Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第4章 “妹達”
1.August:『The Lightning』
絡んできた六人の落第生を黒子と共に、三分で叩き伏せて警備員に引き渡し、支部に少し遅れて出動する。一応、『風紀委員の活動』で遅れたのでお咎めは無しだった。とは言え、遅れた事には変わりはない。
「では、今月の活動方針を確認します。先月の『幻想御手事件』のように、何時なんどき危険な事件が起きるかは分かりません。その為、平時の巡回を強化するよう指示が出ています」
朝礼中の室内に静かに入り、美偉の伝達に耳を傾ける。月初めなので、確認事項が多く少し長めらしい。
「管区内でも『路地裏のマネーカード』の件などがありますが、今朝も不良生徒による委員の襲撃が有りましたので、常に数人のペアで行動を心掛けてください」
早速、先程の事を引き合いに出されて視線が集まってくるのを感じる。幾分、居心地が悪い。恐らく、それは黒子も飾利も同じ。不適な態度を崩さないのは、市媛くらいだろう。
そう、此処でもやはり、彼女は当たり前に風紀委員として受け入れられている。
「では本日も一日、宜しくお願いします。以上、解散」
その朝礼も終わり、解散する。三々五々、支部を後に風紀委員は学区内に巡回に。勿論、嚆矢らもそれに倣う。
黒子と飾利、市媛の三人と共に、学園都市の雑踏に踏み出す。嚆矢は、黒子の『金属矢』と同じく。彼の『専用装備』を、忍ばせて。
「ふむ、しかし……一人で楽市楽座とは恐れ入るのう、その発想は儂にも無かった。さては其奴、サル並みの達者か?」
「否、あんな大人物はそうそう居ねェから」
「サルが大人物? ハハッ、抜かしおる」
「否々、後の関白だから」
開口一番、市媛がそんな事を口走った。夏の風に裲襠とポニーテールを翻しながら、唇を尖らせた彼女は思案した顔を見せて。
「兎に角、八月の重点は『マネーカード事案』ですの。路地裏を虱潰し、方針はそれで宜しいですの?」
「文句無し、それじゃあ行こうか」
方針には文句はない。どう考えてもマイナスが先立つ事案だが、もしもそれが犯罪の為にバラ撒かれたフェイクだとするなら、十分に解決対象だ。
まぁ、そこまで来ると、警備員の領分だが。だからこそ、嚆矢は此処に居るのだから。
その後、一般生徒への聴き込みや路地裏を可能な限り見回って。幾つか見つけ、又はマネーカードを探しているらしき人物とも何度か鉢合わせて横領になる前に回収したりして。
土地勘のある路地裏を、三時間ほど掛けて隅々まで見回った。その結果────
「しめて二十一枚、総額十八万円分……世の中、何考えてるか分かんねぇ奴が居るもんだ」
「ほう、単価は分からぬがそれなりの額であろ? では茶店に行こうぞ、遊里ならば尚良し」
「行くわけありませんの、そして後者は存在してませんの」
結構な枚数と金額になった為、一旦支部に帰る事として。その道々、嚆矢は呟く。辟易した表情で、マネーカード探しに飽きて彼におぶさっている、市媛を運びながら。
炎天下で歩き回っている事もあり、既に三人は汗まみれだ。嚆矢の背中の一人を除いて。勿論、タオルで拭いてはいるが限度はある。忌々しいくらいに勤勉な太陽に、文句が言いたいくらいだ。
「いや、そろそろ休憩入れよう。無茶して日射病とか熱中症とかになっちゃあ、素も子もないし」
「それはそうですけれど……むぅ、仕方ありませんわね」
「そうじゃそうじゃ、儂は『ぱふぇ』とやらを所望するぞ。この一番でかい奴じゃ」
と、市媛が何処からか取り出した勧進帳を見せてくる。良くポストに投函されている、食品関係のチラシの切り抜きが貼られた物を。
「うわあ……見たくなかった、チラシをスクラップして持ち歩く第六天魔王とか見たくなかった。幻滅した」
「なんじゃと貴様、そんなに鋸挽きが好きじゃったとはの」
「あ、あのでも、この近くに喫茶店なんてありましたっけ?」
仲裁するかのように声を上げた飾利、嚆矢が休憩を勧めて黒子が納得した理由である彼女。
元々、体力面では実戦派の嚆矢や黒子には及ぶべくもない情報処理要員の彼女は、ヘロヘロと危なげな仕草で。
「それなら、良い店があるよ。そこの角を右に曲がったトコに」
「へえ、なんてお店なんですか?」
だから、その店を案内する。先も言った通り、この路地裏は土地勘がある場所だから。
「純喫茶、ダァク・ブラザァフッヅさ」
「“昏い同朋団”……ですか。なんだか不吉な屋号ですのね」
一瞬だけ、まるでこの世界が息を呑んだかのように。太陽から雲により隠された日陰の中で、蝉時雨が止み、鳥肌の立つような薄ら寒い風が吹き抜ける中で。翻るツインテールとスカートの裾を押さえた黒子が、そんな事を口にしたのを聞きながら。
彼の魔術の師、魔導書“象牙の書”の持ち主『“土星の円環の魔導師”アンブローゼス=デクスター』の経営する、その店の名を口にした。
………………
…………
……
そこは、この盛夏の最中でも薄暗く。まるで、地下の大神殿だと。その喫茶店に仕掛けられた『魔術』を知る者ならば思うだろう、堅牢無比な城郭を。
幾何学的な紋様が刻まれた、木製の扉を開く。冒涜的な形状のドアベルが、怪物が嘲笑うかのような音色を鳴らす。これだけで、並みの魔術師ならばもう、この店の『闇』に呑まれていよう。
「────おや、こんな昼間からとは珍しいですね。コウジ君?」
「お邪魔します、ローズさん」
奥のカウンターから掛かった声、それが最後の罠。主の招待に、“無形の闇”はそれを最後に消えていく。
「お邪魔いたしますの」
「お、お邪魔します」
続き、こう言う店に入るのにも抵抗がないのか黒子、少し憚りながら飾利。そして、心地好いクーラーの効いた室内に。
「うむ、邪魔する────“微睡みの蟇王”よ」
「これはこれは、ようこそお出で下さいました────“悪心影”殿」
最後に踏み入った市媛の、その言葉に苦笑しながら。アンブローゼスは、採譜を取り出して。
「御注文をどうぞ、可愛らしいお嬢さん方?」
老若男女問わず虜にするような笑顔と声色でもって。少女達に語りかけた。
………………
…………
……
「…………ふぅん、あれが」
少女が、それを眺めている。殭屍のような服装の付き人らしき男二人が差し掛けた、傘の影から歩み出て。海の気配を連れた、烏賊か蛸の触腕を思わせるウェーブの掛かった水色の髪の。悠久の時を掛けて深層を巡る海洋水のような、深い藍色の瞳をした。
まるで、さざ波のような声で呟きながら。紺色の中華風の装束を纏う水死体の如き白蝋の肌を、汗一つも掻かずに陽射しに晒して。
「“御父様”より格好良いわね、“叔父様”は」
その少女に、傘の影が差し掛けられる。付き人らしき、目深に帽子を被った男二人。どちらも丘に揚がった魚か何かのように、酷く歩きづらそうな様子の。
「御嬢様、太陽ノ光ハ、オ肌ニ、良クナイ、デス」
「御嬢様、風ニ当タル、オ肌ニ、良クナイ、デス」
「分かってるわよ、五月蝿いわね……」
従者二人の、たどたどしい言葉。日本語に不慣れなのではなく、喉自体が言葉を発するのに向いていないような。
「今晩が楽しみだわ、ふふ……」
それに踵を返した“水妖の娘”は、実に楽しげに沸き立つ陽炎の波に消えていった。
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