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猫の憂鬱

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第3章
  ―5―

翌日報告を聞いた課長は凄く面倒臭そうな顔で頷き、猫の写真の下に“きなこ”と書いた。
「きな粉じゃないです、わらびです。」
「きな粉餅もわらび餅も同じだろうが。」
「全然違います。」
じゃあ間取って抹茶にしよう、等と意味不明な発言を始め、抑何故中間が抹茶なのかも判らない、わらびと龍太郎は書き直した。加納一人が、わらびたん、わらびたんふひ、と電話を弄っている。
加納、二日前雪村邸に行った時、ワタクシのコレクション云々で阿保みたく猫の写真を撮ったのだ。
其の横の木島は欠伸し乍ら、井上の持って来たタキガワ コウジの漫画を読んでいる。
「死ぬ程詰まらん漫画。資源の無駄だな。地球が泣くぞ。」
「だろう、詰まんねぇよな。」
「なんで持ってんだ。」
「娘が、ダディ!此の漫画超詰まんないの!読んで!って郵送した、着払いで。」
「ヤな娘。」
「知ってる。」
タキガワ コウジという漫画家、絵は上手いが内容がクソ寒いラブコメで、何故デビュー出来たか謎である。
元は同人作家で、其の知名度でデビューしたらしいのだが、二次創作止まりの内容で、結局商業は此の一冊で終わり、又同人界に戻っている。
途中で飽きた木島は課長に渡し、受け取った課長は十頁程で、稀に見るゴミ、と床に捨てた。
「一応、俺の私物です…」
「嗚呼済まん、余りにもゴミ過ぎて床に捨てた。」
「ほんっと、酷いわ、此れ。龍太読む?」
「誰が読むか。」
そんなゴミ。猟奇エロでも読まないが。
尚同人の方は此れらしい。
だったらそっちで売りゃ良いのに。
然しタキガワ曰く、好きなキャラだからこうしたいだけで、自分の生み出したキャラクターに其れをやっても詰まらない、と作者泣かせも良い所の発言をする。
要するに唯の変態である。
説明を聞いた課長は、タキガワ コウジ 同人、で検索を掛け、出て来た画像に大笑いした。すかさず木島も後ろからパソコンを覗き込み、此れは良い、と興奮した。
尚、タキガワ コウジ 爆死、で検索すると商業コミックの辛辣な評価と掲示板住民の愛情を大草原と共にたっぷり楽しめる。因みに今、鬱らしい。
そらこんな漫画を紙で残せば鬱にもなる。ファンも鬱になる。
因みに愛称は“タッキー”らしい(公式ホームページ引用)。
「チャッキーの間違いじゃないの。」
「…エロもエロで詰まらんな。ちっとも反応しない。」
「え、面白くない?」
「何処が。リョナってるだけだろう。」
「其れが良いんじゃん。」
木島はニタニタ、猟奇殺人鬼の目で画面を眺め、多分タキガワは俺と同じ思考、と呟いた。
「知ってる。」
「知ってた。」
「通報しておきますね。」
「お巡りさん、こっちです。」
「お薬も出しておきますね。」
薬で治るのだったら、遠の昔に治ってるがな、と課長。機嫌は良いみたいである。
抑、漫画も読まない井上が何故タキガワを知っているかと云うと、彼は同人作家と並行し、怪しげな店を持っており、其の店を井上は知って居たのだ。其れが此れ、と自分のパソコンを課長に見せ、木島も覗いたのだが、御前は二次元見てろよと省かれた。
SMクラブ?にしてはもっと毒々しい、内容を読み進めた課長は大笑いし、井上も良い趣味持ってるな、と肩を叩いた。
タキガワがオーナーの此の店、ハプニングバーなのだ。聞いた龍太郎は笑いを堪えるのが大変で、木島の其の軽蔑の眼差しも可笑しかった。課長一人が喜んで居た。
「性癖が露見したな、拓也。」
「出来れば知られたくなかった。」
「良いな、俺も昔嵌ってた。」
課長の言葉に、ほら!と井上は強気だ。
「こういう場所に居る奴等は、後腐れが無いんだよ。」
「そうそう。同じバーでナンパするよりよ?端っから、ヤりたいだけです、て意思表示した方が手取り早いじゃん。女一人で来るにしたって、自分が入場料払ってんだから、男の懐は痛まねぇの。馬鹿ねぇ、木島さん。」
「だって見られるんだろう?」
「確かに見てるけど。」
「皆、自分の世界に没頭してて、余り見られてる感覚は無いぞ。部屋がちゃんと区切られてるから。其れに、其処でしなくても他所行くしな。」
「ルールが目茶苦茶厳しいから、クラブより安全じゃね?」
「本当、嵌ってた。此れだよ、此れ。此の楽しさだよ。」
「嵌るぜ、彼処は。木島さん、今度連れてってやろうか。」
「遠慮する…」
上司と後輩に未知の世界に連れて行かれそうになった木島は自分の席に戻り、電話を弄る加納を窺った。
「ハプニングバーって、如何思う?」
「生まれて初めて聞きました。」
なので加納、此の会話の意味が良く判って居ない。木島が説明すると、へえ悪趣味ですね、とあっさりだった。
性に関して無知と云って良い程の龍太郎が、何故其れを知っていたかと云うと、大学生の頃、無理矢理井上に連れられたから。風俗より絶対面白い、と井上は云ったが、風俗に行った事も無いので違いが判らない。唯、凄い、と云うのだけは体験した。
まあ其処で、龍太郎の童貞は無くなったのだが。良く判らない、多分女、に上に乗られ終わった。座ってるだけ、十分位で終わった。
其れを聞いた課長は、御愁傷様、と又大笑いし、木島の目は哀れんでいた。
「風俗なあ。あれなぁ…」
「課長って、何気になんか凄いね。」
「だって此処、体育会系の巣窟だぞ?どんだけ酷かったと思ってるんだ、俺が新人の頃。」
今思い出しても自殺したい、とテンションが下がった。
此の課、強制的飲み会も無ければ、親睦会も忘新年会も無い。何故なら課長がしこたま嫌な思いをしたから。
体育会系の伝統、上からされたものは下にもしろ、が大嫌いで、一課を我が物にした時、全てを廃止した。
俺はワインが好きなんだ、酒が好きなんじゃない、坊主にして犯罪が無くなるならするが、そうじゃないだろう。見てみろ、坊主の奴は階級は同じの癖に、課長にならなかったじゃないか、はは、ざまあ、長髪の大勝利だ、貫いて良かった。
そう思うから此の課は、髪染めとアクセサリー以外の事なら何や彼やが緩い(此の二つが許されないのは、唯単に課長がお気に召さないからだ)。部下は三十人居るが、電話番号等全員知らない、偶に名前さえ忘れる。宴会はしたい奴だけしろ、但し俺は絶対呼ぶな、呼んだら解雇、と酷い。
なので此の課、部屋の隅の方に居る刑事達は、羨ましい目で主力部隊を眺めている。
課長の席から見えるのは精々十人である。
課長を筆頭に、木島・加納、龍太郎・井上、五十嵐・小野田、の計七人の課では無いのだ、きちんと一クラス分位の刑事は居る。
受け持ち生徒の名前を覚えない担当は居ないだろうが、一人一人の個性や趣向を熟知する担任は居ないだろう。目立つ生徒と主力の生徒、担当には其れで充分である。発言しない、クラスに埋もれる生徒を担任は見ちゃ居ない。
然し課長、大体は把握している、一番年下が二十五歳の加納、五十嵐、小野田、新人扱いは加納だけで、全員二年以上此処に居る。課長が課長になったのは十年も前であるから、把握して居ない方がおかしいが。
新人なのは加納で間違いないが、階級で見れば加納は警視に位置するので、警部の課長より偉い。実際六月迄警視だった、加納は。其れを捨てたのだから阿保なのだ。
「加納のお巡り姿、見てみたいな。」
靴裏を見乍ら課長は答えた。
「おー、俺も見たい。」
此の場で巡査制服を着た事が無いのが、加納だけである。若しそんな人物が居るなら、其は加納同様の失態を犯している。
「正装ならありますが。」
「何で、国家公務員の警視様の正装なんて見なきゃいけないんだよ。」
「そうだそうだ、地方公務員の制服着ろ。」
「課長の正装、くそかっけぇよ。」
「其れは、まあ、想像出来ます。」
「大体何で毎年、課長は署長と一緒に正装で写真撮んなきゃならんのかな。俺、毎年、なんで高熱が出ないんだろうって思う。加納代われよ。」
「ワタクシ、新人です。」
「木島、課長になるか?」
「え!?良いの!?」
「全員即日辞めるだろうがな。」
あはは、と課長はくるくる椅子を回し、うん?と龍太郎は思った。
機嫌が良い、というよりは、ぶっ飛んだ感じがする。ストレスが溜まり過ぎ、何かが弾けた、そんな感じ。
ぶっ壊れたのだ。
たった一週間で。いいや、五日で。
「課長?」
「真昼のー、つーき、は何時も、見てーいるーぅ。えーにたーい。」
「如何しよう、菅原先生の所為で、課長がぶっ壊れてしまった…」
「慰謝料請求しようぜ…」
がし、っとデスク端を掴んだ課長は、怯える龍太郎達を気にせず、タキガワの店のホームページを隅から隅迄プリントアウトした。プリンターから吐き出される紙を眺める課長は一枚一枚龍太郎に渡し、番町皿屋敷、と呟いた。
「駄目だ…、本気で危ない…」
「時いっちゃん先生、呼べば…?」
無言でステンプラーで紙を綴じ、見た課長は溜息を吐いた。
「なんで俺、こんな如何わしいサイト、冊子にしたんだろう。」
「課長ぉ!」
「木島、やるよ。」
「…有難う御座います…」
受け取った木島は十枚余りの其れを眺め、商業コミックもゴミなら此れもゴミ、と加納に渡した。


*****


メール文面を読む時一は、落ちる寸前迄椅子に浅く座り、咥え煙草で考えた。
「宗一ぅ。」
「なんやぁ。」
「一課から苦情メール着てるよ。」
前に座る宗一に電話を渡し、読んだ宗一は、俺の所為やない、と突っ返した。
文面は、お宅の主任の所為で内の課長が聖飢魔IIを歌う、ゴミを量産する、何時も機嫌が良くて気持ち悪い。
「宗一ってなんでそう、昔からさぁ。」
「はあ?勝手に病んでるだけやろ。」
「聖飢魔IIは末期だよ。」
「ほんなら、マリリンマンソン聞きましょー、て返事せぇ。少しマシなるかも知らん。」
「ならないよ…」
煙草を消した時一は天井を仰ぎ、空気清浄機の音を聞いた。
本当に如何したものか。自分の存在が課長にとってどれ程大きいか宗一に自覚が無いだけ質が悪い。
「彼奴昔から俺をレイプすんのん、そっちの方が問題やろ。」
「精神的レイプしてんのはあんただろう。…大体、其れ、レイプじゃないだろう。」
「は、何で。何時も勝手に俺を縛り付けて、自分で入れよるんよ。俺は同意してませぇん。俺、ほんま、何も出来んからな。で、機嫌が悪くなったら、寄って来んな、なんやの。振り回されてんの俺と違うか。」
「立たなきゃ良いじゃん。」
「其れがねぇ、立ってしまうんですよぉ。男って悲しいなぁ。」
「テクニシャンっぽそうだしね。」
「そうなんですよぉ…、顔が又エロいんよな、彼奴。そら立ちますわ。立たん男はもう不能や。」
「宗廣さん、大丈夫なのかな…」
体力的に。
「彼奴は凄いぞぉ、ホンマモンの聖人やぞ。」
宗一曰く、課長を見てセックスしなかった男はパートナーの宗廣唯一人。如何云う意味、夫婦でしょう、と時一が聞くと、ほんまに好き過ぎて手が出せん聖人、そう云った。
「あんた、見習えば。手当たり次第手出して本当…」
「無理無理。此れ外科医の性やな、血ぃ見たら興奮すんのん。後、宗廣がどっかおかしいねん。泣きそうな顔で、止めて下さいって言う、阿保や。ど淫乱がセックスしましょー言うてるのに。」
「ねえ宗一、プラトニックって、知ってる?後、モノガミー。宗廣さんはね、プラトニックでモノガミーなの。君とは真逆なの。課長さんも、プラトニックでモノガミーなの。あの二人の愛は純粋なの。」
「ふーん。」
阿保やなー、と喫煙所を出た宗一。時一はにやりと笑い、白衣の胸ポケットから電話を出した。
「聞いた?課長。」
「聞いた、殺す。誰がど淫乱だ。」
あはは、と時一は何時もの、感情篭らない場繋ぎの笑い声を出し、電話を切った。
其れから一時間後、修羅の殺気を纏った課長が科捜研のラボに現れ、怯え逃げる宗一に、血が見たいか?ならば自分の血でも見るが良い、と電気を流し股間を蹴り上げると、晴れ晴れした顔で去って行った。
「誰や…、密告したんわ…、御前か…」
床に伸び、噎せ乍ら時一のスラックスを掴んだ宗一は、溢れ出る唾液を吐き捨てた。
「其れだけで済んで良かったじゃない。」
序でに、バイクのタイヤも、パンクさせた。 
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