美しき異形達
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第三十八話 もう一つの古都その十五
「そうなったらね」
「奈良県民になればか」
「最初見て絶望したから」
「いきなり絶望からかよ」
「それで本当に奈良県のマスコットなのかって確認したし」
奈良県のそれだと思いたくなかったからである。
「それで確認してから」
「余計に絶望したんだな」
「そうだったの」
裕香は歩きながら暗い顔になった、夏の青い空の下で。
「あれはないわ」
「そこまで県民に嫌がられるマスコットって他にないだろうな」
「ないわね、絶対に」
このことは断言さえした。
「どう考えても」
「そこまでなんだな」
「そうなの、まだいるし」
「まだかよ」
「妖怪に憑かれてる気分よ」
「よくそんなの知事さんも選んだな」
薊も話を聞いていてしみじみとして思った。
「確かに妖怪に見えるからな」
「そうでしょ、あれは」
「顔といい角といいな」
「しかも変に注目されて今もいて」
「気持ち悪いとかえって注目されるんだな」
「そうみたいね」
「本当に奈良県も大変だな」
薊はマスコットについては奈良県に対していい評価が出来なかった。そうしてこうしたことを話しつつだった。
一行はその若草山に来た、黄緑の草だけの山は他の山とまた違った趣があり実に爽やかだ。その山のところに来てだ。
薊は一行の中で最初に山に足をかけようとした、だが。
ここでだ、動きを止めてこう言った。
「折角な」
「そうね、山に登ろうと思ったところで」
薊のすぐ左後ろにいた菖蒲も言った。
「来たわね」
「いつもこうしたタイミングで来るな」
「特にこの旅行中はね」
「それならな」
薊は落胆せずにだ、その目を鋭くさせて言った。
「おい、さっさとはじめようぜ」
「おや、嫌がっていませんね」
「むしろ当然と思ってる?」
薊に応える様にだ、二つの声が何処からか来た。
「いささか意外ですね」
「舌打ちでもするかと思っていたけれど」
「さっさと済ませるだけだからな」
それで、だとだ。薊はその声達に告げた。
「だからだよ」
「つまり私達に勝つ」
「そう言いたいのかな」
「そうだよ、だから出て来てくれるかい?」
薊は早速その右手に七節棍を出してこうも言った。
「相手するからさ」
「薊さんの言う通りよ」
菖蒲も言うのだった、観れば菖蒲の手にも既に剣がある。
「相手をさせてもらうわ」
「こっちの用意はいいぜ」
戦う準備は出来ているというのだ。
「だからな」
「出て来ていいわ」
「それでは」
「そうさせてもらうよ」
この声と共にだった、異形の者達が若草山の麓に出て来た。一人は百足の顔に人間の手足がある赤い身体の男だった、腹や手足の横にある無数の小さな足は動いていないがそれは明らかに百足のものだった。
もう一人は黒い竜だった、竜といってもコモドドラゴンだ。その蜥蜴だがそれでいて普通の蜥蜴とはまた違う禍々しい顔の口から毒々しい赤い舌を出していて人間の身体に竜の尾がある。
その彼等がだ、薊達の前に来て言うのだった。
「私達がです」
「君達の命を貰う死神だよ」
「お一人そうでない方もいますが」
「その娘には一切興味はないからね」
裕香を一瞥しての言葉だった。
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