ソードアート・オンラインーツインズー
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SAO編-白百合の刃-
SAO21-黒髪の少女
夜が明け、爽やかな朝日の光が窓から差し込まれる。そこに小鳥のさえずりが目覚まし時計のように鳴り、気持ち良く起床することができた。
「……あれ?」
周りを見渡せば、木でできた壁と床の空間。ベッド以外の家具は置いていなかった。
そして側にドウセツが眠っている。あそっか、ドウセツの別荘で寝たんだ。
私の腕の中に眠るドウセツは照らされる朝陽によって、さらに白く美しく、まるで私の二つ名の白百合のようだった。あれ? 浴衣じゃなくて私服になっている? 途中で起きたのかな? 似合っているから別にいいし、どんな服を着ても現実のように寝五心地が良くも悪くもないから、影響ないからいいんだけどね。
それにしても……。
「寝顔も綺麗だよね……」
私服が似合っていて眠る姿にときめいてしまい、思わず本音が漏らしてしまう。そして私は何を思ったのか、長い濡れ羽色の黒髪に触れて、また思ったことを漏らしてしまう。
「綺麗だよね…………食べちゃいたい」
「朝っぱらから、変態発言はやめて欲しいわね」
「……あれ?」
いつのまにか起床していたドウセツから久々の毒舌を味わってしまった。まさか起きていたとは、全然気がつかなかった。
ドウセツは上体を起こし、指でまぶたを掻く。どうやら、今さっき目が覚めたばかりで、私が思わず本音を漏らしたことは、たまたま聞いてしまったようだ。
「私を食べようとしたら、『軍』に追放していたわ。良かったわね、忠告を受けられて」
「いや、別に本気だったわけじゃ……その様子だと、いつものドウセツに戻れたかな?」
「そうでもないわよ……ただ」
「ただ?」
「少し……落ち着いた」
ドウセツが自分の心情を私に伝える時のその表情に、悲しい色合いは別の色に重ね塗りされた穏やかな彩色だった。あらゆる恐怖に怯えたドウセツは、涙と共に去って行ったんだろう。
「……そっか」
それだけでも、私は十分嬉しかった。
さて、この後どうするか。しばらく、前線から引いて休暇を取るつもりでいるんだけど、計画的になにも決めていない。ドウセツの心の傷を少しでも癒そうとするのがある意味本来の目的だから、別に前線へ出ても危険な目に遭わなければそれでいいんだけど……ある程度はなにかしら決めたほうがいいんじゃないか?
疲れたら、休むのが一番。だけど、中身がない休日を何日過ごして楽しいのか?
「ねぇ、キリカ」
計画性のない休日になにかしら埋めようと考えていると、ドウセツがちょっと恥ずかしそうに、申し訳なさそうに顔を覗き込んで口にしてきた。
「まだ貴女に言えないことある……の。で、でも。もう少し待っていて、いつか、言うから……だから……」
「うん、いいよ」
我ながら、呆れるほどあっさりした返答だった。ドウセツがまだ何かを抱いていることに驚くも、私は簡単にドウセツの言葉を要求していた。
「ドウセツが言いたい時に言えばいいから、私は待っているよ」
「キリカ……」
あっさり即答したことは触れず、ドウセツはベッドに顔を埋め込んだ。
「あり……がとう……」
ドウセツは消えそうな声で口にした。
はい、ちゃっかり聞き取りました。
すっかりしおらしくなっちゃった可愛らしいドウセツを寄せつけて抱きしめた。
「や、やめなさいよ」
「えーいいじゃん。あれ、恥ずかしいの?」
「あ、当たり前でしょ!」
「そっか……そうだよね」
自然と笑ってしまうと、視界に映っていたのはドウセツは嫌そうだったけど唇が若干吊り上がっていた。
●
前線を引いて休暇をとることにした私達は、第二十二層にあるログハウスで休暇を過ごすことにした。二十二層と同じく、民家が少なく自然が多い『フリーダムズ』で過ごしてもいいのだが、前線から引くってなるとそれとりも下層で過ごしたほうがリフレッシュするかと思ったという、安易な理由である。
ドウセツが逃げるためのログハウスにはベッドしかない。しばらくログハウスで暮らすのに、ベッド一つだけでは寂し過ぎるので、家具類など必要な物を揃えるために買い出しに出掛けることにした。
「今日もいい天気だな~!」
精一杯背伸びして、思ったことを一度留まらせることなく口に出した。
「ごろごろしたい!」
「家具を買い揃えようと言ったのはどこの誰かさんでしたっけ?」
「あー……うん、誰だろうねー」
惚けた私に救いの手を差し伸べてきたかのように、一通のメールが受信された。
「あ、メールだー」
「露骨」
結構突き刺さる一言を聞かなかったことにして、受信されたメールを読み始める。
えっと…………。
えー……。
「……どうしたの?」
「…………兄からのメール。重大な報告があるからエギルの店まで来いってさ」
これからドウセツと大事な時間を過ごす準備をしようとしていたのに、なんと間の悪いことだ。重大なこと? そんなのメールで伝えればいいじゃないか。アホ! 兄のアホ! ついでにドアホ!
さらにその数秒後、ドウセツはアスナからメールが送られ内容は兄と同じだった。
「たく……今さら何を報告するのだよ……」
この数秒間で私は兄から、ドウセツはアスナからまったく同じ内容のメールが送られた。それを察するに、重大な報告の中身がなんとなく見えてきた。昨日のクラディール
とストロングスの件から考えると、ほぼ確定だろう。
兄もアスナも本人に直接伝えたい気持ちはわからないわけがない。私もそうする、が……。個人的に言ってしまえば、中身が見えている報告と、前から確定しているであろう、内容を確実に決めるために行くのもなぁ……。めんどくさくはないが、別にいいんじゃないかと思ってしまう。
「行ってきなさい」
「えっ」
「私はお金を稼ぐために効率のいい狩り場で稼ぐから、その間に行ってきなさいよ」
「な、なんで?」
「聞こえなかった? 耳鼻科に行こうか?」
「せ、正常だって! なんでそうする必要があるの!?」
ドウセツは指を一本ずつ立てるように説明し始めた。
「一つ。お金を稼ぐ理由はこれからの休暇で何かしら使うからよ」
「今あるお金で十分じゃないの?」
「金はあっても困らないわ。念のためよ。そして二つ目は、暇つぶし」
「暇つぶしって……」
「というのは半分で、自分が今どれくらい戦えるかを確かめたいの。それを休暇の時間には使いたくないから今確かめる。そして三つ目は敢えて言わない」
「いや、言ってよ」
「どうせアスナの報告なんてたかが知れているわ。貴女から聞けばいいこと」
淡々に説明するドウセツは、内容のせいか呆れてしまう。なんだよ、半分暇つぶしって……せめて暇つぶしは嘘でもいいから嘘にしてよ。
「わかったよ……」
「あら、いいの?」
「ドウセツが確かめたいのなら、拒わないわよ」
ドウセツを助けることは、安全にさせることではない。守ることは大事だし、ドウセツを想うことも大事、傷つけさせるのも嫌だ。物だったら大事な箱にしまって大切に保管すればいいのかもしれないが、ドウセツは人だ。意志もちゃんとある。決意することだってできる。例えそれが、もしかしたら後悔してしまうような道だったとしても、全てを拒むことは私にはできない。
単に私が甘いだけかもしれないけどね……。
「その変わり無茶しちゃ駄目だよ」
「大丈夫よ。比較的安全なところで稼いで、最前線にはいかないから」
「……フラグじゃないわよね?」
「してほしい?」
「やめてくれ」
それは冗談の話だけにしてほしい。
「それじゃあ、行ってくる。一人で寂しくてまた泣いちゃわないでね」
「寂しくて泣くほど、変な泣き虫じゃないから余計な心配をしないで」
「……そっか」
それじゃあ、私は予想できている兄とアスナの重大報告を聞くためと、お祝いの言葉を
送るために向かいますかね。
●
「ちーす、エギル」
「キリ……キリ……カ?」
エギルの店に兄とアスナがいるので、真っ直ぐそこへ向かった。
どうしたの?と訊ねる。するとエギルは真面目な顔で答えた。
「おまえ……キリカだよな?」
「エギルさんは頭でも打ったの? 病院に行ったら? ついでに髪の毛もはやしたら?」
「余計なお世話だ! その口調と返し方、やっぱりお前はキリカだ」
やっぱりって言うけど、まぎれもなく私はキリカだって。私のことを好んで変装するような人なんてそうそういないだろう。つか、変装なんてできるのか?
「それで、エギルさんは私のことを疑ったのかな?」
「いや、ただな、お前の髪下ろした姿が色っぽくて別人に見えてしまったんだよ。まさか、あのキリカがべっぴん美人に変わったかと思っていたけど、そんなわけないなと思ってキリカを疑っちまったぜ」
「そうかそうか」
アハハハハとお互いに高笑いした後、笑顔を保ちながら口にした。
「そうだ、今度デュエルしようよ。罰ゲームはゲームクリアするまでメイド服で店番するっていうのさ」
「謝るから勘弁してくれ」
たく、失礼だな。あのキリカがとか疑うとかどう言うことだよ。既婚者ならもっと女の子にデリカシーのない対応ぐらいしたらどうなのよ。私だって恥じらう乙女でもあるんだからね。
今回は頭を下げて拝むようにお願いされたから水に流しておくけど。
つか、髪下ろした状態で来ちゃったか、私。だからここに来るまで視線が突き刺さる感じがしたのか? そんなに銀髪ロングって魅力なの? ドウセツにでも聞いてみよう。
「それでエギル、兄とアスナは?」
「あぁ、既に二階にいるさ」
「どうも」
軽く手を振った私は二階へ上がって部屋に入る。中には兄とアスナが椅子に座っていた。
「キリカ……ちゃん?」
どうやら私はなにかと驚かれることが多々ある様子。そんなに下ろした髪が珍しい? そんなに驚くことなの?
「アスナ。髪を下ろしたキリカは何故か変な魅力があるが……中身は変わってないし残念な美人だと思えばいいさ」
「おじゃましました~」
「待てよ! まだ何も話してないのにすぐに帰るなよ!」
本気で帰ろうとした私を兄は必死に止めて来た。
「いちいち余計なことが多いって」
「でも、本当のことだろお前の場合」
「兄、私用事あるからじゃあね~」
「悪かった。頼むから報告だけ聞いてから帰ってくれ!」
たく、仕方ないなぁ……と思いつつ、私は兄達の正面側に座って、重大報告を聞くことにした。
「じゃあ、重大報告って言うのを言ってもらいましょうかね」
「あれ、キリカちゃん。ドウセツは一緒じゃないの?」
アスナが私と一緒にいないことに気がついた。
「一緒だったけど別行動にさせた。報告だけなら、私だけでも十分でしょ?」
そう言うと、二人共すんなり納得した。多分本当はドウセツにも聞いてほしいところはあったとは思うけど、察してくれたのだろうか? それだったらありがたい話だ。
「あと一つ忠告でも言おうかな?」
「忠告ってなんだよ」
「そりゃあ愚問だよ、兄。あまりにもくだらない内容だったら罰を与えちゃうわよ」
「なんでそうなる」
「その罰は、メイド服を着て何日間生活をすることだよ」
「くだらなくはないから、それだけはやめてくれ!」
兄の表情が険しくなり、激しく抗議をしてきた。
「メイド服?」
「なんでもない、なんでもないぞ!あぁ、なんでもないからな!」
「そこまで否定しなくてもいいじゃない……」
兄の必死な否定にアスナは苦笑いする。滅多に見られない表情するから新鮮だと思うかもしれない。
兄が露骨に嫌がっているのは当然理由はある。今年の二月頃、ソロプレイヤー同士でアイテム配分を決める時に、罰ゲームありのジャンケン大会で決めることにした。運悪く一番負けた兄は罰ゲームとして、メイド服を着ることになってしまった。それが思いの他、周りの反響は意外と好評だった。メイド服姿の兄はなんとその日、二、三人プロポーズされたこともあった…………男性だけど。結構マジに男性から告白されたことで兄は軽くトラウマ化としてしまった。
この話はアスナからしつこく訊かれるとは思うので、ここで教えることはしなかった。
「ごほん……キリカ、お前に話したいことがある」
咳払いで空気を変えた兄は重大報告を口にする。
その報告と言うものは、けしてくだらないことではないのは行く前からわかっていた。
兄は顔を引き締め、背筋がピンッと伸ばしている。隣のアスナも同調するように、同じ状態になる。そして勇気を振り絞って、兄は一言一言噛みしめるように伝えた。
「このたび、俺とアスナは…………けっ、結婚することになった」
「…………うん」
結婚かぁ……。いいよね、女の子が憧れる幸せだよね。ウエディングドレスとか一度でも着てみたい願望は誰にでもあるはずだ。
「……キリカちゃん」
「うん? どうしたの、アスナ?」
「キリト君……今、重大なこと言っていたけど……反応薄くない?」
本人にとっては重大で大切なことだろうと思うし、私もそれがくだらないと思うほどバカではない。
「雰囲気的にそんなことだろうと思っていたから……予想通りだったかなって思うくらいかな」
「ま、マジで?」
「マジだよ、兄」
兄が俺ってそんなにわかりやすかったのかと、落ち込むように呟いていたのだが、その通りである。おそらく昨日のクラディールの件で想いを伝えて結ばれたってところだろう。
「ぶっちゃけ、結婚かお付き合いの報告じゃなかったら、メイド服着かせるところだったわ」
「範囲狭くねぇか!? その二つ以外、メイド服じゃねぇか!」
「いいじゃん、アスナと結婚できたんだから。つかむしろ遅いわよ。 どうせ前からイチャイチャ、チュッチュッしていたくせに!」
「悪かったな! それと訂正するけど、イチャイチャチュッチュッしてないからな!」
「あ、そっか。兄って鈍感のくせに、キザで質が悪いからするわけないよね。ごめんごめん」
「前から思っていたけど……ここ最近、ドウセツと同じぐらい毒舌じゃないか?」
そんなわけないじゃないか、私がドウセツと同じくらい毒舌を吐くんだったら、もっと別の言葉を使って、兄をいじっているわよ。
そう言うとアスナは苦笑いして、兄は呆れていた。あれ? マジでそうなの?
「ところで結婚って、システムのやつだよね?」
「他になにがある」
この世界での結婚は、確かどちらかがプロポーズメッセージを送って受諾すればそれで結婚が認められる。
結婚の特典は全情報と全アイテムの共有。お互いにステータス画面を見ることができ、アイテム画面に至っては一つに統合される。これは最大の生命線を相手に差し出すことになるので、稀に結婚詐欺と言う裏切りすることもなくはない、例え仲の良い人でもやるときはやるんだろうけど……兄とアスナなら、問題ないか。
二人には、確かな愛があるんだからね。
そう言うのって、なんか羨ましくて……良いなって憧れてしまう。
「それじゃあ、予想通りの結婚報告を聞いたとろこだし、私は帰るね」
「もう帰るの?」
「結婚した女の子に私は興味ありませんから。兄はせいぜいイチャイチャ、チュッチュッでもしてなさいよ」
「その言葉を使うなって」
せっかく気をつかっているのに、なんて言い草だ。遠慮なしでアスナと二人っきりにしても文句ないよね? だが今日のところは勘弁してやる。優先順位はドウセツの方にあるのだからね。
あとそうだ、去る前に言わなくちゃいけない言葉があったんだ。
「結婚おめでと」
そう言い残して一階に下りて、私は思いついたことを実行するためにエギルに話しかけた。
「ねぇエギル、知り合いに細工職人とかいる?」
「いや俺は知らないけど、情報通の人がいるから教えているよ」
「ほんと? 悪いけどお願いしてもいいよね?」
●
「ふ~ん。そんな報告だったの」
ドウセツに兄とアスナが結婚したことを伝えると、予想通りの薄い反応だった。人のこと言えないけど。
エギルにいらないレアアイテムを売ってもらった後、エギルに紹介された情報通の方に会い、情報をもらった私は個人的な買い物をした後にドウセツと合流。ドウセツと一緒に家具類を購入したらログハウスに戻って家具などの整理をした。今はアジアンテイストに仕上がって空間を眺めながら優雅な紅茶タイムを味合っていた。
「これでアスナから愚痴を聞かなくても済む」
「愚痴られていたの?」
「会う度に愚痴っていて迷惑だったわ。私にはよくわからないからウサギ踊りでもすればって、アドバイスはしたけど」
「適当なことで流そうとするのはアドバイスとは言わないけどね……」
もうちょっとなんかないかと思いつつ、黒色のマグカップに入った飴色の紅茶を口に入れる。ふと窓を見て思ったことを口に出した。
「……そう言えば、隣にもログハウスあったよね?」
「あるわね」
「せっかくだから、挨拶しにいかない?」
「隣に人はいないわよ。それに、なんで挨拶しに行こうとするのよ?」
「う~ん…………引っ越したての新婚っぽいことをしてみたいかな?」
「結婚してないじゃない」
「ぽいことだよ。今日からお引っ越ししました、キリカとドウセツと申しますってね」
「結婚関係ないわね」
「関係なくはないよ」
「どうだか、よく知らないわ。変態じゃないし」
「おい、私を変態扱いするな」
ドウセツとの他愛のない話が、なんだか幸せに感じる。紅茶も一味美味しさが増したように引き立っているような気がした。
こんな生活が一生続けばいいと思う。自然いっぱいなエリアで嫌なことを忘れて楽しく過ごして生きていたい。何気ないことが幸せだと思うことは楽しくて嬉しいことだ。
でも、それでは駄目なんだよね……。
今いる場所は幸せだけど、私の居場所ではない。
私には帰る場所があるし、やるべきことがある。そこが私の居場所で幸せで思いたいところだ。
それに、現実世界で迷惑かけた人に恩返しをしなくちゃいけないし、謝る人も感謝する人もいる。
だから、今、この時間は休暇を楽しむとしよう。将来、楽しく嬉しく語れるような思い出のエピソードとして。
「……なに笑っているの?」
どうやら私は笑っていたようだ。
「いや……ドウセツとの暮らしが楽しいからかな?」
「よくそんな堂々と言えるわね……」
冷静に返すけど、頬が若干赤く染まりながらプイッと顔を背けた。それがまた可愛い。
「あれ?」
「珍しいわね……」
ノック音の変わりにつけた、風鈴の音色が部屋に鳴り響いたのだ。
「お客様……だよね?」
元々この家はドウセツの家だから、知り合いでも来たのかとドウセツに目で伝える。
「誰にも教えてないわよ……」
しかし、ドウセツの言葉とは裏腹に先ほど鳴ったものは来客を示すものだった。つまり、ここに私達がいることを向こうはわかっている。
「え、まぁ……ともかく、私が出てみるね」
圏内だから強奪とかはないんだと思いつつ、相手を確かめるべく、玄関のドアに近づき押し開いた。
「あ、どうも。今日から近くに引っ越した者です。いろいろとご迷惑をかけますが、よろしくお願い致します」
「あ、これはどうもどうも、私も今日からここで暮らす者です。こちらこそ、よろしくお願い致します」
ペコッとお互いに頭を下げ、礼儀正しく挨拶をする。なるほど引っ越した者だったのか。
凛とした声に、栗色の長いストレートヘア、まるで“アスナ”みたいだ。いや“アスナ”その者って言ってもよいくらい似ている美人さんが挨拶に来てくれた。
「何の縁かわかりませんが、お隣さんは兄の恋人に似ていますね」
「奇遇ですね。わたしも恋人の妹さんに似ているんです」
妙な奇遇にお互い笑いだして、
「「…………」」
見つめ合って黙ってしまった。
……見間違えるはずがなかった。目の前にいる人物は先ほど兄と結婚し、私に婚約報告したアスナその者だ。
そしてお互いに思うところがあってハモるように驚いた。
「「なんでいるの!?」」
単なる偶然しかなかった。お互いにまさか知っている人物とこう言う形で会うことなんて、誰が想定していたか? しかも、同じ層でお隣なんて偶然もいいところだ。
「アスナがいるってことは……」
「おーい、アスナー」
間違いなく予想は当たっている。アスナに駆けつけた人物は黒ずくめの双子の兄。
「アスナ、どうしたんだって……えぇ!?」
「やっぱり、兄もいるんだ……」
私は出来過ぎた偶然に頭を悩ませてしまった。
結論から言えば、たまたま兄とアスナが隣のログハウスに引っ越して来たと言うことだ。
ふと兄とアスナの左手には同じ結婚指輪がはめているではないか。きっと結婚指輪は周囲の士気を下げるようなシステム外スキルとかあるのかな? 私もそれを見てムッとした。
「キリカちゃん?」
そうだな……うん。そうしよう。
アスナが私の顔を伺っていたようだけど、それを振り切るように口にした。
「新婚さんは家でイチャイチャしてればいいんだから、私に構わずチュッチュッしてればいいんだ」
「好きだな、その単語」
兄がなんか言っていたが無視してドアを閉めてドウセツの元へ戻った。
「誰だった?」
「アスナと兄……そんなことよりドウセツ」
そうだよ。兄とアスナを気にせず、私はやるべきことをしてみるだけだ。要は隣に引っ越しても気にしないことにした。
「ちょっとついてきて」
「は?」
隣の引っ越し者がよく知る新婚さんだったことを早々と終わらせて、出かけることにした。
●
「連れてきた場所がリア充の層とか、何? 自分達もリア充の仲間入りしたいために訪れたの?」
「そんな儀式のために来たんじゃないよ」
ドウセツを連れてきた場所が四十七層『フローリア』
以前、シリカと共に思い出の丘に挑戦した時以来である。つか、やっぱりここってリア充が集まる場所なの? まぁ、デートスポットにしては最高の場所っぽいみたいだからそうなんだろう。
他人のイチャつきなど気にするだけ無駄なので、私は私のやりたいことを優先しよう。
「思ったけどさ……大雑把な場所しか決めてないでしょ?」
「うっ、うん……」
いきなりドウセツが容赦なく図星を突いてきた。し、仕方ないじゃないか……。今日も相変わらずカップルがいたんだから、人がいなくて綺麗な場所が中々見つけられないのと……下調べなんてしてないから……大雑把でも仕方ないじゃない…………ねぇ……。
気まずくなった私はとりあえず許しを貰うことにした。
「そこは許してくれないかな?」
「場合によっては許さない」
やべっ、こりゃ失敗は許されないパターンだ。
「だ、大丈夫……多分」
「多分?」
「な、なんでもありません!」
多分失敗しないと思う……絶対……いや、多分かな。
不安と安心が交差するも、大丈夫だと言い聞かせて探索を続ける。
数分かけて、ようやく人気がいなくて景色が壮大かつ幻想的な花畑を見つけることができてそれが自分に納得できるものだと確信して、とりあえずはホッとした。
「どうこの景色! 文句ないでしょ!?」
「景色なら、ここよりもいいところたくさんあるわよ」
景色だけだとドウセツの感心させるのには足りなかった。確かに、二年間もアインクラッドで過ごしていれば、絶景とも呼ばれる光景なんて何度か見たことあるだろう。そもそも、RPGの世界を堪能することだけでも、常に素晴らしい光景を見ているような気がする。
だから、景色だけではない。
「知っているよ。景色を見せるために連れてきたんじゃないから」
「その割には場所探しはなにも考えていなかったようね」
「そ、そこはいいでしょ! 結果的に良い場所見つかったんだから」
弁解しても打ち負かされそうなので、場所に関しては何も考えていなかったことは認める。
私はただ、“これ”がしたいために雰囲気が良い場所を探したようなものだから、運が良かったと思う反面、助かったと運に感謝した。
ドウセツに向き合い、アイテム一覧から小さな朱い正方形の小物を取り出した。
「……それを見せたくてここに来たの?」
「まぁ……それもあるかな? でも見せたいのは外じゃなくて……」
朱い小さな正方形はただの小物ではなくて、リングケース。
「中身なんだよね」
そう言いながらリングケースを開ける。中身は紅色に染められたシンプルかつ赤い糸を具現化したかのような指輪。それをドウセツに見せつけた。
「…………ハァ」
ため息をつかれて呆れたかと思えば、ドウセツの表情の色には温かくて穂のかな色合いが表れていた。
「その様子だと、なんとなくでも理解した?」
「理解したくないんだけど」
「そう言わないでよ」
「女性が女性に指輪とか……普通にありえないわね」
「一応、これ結婚指輪なんだよね」
「だったら尚更ありえないわ……」
再度呆れて苦笑いするも、一筋の涙が零れ落ちた。
「まったくもう…………すっごいバカなんだから」
言葉とは裏腹に、穂のかで暖かい言葉だった。そして涙を誤魔化すようにぎこちない笑顔になっていた。
私はそっとドウセツに寄って左手を取り、赤い指輪を薬指にはめた。
「指輪とか貰って嬉しいかわからないけど、涙を流すとか私もバカね……」
「素直に嬉しいって思ったことは言っていいんだよ?」
「うるさいわよ。余計なお世話だって……」
言葉では否定しているようにも聞こえるが、今のドウセツは嬉しさに溢れている、一つの幸せを感じる少女だって誰からでもわかるように見えている。
良かった。ドウセツが幸せだと感じられて、私も嬉しい。
「…………ありがとう」
「うん」
ドウセツは涙と照れを隠すように、消えそうな声で私にお礼をした。顔はそっぽ向いているが、今のドウセツの表情は誰が見ても笑うような顔ではなく、満たされた表情になっているだろう。
そう思った瞬間、ドウセツはビクッと体が震えて視線を横へと向けた。
「…………どうしているんですか……センリさん」
いつの間にか、気分上昇状態のセンリさんがカメラを構えているのではないか。
いい雰囲気が一転。華麗なる一面花畑でも、ドウセツの殺気による禍々しい黒いオーラによって戦場へと活してしまった。
そんな雰囲気を察しているのか察していないのか、察していても気にしていないのか、日常会話をするようにセンリさんは答えた。
「なんでって、数時間前にキリカちゃんが凄腕の細工職人を教えてほしいって聞かれたの。そこで、あたしはきっと面白そうな匂いがしたら、女の勘?でキリカちゃんを探していたらなんと、ドウセツが完全にデレた姿を撮影することができたわ!」
センリさんの答えに、ドウセツはカタナに手を当て始める。まるでセンリさんの言葉が戦線布告の合図のように、戦闘態勢に入っていた。
センリさん、そうなることもわかっていて言っているはずだから、質が悪い。
「消去しなさい……今すぐに! でないと殺す!」
「恥ずかしい思い出は青春となるのよ~」
よっぽど写真に撮られたくないのか、氷のようなクールな欠片もなく、怒りの焔を炊き上げるように、恥ずかしがり屋の年相応な少女のように声を発しながら、センリさんを本気で斬ろうとしている。いや、殺そうとしている表現の方が正しいわね。
「逃げられると思っているのなら愚か者ね!」
「あら~。こう見えても、あたし足速いのよ~!」
そんなドウセツの変わった表情が見られて勢いついたのか、楽しそうにからかって逃げ惑っていた。
「……私を残して鬼ごっこですか……」
鬼は鬼よりも何倍も怖いような気がする。それなのにセンリさんは恐怖だと感じるところが一つもない。ドウセツが怒るってことをわかっていながらも、からかうのは良い意味でも悪い意味でも質が悪い。
つか、やっぱりセンリさん来ちゃったのね、エギルに教えてもらった情報屋がセンリさんだったのは嫌な予感がしたものの、いくらなんでも邪魔しに来るとは思わないし、指輪を買う場所を提供してもらっただけだから場所を特定して来ないだろうとは思っていたけど甘かったね。
あーあ。センリさんのせいで台無しだ。
「キリカも手伝いなさいよ!」
あれ? センリさんってそんなに足が速かったっけ? テンションによって速さが変わるスキルとかもっているのかな? いや、そんなわけないか。
さて、いい雰囲気なのにドウセツとできなかったから……。
「了解!」
ドウセツ側に加勢でもしましょうかな。
気が付けば夕方になっていて、どれくらい時間が経ったかはわからない。
でも、二人でセンリさんを追う時間と空間を忘れるくらいに楽しかったことは覚えていた。こんなことでも幸せだと感じるなら、私は嬉しく思える。
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