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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十四章 水都市の聖女
  第八話 聖竜と乙女

 
前書き
 更新遅くてすみません(´Д`;)ヾ 
 

 


 ―――竜……それは、遥かな過去から力の象徴として扱われていた存在。

 ―――他を圧倒する巨大な体躯。

 ―――身体を覆うあらゆる攻撃を防ぐ硬く強靭な鱗。

 ―――天を翔ける雄々しき翼。

 ―――剣を折り鎧を砕く鋭い爪牙。

 ―――権威と力を具現した存在。

 強く、大きく、偉大なるもの―――それが竜。 

 その竜が、ハルケギニアには数多く存在する。

 長いハルケギニアの歴史を見れば、火竜、水竜、風竜、土竜―――他にも滅びたとされる韻竜と呼ばれる竜の名も見られる。

 他の多くの動植物同様に、竜もまた調査や発見により知られる“名”を増やしていった。 

 そんな無数に存在する“名”の中に、一際目を引く竜の“名”がある。

 ―――“聖竜”―――

 “火”“水”“風”“土”―――そのいずれでもない“聖”の竜。

 “火”に属する故に“火竜”

 “水”に属する故に“水竜”
 
 “風”に属する故に“風竜”

 “土”に属する故に“土竜”

 ならば“聖竜”とは、“聖”に属する故に“聖竜”なのか?

 その答えは“否”である。

 ハルケギニアに数多く残る本―――歴史、娯楽、研究様々な分野に残る“聖竜”に関する記述によれば、“聖竜”の属するところは“風”であったという。 

 では、何故その“風竜”は“聖竜”と呼ばれたのか?

 そして“聖竜”は何を持って“聖竜”と呼ばれたのか?

 それを知るのには、歴史書や研究書ではなく、吟遊詩人が歌う詩や親が子に読み聞かせる物語から知るのが良いだろう。

 何故ならば、始めて“聖竜”が現れたのが、それこそ物語のような話であったからだ。



 始まりにはこうある。



 ―――戦場を切り裂き舞い踊りしは、銀光に輝く聖竜を駆りし美しき乙女


 







 まばらに白い雲が広がる青空の下、一匹の竜が空を飛んでいる。

「―――遅い」 

 轟々と津波にも似た風音を耳に受けながら、セイバーは厳しく引き締められた口元から愚痴めいた言葉を零す。
 遅い―――という言葉とは裏腹にセイバーの進む速度は速かった。
 雲を切り裂き、風を追い越し、眼前に広がる景色は一瞬毎に背後へと消えていく。
 尋常ではなく、と言葉が付くほどの速度である。
 空を飛ぶものがいれば気でも狂ったかと思うほどの速度だ。
 何故ならば、打ち付ける風は物理的な硬さを持って全身を殴りつけ、常に騎竜から身体を引き剥がそうとするだけでなく。高度故に吹き付ける風は真冬のそれに劣らぬ程に冷たく、防寒対策を取っていたとしても、長時間続ければ凍傷となるのは免れない危険性もある。体温の低下から意識を失い竜の背から落ちれば死は免れない。
 熟練の竜騎士であっても、十秒も持たない速度を維持しながら、セイバーは空を飛んでいた。
 引き剥がされないように手綱を強く握り締め、抱きつくような前傾姿勢で騎竜の背に跨るセイバーは、着実に身体を苛む風や寒さを気にする暇がない程に焦りに満ちていた。

「これでは、間に合わない」

 焦りと激情に思わず手綱を握る手に力がこもる。
 主人の焦りに応えるように、限界と思われていた速度が更に上がる。主人の思いに応える竜の行動に、セイバーは軽く目を開くと小さく首を左右に振り額を竜の背に触れるように押し当てた。

「すまない……少し焦りすぎていた」

 竜の硬い鱗を通して、気にするなとばかりに喉を鳴らす音が振動として額に当たる。くすぐったそうに頬を緩ませたセイバーは、直ぐに顔を厳しく引き締めると目線を上げ進むべき目的地を睨みつけた。
 目的地はガリアとロマリアとの国境。
 そして目的はそこで発生している戦闘へ参加すること。
 戦闘が始まってから既に数時間は経過している。通常の戦闘であれば戦いの趨勢が決まっていてもおかしくはない。
 しかし、セイバーの焦りは戦いに間に合わない事ではなかった。

「―――あの者は一体何を考えているのだ」

 眉を顰ませながらセイバーは思い返す。
 教皇ヴィットーリオからの命令を聞いた時の事を。
 教皇からの命令だとジュリオはルイズに『虎街道に潜む敵を殲滅せよ』と指令をだすと、水精霊騎士隊にその護衛を命じた。セイバーは勿論自分もそれについていくものとばかり考えていたが、個別に『ロマリア艦隊を支援しろ』との命令を受ける事になった。敵の中に虚無の使い魔であるミョズニトニルンがいる可能性が高い状況で、最も戦闘能力の高いセイバーがルイズの傍から離れるのは間違った判断であると誰にでも分かる事だ。直ぐにセイバーは命令の撤回を求めたが、ジュリオは航空戦力の少なさを理由にそれを了承する事はなかった。
 その際、風竜を使い魔とするタバサもその命令を下されたが、魔法学院への緊急の連絡のため風竜を使いに出しているということで命令を受ける事はなかった。
 実際には、丁度その頃タイミング良く韻竜とは知られていないシルフィードを人間に変身させ、士郎の行方を探らせていた。そういうわけで、タバサはルイズたちと行動を共にし、もしものためシェフィールドはアクイレイアに置いていくことになった。
 一人国境での艦隊戦へ赴くことになったセイバーの心中では、これから飛び込む戦場の事ではなく、ルイズたちに対する心配が占めていた。士郎がいない今、いざという時にルイズたちを守れるのは自分しかいないことを、セイバーは良く分かっていた。教会騎士に対する信用がないといった話ではなく、根本的に実力が足りないのだ。
 伝説とよばれるだけある力を持つルイズや、類まれな魔法の才を持つタバサやキュルケ。最近ある程度は見られる実力をつけてきたギーシュ等水精霊騎士隊。他に護衛などなくとも、これだけでもかなりの戦力である。
 しかし、唯のメイジの部隊ならば心配はないが、相手はあのミョズニトニルン。セイバーはその経験から決して油断できない相手であると確信していた。
 だからこそ、教皇からの命令を無視してまでルイズたちに付いていこうとしたのだが、とはいえついていけば教皇の命令を無視することになり、これからの活動に支障を来してしまう。そのため、ルイズやタバサたちの説得を受け散々迷った末、セイバーは命令に従う事にした。
 幸いと言えばいいのか、国境での戦闘区域と虎街道での戦闘区域は近かった。ガリアの艦隊との戦闘が早く終われば、ルイズたちの救援に行ける可能性はある。例えそれが万が一にもない可能性であっても。

「ガリアの艦隊は百を超えるというのに、援軍は竜騎士が一人……今度は何を企んでいる」

 最初セイバーは自分以外にもロマリア艦隊への援軍に向かう者たちがいると思っていたのだが、しかし、色々と話しを聞いて回ってみるが自分以外の者が援軍に向かうといった話は一つも耳にすることはなかった。たった一人の竜騎士が百を超える艦隊による戦闘に加わったからといって、戦局に影響を与えることは不可能だ。そんな事は十の子供でも分かることだ。それを敢えて命令した。
 それには何か理由があるはずだ。
 例えば―――

「ルイズ一人で十分に撃退出来ると確信している?」

 自分で口にしながら、直ぐにそれを否定するように首を左右に振る。

「……“虚無の使い手”は重要なはず。例えそうでもわざわざ護衛を外して余計な危険を招く必要はない」
 
 教皇たちは本来こうして重要な虚無の使い手を失うかもしれない戦場に出すこと自体忌避したかった筈である。しかし、事態がそれを許してくれず、またルイズ(虚無)以外に現状を打破する手段がないため、ルイズが戦場に赴くことになってしまっている。
 強力な個を倒すには、数で押すかそれを超える強さを持つ個でもって相手をしなければならない。しかし、ロマリアの現状は数で押すには戦力が足りず、相手を超える強さを持つ個は教皇たるヴィットーリオかルイズしか可能性はない。となれば、教皇という立場にあるヴィットーリオが選ばれる筈がなく、戦場に向かうのがルイズになるのは自明の理である。
 それについてセイバーは、不満はあるが納得は出来ていた。
 しかし、そこで何故士郎がいない現状で、最大戦力の一つであるセイバーをルイズの傍から離す理由が分からない。
 
「何か他に理由が」

 熟練の竜騎士であっても不可能な速度を維持し、極寒の地に住む者であっても耐えられない冷風に晒されながらも、セイバーは苦しげな顔を一つも見せる事なく考えを巡らせていた。
 ルイズの身を守る上で重要な最大戦力の一つであるセイバーを引き離す理由についてセイバーは考え続ける。
 
 例えばルイズを殺害するため。何らかの理由でルイズの存在が邪魔となったことから、戦争を利用して暗殺しようとしている。
 
 例えばルイズを誘拐するため。他国の貴族であるルイズを自由に操る事が出来ないことから、表向き戦死したことにして誘拐し操り人形にしようとしている。

 どれも可能性はあるが、推測でしかない。
 あっているかもしれないし、間違っているかもしれない。
 現状ではいくら考えても結論を出すことは不可能。

 ならば、どうする?

 ルイズの身を第一とここで反転してルイズ達の元へと向かうか?
 それとも、余計な勘ぐりだと、ルイズ達は大丈夫だと信じてこのままロマリア艦隊へと向かうか?
 どちらも正解であり、間違いでもある。
 ルイズの身の安全を優先にすれば、ルイズの命は守れるだろう。しかし、その場合ルイズ暗殺がなければ唯の命令無視でしかなく、今後の行動にかなりの制限が掛かる事になる。
 ロマリア艦隊の援軍を優先すれば、もしルイズの暗殺や誘拐が目的であった場合は、そこで全てが終わってしまう。
 進むのも、戻るのも正解であり間違いでもある。
 援軍に向かう戦場で相手するのは、百を超える艦隊。それを倒さなければ応援に向かう事すら出来ない。
 敵は強大で数が多い。例えセイバーといえど、ビルのような巨大な建築物を百隻もどうするかは出来ない。戦艦とはいえ多くの材料が木材であり、それに“固定”の魔法が掛けられただけ。セイバーならば、例え戦艦相手だとしても勝つこと自体は不可能ではない。しかし、ビルと同じ大きさの船を破壊するには相当な時間が掛かる。
 問題はそれまでに掛かる時間。
 それを解決するには速度と破壊力が重要だ。
 確実に、かつ迅速に敵を無力化する方法……。


 そのような方法は―――
 

「―――躊躇う時間はない」

 セイバーの瞳が強く光った。
 手綱をこれまで以上に強く握り締める。竜の力でも切れないようになっている手綱が、ミシリと悲鳴を上げた。主人の纏う雰囲気が一段と強くなり、それを察した騎竜が怯えるように一つ身震いする。その細かな震えを、竜の背に抱きつくような体勢で感じたセイバーは、胸の奥から湧き上がる熱を吐き出すように深く息を吐いた。
 
 落ち着け。
 何も初めてというわけではない。

 自分に言い聞かせながらセイバーは自身が駆る竜に意識を向ける。
 その姿形だけでなく、内臓から流れる血の一滴までにまで集中する。自分の身体と竜の身体が一つに溶け合うかのような想像(イメージ)を強く抱く。竜の鱗が自分の皮膚であり、竜の手足が翼が自分の四肢であると。鱗の一枚一枚まで己の意志を広げ、人とは違う異形の身体を己のモノとする。
 想像(イメージ)するのは身を守る鎧にして全てを切り裂く剣。
 空を切り裂き蹂躙する何者も追いつけない剣。
 思い起こされるのは、何時か見た空飛ぶ機械。
 魔法でも魔術でもなく、人の知恵が生み出した科学の剣。
 空を往き支配するもの。
 航空力学に基づき人の手により生み出された最速を許された血の通わぬ科学の竜。

「――――――ッ!!」 

 無言の咆哮と共に銀色の光がセイバーの身体から間欠泉の如く吹き上った。銀に輝く魔力は、天からの祝福のように騎竜であるメルセデスの体を包み込む。時間にしては一秒にも満たないその刹那で、全ての工程は終了していた。
 かつて科学の馬に行い宝具にさえ迫った自分以外に対する鎧の付加。
 紡ぎ上げられ具現化したセイバーの魔力は、メルセデスを異形の竜と化した。
 姿形は確かに竜である。しかし、その全身を覆う流れる水を思い起こさせる流線型の鎧が覆っていた。銀に輝き、そこらにある角ばった鎧とは違う滑らかな曲線を描く鎧には、見るものに畏怖を抱かせ近寄りがたい一種の力を放っていた。特徴的なのは流線的な形だけでなく、翼の下に付けられた筒のような何か。それが両翼二枚の翼のしたにそれぞれ二本ずつ、合計四本付いていた。ハルケギニアの者が見てもそれが何なのか想像も出来ないだろうが、士郎と同じ世界の者が見れば、思いつくものがあるだろうソレ(・・)
 航空力学に基づかれた空を飛ぶための鎧を身につけた竜は、完璧な空力特性を己のモノとし更に速度を上げる。更にセイバーは“風王結界(インヴィジブル・エア)”を鏃型に広げ竜の鼻面に展開させた。限界まで圧縮された気圧の傘は、空気抵抗から竜を解放した。
 空を飛ぶ際、常に感じていたソレ。
 速度を上げれば上げるほど自身の身体を縛る鎖のようなソレが砕け散った瞬間。
 セイバーの駆る竜―――メルセデスは開放の喜びに咆哮を上げた。

 ッオオオオォォォォォォ―――ッ!!!!

 同時に、セイバーの魔力が爆発した。
 “竜の心臓”から生み出される莫大な魔力が、鎧を通して竜の両翼の下に備え付けられた筒へと流し込まれる。限界まで注ぎ込まれた魔力に、魔力て紡ぎ上げられたロケットエンジン(・・・・・・・・)が火を噴く。何十もの大砲が同時に発射されたかのような爆発音が響き、津波の如き衝撃が空を走った。
 そこから生み出された速度は最早人の目では視認する事が不可能なモノであった。
 地上から空を見上げたとしても、点ではなく線としか見えない速度で空を翔けるソレは、完全に音を置き去りにしていた。
 一条の流星と化したセイバーと竜は無限の空の下、見えない衝撃(ソニックブーム)と言う配下を引き連れ戦場へ飛び込んだ。










 ロマリア艦隊とガリアの両用艦隊との戦闘は膠着状態に陥っていた。
 百二十を数える両用艦隊に対し、ロマリアの艦隊はその半分にも満たない四十隻しかない。にも関わらず、戦端が開かれてまだ戦局が決定しないのは、様々な要因が重なった結果からであった。
 例えば互いの士気の違いである。
 負ければ国土が蹂躙されるロマリアにとっては、敗北は絶対に許されない。死んでも通さぬとの気概は、それこそ天を突く程までに高かった。
 それに対しガリアの両用艦隊は、指揮する上官の一部を除けば、まともな説明もないまま戦争が始まり、しかもその相手は自分たちが信仰する宗教の中心地である。いくら戦う事が仕事の兵士であろうとも、確固たる戦うべき理由もないままに戦えるようなものではない。士気は地にめり込む程に最悪であった。
 他にも両用艦隊内で発生した内乱や攻撃の拒否等もあり、戦闘が始まってから数時間が経つ今でも、未だ互いに一隻の船も落ちてはいなかった。
 とは言え、互いの船には砲弾や魔法による傷がそこかしこに刻まれており、唯一無傷なのはそれぞれの艦隊の旗艦だけであった。
 いくら両用艦隊の士気が低く、様々な問題が発生していたとしても、遮蔽物のない空において倍を超える数は、他の不利を圧するに足る力であった。ロマリア艦隊を指揮する総司令官は、このままではいずれ磨り潰されてしまうだろうとの予感があった。
 両用艦隊から降ろされた巨大なゴーレムが虎街道を通り、アクイレイアへと向かっているとの報告も上がっている。既に少なくない犠牲が発生しており。ここで自分たちが負ければ、取り返しのつかない状態にまで陥るだろう。
 経験が形になったかのような黒い日焼けと深い皺が刻まれた顔を厳しく引き締めた総司令官は、両用艦隊の要である敵の旗艦“シャルル・オルレアン”を睨み付ける。
 まともな攻撃を行っていないにも関わらず、未だ敵艦がこの場で戦闘を行っているのは、旗艦である“シャルル・オルレアン”の存在があるからだろう。指令官は一度目を閉じると、ぐるりと辺りを見回した。周囲には、長く付き従ってくれた部下たちの姿がある。司令官の視線に気付いた彼らの顔が、何かを感じ取ったのか一瞬強ばるが、直ぐに信頼しきった力強い笑みに代わり小さくその顔を縦に一度動かした。

「……すまない」

 司令官の口が小さく動く。
 呟かれた言葉は、彼の部下たちの耳に届く事はなかったが、長年付き従ってきた部下たちはハッキリと耳にしたかのように浮かべた笑みを深くした。
 戦端が開かれる前。戦力差は既に明らかであったため、事前に旗艦が落ちた際の命令系統は事前に準備出来ている。例えこの旗艦が落ちようとも、戦闘に支障はない。普通ならば厳重に守られている敵旗艦にまで辿り着く道が、様々な問題により隊列が乱れていることから生まれている。
 千載一遇の機会。
 そしてその道を行くには他の船では駄目だ。今現在の膠着状態は圧倒的な数の不利を、士気や作戦等により微妙な均衡を保っているのだ。一隻でも崩れればそこから大きく敵側に傾くこともありうる。ならば、唯一敵との戦闘を行っていない船が行かねばならない。
 そんな船は旗艦たるこの船しかなかった。
 最後の手段とも言っていいほどの作戦であるが、既にその作戦を実行しなければならないほどにロマリア艦隊は追い詰められていた。しかし、いくら旗艦が落ちた際の命令系統が事前に決めているとは言え完璧とは言えない。少なくない混乱が起きるのは必定だが、状況がそれ以外の方法を許してはくれなかった。
 命令を下せば、成功失敗問わずこの船は落ちる。
 何せ敵の旗艦である“シャルル・オルレアン”号は、現―――否、史上最高最大の船である。船一隻でどうこう出来るような相手ではない。しかし、今この状況ならばこの()一隻の犠牲で何とか出来る可能性が見える。
 問題はその()の中に、船員も含まれてはいることだけ。
 実行すべき作戦は何も難しいものではなく単純なものである。
 爆弾や火薬を詰め込めるだけ詰め込み敵船に体当たりを仕掛けるだけ。
 数十メートル級の爆弾だ、いかに強大な船であろうと撃沈は免れない。
 自分と仲間たちの命を無視すればの話ではあるが……。
 
「総員、これより―――」

 総司令官が、自分の信頼する部下と愛する船に死を告げようとした―――その時であった。

『―――こっ、後方より高速で何かが接近しておりますっ!?』

 甲板の上にある物見台から繋がる伝令管より、物見の船員からの声が司令室に響いた。

「後方から、だと?」

 何処からか訝しげな声が上がった。
 今、この船の後方にはアクイレイアがある。つまり、後ろからくるものは味方の応援か、回り込んできた敵の増援の二つしかない。しかし、伝令管から聞こえてきたのはそのどちらでもない“何か”であった。
 指令官が直ぐさま伝令管を掴み口を寄せる。

「何かとは何だッ!? 報告はハッキリしろッ!!」

 甲板上まで繋がる伝令管の金属製の筒がビリビリと揺れる程の大声だ。微かに向こうから押し殺した悲鳴のような声が聞こえてきた。

「―――一体何が見える」

 荒げていた声を落ち着かせて再度問う。何かを破壊しかねない怒声ではないが重みを持った声であった。その声に少しばかり落ち着いたのか、喉に詰まったかのような奇妙な音が何度か続いた後、混乱は収まったようだがそれでも未だ興奮した声が伝令管から届く。

『っ―――ひ、光です。銀色に輝く光がこちらへっ―――なっ!? は、速いっ、速すぎるっ!? あれは一体ッ?!』
「何だっ!? どうしたっ!!?」

 一旦落ち着いたかと思った船員の声が、未知の存在に対する恐怖と興奮に酷く乱れる。それは司令官の怒声でも効果がなかった。

『ふ、船? りゅ、竜? い、一体何なんだッ!?』
「―――っ」
「艦長っ!?」

 命令に反応しない物見の船員の呆然とした声に、司令官は苛立ったように伝令管を殴りつける。予想外の何かが起きたのだろう事は直ぐに察した。平時から船員には報告の重要性についてはしつこい程に厳命していた。それを理解していない者はこの船にはいないと知っている司令官は、それでも対応出来ない何かが起きたと直感した。そしてその直感が外れた事はなく。本能の赴くまま、司令官は老境に差し掛かろうという歳を感じさせない身のこなしで素早く司令室を飛び出していった。数瞬の間を置き、その後を状況に気付いた部下たちが慌てて追いかけ始めた。
 息を切らしながらも何とか甲板に繋がる扉へと辿り着いた司令官が、扉に手を掛けた状態で深く息を吸い呼吸を整えた。
 厚い扉を超えて、甲板上から声が聞こえる。空に響く魔法や大砲が撃った弾が飛びかう音を圧する程の声。
 聞こえてくる声は、恐怖や悲鳴に彩られてはいない。
 それはまるで、偉大な存在を目にしたかのような畏怖と驚愕に満ちていた。
 司令官の心臓が走ったことによるものとは別の理由から大きく一度高鳴った。
 予感がする。
 この扉を開けるととんでもないモノが見れると。
 背後から部下たちが走り寄ってくる音を聞きながら、司令官は大きく一度深呼吸すると扉に掛けた手に力を込めた。
 



 





 両用艦隊旗艦“シャルル・オルレアン”号の甲板上で、この艦隊の司令官であるクラヴィル卿が、苛立たしげに先程から足裏で甲板を叩き続けていた。不満に歪んだ口元からは、押し潰された唸り声が漏れ聞こえている。

「~~~っ、何故未だにロマリアの船が一隻も落ちんのだッ!!?」

 一際強く甲板に足裏を叩きつけたクラヴィル卿が吠えると、隣に控えるリュジニャン子爵が煤で汚れた頬を手の甲で拭いながら疲れたように溜め息を着いた。

「色々と理由は考えられますが、一番の問題は士気の違いかと思われますな」
「……士気の違い、か」

 クラヴィル卿が苦々しく言い放つと、上等な仕立ての軍服に付いた返り血を見下ろした。

「俺とて陛下の命令の意味など分からんし、納得もいっているわけでもない。砲甲板の奴らが反乱を起こした気持ちも分かんでもない」

 顔を顰めたクラヴィル卿は、砲撃や魔法により薄く煙る空へと顔を向けた。
 戦いによる汚れで霞んでいるが、それでも十分以上に美しい空であった。
 抜けるように何処までも青い空を見上げていると、不意に疑問が浮かび上がった。

 何故、自分はここにいるのだ、という疑問が……。

 その疑問に、『またか―――』とクラヴィル卿が内心苦笑を浮かべた。
 クラヴィル卿の人生の半分以上は、海と空で過ごしてきた軍人としてのものであった。
 候補生の頃から数えれば、その軍人人生は既に三十年を超えている。提督としての座に着き、多くの勲章も授与されてきた。
 名声、実力共に評価は高い。
 しかし、当の本人たるクラヴィル卿自身は、常にそんな自分の実力に疑問を持っていた。同期を含め自分よりも遥かに優秀な人材は数多くいたからである。しかし、その殆どは既にこの世にはいない。そういった優秀な人材は自分とは違い、政治の世界へと手を伸ばしたことから、現王であるジョゼフに関わる内紛によりその殆どが文字通り姿を消していった。政治に顔を突っ込むほど優秀ではなかった自分は、政治のゴタゴタに巻き込まれる事は少なく、何も見ず、何も聞かず、何も喋らずにただ下された命令に従っていると、何時の間にか提督の地位に立っていた。
 幸か不幸か自分の実力を正確に把握しているため、自分が特別に優秀であると勘違いする事はなかった。
 だからこそ、時折不意に胸中に湧き上がるものがある。

 ―――自分の今いる地位は、本当に自分に相応しいものであるのか?

 そんな疑問である。
 運や都合により提督の地位にあると知っているクラヴィル卿であるが、未だにその疑問に対する答えは出ていない。
 その疑問が浮かぶ度に自分なりの答えを出そうと考えているのだが、いかんせんそんな疑問を何時までも考え込んでいられる程“提督”という地位は暇ではなかった。日々の忙しさに追われている中、このまま答えが出ずに引退するのだろうと考えていた―――そんな矢先であった。

『―――ロマリアをくれてやる』

 そう―――悪魔(無能王)が囁いたのだ。
 その言葉は自分の心と判断を惑わすには十分すぎるものであった。
 当たり前だ。
 国であるロマリアをやると言っているのだ。ロマリアはどこぞの国の領地ではなく小さいとは言え立派な一つの国である。つまり、それを手に入れるという事は自分が“王”になると言うことだ。
 王―――それは想像どころか夢にも思わなかった地位。
 それが目の前の手の届く位置にあるのだ。
 冷静で居られるはずがない。
 この時になって始めて、彼は内紛に巻き込まれて消えていった者たちの事を理解した。
 彼らは優秀であるから故に、自分たちの望む地位へと手が届くと信じて政治の世界へと飛び込んだ。当時の世情がお世辞にも良いとは言えない中、それでも権謀術数飛び交う政治の世界へと飛び込んだのは各々が抱く欲と野心のためだったのだろう。
 そして自分の中にもそんな欲と野心はあった。
 その欲と野心を揺さぶるのに“王”という言葉は十分以上に強力なものであった。
 軍に入って初めて行われた野心による行動が、どういった結果になるかは未だ分からない。ロマリアとの一戦が始まった際、同盟関係にあった筈のロマリアとの戦いに反対した砲甲板の兵士たちが反乱を起こした程である。いくら両用艦隊がロマリアの艦隊の倍以上存在するからといって油断はできない。
 士気の差は時に戦局を左右する程の影響を与える。現に反乱を起こした砲甲板兵を鎮圧した後始まったロマリア艦隊との戦闘が未だ終わっていない。
 通常ならば倍以上の戦力の差があれば精々一、二時間もあればある程度戦局が決定している。しかし、戦闘開始から既に結構な時間が過ぎている今も未だ戦局の行方が見えない。
 
「……このままでは、あの女がロマリアを灰にするのが早いかもしれんな」

 砲撃の音が響く中、誰に言うでもなくクラヴィル卿は呟いた。
 向けられる視線の先には火竜山脈に刻まれた峡谷―――“虎街道”。そこには謎のゴーレム(ヨルムンガンド)と共に虎街道へと降り立ったシェフィールドがいる筈である。
 国王直属の女官という触れ込みで乗艦したシェフィールドという女は、一言で言えば不吉な女であった。
 女官、と言いながらその姿は古代の呪術師のような闇のような黒いローブに身を包んでおり、常に深くフードを被っていることからどのような顔をしているのか見たものはいないが、僅かに見える口元だけでも相当な美しさが伺い知れた。
 だからと言ってシェフィールドが常に身に纏う破滅を思わせる不吉な雰囲気故に鼻の下を伸ばすような輩どころか近づく者さえいなかった。
 
「ヨルムンガンド、か」

 唸るようにその名を呟く。
 サン・マロンで搭載した巨大な騎士人形。人間のように甲冑に身を固め、さらには大砲や剣で武装した怪物。噂ではその開発にエルフが関わったと聞くが、成程と納得するだけの迫力と性能があった。
 それが十体。
 既にシェフィールドが十体のヨルムンガンドと共に地上に降りてから一時間は経過している。妨害等でまだ虎街道は抜けてはいないだろうが、それも時間の問題だろう。あの甲冑人形が振るう剣や大砲の前では、どんなメイジの部隊も城の城壁も意味はなさない。甲冑人形が動く限り破壊は何処までも続くだろう。
 それこそロマリアが灰になるまで(・・・・・・・・・・・)……。
 自分の想像に、クラヴィル卿の背筋がぶるりと震えた。
 受けた命令は確かに『ロマリアを灰にせよ』ではあるが、それをそのまま受け取るほど狂ってはいない。そもそも何処の誰が一国を灰にせよ等という命令をそのまま受け取るような狂人がいると言うのか。それに苦労して手に入れた土地が灰になっては、そんな所で王になったとしても何の意味もない。
 だが、その狂った命令をそのまま実行しそうな人物がシェフィールドという女であり、それを実行出来そうなものがヨルムンガンドであった。
 
「……欲に目が眩んだか」

 自虐的に呟き脳裏に浮かぶのは、野心や欲望に飲まれ消えていった同僚の姿。
 その中に自分の姿も見える。
 気付かないうちに自分だけは大丈夫等と言った根拠のない自信があったのだろう。
 今になって自分はとんでもない相手に力を貸しているのではないかと恐ろしくなった。
 “王”という(野心)に目が眩み、手を伸ばした先にあるのは破滅と言う名の闇ではないかと。
 しかし、もう止める事は出来ない。
 ロマリアが滅びるか、こちらが滅びるかしない限りこの戦いは終わらないだろう。
 だが、あの悪魔のような怪物(ヨルムンガンド)を倒せるようなものは想像できない。
 それでも倒せるモノがいるとすれば―――

「ふん、それこそ―――」

 ―――ッッ!!!

 クラヴィル卿が何かを口にしようとしたその時―――一爆発音が響いた。
 
「―――なっ、何が起きたッ!!?」

 爆発により生じた衝撃が、巨大なシャルル・オルレアン号の船体を揺らした。甲板に立っていた者は残らず倒れる中、頭を振りながら顔を上げたクラヴィル卿が声を張り上げる。

「―――ッ、ば、バーミリア号轟沈しましたッ!!」
「なっ、馬鹿なッ!?」

 物見台から聞こえてきた声に、クラヴィル卿が信じられないと驚愕の声を上げた。見張りの兵が口にした艦名は、紛れもない両用艦隊の船であった。それも、旗艦“シャルル・オルレアン号”の次に巨大な船である。受けた衝撃から近くの味方の船が落ちたのではと想像していたが、バーミリア号の名は想像していなかった。
 慌てて立ち上がり周囲を見渡すと、確かにバーミリア号が船体を砕きながら下へと落ちていく姿が目に入った。
 バーミリア号はシャルル・オルレアン号には劣るが、それでも通常の船の倍近い大きさがあった。例え直撃を受けたとしてもそう易々と落ちるようなものではない。それに配置もロマリアの砲撃が届かない後方にいたはずであった。
 一体何故、どうしてとクラヴィル卿が混乱に陥っていると、

 ―――ドォォォンッ!!!

 再度爆発音が響いた。

「―――ッ、何処だッ!!」

 今度の爆発は離れた場所で起きた。船体の揺れは小さく倒れる程のものではなかった。たたらを踏みながらも周囲を見回すと、ゆっくりと船体の破片をバラ撒きながら落ちていく船の姿が目に入った。

「な、そんな……馬鹿な……」

 火薬庫に火が回ったのだろう。既に元の形が分からない船が、爆発しながら落ちていく様を見ながらクラヴィル卿は震える声で呟く。

「ゴドヴィル号が落ちた、だと」

 頑丈さで言えばシャルル・オルレアン号を除き両用艦隊の中でも随一を誇る船がクッキーのように砕けて落ちていく。十を数えないうちに二隻もの船が落ちた。戦争をやっているのだ、轟沈する船があっても何らおかしくない。だが、その落ちた船がおかしかった。バーミリア号もゴドヴィル号もそう簡単に落ちるような船ではなく、何よりどちらもロマリア艦隊の攻撃の範囲には入ってはいない。
 一体何が起きているのだと混乱と怒りが渦を巻き、思わず甲板を蹴ろうと足を上げた時―――

 ―――ドッ、ドッ、ドオオオオォォォォォォンッ!!!

 これまでで一番の揺れがシャルル・オルレアン号を襲った。
 まるでシェイカーを振るように船体が上下に激しく揺れ、身体が何度も宙へ浮き床に叩きつけられるが続き痛みと混乱で霞む視界の中、クラヴィル卿の目に銀色の輝きが映った。

「―――銀、色の、光?」

 甲板にしがみつきながら顔を上げたクラヴィル卿の視線の先には、青い空に銀色の輝きが見えた。硝煙や船が砕けた破片が浮かぶ青空に、銀色の輝きが線を描いている。巨大な見えない何かが線を引くように描かれる銀線の先には両用艦隊の船の姿が。

「危な―――」

 思わず声を上げるクラヴィル卿。
 向けらる先は両用艦隊の船ではなく謎の光へ。
 両用艦隊の船の大きさに比べれば、銀色の光はあまりにも小さすぎるからだ。傍目から見れば鼠が猫に襲いかかると言うよりも、蚤が猫に襲いかかっているかのようで。このままでは銀色の光が砕けてしまうと銀色の輝きを目で追っていたクラヴィル卿の目と口が、次の瞬間ぽっかりと円を描いた。

「馬鹿―――な」

 空を轟かせる爆発音と衝撃の中、クラヴィル卿は食い入るように銀色の輝きを見つめ続ける。
 船を貫き(・・・・)新たな獲物を探すかのように空に走る銀線を見上げる。

「あれは……一体……」

 紙を矢で射るかのように次々に両用艦隊の船を貫き砕きながら空を進む銀光を見つめていたクラヴィル卿は、気付けば立ち上がり銀色の輝きを追うようにふらふらと舷縁の前にいた。
 まるで誘われるかのように舷縁から身を乗り出すように身体を出したクラヴィル卿が、“遠見”の魔法で銀光へと目を凝らす。銀色の輝きにしか見えなかった姿が、クラヴィル卿の瞳に辛うじて像を成した。
 その余りの速度故か全体的にボヤけているが、長い首に巨大な翼が確かに見える。
 その姿形からして、それが何なのか直ぐにクラヴィル卿は気付く。

「―――銀色の、竜」

 それは、銀色に輝く竜であった。
 大きさは通常の風竜の大きさであろう。
 しかし、それは見たこともない竜であった。太陽の光を受け、その身体が銀色に輝いている。

「何と、美しい」

 思わず漏れたとばかりに感嘆の吐息と共に呟かれた言葉に、クラヴィル卿が“遠見”の魔法を解除して顔を隣に立つ者へと向けた。
 隣には艦隊参謀のリュジニャン子爵が何時の間にか立っていた。

「確かに神々しいともいえる竜だ……しかし、銀色の竜など見たことも聞いたこともないぞ」

 味方の船を落とした船であり、敵であるのは間違いない。にも関わらず、二人の胸に湧き上がるのは味方を落とされた事による敵意や怒りではなく、畏怖に近い感動と興奮であった。
 銀色の閃光を残し空を翔ける竜の姿に、知らず呟かれるのは自然に生まれた憧憬の思い。
 聖なる輝きを放ちながら空を進む姿が、余りにも美しすぎる。
 強く、美しく、そして神聖さを感じられる竜。
 
「あの竜は一体何なのだ?」
「分かりません。が、あの竜を見ていると、どうしても馬鹿な考えが浮かんでしまいますな」

 クラヴィル卿の疑問に、首を左右に振りながらもリュジニャン子爵が苦い顔で笑った。

「ふむ、奇遇だな。俺も同じように馬鹿な考えが浮かんでいたところだ」

 チラリとリュジニャン子爵を見たクラヴィル卿が喉を鳴らして笑った。
 両用艦隊のトップの二人が甲板上で並んで笑っている間も、銀色の竜は次々に船を貫き破壊していく。既に三分の一の船がその身を砕かれ地上へと落ちていた。未だ健在な船も混乱に陥り、まともな対処が出来ていない。中には慌てて逃げ出し近くの船と接触し自爆している船の姿も見える。加速度的に両用艦隊の船が落ちていく中、トップの二人が味方の船が落ちていくのを見ながら笑っている姿には狂気的なものが見えた。
 
「リュジニャン。そう言えばお前は、この戦いが後世の劇作家の格好のネタになると言っていたな」
「ええ、確かに言いましたな」
「お前はどう思う? この戦いをネタした劇作家が作る物語は喜劇だと思うか? それとも悲劇か?」

 近くの船が銀の流星に貫かれた後、爆発した。両用艦隊の中で最も小さかったその船は、空気の入れ過ぎた風船のように四散したが、不思議な事に炎の姿は見えなかった。内部の火薬に火が付いたという訳ではないようだ。クラヴィル卿は爆圧により乱れた髪を手櫛で直しながら、耳鳴りに顔を顰めながら隣に立つリュジニャン子爵に視線を向ける。

「さて、砲甲板で反乱が起きた時は喜劇かと思いましたが、この光景を見るとまた別の考えが浮かんでしまいますな」
「ほう、またまた奇遇だな。俺も丁度同じことを考えていた」
 
 二人は顔を見合わせるとニヤリとした笑みを浮かべた。

「ブリミル教の教皇の御座す都市へ迫る悪の艦隊。その前に立ち塞がる勇敢なるロマリア艦隊。しかし、数の差は歴然。時と共にロマリア艦隊は劣勢に追いやられていく」

 歌うように物語を語るように話しだしたリュジニャン子爵に驚くことなく、クラヴィル卿は面白そうに笑うとその続きを語りだす。

「あわやこれまでと思った時、空を翔ける銀の竜が現れた。聖なる光を放つ竜は、次々に悪の艦隊を打ち破り、ロマリア艦隊に勝利をもたらした、か」

 禄な抵抗も出来ず、味方の船が虫のように落とされていく光景を見つめる。何十もの船が一斉に大砲を、何百のメイジが魔法を放つが、銀の竜には一つとして当たりはしない。それどころか碌に狙いもつけれないのか、味方を誤射する姿も見かけられた。勝利を目前にしていた筈が、もはや風前の灯火。その鮮やかなまでの逆転劇に、クラヴィル卿とリュジニャン子爵は、まるで何かの物語を見ているかのような気分にさせられた。
 
「リュジニャン。お前ならばその物語に一体どんな題を付ける?」
「そうですな……」
 
 悩むような唸り声がリュジニャン子爵の口から漏れた時、砲撃の雨を掻い潜った銀色の輝きが、進路をシャルル・オルレアン号へと向ける。近づく銀の輝きが段々と大きくなる。小さな点が、どんどん竜を形作っていく。あの銀の竜の突撃を受ければ、例え史上最大の船であるシャルル・オルレアン号であっても耐え切れない。それが分かっていながらも、二人の顔に焦りは見えなかった。それどころか、何かの物語の中に入ったかのような現実感のなさに、笑いが漏れていた程であった。そんな二人の笑みが、目に飛び込んできた光景により驚愕に変わる。
 二人の目に飛び込んできたのは、接近してくる竜の背に跨る少女の姿。
 銀色に輝く竜の背に、青い衣の上に銀の甲冑に身を包み込んだ少女。
 現実感の感じられない、まるで物語のワンシーン。
 その姿を目にした瞬間、リュジニャン子爵はふっと力の抜けた笑みを浮かべると、隣のクラヴィル卿に顔を向けた。クラヴィル卿と顔を見合わせる。クラヴィル卿の顔にも、何やら力の抜けた、諦めた笑みが浮かんでいた。

「―――“聖竜と乙女”等は、如何ですかな?」
「何とも美しい“英雄譚”になりそうだ」
 
  
 
 

 
後書き
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