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猫の憂鬱

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第1章
  ―3―

何がそんなに貴方を怒らせたんですかと聞きたい程、殺気を垂れ流す課長に、世谷署の鑑識メンバーは萎縮した。
「説明、して頂こうか。」
そんなのは此方が聞きたい、と鑑識班は思うが、納得いかないのは課長も同じだった。
「此れから先、ずっと、あの変人に付き纏われるのか!?」
一課の扱う事件の分析は科捜研が全責任を以って引き受ける…
親から届いた書類に課長の怒りは爆発寸前で、こう見ると案外課長も短気なのでは無いかと思う。
いいや、違う。
本当に温厚だった、何が起きても動じず、誰が何をしても落ち着き払い、失敗しても馬鹿にされるだけで決して怒らず、ゆったりと世間知らずの貴族みたく優雅な仕草で物事を運んでいた。
そう、科捜研の宗一が現れる迄は。
宗一が課長の前に現れ始め、性格が変わった。
「良いか、兎に角、俺は、認めんからな!」
認めない、と云われても、上から通告はあったし、自分達が如何こう出来る問題では無い。此れに鑑識が課長の命令に従えば、親に楯突いたとして最悪全員解雇され、世谷署から鑑識が無くなる。其れはまあ、新しく鑑識メンバーを揃えれば済む話なのだが、親に楯突いた自分達を受け入れてくれる場所があるだろうか。
だからと云ってあの方を怒らせた侭、此の署にいる勇気も無い。廊下で擦れ違う度何をされるか判ったものでは無い。課長の側近も側近、木島和臣の存在も怖い。
「しょ…署長に、相談しよう…」
鑑識主任はそう呟き部屋を出たのだが、署長室に続く廊下に課長の姿を認めたので足を止めた。
「失礼します、一課です。」
「来ると思ってた。」
署長は剣呑な課長の表現等見えていない風に人の良さそうな笑顔で課長を招き入れ、ソファに着席を促した。
「説明、して頂けますよね?」
「説明、ねぇ。」
説明も何も、書類の通りだけど、と課長の前に珈琲を置いた。
「私を、憤死させたいんですか?」
「そんなに嫌ってやんなさんなよぉ。良い男じゃ無いのぉ。」
「私は、認めませんから。」
「加納刑事の、二の舞になりたいの?」
署長の言葉に喉元が締まった。
「親、あんま、怒らさないでよ…?僕の信用が、無くなっちゃうからさ…?」
捜査一課に居る部下の加納(かのう)(かおる)、木島の相方で、今年六月の半端な時期に本庁から此処に飛ばされた刑事。
其の理由が、親への楯突き。
署長の人懐っこい笑顔に嫌悪と恐怖を覚えた課長は、出された珈琲に口を付ける事なく起立した。
「申し訳、ありせんでした。」
「判れば良いよぅ。」
僕もね、貴方みたく優秀な刑事を、無くすのは惜しいんだ。
恵比寿のような笑顔に課長は無理矢理口角を吊り上げ、敬礼するとドアーを閉めた。
数分前に見た時より怒りが上がった、其の課長を物陰から覗いていた鑑識メンバーは、潔く諦めよう、署長ですら出来なかったんだから、と引き返した。
擦れ違う全員が課長から放出される修羅の殺気に道を開け、モーゼの海割みたいである。
ばん、と一課のドアーが開き、三十分前以上に怒りを孕んだ課長に全員凍り付いた。ガツガツと靴が鳴り、木島は頭を叩かれた。
「又八つ当たりする…」
「嗚呼?」
「いいえ、何も云ってませんよ。」
するりと長い指先でデスクを撫で、窓に触れた課長は無言で開けた。
「腹が立つなぁ。」
んふ、んふふ、と課長は肩を揺らし、窓枠を掴むと外に向かって叫んだ。
「クソ…ッタレ目が!死んでしまえ!御前なんか!バイクで盛大に死ね!」
唖然とする皆を他所に、あはは、クソッタレと垂れ目が掛かってるぅ、と宗一の垂れ目を知る木島はゲラゲラ笑った。
「あー、スッキリした。」
晴々とした顔で向く課長だが、瞬間内線が鳴り響き、発信先は署長室だった。
「ねえ、煩いよ?今何時だと思ってるの?」
「申し訳御座いません…、午後二時十三分です…」
ばん、とドアーが開き、今のはなんですか?と捜査三課の課長が蒼白した顔で現れ、しっかりと聞こえた鑑識メンバーは俺達やっぱり首になるのかな?と身を案じた。 
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