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山下将軍の死

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2部分:第二章


第二章

「調印する。いいな」
「は、はい」
「わかりました」
 彼は無念を押し殺して今調印した。これで終わりかと思われたがそうではなかった。何と彼はすぐにその身柄を拘束され裁判にかけられることになったのだ。
「馬鹿な、裁判だと!?」
「閣下が何をされたのだ!」
 部下の多くも裁判にかけられることになった。しかし彼等は自らのことは置いておいて何故山下が裁判にかけられるのかと抗議するのだった。
「理由を言え!」
「何故だ!」
「御前達は敗れた」
 連合軍の将校の一人が冷然と言い放った。
「だからだ。こうして裁かれるのだ」
「敗れたからだというのか」
「その通りだ。理由は何とでも言える」
 その裁判の性質を何よりもはっきりと言った言葉だった。
「わかったらさっさと死ね。いいな」
「うう、閣下が何故だ」
「何故閣下が死ななければならない」
 日本軍にとっては誰もが納得のいかないことであった。こう呻きざるを得なかった。
「確かに敵将パーシバルは捕らえた」
「だが将官として扱った」
 このことには絶対の自信があった。事実だからだ。
「誰が裁判にかけたというのだ?」
「それに閣下が何か罪を犯されたというのか」
 確かに理由は多く挙げられていた。しかしその全てがどう見てもただのこじづけであった。彼等の誰が見てもそうでしかないものだった。
 しかし彼は処刑される。これはもう決まっていることだった。このことに誰もが抗議の声を挙げざるを得なかった。山下の下にいたならば。
「この世に正義はないのか」
「これが天命だというのか」
「そうなのだろうな」
 ここで彼等のその嘆きの言葉に頷いた者がいた。
「これがな。そうなのだろうな」
 頷いたのは他でもなかった。その山下本人であった。
 彼は言った。全てを達観したような落ち着いた声で。
「つまりはわしの首が欲しいのだ」
「では最早戦は終わりました」
「それで何故」
「勝った者は何とでも言える」
 山下はそうするつもりはなかった。しかし彼等はそうではなかった、それだけなのだ。
「何とでもな」
「では閣下はこのまま」
「受けられるというのですか」
「この首一つで決まるのならそれでいい」
 やはり全てを達観した言葉であった。
「それでな」
「ですが閣下」
「その処刑ですが」
 部下達は無念に満ちた声でまた彼に言うのだった。監獄の中で僅かに許されたその会える時間の中で。今にも男泣きしそうな声で言うのだった。
「自害ならともかく」
「銃殺ですらなく」
 軍人への処刑は銃殺とされていたのである。そして帝国陸軍の軍人ならば自害、即ち切腹が軍人に相応しいと考えられていた。そういったものは全て無視されたのだ。
「絞首刑です」
「これではあまりにも」
「いいのだ」 
 しかし山下はこう言うのだった。
「もういい。それはな」
「これではリンチです」
「これが奴等のやり方なのですか?」
「奴等の正義だと」
「そうなのだろうな」
 山下の言葉は彼等の血を吐くような言葉を耳にしても変わらなかった。
「それが連合軍の正義なのだ」
「大将ともあろう方をリンチにするとは」
「しかもです、閣下はです」
「そうです」
 彼等の言葉は続く。言葉には血と涙が入っていた。
「正々堂々と戦われた。それだけです」
「それでこのようなことを」
「だからよいのだ」
 やはり山下の言葉は変わらない。
 
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