ソードアート・オンライン 少年と贖罪の剣
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第八話:少女の闇
前書き
久々の投稿…!申し訳ありません!
「お、おおお!」
「はあぁっ!」
黒の二閃が煌き、この世界屈指のダメージ率を誇る攻撃が肋骨のような無骨な鎧に叩き込まれた。
「せ、ヤァァッ!」
仰け反った鎧に、更に背後から一筋の青い閃光が襲いかかる。幾つもの光芒を瞬かせて、そして三人はそれぞれの後ろに控えるプレイヤーに合図を送る。
「スイッチ!」
前回に引き続いてレン主導で行われた第72層攻略作戦は佳境を迎えていた。四本あったHPバーは既に残り一本のところまで削り、最後の詰めの状況である。
だからと言って、部隊は勝ちに急いでいる様子はない。流石は歴戦の猛者といったところだろうか。勝ち急ぐことの恐ろしさをよく分かっている。
「スイッチ!」
白銀の外套が風に靡き、レンの体が鎧のフロアボス、ヘリオス・ジ・エクスキューショナーの眼前に躍り出る。
「ハ、アアア!」
濃紺の剣身に赤い光を纏わせ、剣が加速する。フロア中に衝撃音を響かせ、レンの放ったヴォーパル・ストライクがヘリオスの胸のコアを貫いた。
「ーーッ!」
だが、鎧は倒れることはなかった。弱点たるコアを貫かれても尚、その巨躯は躍動を続ける。
体ごと捻った巨腕がスキルディレイに縛られたレンを弾き飛ばし、その命を削る。
「くっ…!」
予想外の攻撃に大きくHPを減らされながらも、レンは取り零しそうになったエスピアツィオーネを握り直す。
硬直が解けた体を動かそうとして、しかしすぐに間に合わないのだと判断する。
「レン!」
キリトの声が聞こえるのと同時、レンは左手にクリミナルエスパーダを装備してエスピアツィオーネと体の前で交差させた。
襲い来るであろう衝撃に耐えるべく力を込める。
しかし予想していた痛みは訪れなかった。
耳を劈く衝撃音の発生源は、ボスの持つ槍のように尖った腕と、それを防ぐ為に掲げられた純白の盾。
「大丈夫かな? レン君」
「ヒースクリフ…!」
目の前に立ち、ボスの攻撃を捌いたヒースクリフの笑みがレンに向けられる。
仇敵に守られた事実に苛立つが、しかしその激情を鎮めてレンはボスへ駆け出した。
「礼を言う」
一言残し、凄まじいスピードで走り去っていったレンの後ろ姿を見てヒースクリフは笑みを濃くした。
「なに、君に死なれては困るからね…」
それからすぐ後、キリトのラストアタックによって第72層攻略作戦は終了した。
† †
「…ぐっ」
無事に72層攻略作戦を成功させたレンは、他のプレイヤーより一足先に迷宮区から帰還していた。
グランザムにある自宅に戻り、装備を解除してそのままベッドに横になる。
「チっ…時間が、ないか」
掲げた右手は、指先が青く透けていた。
レンのこの現象は今に始まったことではない。それこそログインしたすぐ後、あの地獄の始まりの前からこのような現象が起こっていた。
ゲームマスターであり、ナーヴギアの生みの親である茅場が言うには、『接触不良』。
ナーヴギアから発せられる電気信号を、レンの脳はなんらかの作用によって拒絶してしまっているのだ。
「……くそ」
体にノイズが走る不快な感覚。
ペインアブソーバの機能すら拒絶してしまっているレンは、アバターでありながら感覚がある。
つまりは、攻撃を受ければ痛みを感じ、過剰な痛みを受けると生身の肉体にも影響が出ることになる。
「ぐっ…ぁっ…!」
視界を蝕むノイズは先程から酷くなるばかり。
最前線で戦い続けてきたレンは、多くの痛みを受けてきた。それこそ、腕を切り落とされ、足を刈り取られたりもした。その度に如何ともしがたい痛みが駆け巡り、そして脳が「もうやめろ」と拒絶反応を起こす。
現在のレンの状態も、まさしくそれである。
ボスから受けた痛みが脳の許容範囲を超えて、意識を奪おうと躍起になっている。
「ぁあぁぁああ……!!」
常人ならば容易く気絶している程の痛みを受けて、しかしレンはその意志で以って脳の命令を拒絶する。
このまま、命令に従って意識を落とせば最後、自分はこの世界から立ち去り、そしてナーヴギアから発せられるマイクロウェーブで脳を焼き切られ死ぬことになるだろう。
「あ″あ″あ″あ″あ″ッ」
それは、できない。
オレが終わらせると約束した。
お前達の分まで生きると誓った。
だからなんとしても、生き残らねばならない。死に物狂いで、泥臭くても、醜いと言われようとも。
「死ねる、かっ…よォ……!」
振り絞った言葉は惨めな程に震えていて。伸ばした右手は頼り甲斐なく震えている。
しかし視界を覆うノイズは段々と勢いを潜め、その存在を薄れさせていく。
「はぁ…はぁ……ぁ…」
先のラフコフ戦のようにノイズの海に突き落とされることはよくあるために余り気にならないが、痛みを含むソレは危険すぎる。
前者は不快感に耐えれば自然と復帰するのに対して、後者は完全にレンの意志の強さ次第だ。
痛みに打ち勝てば復帰、負ければ死亡。
明らかなハンディキャップ。
しかしそれを今更言っても仕方がないのも事実。
「はぁっ……あーー、危なかった」
既にこの事実を受け入れているとはいえ、辛いものは辛い。
レンの意志が人並み外れて強力だから今まで生きながらえているが、恐らく他のプレイヤーがレンと同じ状態であったら一ヶ月も保たなかっただろう。
恐らく、あのキリトや、ヒースクリフでさえとっくに命を落としていても不思議ではない。
「……もう無理。おやすみなさい」
テンションが昔のものに戻っているのすら気付かず、レンはそのまま静かに寝息を立て始めた。
† †
「それで、今日はいったい何の用だ。面倒事なら御免被るぞ」
「やっだなー。レンってもしかして私=面倒事だと思ったりしてる?」
他に何がある、という視線をぶつけるレンに対して、寝起きに突貫してきた少女ーーユメは怯むことなくおちゃらけた様子で対抗する。
「お前が持ってきた依頼でオレが得した事は殆どない」
「ほほう、では得できればいいと?」
「そういう事ではない。オレに依頼を持ってくるなと「レア武器獲得クエスト」………なに?」
言葉を遮って提示したクエストに、レンの動きが止まる。
目だけを動かしてクエスト内容を読み進めて、そしてレンは白旗を上げた。
「どうかオレをパーティに加えてもらえないだろうか」
「ふっふーん。よきにはからえ!」
レンは自身の持つユニークスキルの特性上多くの武器を必要とする。射出する武器の性能が強力なものである程威力も増すので、武器収集はレンの日課でもある程だ。
そんな彼がレア武器を入手できるチャンスをやすやすと見逃す事が出来るはずもなく。
苦渋の決断の末、ユメに頭を下げる事となった。
「その慎ましい胸を反らしてもないものは出ないぞ」
「よしキリトとアスナでも誘ってこようかな」
「待ってくれすまなかった」
ちなみにユメはそれ程ないというわけではない。ただ、着痩せするタイプなのだと本人の名誉のために言っておく。
† †
解放されたばかりの第73層で、ユメは一番美味しそうなクエストを選んで持ってきたのだという。
その行動の素早さには舌を巻くしかないが、なぜわざわざ自分の元へ来てまで一緒に受けようと思ったのか。
恐らく本人に聞けば、悟ったような顔をされるの必至なことを考えながら、レンは白銀の外套を翻して暗い地下道を進んでいく。
その後ろを、キョロキョロと忙しないユメがついていく。
「ね、ねぇレンー? ちょ、ちょーっとここ暗すぎない?」
「ん? ああ、確かに暗いな。これではモンスターがよく見えなくて困る」
そういう事ではなくて! という声をユメは飲み込む。
今更、この鈍感に遠回しな事を言っても理解されないのは承知している。
溜息をつきながらも、恐怖で竦みそうになる足を叱咤しながらユメはレンの後をついていった。
「……ん…?」
「な、なに、なにかあったの?」
地下道を進むこと十分。不意に足を止めたレンの手は、背中に吊ったエスピアツィオーネの柄に触れていた。
「いや、なにかいた気がしたんだが。気のせいか…?」
「ま、まさかそれって…お、お、おば…!」
「…電子世界に幽霊がいると思うか?…いや待てよ、可能性がない訳でもないな……」
「そういうのやめてよぉ……」
とにかく進もう、と先を促すレンに、涙目になったユメが続く。
心なしか、二人の足取りは先程より重い。
どれくらい経っただろうか。
レンが常に警戒しながら進む為に会話もなく、またモンスターと戦闘になることもなく暗闇の地下道を進み続けて、ユメの涙腺と忍耐が限界になった、その時であった。
「あのぉーー……」
音もなく、また気配も感じず、突如背後からかけられた遠慮がちな声。
「でっ……」
「で?」
それにレンは素早く振り返り、
「出たぁぁぁぁあ!?」
ユメは限界を迎えた。
† †
「まあ、その、なんだ? 怖かったのは分かったからもう泣くな」
「だって、気配もなにも感じなかったんだよ!? 索敵スキルにもひっかからないし! タチが悪いよ!」
静寂そのものだった地下道にユメの大声が響き渡る。
涙目でまくし立てるユメをどう扱ったものかと持て余していたレンは、現在の状況を作り出した本人を横目で見る。
所在無さげに立っているのは、黒い髪を短く切り揃えた小柄な少女。背中に吊っている剣や薄い生地の装備から見ると、それ程強そうには見えなかった。
「はいはい落ち着け。もともと相手に悪気はなかったんだ。というか、NPCにそこら辺を考える親切心はない」
そう言って再び見ても、少女は反応を示さない。明らかにプレイヤーではない反応に、次第にユメも落ち着きを取り戻していった。
「それで、オレ達になんの用だ?」
「あ、はい。実は冒険者様にお願いしたいことがありまして」
NPCーーノンプレイヤーキャラクターは、カーディナルシステムに登録されている初期システムの通りにしか動くことはできない。
故に、今のレンが言った「質問」には答えを返し、ユメの「詰問」には反応を返さなかった。
「お願いしたいこと?」
「はい。実はーー」
普通NPCはモンスターの出てくるフィールドには余りいない。
いるとするならば、それは何らかのクエストが発動した時くらいだ。
「ーーこの奥にいる亡霊王に奪われた、亡き父の形見を取り返して欲しいのです」
† †
少女から与えられたクエストはこうだ。
彼女の父は熱心なトレジャーハンターであり、多くの宝や剣を所有していた。
その日もお宝を見つけに愛用の剣を吊って家を出た父だったが、二週間経って帰ってきたのは父自慢の剣を納めていた鞘だけだったという。
父の死からしばらくして、彼が最後に訪れた場所がこの奥にある地下街だということを突き止めた少女は、父が最も大事にしていた剣を取り返そうと父のコレクションから装備を整えて件の地下街へ向かった。だが、元々戦いとは無縁の生活を送っていた彼女だ。レベルの高いmobに勝つことができず、やむなく自力での奪還を諦め、冒険者を頼ることにしたらしい。
「ふむ、ではオレ達は君の父の形見である剣を取り返してくればいいんだな?」
「はい。どうか、どうかお願いします…!」
「いいだろう。ものはついでだ。お前の依頼を受けよう。いいよな、ユメ」
「まあ、当初の目的もこの先の地下街だから大丈夫だよ」
相棒の了承を得たレンは、すぐ様クエスト受注の手続きを完了させる。
「よし。剣は必ずオレ達が取り返す。君は安心してここで待っていてくれ」
「は、はい! ありがとうございます!」
キーワードを言わなければ反応を示さないNPCが、なぜ頬を赤く染めて頭を下げるのだろうか。そんな機能が必要なのだろうか! と頬を膨らませてユメは内心叫ぶ。これでは少女ーーユーリがレンに照れているみたいで非常に気分が悪い。
先程の恐怖はどこへやら、NPC相手に謎の対抗心を燃やしたユメはやる気に満ち溢れていた。
「早くしないと置いて行くぞ、ユメ」
「あ、待って待って!」
目に炎を宿し拳を握るユメを置いてさっさと先に進んでしまうレンは、やはりそういう感情には疎いに違いなかった。
† †
『行かないで』と、伸ばした手を覚えている。
それは笑ってしまう程震えていて。けれど手を伸ばす少女は必死そのもので。
掴みかけた手はすんでの所で空を切り、そして離れていってしまう。
少女は、一人になった。
to be continued
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