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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第三話

 何で私が戦場で刀振るってんのか、というのをご説明しましょう。

 つーのもね、私、実は女として生まれたのだとばかり思ってたわけですよ。
いや、男だって言ってるわけじゃないよ?男性のシンボルとも言えるモノ、持ってないし。

 でも、女特有の胸の膨らみもないわけです。
生理もいつまで経っても来ないし、これはおかしいだろうと思っていた矢先にあの自称神様から連絡があって、
どうも生まれ変わる前に不完全な生まれ方をするかもしれないといったアレが見事に実現しちゃったとかで、
今の私は男でもなく女でもない中途半端な存在として生まれてしまったわけだそうです。
外見が女みたいに見えるから余計に性質が悪いのだけども。

 本当、連絡じゃなくて目の前に出てきたら絶対にぶん殴ってやったんだけどね。
ひょっとしたらそれを予知して姿を現さなかったのかもしれないけど。

 だもんで、中身が女でも身体がこんなんなら男として身を立てていくしかねぇだろ、
嫁にも貰ってもらえないしと思って男として仕官する事になったのです。
でもまぁ、そこの理解を得ていくのがこれまた大変で、姉と小十郎とその繋がり全部使って
政宗様のお父さんである輝宗様に事情を話して、どうにか政宗様の近侍その三くらいに据えて貰いました。
流石にちょっと潔すぎる判断だったかなって思うけど、姉が仕えてるんだから私がいてもいいでしょ、
なんて言ったら割と通りが良かったのが複雑な心境だったけどもね。
まぁ、それはおいといて竜の右目の弟を支えるべく日夜奮闘し、
こうして戦場に出て刀も振るったりなんだりして頑張っているわけです。
ちなみに政宗様も私の実力を認めてくれて、今じゃすっかり「もうひとつの右目だな」とご満悦でいてくれたりする。

 何の武術も学ばなかった私が身を立てられるようになってるのは、
間違いなくチート並に強くして貰ったおかげなんだけどもね。
そうして貰わなかったら絶対に有り得ない話だったけども……。
つかあのオタク、これを見越して強くしたんだろうって思うわ。女として身を立てられないことを見越して。

 まぁ、そんなわけで生まれてすぐに付けられた名前も仕官したと同時に変えて、
半分血の繋がってる兄と小十郎の諱から一字ずつ貰って景継と名乗っています。
なので、そういう事情を知らない人からすると、何で小十郎が私を姉上と呼んでいるのかとか、
人前ではなるべく女言葉を使わないようには気をつけてるけど、
時折ぽろっと出るのは何でだろうかとか私は疑問の多い人間なのです。
……ま、オカマなのではないかと思われているんじゃないのか、
ってのが気になって仕方が無いところではあるんだけども。


 「あー……流石に疲れたなぁ……」

 戦を終えて陣の撤収作業をしている間についそんなことをぼやいてしまう。
いくら強いし体力もあるとは言っても、やっぱりこの中途半端な身体は男性の体力には及ばなくて、
同じように動いているとスタミナ切れも早く来る。
疲れたまま動き回って、今晩の野営地を決める為に相談している最中、
うつらうつらとしていたところで小十郎に軽く肩を叩かれた。

 「もう少しだけ辛抱して下さい。そろそろ野営の支度を致しますので」

 「りょうかーい……」

 とは言ったけど眠いものは眠い。
部下の前でこんな態度取ると良くないってのも重々承知、でも体力がないのよ。もう。

 再びうつらうつらとし始めたその時、今度は誰かにひょいっと抱き上げられた。
思わず覚醒して何事かと顔を見れば、そこには政宗様の姿が。

 「Princessはもう体力切れか? こんなんじゃ奥州まで持たないぜ?」

 にやりと笑ってそんなことを言うもんだから、私もただ苦笑いを返す。

 「……私はお姫様じゃないですよぅ」

 「良いじゃねぇか。俺の側室になりゃ、姫の生活させてやるぜ?」

 ないない、絶対にそれはない。つか、アンタの愛人なんて有り得ない。
無双の政宗様なら二つ返事でOKしたけど、アンタはない。だって族の(ヘッド)だもん。ありえませんて。

 「あっはっは……御冗談を」

 「俺は本気なんだがな」

 それにいくら外見は政宗様と同じくらいに見えるほどに若いからって、
こんな身分の低い三十近い女を側室に貰うだなんて家臣の皆さんが黙っちゃいないでしょーに。
加えて、私のこと男だと思ってる人がほとんどなんだしさ。

 「駄目ですよー、あんまり私をからかっちゃ。生真面目な小十郎が止めに入りますから。
側室だなんてとんでもないって」

 「……姉上がそれでよければ、止めるつもりは」

 「何か言ったー? 聞こえなかったなぁ?」

 小十郎は黙って少しばかり困ったような顔をしている。
これ以上なんか余計なこと言ったら頭握り潰すぞ、というオーラを放っておいたから
止めることはあっても賛同する事はこれ以上はないだろう。
全く、空気を読んで発言してくれっての。政宗様の側室なんて御免だわ。

 勢いをつけて政宗様の腕の中から飛び降りて、上手く地面に着地する。
今のですっかりと目を覚ました私は、馬に飛び乗って兵達を率いて野営地まで向かうことにした。



 どういうわけか知らないけど、政宗様にえらく気に入られてしまったようで、
小さい頃から俺の嫁になれ、とか、嫁が駄目なら愛人で、とかそんなことばかり言われている。
いい加減ウザいとは思っているのだけど、これでも主だからボッコボコにぶん殴るわけにもいかない。
これが無双の政宗様なら……と思うんだけど、どうにもねぇ……。
こっちの政宗様だって嫌いじゃないけどそういう好きにはなれない。
大体十歳も年下だしさ。無双の政宗様は例外よ?

 しかし私の気持ちに構わず、あっちは頑張って手を出そうとするもんだから、
迂闊に夜政宗様に近寄ることが出来ない。こういう野営とかする時は尚更だ。
一回気がついたら人気の無い場所に連れて行かれていた、なんてこともあって、
それ以来寝る時は小十郎の側で寝る事にしている。
姉ほどではないけど、私もキレたら結構怖い。
小十郎にもその辺はきっちりと身を持って覚えてもらってるから、眠ってる間に政宗様に売るような真似はしない。
まぁ、恐いからってばかりじゃなくて、いくら政宗様命だからと言っても、
実の姉を売るような事は絶対にしないのがこの子の良いところなんだけどね。

 ぼちぼち寝るかぁ、などと思っていたところで陣にいた政宗様に肩を叩かれた。

 「たまには俺の側で寝ろよ」

 「嫌です、政宗様のお手付きだとか噂になったら出奔しますからね」

 「じゃあ噂にならねぇようにやれば」

 懲りることなくそんなことを言う政宗様をぶん殴ってやりたい気持ちになったけれど、
そこは一応家臣という立場ですから、必死に堪えましたとも。
でも、ここは少し怒鳴ってやらないと空気が読めない政宗様には分からないかもしれない。

 「だからそういうことをしたくないって言ってるんです!
そんなに女が抱きたきゃ手配しますから、それで我慢して下さい!」

 「俺は別に女が抱きたいわけじゃねぇ、抱くんならお前が」

 言い切る前に思い切り拳骨を食らわせてやれば、この阿呆はようやくその口を閉ざしてくれた。
全く、私は嫌だって言ってんだからあっさり引いてくれないと。しつこい男は嫌われますよ?

 「あんまりしつこいと本当に出て行きますからね。色狂いの主になんか仕える気はありませんから」

 はっきりと言ってやれば、政宗様が呆気に取られた顔をして口をぽかんと開けている。
その顔が間抜けだとは思ったが、流石に笑う気分にはなれない。
だって、抱かせろなんて言い寄るんだもん。笑えるわけないでしょ、この状況で。

 「色狂っ……言うに事欠いて色狂いたぁ何だ!! いつ俺がそんな狂い方したってんだ!!」

 怒鳴る政宗様に苛立って、私もお構い無しに怒鳴り返していた。てか、逆ギレっすか筆頭。
子供じゃないんだからクールにいきましょうよ、クールに。いつも自分で言ってるでしょ?

 「してるじゃないですか! 私に!! 子供を生せない身体だから楽しく遊べるとか思ったんでしょ!!!」

 「違ぇ!! 俺はお前が」

 陣の外に誰かの気配を感じて、政宗様が言葉を区切った。
私も気配を感じて入口を見れば、申し訳なさそうな顔をして小十郎が入って来ていた。

 「……申し訳ございません。姉上を引き取りに参りました」

 何てタイミングだ、と政宗様は思っているような気がしたけど、こちらとしてはグッドタイミングです。
私は政宗様から離れて小十郎の側に行く。
小さく舌打ちしたのを聞いたけど、私は無視を決め込む事にした。

 だって……嫌だもん。
政宗様が欲しいと言ったら逆らっちゃいけないのはわかるけど、
好きでもない相手に抱かれるだなんて、いくら偉い人だからと言ってもそれだけは譲れない。
どうせならちゃんと恋をして、好きな人に抱かれたい。
それって贅沢なことじゃないでしょ?
そりゃ、この時代の感覚にはそぐわないかもしれないけどもさ。これだけは譲れないよ。

 「ありがとね。助かった」

 陣の外に出てそう言えば、いいえ、と短く小十郎は言った。
立場上複雑なんだろうなぁとは思うけど、それでもこればかりは譲ってはやれない。

 「……それほど嫌ですか、政宗様の側室になることが」

 「うん」

 「…………」

 即答で返してやれば小十郎は呆れたような顔をして溜息をついていた。

 「姉上が望まないものを小十郎がとやかく言うつもりはございません。
が、政宗様の御気持ちも考えて」

 「なら抱かせてやれって?」

 結局はそういうことでしょう、と含みを持たせてやると小十郎は少し困った顔を見せていた。

 「そうは言っては……いえ、申し訳ありません」

 大体さ、好きだとか言われても応えられないし、私もそれに応える気も無い。
身体なんか抱かせてやればますますその気になっちゃうし、
政宗様がそういうのを求めてる訳じゃないのもよく分かってる。
だからちゃんと私の気持ちで答えてるってことを分かって貰いたいんだけどもねぇ。

 べったりと政宗様にくっ付いてる小十郎は、私がこんなんだから苦労してるのかもしれないなぁ。
どうやって落とせばいいのか、なんて相談してたとしたら哀れ過ぎて泣きたくもなる。
でも、申し訳ないとは思うけどこればかりは譲れないしね。
どうせ恋をするならもっと性格が真っ直ぐな方がねぇ……面倒臭くないし。

 「迷惑かけてるかな、小十郎に」

 ほんの少し気遣うように言った私に、小十郎は黙って首を振って穏やかに笑っていた。

 「いいえ。小十郎は姉上が幸せであることが一番です。
無理をされているのを見る方が余程辛い……だから気になさいますな」

 そんな風に言ってくれる小十郎が、本当に神様みたいに見えた。

 うう……いい子だ。いい子だよ、この子。
育て方間違ったんじゃないのかって思ったけども、ちゃんと昔みたいに優しいいい子だよ。
本当、変わって無くてお姉ちゃん嬉しい。

 「こじゅ~ろぉ~」

 がっしりと抱きついて乱暴なくらいに頭を撫でてやったら、
小十郎は戸惑っているようではあったけれど、私にされるがままになっていた。
もう抵抗するのも諦めた、と言った方が表情を見ている限りでは正しいような気がする。

 「うう……いかつくなったけど、やっぱり私の可愛い小十郎だ」

 「……可愛いって、小十郎に言うことではないでしょうに」

 「私から見れば十分に可愛い」

 「……そうですか」

 完全に呆れてるが反論するのも疲れたとばかりに乱れた髪を掻き揚げている。
その動作にグッと来るものがあったけど、一応血を分けた兄弟なのでそこら辺は黙っておいた。

 小十郎と双子じゃなかったらなぁ~……彼氏の候補に入れたのに。

 周りの目がまたやってるよ、と呆れたものであることに気付いて、私は小十郎から身体を離す。
一応この子は竜の右目、あまり部下の前で示しがつかないようなことは出来ないもんね。

 「それじゃ、寝るとしますか」

 小十郎を連れて、政宗様がいる陣とは別の陣へと向かう事にした。
勿論、政宗様がいる陣よりも随分と離れた陣で眠っていたのは言うまでも無いが。 
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