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猫の憂鬱

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第1章
  ―4―

貴方は何処迄課長を憤慨させれば気が済むのか、憤死を望んで居るのか?と聞きたい。課長の目の前に科捜研のメンバーが全員並び、課長は必死にこめかみを親指で押さえている。
「井上…」
「はい…」
「頭が痛い…、憤死寸前な程頭が痛い!」
獅子の咆哮に井上は素早く立ち上がり、白湯と頭痛薬を素早く手元に置いた。頭痛薬を飲み込んだ課長は宗一に指を突き付け、其の手は怒りで震えていた。
「クラクラする…、怒りで頭がクラクラする…」
「大変やなぁ。」
「誰の所為だ!だ、れ、の!」
課長怒りも去る事乍ら、木島の怯え様も尋常を期していた。
化学担当長谷川秀一、一課の視線を誰よりも受ける変人。うぃーーーんとモーター音を響かせ、一課の室内を観察していた。口には何故かガムテープが貼られ、手首は手錠でセグウェイの持ち手に固定されている。
「其処のセグウェイの変人化学者は、何のプレイをしてるんだ?」
怒りに笑う事しか出来ない課長は宗一にそう聞き、あー、と其処は濁した。
宗一とて怖いのだ、課長の怒りは。だから秀一の口元にガムテープを貼っている。今此処であの調子外れのX JAPANを歌わせるにはいかないのだ。
うぃーーーんと近付くモーター音に木島は一層視線を逸らし、然し秀一は木島の顔を見ようと顔を近付ける。口元を隠している分、ギラギラと光る目が主張された。
「んふっふふ。」
「何…?」
喋っているのだろうが、上手く聞き取れない。
「菅原さん。」
「何や。」
「此れ、外しても大丈夫ですか?」
「あかん。課長が憤死してええならええよ。」
「今のは、久し振り、って云ったんですよ。」
時一の言葉添えに木島は納得し、会いたくなかった、と笑顔を向けた。
木島と秀一、実は同級生である。中高一貫であるから六年と時間で見れば長いのだが、同じクラスになったのは高校三年の最後だけである。
部活動も同じだった訳でも無い、友達でも無かった、会話も事務的な事しかない。此の学校出身の者は大体木島を記憶しているが、秀一は何方かと言うと根暗で、オタクで、所属する化学部員の者と位しか会話しない男である。
一際目立つ木島と一際目立たぬ秀一。
そんな秀一に二ヶ月前会った時、木島の方は秀一に気付かず、秀一の方から、御前和臣だろう、と木島の記憶を呼び出した。
秀一を思い出した木島は悲鳴撒き散らし逃げた。
此の秀一、大人しい生徒だったのだが、学校一危険で不気味な男だった。だから友達も居らず、同じ部員の者しか声を掛けなかった。
電気オタク…秀一は昔からそうだった。
常に電気を持ち歩き、下級生や生物に電気を流し、其の様を眺め楽しむという、極めて陰湿で悪質な性癖の持ち主だった。
そういう噂だけは聞いていた木島、他の生徒も、其の不気味な雰囲気に話し掛けはせず、又秀一自身も十代の思春期、青臭い考えで馬鹿とは話さないという体だった。
木島ははっきり云って、秀一に恐怖心を抱いている。
高校三年の秋の話。
筆記具を丁度持って居なかった木島が、目の前に座っていた秀一から、一寸ペン貸して、とノック式のボールペンを取った。ふんふん、と木島はクラスメイトの要件をプリントに書こうとペン尻を押した瞬間、悲鳴を撒き散らした。
いきなり流れて来た電気に木島は悲鳴撒き散らし乍らペンとプリントを落とした。木島と一緒に居た生徒も、教室で其々に楽しむ生徒も、木島の悲鳴に談笑の口を止めた。

ひぃええええい、だって、いっひっひ、うけるー。

しんとした教室に秀一の明るい声が響き、初めてまともに秀一の声を聞いた木島は、一瞬誰が話しているのか判らない程だった。
床に落ちるペンを拾い上げた秀一は、目が合った瞬間怯える木島の挙動に口角を吊り上げ、電気が流れた手を握る、其の手の甲にペン尻を押し付けた。

ういいいいい、だって。御前の悲鳴、面白いな。

え?え?と木島と秀一を交互に見る生徒にも、何見てんだ、とペン尻をこめかみに押し付けた。
はああ!?と教室中から批難めいた悲鳴が上がり、ホームルームで教室に入って来た担任は、教室の騒がしさになんだなんだと視線を流した。
此の担任教諭は化学で、依って、部員である秀一の危険性を誰よりも把握していた。思えば高校三年間、秀一の担任は此の教諭だった。要は中学時代の悪行で監視されている。

シュウ、其のペン、俺に渡せ。良いから、渡せ。一週間出入り禁止にするぞ。

秀一が蛇の目と表現されるなら、此の教諭は鷹の目だ。
秀一は大人しく教諭の手にペンを乗せ、すとんと椅子に座り直した。

いやいやいや、謝ってよ。

何事も無く座った秀一に木島は詰め寄ったが、関わるんじゃない、としっかり教諭に釘を打たれた。腑に落ちない乍らも木島は頷き、自分の席に行こうとする自分を追う秀一の目に心臓がばくついた。
其の日の放課後、教諭はああ云ったが、何が起きたのか知りたかった木島は無謀にも秀一に話し掛けた。

――あれ、何?
――エレ・キ・テル氏。俺の恋人。
――はい?
――電気が流れるペンだ。
――なんであんな事するの…?
――俺はしちゃないさ、御前が勝手にペンを取ったんだろう。自爆だ。
――物騒だよ!
――此れに懲りて、此れからは他人の物を無断使用しない事だな、生徒会長さん。
――断ったじゃん…
――良い、とは一言も云わなかった。勝手に取ったのが御前だ。俺が渡したペンであの状況になったのなら、故意だとなるが、御前が勝手に取っ……
――もう良いや、御前話長い。

矢張り、担任の言った通り関わるべきでは無かった。
世の中には、関わってはいけない人種、というものがある。其れが秀一だと木島ははっきり判った。
其れから一切関わらなくなったのだが、十五年後、又関わるとは思わなかった。然も最悪な事に、懐かれてしまった。
二ヶ月前に会った時も、エレ・キ・テル氏から熱烈な挨拶を貰った。全身が痺れる程、熱烈な挨拶を。
科捜研と関わる事を良く思わないのは課長だけでなく、木島もそうだった。
「課長。」
「何だ?」
「本気でさ、署長に話し付けようよ…」
「嗚呼、無職覚悟で行くか。」
「そんなに嫌ですか?俺達が関わるの…」
侑徒の悲しい表情(元からだが)に木島は、橘さんだけなら全然オッケーだよ、と笑った。
「よう、ホモ。」
「やっぱ木島さんホモじゃん。なー、龍太。」
「嗚呼。」
「ち…違う!」
木島、侑徒には何故か弱い。見た目の問題で、女にしか見えない侑徒の風貌は木島の心を鷲掴んでいる。
其れに、だ。
木島より侑徒の方が小さいのだ。
此れが本物の女なら当たり前なのだが、同じ男で自分より低い男が嬉しくて仕方が無い。
「んふんふふぅ。」
「何?」
「ふーふふ。」
「時一先生。」
「和臣は、バイだよ。」
はぁあ!?と木島は椅子から立ち上がり、セグウェイに乗る秀一の胸倉を掴んだ。
「俺が!何時!何処で!御前にバイだって云った!妄想なのか!?或いは願望なのか!?」
仮にバイセクシュアルだったとしても御前に興味は持たんからな、と凄んだ。
「んっふー。」
「だってー。」
「じかふふっふ。」
「自覚が無いだけ。」
「課長、此奴殺して良い?」
「序でに此処の垂れ目も殺せ。」
「橘さん…?其れは一寸…」
「違…、そっちの垂れ目じゃなくて、眼鏡の垂れ目だ。橘は美しいから要る。」
あはは、と一際暢気な時一の笑い声。
木島の横でゆっくりと影が動き、目の前に座る龍太郎は影を追った。
腕組みをした侭秀一を見上げ、目を細めると加納は勢い良く秀一の口元にあるガムテープを剥がした。
秀一の悲鳴に引き剥がした加納以外が縮こまった。
「…に、すんだよ!クソ能面!痛いわ!」
「でしょうね。」
ふふふ、と加納は笑い、御返しです、と云う。
「御返し…?」
「二ヶ月前、ワタクシに、電気を流しましたよね?初対面にも、関わらず、故意に。」
「嗚呼。」
「ですから、御返しです。ふふ、いい気味。」
秀一の白衣を弄り、見付け出したショックペンを薄い唇に寄せた加納はもっと笑った。
人間は、残酷である程美しい顔をする生き物なのだな、と一層美しさを増した加納の顔に龍太郎は思った。
時一の顔から笑顔が消え、秀一ではなく加納を凝視した。
「あー、謝るよ…?」
加納が何をするか判った秀一は云うが、加納は笑顔の侭ペンの真ん中を捻った。
「お馬鹿さん。謝った所で許しません。」
秀一の目が開き、白目剥くと其の侭セグウェイに崩れ落ちた。其の上に加納はペンを落とし、秀一の身体は跳ねた。
「加納さん…」
時一の声に加納はゆっくり顔を向け、薄く笑うと顎を引いた。
「何でしょうか。」
「…いいえ、何でもありません…」
「そうですか。」
天井をゆったりと眺めた加納は其の侭八雲に近付き、まさか、俺が電気を流した事も知っているのか?と構えた。心の中で何度も、確かにジープは趣味が悪いかもしれません、と思った。
「抱っこ、しても宜しいですか?」
「へ…?」
八雲の抱いている猫を加納は撫でた。
「え、ええ、如何ぞ…」
猫は八雲の顔を見た侭加納の腕に渡り、小さな顔を加納に向けた。
「可愛い。ワタクシ、白い生き物、大好きです。」
「そう、ですか…」
「猫が、一番好きです。暖かくて、柔らかい。」
本当に可愛い、と持ち上げた加納はピンクの鼻先に自身の鼻を寄せ、満足すると八雲に返した。
「ワタクシ。」
「はい。」
「斎藤さんの事、気に入りました。」
「あ、はは…、有難う御座います…」
八雲の警戒レベルがマックスだ、と宗一は感じ取った。此れは木島の時にも見せたが、八雲の目が挙動不審に揺れているのだ。
「先生ェ。」
「うん、帰ろう。邪魔したな。」
セグウェイと秀一を離した宗一は課長に向いた。
「二度と、邪魔するなよ。」
軍配が上がった事を知った課長は嬉しそうに笑い、五人全員が姿を消すと、良くやった加納、高らかに笑った。 
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