ONE PIECE《エピソードオブ・アンカー》
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episode5
前書き
天国のお母さん。
ワタシは今、海以外の『青』を見ています。
いつも見ていた青い海。アンカーが見ているのは、それとは違う『青』。他の船員たちは『ソラ』と呼んでいた。
タイヨウの海賊団の一員となったアンカーは、自分が無知であることに改めて気付かされた。海の上には空があり、雲があり、太陽があると初めて知ったのだ。人間以外にも、水の中では生きられない生物がいることも知らなかった。
タイヨウの海賊団の中には、かつて天竜人の奴隷だった者たちが乗っている。その中には、医者だったり、兵士だったり、海賊だったり、教師だったりと、様々な職種の者たちがいた。
彼らの唯一の共通点は、天竜人の奴隷であった証の焼印。
それを隠すため、タイヨウの海賊団の船員たちは新たな焼印を体にその名の通り焼き付けた。無論、アンカーも例外ではない。
熱を帯びて赤くなった鉄の焼印を押し当てる。作業はこれだけだが、問題は後の方だ。押し当てた部分の皮膚が爛れ、皮膚の下にある血管が切れ出血。治癒していく間にも浸出液が噴き出し、皮膚は再生していく度につっぱるような感覚を覚えた。
因みにアンカーは、噴き出した浸出液が乾く度に剥がしていたのだが、船医のアラディンに怒られた上に完治するまで両手を括られて過ごすハメになった。
今はもうすっかり完治している。
その最中、タイヨウの海賊団は戦いを強いられてきた。原因は船長であるフィッシャー・タイガー。戦いの相手は海軍であり、アンカーが嫌う人間たちであった。
海軍がタイヨウの海賊団を追う理由は2つ。
“海賊であること”と“奴隷解放という大罪人”であるということだ。
海軍は戦いの最中でも、天竜人の奴隷を引き渡せと要求するが、それに従う者はいるわけがない。
戦いに挑み、倍返しを喰らい、食料や武器などを奪われる。海軍が敗北し続けている内に、タイガーとジンベエの首に賞金が賭けられていた。
アンカーのことは、新聞に小さく取り上げられている程度のものだった。それに対して不満の意を露にしたのは、他でもないアンカー本人である。
「『魚人海賊団に協力する人間現る』だと? ワタシは魚人だと何度言わせれば気が済むんだッ!」
その記事の著者の名前は“アブ”と表記されており、一体どこから見ていたのだろうかと思わせる細かな記載がされてあった。おそらくは海軍の者ではない。そもそも、海軍がそんな情報を漏らすわけが無い。
「......あと、ここ。何て書いてあるんだ?」
「えーっと...『尚、この人間は女性であると思われるが、残念なことに立派なまな板である。魚人海賊団にまな板とは、皮肉にも程がある(笑)』...だな、ニュ〜」
船上がどっと沸く。
中には必死に笑いを堪えている者の姿もあるが、大半の者は大爆笑していた。それについて行けないのは、やはりアンカー本人である。
「......どういう意味?」
「ニュ〜...そ、それはだなぁ」
ハチが控えめに説明する。17の子供とは言えども女性であることに変わりはない。新聞の記事で、胸が小さいと皮肉られて気を悪くしない女性はいないと考えたのだ。
だが、そんな予想をアンカーは裏切った。
「コイツ、魚人をそこらの魚なんかと一緒にしたのか......殺す」
船員たちの中から咄嗟に「そこかよ!」だの「違ぇよッ!」だのと声が上がる。
「ーーーはあ? ワタシの悪口? ......どれが?」
「ここだよ、ここ!」
「まだその字わかんないし...」
「お前の胸が小さいって書いてあんだよッ!」
アンカーの表情に変化が現れる。それは『不愉快』でも『羞恥』でもなく、ただの『疑問』。どうして周りがこんなにも騒ぐのかが分からない、といった様子で首を傾げる。
しばらく考えた末、アンカーは1つの答えを思いついた。
「ワタシ、元々胸無いよ。言ってなかったっけ?」
もしかしたらと、尋ねてみる。
思った通り、彼らは知らなかった。アンカーにあるべき胸は、コバンザメ特有の吸盤により目立たなくなっているという事実を...。
「胸が小さいのは本当のことだし気にしないよ。戦う時には邪魔でしかないしね。何? ......アンタら、そんなことで騒いでたの? 男は野蛮だなあ...」
その一言で、血の気の多い男たちはキレた。
それぞれエモノを手にし、得意な攻撃をアンカーに向けて仕掛ける。
刃を振り回す者を、ひらりひらりとかわす。大きな体でのしかかろうとする者を、飛び跳ねて頭を抑え込んで倒す。魚人空手で攻撃してくる者を、同じく魚人空手で捌く。
ある者はアンカーに向けた拳をよけられてしまい、その先にいた者と同時打ちになった。
アンカーはこの中で1番非力だが、1番弱いわけではない。むしろ強い部類に分けられる。その秘密は、相手の力を利用して攻撃をする...合気道に近い立ち回りのお陰であった。
誰に習ったわけでもない。幼い頃から襲われる日々の中で、自然と覚えていったものである。
「いい加減にせんか貴様ら!!」
そんなアンカーの立ち回りも、ジンベエの怒号と愛ある鉄槌により終わりを迎えた。
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