魔法少女リリカルなのは平凡な日常を望む転生者 STS編
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第68話 限界を超えて………
俺とクレインの戦いは優雅さや華やかさの様なものは一切なく、泥臭い戦いへとなってしまった。
「はあああああ!!」
先程からクレインの剣筋が変わっていた。がむしゃらに振るっていた剣が徐々に攻め方が変わってきていた。
(学習しているのか!?)
クレインの執念からか、それとも自身の頭脳で俺の動きを戦いながら覚えているのか、それとも俺自身が本調子からほど遠い影響からか読まれているのか。………とにかくクレインは徐々に俺の動きに慣れてきていた。
「どうしてここまでして………!!」
「君には分からないさ。私はこうしなければ進めないのだ!!こうする事しか知らないのだ!!」
流石にずっと受け止め続けるのも限界だった。どこまで動けるか分からない。それでも自身の限界を超えるつもりで俺はバックステップでクレインの攻撃を避けた。
「ぐぅ………!?」
ただ後ろにジャンプしただけなのに全身が軋むのが分かった。それでも倒れるわけにはいかない。
「だけど!!クレイン自身にも変わるチャンスはいくらでもあったはずだ!!」
「だが掴んだチャンスももう遅かった!!………凝り固まった自身に新たな世界に踏み出そうとする気持ちなど湧かなかった。………あったのは無限に湧き出る自身の欲望!!だからこそ私は変わったジェイル・スカリエッティの様にはならず、奴を超える結果を見せようと思った!!!」
そんな俺に対してクレインもすかさず追撃に出てくるような事は無かった。叫ぶ言葉に間があり、クレインも辛いのがよく分かる。
「ホムラの言う通り悲しい奴だ、その結果何も得られる事が無いのを分かっているくせに………」
「何も得られない?私の欲望が満たされるのだ!!それの何処が何も満たされないと思う!!」
「そのお前の態度だよ!!何でそんなに苦しそうに叫ぶんだ!!それは疲労だけじゃないだろ!!」
「苦しい事を乗り越えた先に私が望む物がある!!………それを得られれば苦しみなど直ぐに消え去るだろう!!」
「それが本当にお前が欲しかった物なのか!!」
「それこそが私の存在意義だ!!」
そう言いきって上から双剣を振り下ろした。
言葉を交わしてクレインが変わるとは思っていない。だけどクレインと話してクレインの人生が不憫だと感じた自分が居た。
本人にとっては余計なお世話かもしれないけど、もし自分の本当の気持ちを認められれば無駄な戦いを治められるかもしれないと思った。
………やはり甘かった。
「はあああ!!」
クレインの双剣を受け止め、そのまま無理矢理押し返した。
「くっ、まだそんな力が………」
「お前に譲れない物があるように俺にも譲れない物があるんだ………」
「それが他人の世界を守る事かい?何故そこまで他人の為に戦う?今私を倒してももう逃げ切れる体力もゆりかごの破壊に巻き込まれてなお生存する確率も無いと言うのに………」
「お前が操り人形のだったように俺も絶望の淵に居た時があった。この世界で初めて家族と呼べる相棒を得て、その人を無くし、自暴自棄になった俺は自分を気にせず戦いに明け暮れた。寂しかった、この世界で俺は1人で誰も居ないと思った。そんな俺を助けてくれたのが星達3人だ。………俺は星達が生きるこの世界を、そして俺が生きていた大好きな世界を護りたい。例え、俺が死んだとしても悔いは無い」
『零治………』
エリスが悲しそうな声で呟く。
そう、この世界で俺は前世以上に様々な経験をした。その中で一番の宝が大事な人達と、そして愛する人達と出会えた事だ。
………俺はもう大事な人を失いたくない。
「それこそ理解出来ない。自分自身が居なければ意味など無いじゃないか………」
「俺は逆にお前に聞きたい。お前はゆりかごを使って世界を破壊して1人になって何をしたい?」
「何も考えてなどいない。先ずは目の前の実験をやり遂げてスカリエッティを超える事が目的だ」
「ゆりかごのエンジェルソングが再び起動すればスカさんですら退化するのにか?」
「ああ。情けなく変わっていく顔を見て、私は勝利を確信するだろう」
「確信した後どうなる。結局お前の進む道の先には1人と言う孤独だけだ」
「孤独の何が悪い?1人でいれば何も言われず、邪魔をされず、自由だ!!」
「違う、違うぞクレイン………人は1人では生きられない」
「それは弱者のセリフだ」
「違う、人はそうなんだ!!俺は孤独になってその大切さを実感した。孤独は心が荒んでいく。それは決して自分自身の為にならない!!」
「私はずっと1人で生きてきた。そう感じた事は一度も無い!!」
『じゃあ何故貴女は戦闘機人を造ったの?』
不意に俺とクレインの会話にホムラが割り込んできた。
「それは当然ジェイル・スカリエッティが造ったからだ。スカリエッティの戦闘機人を超えるようにと造ったが、どれも満足いく結果にはならなかった………最後に残ったイクトも感情に流され裏切る始末。………やはり無駄な感情など邪魔だった」
『本当にそう思ってるの?』
「ああ」
『じゃあ何故感情を残したままなの?』
確かに人の感情を理解できないクレインがイクトの様な近くにいる戦闘機人をずっと感情を残したままでいたのはおかしい。
「イクトの場合は実験だよ。感情があるのと無いのでは何処まで違いが表れるのか調べたかっただけだ」
『本当にそうかしら?』
「………何が言いたい?」
『貴方はイクトと一緒にいる時間が心地よかったんじゃないのかしら?だからこそ裏切られる直前まで切り捨てられなかった』
「そんな事は無い」
『寂しかったんじゃないの本当は?羨ましかったんじゃないのスカリエッティの事が。彼は娘達に囲まれて幸せそうに生活している姿を見て………』
「黙れ!!」
これ以上ホムラに話させまいと俺に向かって斬りかかって来た。
「私はスカリエッティとは違う!!決して彼を羨ましいなどと思った事は一度も無い!!」
『感情的になる辺りが怪しいけどね………』
「デバイス如きに何が分かる!!」
『デバイスじゃなくたって貴方の心の内なんて簡単に読み取れるわよ』
ホムラはクレインを立て続けに責め立てるが、それに怒りをぶつけてくるのは俺に対してであり、その全てを俺に向けてぶつけてくる。
………正直言って辛い。
「………っとそんな事考えている場合じゃないな………!!」
クレインの攻撃を寸前で身体を逸らし、回避する。
不思議な事に身体は相変わらず動かしづらいのだが、それを補う様にいつも以上に相手の動きが良く見える様になった。
(相手が素人だからか………?)
そう考えられたが、今の俺の状態で相手の力量は関係無いと思う。
(もしかして補っているのか?)
御神流の鍛錬の内に得たこの目。魔力で自身を強化しなければ使えない神速とは違い、たまたま得た物だが、今になってかなり役に立っていた。
「くっ!?何故いきなり………!!」
自分の攻撃が当たらなくなり始めてクレインも相当苛立っていた。
「何をした有栖零治!!」
「何もしてないさ………身体が動かなくても経験で相手の動きが読めるんだよ」
そう言って攻撃に移りたい所だが、あまり無闇に攻撃して限界を迎えるのは避けたい。ボロボロだろうとまだ体力に余裕のあるクレインの方が分がある。
「この!!」
がむしゃらに双剣を連続で振るうが、必要最低限の動きで攻撃を避ける。
「何故当たらん!!」
(このまま頭に血が上った状態だったら………!!)
チャンスだった。クレインは完全に頭に血が上っていて、力任せな戦いを続けている。
何だかんだ俺の言葉やホムラの言葉が響いたのかもしれない。
「当たれ、当たれ!!」
必死に攻撃を続けるが俺にはかすりもしなかった。
「これなら………どうだ!!」
双剣を俺に向け、そのまま突こうとしてきた。
(恐らく突いて、避けたら横になぎ払いか………)
最小限にしか避けないことに気がついたのだろう。
しかし………
「容易に対応できる」
俺はクレインの突きを刀と鞘で受け止めた。
「くっ………」
やはり左右に動いたところで斬り払うつもりだったのだろう。動かなければ突きさえ耐えることが出来れば問題ない。
「今度はこっちから行かせてもらう!!」
連撃を防がれたクレインの隙を突き、腹に鞘を突き刺した。
「がふっ!?」
鳩尾に衝撃を受け、クレインは後ずさった。
「まだまだ!!」
そのまま刀を振り下ろし、クレインに追撃を掛ける。
クレインも悶えながらも頭上に剣を重ね、防御したが、明らかに弱々しい。
「くっ!!」
無防備の脇腹を蹴り飛ばす。俺自身何度も攻撃が出来るわけでは無い。クレインも守る鎧は無くし、一撃でも与えられれば致命傷を与えられる事も可能なはずだ。
「はああ!!」
倒れたクレインに今度こそはと、刀を突き下ろした。
「!?」
クレインは転がるようにして刀から逃げる。
だがそれは予想通りの動きだ。
「これで………!?」
そのまま技で斬りかかろうとした瞬間、激痛が走った。
「あが………!?」
まだ身体は動くが、今の動きに身体が悲鳴を上げた様だ。
「………ふぅ、危なかった」
そのせいで、仕留められそうだったクレインを倒し損ねてしまった。
「だけど、今ので私を倒せなかった事を後悔する羽目になるよ」
そう言うとクレインは全身を魔力で覆い、魔力の鎧を自身に纏わせた。
「なっ………!?」
「この部屋の魔力は完全に無くなってはいなかったのさ。僅かに残った魔力と自分の魔力をかき集め、
やっと鎧へと展開出来た。………今の君にこの鎧を破壊出来るかな?」
技を出そうとした瞬間、激痛が走った今の身体で、技無しであの魔力の鎧を打ち破る方法は今の俺には無い。
(万事休すか………いや、いくら鎧だとしても必ず継ぎ目の様な弱い部分がある。そこを突けば………)
しかし当然クレインもそれは予想しているだろう。
「さて、どうするかな………?」
自分を守る鎧が出来た事で頭も冷めた様で、冷静さを取り戻していた。ますます不利な条件が俺に突きつけられる。
『零治………』
「俺は諦めないよエリス。絶対にクレインを止めて見せる………」
そう。諦めるつもりは無い。
「来ないならこっちから行くよ有栖零治!!」
攻撃に来ない俺に代わり、クレインの方から俺に向かって来た。
「っ!!」
「あれ?何か声が聞こえるね」
ヴィータと合流した後、違う道を進んでいた星達だが、ライがその先から聞こえてくる声に気が付いた。
「私はまだ………いえ、聞こえてきました。この声は………」
「………懐かしい会話だが、場所を弁えて欲しいのだが」
騒がしくギャーギャー聞こえる声に星と夜美は苦笑いしながら呟く。
「この声は高町なのはにバルト・ベルバイン。それに………」
「あっ!!バルト前々!!」
優理が名前を呟く前に、呟こうとした本人が大きな声でその先を指さした。
「痛っ!?頭をぺしぺし叩くな!!」
「それと人を指さしたら駄目だよヴィヴィオ」
「は~い………」
「そちらも無事ヴィヴィオを救出出来たんですね」
いつもの家族の会話をする3人を見て、ホッとしながら話しかける星。
「お前等は………零治はどうなったんだ………?」
この場に居ない零治の姿を見て、バルトが重々しく問いかけた。
「レイなら助け出しました」
「本当か!?」
「うん。だけど助けた後強制的に転移させられちゃって………」
「そうか………」
「聞くまでもないだろうがレイを見ていないか?」
「ううん、見てないよ」
ヴィヴィオの答えを聞き、期待していないとは言え皆の顔が少し沈んだ。
「………イクトさん、クレインの場所は分からないんですか?」
「すみません、分からないです。恐らく私を裏切ると考えていたドクターが居場所を教えていたとは思えません」
なのはの問いに申し訳なさそうにイクトが答えた。
「何故彼女がバルトさん達と………?」
「まあ色々あったんだが、取り敢えずクレインはこいつを見捨てたから協力をお願いしたんだ」
「信用出来るのか?」
夜美はイクトを睨みながらそう聞いた。当然、有栖家のメンバーは警戒を解ていない。
「ああ、大丈夫だ。本当………後々が面倒な位な………」
後半の言葉の意味はよく分からなかったが、なのはもヴィヴィオを頷くのを見て、有栖家の面々をやっと警戒を解いた。
「でも本当に嘘ついてないよね………?」
「ええ」
「ライ、今のコイツは嘘はつかねえから安心しろ。………と言っても本当は知っていた方が良かったかもな」
「すみません………」
「い、いいえ!!そんなに深く頭を下げなくても大丈夫ですよ!!」
深々と頭を下げて謝るイクトに慌てて星がなだめる。
「しかしどうする?この道も違うとなれば何処かクレインの場所に続く道はないのか?」
「何処か……か」
「バルトさん?」
バルトの物言いになのはが不思議そうに話しかけた。
「何か気になることがあるんですか?」
「ああ。もしかしてクレインは通路の無い隔離された部屋にいるんじゃないかってな」
「えっ、それってどう言う………」
「要するにいくら歩いて探しても見つからないと言う事か?」
優理の問いに夜美が推測を述べた。
「確かにドクターなら有り得そうですね………」
そんなイクトの言葉に皆の空気が暗くなる。
そんな中、バルトが再び口を開いた。
「………そんなに暗くならなくてもアイツは帰ってくる。アイツが2回も続けて家族を泣かすような事は死んでもしないだろう。だからお前達はアイツが帰ってくる場所に居てやらなくちゃならない。アイツが帰っても迎えてくれる家族がいなきゃダメだろ」
「でもレイだけじゃ無く僕達もレイと一緒に………」
「男なら好きな女の前じゃ格好つけたくなるもんだ。男を上げる時はそれを見てやるのも良い女の条件だと思うぞ?」
「好きな女ねぇ~」
そうニヤニヤしながら耳元で呟くヴィヴィオ。なのはに至っては恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
「と、とにかく!!奴は心配を掛けたが、2度も同じ事はしない筈だ!!だから心配せずに先ずは自分達の事を考えるべきだ!!」
少々自棄になりながら話を終えるバルト。
「もう時間も少ないです、確かに何処に居るのか分からない有栖零治を探すよりも出口に急いだ方が良いと思います。どっちの結果になってもゆりかご内に居るのは危険ですから………」
その言葉に渋々頷く有栖家の面々。
(確かに夜美の背中にいるヴィータを連れて闇雲に探しても見つかりっこ無い。………歯痒いですね、また私達はレイに頼ってしまう………)
悔しそうな顔でそう思う星。
「星、今はレイを信じよう………」
「今度はちゃんと帰ってくるよ………」
「私も悔しいけど………」
「夜美、ライ、優理………そうですね、今は私達の出来る事をしましょう………」
懸命に笑顔を作り、声を掛けてくれた3人に声を掛けた。
「………それじゃあ行くぞ」
星達とバルト達はイクトの誘導の元、ゆりかご内を進むのだった………
「がはっ!?」
『『零治!!』』
ホムラとエリスの叫ぶ声が聞こえた。
クレインの剣が俺の左腕を斬りつけた。更に動きが更に鈍くなった俺に容赦なく刃が襲う。
「ほらほら!!もっと動かないと死ぬよ有栖零治!!」
「くっ、この!!」
反撃に刀を振るったがクレインに軽々と弾かれてしまった。
「………何だいその弱々しい剣は!!」
「がっ!?」
鳩尾を蹴られ、倒された。
「ぐぅ………」
「愚かだね………君は私に勝てるチャンスは多々あった。例えばデバイスの非殺傷設定。あれさえなければ私は君の連撃を受けた時点で私は死んでいただろう」
「だがそれじゃあ………がああああああ!!!」
斬りつけられら左腕を踏みつけられ悲鳴を上げてしまった。
「ゆりかごの事が分からないかい?それでもやりようはいくらでもあったんだよ。何故ならこの部屋こそゆりかごの中枢へと繋がっていたのだから」
『えっ!?』
『それは本当なの!?」
エリスとホムラが驚いているが、俺にはそんな余裕は無かった。
「本当に重要な場所は身近に置くものだよ」
「ああああああ!!」
「おっと」
叫び声を上げながらクレインの足めがけて刀を突いたが軽々と逃げられてしまった。
「君の甘さだね。人を殺めるのは初めてじゃあないだろう?」
「っ!?だが、それじゃあ………!!」
「例え私を倒して聞き出そうとして私が話すと本気で思ったのかい?」
その問いに俺は何も返す言葉は無かった。確かにクレインを倒したとしても話すとは思えない。
「君は大事な人を守ると言って結局自分自身を大事にしてきた。その結果が今、どちらも失おうとしている。………実に滑稽だね」
「くっ………!!」
悔しいがクレインの言う通りだ。俺は結局家族を守ると覚悟を決め、自分自身も犠牲にするつもりだったが、結局無意識に自分自身を守っていたのだ。
星達に救われてから俺は自身を汚す仕事を止め、平凡な生活を過ごしてきた。それでもバルトマンにも勝ち、その他の敵にも負けずにやって来れた。
(覚悟が………足らなかった!!)
ホムラに言われた時に、理由を付けて断ったが、結局人を殺した感触を味わいたくないだけなのかもしれない。………しれないと疑問形なのも、無意識にそう思っていたからだろう。
(俺は………)
『それは違うわ!!』
後悔の中に自分が居る中、エリスがハッキリとクレインに叫んだ。
「何が違うと………?」
『零治を滑稽と言ったけど、誰かを守るのに自分を犠牲にするやり方じゃ結局誰も救われない。零治のやり方は決して間違っていないわ!!』
「だが、自分を大事にした結果、彼は今敗北し、全てが終わりを迎えようとしているんだよ?」
『あなたこそ勘違いしてるわ。自分を大事に出来ない人が他者を守る事なんて出来るわけないじゃない!!それにまだ零治は負けてない!!!』
「!!!」
その言葉に衝撃を受けた。
エリスの言う通りだ、誰かを守るには自分を犠牲にしたところで結局守ろうとした誰かを悲しませる事になる。
それを俺は星達に直接言われていた筈だ。
(俺は自分自身を犠牲にしても勝とうとした時点で負けていたのかもしれないな………)
例え、0.001%でも諦めない。それこそが勝つための心構えだったのかもしれない。
「ほう………こんなボロボロでフラフラの彼に勝機があると………?」
『当たり前じゃない!!こんなピンチ、昔からいくらでも乗り越えてきたのよ!!』
そうだ、俺はこの世界に来てから、先輩に会ってから、先輩が死んでから、バルトマンとの戦いと様々な苦難にも打ち勝ってきた。
それも全て、守りたい人達が居て、そしてその人達と過ごす、平凡だけど楽しい毎日を守りたかったから勝ってきたんだ。
『それにね………』
身体が動かない?だからどうした………!!
「………ん?」
立ち上がろうとした俺にクレインが気が付いた。
「まだ動くきかい!!」
そんな俺に剣を突き刺そうとする。
キィン!!
「!?」
先ほどはクレインに弾かれてしまうほど弱かった刀がクレインの剣を弾いた。
「なっ………!!」
驚愕で口をだらしなく開けているクレインの顔に俺は思わず笑みがこぼれた。
『有栖零治はね………家族の為ならどんな相手にも負けないの!!!』
そう、俺は家族の為ならどんな相手だろうと、決して負けない!!!!
「何をバカな事を!!!!」
回転して、その勢いと共に俺に斬りかかってくるクレイン。
「!?」
左腕を上げようとしたが、先ほど斬られ、更に踏まれた事で腕が上がらない。
「右腕だけでこの攻撃を防げるかい!?」
そう問いかけるクレインだが、今の俺に焦りは無かった。
「遅いよ」
回転しながら斬りかかるクレインだが、その一手目を抑えれば二手目の軌道は読みやすい。
「くっ………!!」
右回転で斬りかかって来たクレインの最初の一手目、左腕の剣を受け止めた。
「だがこれで………!!」
二手目で右腕の剣で斬りかかるクレイン。横なぎに斬りかかって来る。
だが、人は同時に何かをするのは苦手な方だ。訓練すればそれも可能だろうが、戦闘の浅いクレインの場合。
「左の剣の力が弱まってるぞ」
「なっ!?」
俺はそのまま左腕の剣を力任せに押した。
体勢を崩したクレインは右腕の攻撃が止まり、地面に尻もちをついた。
「な、何故………」
「人の身体はどうしても左右両方に力を入れるのは難しい。どうしてもどちらかを意識してしまうからだ。訓練した人だったらそれも可能だろうが、経験の浅いお前は………」
「ち、違う!!何故先ほどまで立つのもままならない人間がどうしてそこまで動ける!!」
「うん?そうだな………俺にもよく分からん。だけどエリスの言葉を聞いて、自然と体に熱が湧き上がってきたんだ」
「ね、熱だと………!?」
「そうなってきたら痛みも和らいできたんだ。………人間の身体って本当に不思議だ」
「そ、そんな馬鹿な事!!」
「それともう一つ………漫画で読んだ事だけど、多分この現象を『精神が肉体を凌駕した』って事なんじゃねえかな」
「精神が肉体を凌駕した………?」
「ああ」
と答えたが、本当にそうなのか何て分からない。だけどエリスの言葉が俺の中に熱を与えてくれた。
俺の精神を震え上げさせる言葉を言ってくれた。
「ありがとうエリス。俺はまた、お前に救われた」
『………いいえ零治、貴方のその想いがまた貴方を立ち上がらせたの』
「それでもありがとう。お前が傍に居てくれて本当に良かった………」
もう何度目か分からない、最高の相棒にお礼を言い、再びクレインに対峙する。
「さてとクレイン………」
「くっ………!!」
動き出す俺にクレインもい双剣を構え、対峙する。先ほどの怯えも無く、狂った顔の科学者が歴戦を経験した戦士の様に見えた。
「………お前、今の自分の姿が分かるか?」
「何をいきなり………」
「今のお前、狂ったマッドサイエンティストではなく、歴戦の戦士みたいに見えるぞ?お前にもそう言う選択肢が本当はいくらでもあったんじゃないか?」
「またその話か!!私はこうするしかなかったと言ったはずだ!!そしてそれに対して後悔は無い!!」
そう言いながらクレインが向かって来た。
「それはお前が広い世界に目を向けなかったからだ!!無限の欲望と言いながらその欲望は小さい視野でしか物事を見ていなかった。今の戦いでもそう、平凡な日常にだって様々なお前が体験しなければ味わえない事がたくさんあった!!」
精神が肉体を凌駕したとしてもまだ左腕は動きそうになかった。それでもクレインの剣を受け止め、流し、攻撃を躱す。
「そんなくだらない事を………」
「そのくだらない事に魅入られたのがジェイル・スカリエッティだ!!だからこそ彼はより人間らしく、過去の自分の蛹から脱皮したんだ」
「脱皮だと………?」
「そう!言うなれば今のお前は成長が止まった蛹だ!!最後の外に飛び出すのを諦めて、今の自分を正当化している!!」
双剣を流し、体勢が崩れた所を狙い、右手を狙い、剣を手から落そうとしたが、狙いがバレたのか、身体を回転させて俺の攻撃からクレインは逃れた。
「例えそうだとしても今更どうなる!!ゆりかごは起動し、互いの目的の為に戦いあっている!!君こんな話をして何がしたい!!」
「クレインにも見て欲しい。この世界がどれほど素晴らしいのかを」
「なっ!?」
そんな俺の答えにクレインは心の底から驚いているようだった。
「何をバカな………」
「それから世界に絶望したっていいだろ?お前は要するに無知なんだ。まだ何も知らない」
「それは無い。私には豊富な知識がある!!」
「だがそれは知識ってだけで、実際に目で見て感じていないだろ?それこそが大事なんだ!!」
「戯言を………!!」
やはりクレインは聞く耳を持ってはくれなかった。
「私の今の全ては今ここにあるのだ!!そしてそれは間もなく成就される!!何を言われようともそれを曲げるつもりはない!!!」
「そうか………だったら………」
そう呟きながら刀を鞘に納める。左腕は………動く!!
「お前の全てを断ち切る………そして勇気を持って踏み出せクレイン。新しい世界に不安は多いだろうが、絶対にスカさんの様に新たな自分を見つけられる」
「そんな事は決してない!!何故なら私が君に勝つのだからな!!」
クレインは勝ちを確信したかのように笑みを浮かべ、叫んだ。
「!?」
何か嫌な予感を感じ足元を見てみた。すると既に足元から魔力の槍が頭を覗かせていた。
(クレインやはり………!!)
戦う前に言っていた事は嘘だったようだ。今まで使っていなかったのを考えて確かにもう使い切る直前まで使っていたのかもしれない。だが、いざと言う時の為にちゃんと残していたのだ。
もう既に転移でも避けることが出来ないだろう。
コンマ数秒で俺を貫こうとする槍に俺の転移は間に合わない。
『零治!!』
遅く流れる時間の中、エリスの叫び声が耳に入った。
(ん?遅く………?)
遅く流れる時間に違和感を感じ、確認してみると、確かに俺を狙っていた槍は俺を突き刺そうと伸びてきていた。ただしそのスピードは遅く、難なく避けれる程のスピードだった。
(いや、違う!!)
この感覚に覚えがある。懸命に修行をし、未完成ながら魔力を使い、無理矢理強化した状態で使う、言わば劣化版神速と同じ感覚。
(だけど………)
俺は自分自身を魔力強化していなければ使えないし、神速を使う事すら頭に無かった。
(よく分からないがとにかく今は!!)
槍が向かってくる今の場所からずれる。これで槍に当たる心配も無いだろう。
「ん!?何故だ!!」
それと同時に神速状態が終わる。それによる負荷も今の状態の俺には感じない様だ。
(だからと言ってまた同じように神速を使うのは無理そうだな………)
死に向かう瞬間、反射的に身体が動いたのかもしれない。何にせよ命拾いした。
「どうして!!タイミングも完璧だったはず………何故、何故だ!!」
よほど信じられなかったのだろうか、そのうろたえ方は異常だった。
「神速だよ」
「神速だと!?今の君の状態で使える訳が無い!!」
「そうだな、俺自身もそう思ってたけど、死ぬと感じた瞬間に咄嗟に身体が反応したのかもしれないな」
「そんな根拠の無い答えに………」
「何でも根拠や答えがあるわけじゃ無い。お前は完全に見誤ったんだよ」
そう言うとクレインは悔しそうに後ずさる。俺を誘っている様にも見えたが、その引き方が明らかに怯えている様に感じたので本当に追い込まれているのだと思う。
「だ、だがこれで勝ったと思うな!!いくら精神が肉体を凌駕しようが、神速を限定的に使えようが、今私が纏う魔力の鎧を貫くとは出来ない!!後は君に起きているその謎の現象が終わるのを待てば私の勝ちだ!!」
確かに今の俺の攻撃じゃあの鎧を貫いて、クレインを倒す手立ては残されていない。
「いや………ある!!」
そう言うと俺は駆け出した。
「なっ………!?」
まさか直ぐに向かってくるとは思っていなかったクレインは反応に遅れてしまった。
「クレイン!!」
抜刀はしないまま、鞘でクレインを突く。
「うぐ!?」
ダメージは通っていないだろうが、衝撃により体勢を崩した。
「お前のその運命と!!」
そのクレインに向かって上へと浮かび上がる様に鞘で吹っ飛ばした。
「俺や皆との因縁に!!」
そのまま鞘と蹴りを合わせ、再び地面に叩き付ける。
「ケリを付ける!!」
更に渾身の回し蹴りを決めた。そして抜刀の構えのまま、クレインに詰め寄った。
『えっ、これって………!!しかもいつの間にフルドライブを………』
エリスはこの攻撃の流れを知っていた。これはかつて、まだ零治がデバイスを使い始めてまだ間もない頃、アスベルの技を意識してやっていた時に、一度だけ行った流れだった。
『でもあの時は結局一度に放つ斬撃を出せなかったから、零治は別の方法で行おうとしていた筈………なのにどうして?』
しかし零治の顔には迷いも焦りも無かった。確信めいたものをエリスは感じた。
『………行け!!零治!!』
そして疑問はさておき、力強くエールを送った。
「斬空刃無塵衝!!」
そして零治の抜刀と共に、無数の刃がクレインを襲うのだった………
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