足げに刀を鞘に納める高杉。だが、殺気が消えた訳ではない。彼からは未だに凄まじい程の殺気が放たれているのだ。
「それから、あいつとやり合いたかったらそいつを自在に操れるようになれ。でなけりゃあいつには勝てねぇぞ」
(こいつを自在に操るねぇ……やれやれ、こいつを使ってた紅夜叉ってのは、正しく鬼神だったのかねぇ?)
自分の腕に浸蝕し、脈打つ紅桜の鼓動を感じつつ、岡田は旋律を覚えた。
この化け物じみた性能を持っている紅桜ですら桜月の欠片を用いた程度でしかない。いわば、桜月のほんの一部でしかないのだ。
その桜月のほんの一部に四苦八苦している自分の何と小さな事か。
「くくく……そうかい、所詮俺程度の人間じゃ逆立ちしたって紅夜叉には勝てないって事かい。嫌、もしかしたらこの世には紅夜叉に勝てる人間なんざいないのかもな。良いさ、だったら俺はこの欠片に食い殺されるその日までひたすらに人を斬り続けてやるよ。斬って斬って斬りまくって、何時の日か、俺自身が桜月になってやる!」
***
港近辺では大勢の浪人達でごったがいの状態であった。あっちを見てもこっちを見ても人相の悪い浪人達がぞろぞろ居る。正に蟻の入る隙間すらなかった。しかも、どの浪人達もかなり殺気立っているのが見て取れる。
そんな場所へ「こんにちわ、良いお天気ですねぇ」などと言いながら現れればそれこそ即座に斬り捨てられるのは目に見えている。
果たしてどうした物か―――
そんな恐ろしい光景を目の当たりにしながら新八は打開策はないか悩んでいた。
負傷した銀時を抱えて万事屋に戻って来たのがつい半刻ほど前。神楽は相変わらず風邪の状態が酷い為戦力としては期待出来そうにない。今、此処に居る自分ひとりでどうにかしなければならないのだ。
だが、一体どうすれば良い。まさかあんな大量の浪人の居る中を突っ切って行くとか? 嫌、それは余りにも無謀過ぎる。
第一、そんな事銀時か神楽でもない限り出来ない芸当だ。自分が同じような事をすれば即座に周りを取り囲まれて即ジ・エンドになるのがオチだった。
一体どうすれば良いだろうか?
打開策を練る為に再度大勢の浪人達のごったがいする港近辺を見た。
相変わらず、あちこちを大勢の浪人、浪人、浪人、定春、浪人、浪人、エリザベス、浪人、浪人―――
「……あれ?」
おかしい、浪人しか居ない筈の場所に何か不似合な物が幾つか見えた気がしたが―――
もしかしてメガネでも曇ったとか? 一旦メガネを外して綺麗に吹き、念の為目もしっかり擦って再度メガネを掛けてもう一度見てみる。
其処には、歩き回っている浪人達の中に極自然に混ざっている定春とエリザベスの姿があった。
しかも、定春の背中の上でへばりつくかの様にくっついている神楽の姿もしっかり映っている。
それだけでも驚きだと言うのに、なんと周りの浪人達が全くそれに気づいていないのだ。と、言うよりこいつらそれを見て見ぬ振りしてるんじゃないのか?
顔面蒼白になりそうな面持ちで新八はその光景を目の当たりにしていた。
まぁ、流石に巨大な犬や謎の生物が往来をうろうろしていたら流石に目につく。始めこそ気にしなかった浪人達であったが、徐々にそれに不自然さに気づき視線を合わせ始める。
「なぁ、家にこんな奴ら居たか?」
「い、居たかなぁ? 俺だって全員把握してないから何とも―――」
徐々にあちこちでざわつき始める。これって不味くない? かなり不味くない?
側から見ている新八は正しく胆を握られてグニグニされている感じであった。
このままでは不味い。このままだとあの二人と一匹は間違いなく斬り殺されてしまう。
そんな凄惨な未来が見えてしまったのだ。
そんな矢先の事であった。突如エリザベスが【何だよ。俺の顔を忘れちまったのか? 昨日一緒にUNOやってたじゃねぇか!】と書かれた板を取り出したのだ。
それを見た浪人達が皆納得したかの様に手を叩く。
「あぁ、やったやった! 確かに居たよこいつら。昨日一緒にUNOやったから俺知ってるし!」
「あぁ、あの時か、こいつらめっちゃ強くて結局俺達オケラにされちまったんだっけなぁ」
口ぐちに納得の声を挙げだす浪人達。え? 何それ、何でそうなるの?
全く状況が理解出来ていない新八は疑心暗鬼に陥っていた。最早どうツッコミを入れれば良いのか分からない程になっていたのだ。
「あ~、気持ち悪いアルゥ、おいお前ら、ちょいと近くの薬局行ってバフ○リン買って来いや。5分でな」
「嫌、無理だって! 第一近くに薬局なんてないし、それって明らかに風邪だろ? だったら帰って寝てた方が良いってマジで!」
「バッキャロウ! こんな時に寝てられっかヨォ! 私が居なかったらどうすんだよゴラァ!」
【そうだそうだ! 分かったらさっさと薬局行ってバフ○リン1ダース買って来いボケ共!】と書かれた板を取り出すエリザベス。
「嫌、何で1ダース!? そんなに要らないだろ?たかが風邪でさぁ!」
「つべこべ言ってねぇでさっさと行って来いってんだろうが! その間此処は私らが見といてやるからさっさと行くネ!」
「わ、分かったよ! お前ら行くぞ!」
そう言った応対が行われていた後で、神楽とエリザベスの命を受けてか、その場に居た殆どの浪人達がこぞって薬局目指して走り去ってしまったのだ。
ここの守りと言う大事な役目をほっぽり出して―――
「………な、何で―――」
余りにも信じられない光景に唖然となる新八。そんな新八の存在など気にも留めず、神楽とエリザベスは目の前にそびえる巨大な偽装船を見入る。
「さて、んじゃ行くネ!」
【闇討ち上等じゃぁ!】と書かれた板を取り出すエリザベス。二人ともやる気は十分だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!」
「あれ、新八? 何時から其処に居たアルか」
「さっきからずっと後ろに居たよ! ってか二人ともさぁ―――」
聞きたい事は山ほどある。だが、それに対して時間はあまりにも少ない。とりあえず一番聞きたい事だけを吟味して聞く事にした新八は、軽く深呼吸して気を落ち着かせてから口を開いた。
「何時UNOやってたの!?」
とりあえず新八が知りたかったのはそれであった。そんな新八の素朴な疑問に対し神楽は答えた。
真剣な新八に対して余りにもどうでも良いと言った感じで。
「知らネ」
***
さっきから白夜が疼いている。銀時の手からそう感じ取れた。今、銀時は鉄子の運転するバイクの後ろにしがみつく形で道を走っている。
「すまない、銀時。本当は私が兄者を止めるべきなんだろうけど、もう私じゃどうにも出来ない。だから、もうお前に頼むしか―――」
「だから何度も言ってんだろうが! もうその話は良いってさぁ。それに、俺が行くのは何もてめぇの兄ちゃんを止めるだけじゃねぇ。こいつの相方の暴走を止める為なんだよ」
「白夜の?」
「あぁ、桜月を壊せるのは白夜しかねぇ。それに、桜月をぶっ壊さねぇと寝覚めが悪いんだよ」
形は違えど紅桜は何らかの形で桜月と関わっている。そして、鉄子が向かう先にきっと桜月がある。その証拠に白夜が反応しているのが分かる。
さっきから鞘に納めた刀身が震えているのが感じられるのだ。まるで、桜月と戦う事こそが自分の宿命とでも言いたげにだ。
「だが銀時。あの紅桜相手に勝算はあるのか?」
「あぁ、そんなもんねぇよ。何時も通りに無計画で行くだけだ」
「って、そんなんで本当に大丈夫なのか?」
「っせぇなぁ、良いんだよ。俺ぁ何時だって無計画だからよぉ」
「心配になってきた」
最初に会った時から薄々感じたのだが、この坂田銀時と言う男、想像以上にいい加減な性格をしている。それでも此処まで生きて来れたのは銀時の実力に所以するのだろう。
だが、今回は相手が悪すぎる。何しろ人間を超越した化け物が相手なのだから。
最強の刀を作ろうとして兄が手を伸ばした物。攘夷戦争時にて最強と謳われた剣豪、紅夜叉が用いていた桜月。
ある人は桜月を常勝の刀と呼ぶだろう。だが、その本性は持ち主を殺人鬼に変えて無差別に人を殺しその血肉を貪る魔性の刀。
その桜月を止められるのは、今銀時が持っている白夜しかない。
白夜でしか、桜月を破壊する事は出来ないのだ。だが、仮にもし紅桜を破壊出来たとして、その後はどうする。
狂気の道へと走ってしまった兄を止める事は出来るのか?
刀を作る事だけに没頭し、遂には魔性の刀を作ってしまったあの兄を、止める事が出来るのか?
鉄子の胸の内に徐々にドス黒い何かが大きくなっていくのを感じた。
きっと、兄鉄矢もこんな感情を抱いていたのだろう。そう思えてきた。
「銀時……」
「何だよ?」
「兄者を……私は、兄者を止められるだろうか?」
「……知るかよ、そんな事」
「!!!」
答えに迷走し、銀時に尋ねたが答えは予想外な物であった。
「馬鹿兄貴を止めんのはてめぇの仕事だろうが。うだうだ悩んでる暇があんなら馬鹿兄貴の横っ面でも殴っておけ。あの野郎にゃぶん殴られた借りがあるからな。てめぇがやらねぇんなら代わりに俺がぶん殴ってやるよ」
「嫌、その役目は私がやる。例え人の道を外したとしても、私にとってはたった一人の兄者なんだ。だから、私が兄者を止める」
「そうかい……ん?」
ふと、銀時は何かを見つけた。海上を数隻の飛行船が飛行しているのを目撃したのだ。
形から見て武装が施された船が四隻。
それらが港に向かいゆっくりと高度を落としているのが見えた。
「ちっ! ヅラの奴、幾らなんでも派手にやり過ぎなんじゃねぇのか?」
「急ごう、もし兄者が飛行船に乗っているのだとしたらそれが飛び立つ前に取りつかないと―――」
鉄子がアクセルを強く握り、スピードを上げた。上空を飛行している飛行船が攻撃してきたとして、仮にもし紅桜や村田鉄也が飛行船の中に居たとしたら、それらが飛び立つ前に取りつかなければ打つ手がなくなってしまう。
それだけは絶対に避けねばならなかった。この機会を逃せば、全てが手遅れになってしまうのだから―――
つづく
後書き
次回から紅桜編もようやくクライマックスへと突入します。果たして、江戸は一体どうなってしまうのか? そして、このお話のオチは一体どう閉めればいいのか!?
そんな事を常に考えていたりしています。
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