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歪んだ愛

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第3章
  ―4―

「夏樹冬馬と付き合ってた女がゆりかなのは判った。じゃあ、証券会社に勤めてた女は、誰なんだよ。」
井上の疑問に課長はホワイトボードにマーカーを向け、簡単な表を作り説明を始めた。
「今、俺達の知る東条ゆりかは?」
「出生名東条まどか。」
「そう。そして、今年からストーカー被害を訴えて居たのは?」
「東条まどか。ん?」
「此れは、本物の東条まどか。詰まり、今生きてる東条ゆりかだ。無職だったのは被害者、今生きてる方が在籍していた方。」
「一寸待って下さい課長、被害者が東条まどかと割れたのは、歯型ですよ?」
「そう、加納の言った通り、被害者が東条まどかだと決定されたのは、歯型だ。此れには保険証が居る。そして、此の歯科医院、初診日が五年前。面白い事に此の歯科医院、夏樹冬馬が受診してる。」
「そう言う事かよ…」
「夏樹に紹介されたは良いが、付い来たんじゃないか?或いは、夏樹の定期検診に被害者が付いて行った。内科医から聞いた感じ、被害者は一人で病院に行けない可能性が高い。そして此れだ。」
一枚の口腔内のX線写真。
「宗一が見付けた、もう一つの、東条まどか名のレントゲンだ。そして此れが、被害者のレントゲン。名前は勿論、東条まどかだ。」
「全く違いますね…」
「宗一曰く、被害者は顎周りが細く、矯正痕がある。」
「其れで、判ったんですか?」
「俺は何も日がな一日此処でぼーっとしてる訳じゃないんだよ、本郷。父親から聞き出した、矯正をしてたのは何方だって。したらあっさり、ゆりかだって答えた。」
「何時の間に…」
何時見ても上座のデスクに座り、枝毛チャックしかして居ないのかと思っていたが、課長も課長で動いて居たらしい。
和臣の視線に、御前とは動きが違うんだよ、とデコピンした。
「御前等を動かす訳にはいかんからな。俺が動くしかない。」
「何で?」
「副都知事の顧問弁護士だぞ?そんな相手に警察がうろうろしてみろ、記者の目が動くのは副都知事だろうが。そんな事も判らんのなら黙ってろ。」
「済みません…」
「もう直ぐ、都知事選ですし、ね。」
「ほぅら見ろ、加納は判ってる。」
置かれた珈琲を無造作に飲み、一枚の写真をホワイトボードに貼った。
幅のある眼鏡、頬は異様に痩け、やけに皺が目立つ男の写真。頑固そう、と云うのが第一印象だった。
「此れが父親。」
「え!?」
「マジかよ!」
「此れは意外ですね。」
貼り出された写真に驚いた。
此の弁護士、経歴もやる事もどす黒く、綺麗なのは女関係だけ、と云う悪名高い事で有名だった。
十五年前の議員汚職事件、ヤクザを抱え込んでの組織投票当選と癒着、話は簡単なものだが、証拠も全て揃った完全なる“烏”の状態で、此の東条と云う弁護士は“無罪”を勝ち取ったのだ。そして相手側を名誉起訴で訴え返し、見事勝訴している。
此れが、今の副都知事…東条が顧問弁護する議員だ。
「そんなどす黒い二人組みに警察が近付いてみろ、マスコミが涎垂らして張り込む。で、俺も中々にどす黒さでは負けん、俺のどす黒さは本庁の幹部共に匹敵する、此処だけ見れば俺も超絶エリートだな。副総監レベルだ。」
「自慢にならないよ、課長…」
「どす黒い世界にはどす黒い脈が打ってる、案外あっさり見付かった。」
「そんなの、ゆりかに聞けば早いんじゃねぇの。」
「じゃあ聞くが御前等、今の今迄、半月以上捜査してて、名前さえ判ったか?東条まどかの戸籍調べて、此の悪名高き弁護士の名前が出たか?出なかったろ?詰まりそう云う男なんだよ、此の東条弁護士はな。」
「何者なんだよ、其奴。」
「議員相手する前はアッチ専門、だから十五年前無罪に出来た。そう云う経歴だから、戸籍上はバツイチの独身だ。当然、あの娘二人も認知して無い。ヤクザに狙われたら堪らんからな。」
「課長、良く判らない。認知してないのに何で東条の名前持ってるの?」
「木島、御前、本当に大学出てるのか?頭悪過ぎだぞ。中学校からやり直して来い。」
「加納、判る?」
「ええ、判りますよ。」
此の場で判っていないのは和臣だけであった。
「此の東条弁護士が結婚したのは、三十年前の二十九歳の時、其の二年後、三十一の時に離婚し、妻に復氏をさせず東条の名前で新しく戸籍を作らせた。其の一年半後、二人が生まれてる。こうすると、母親の名前は東条、父親も東条、認知せず自分の名前を名乗らせられる。離婚した半年後に二人を拵えて、懐妊した妻を東京に送ってる。」
「其の東条弁護士の元の拠点何処。」
「関西だ、だから東京に送った。関西の奴等は、滅多な事が無いと関東迄来ないからな。西と東で武力配分されてるんだよ。だから兵庫に組本部がある関西最大のあの組織は西に勢力伸ばして、東には枝が一個しかない。」
「あー、若しかして、東条の旦那が抱えてた組って…」
「御名答井上、関西最大勢力と頭脳を誇るサイバーエリート極道集団、由岐城(ゆきしろ) 組だ。」
「うおぉ…どす黒ぇ…」
「問題なのが、十五年前の副都知事の汚職事件で絡んだ組が、此の三年前に由岐城本家に反旗翻した集団だ。対立する組の弁護しちゃったもんだから、そら窶れもするさ。此の十五年、気が気じゃなかったろうな。」
「何で?」
「そら、議員の汚職は由岐城には関係無い話だが、此の事件の後、此の組は由岐城に解体されてる。御前達は覚えてないかも知らんが、抗争が起きてるんだ。」
其れは凄まじかった、此の組本部のある地域が血の海と化し、生臭い臭いが終始していた、と課長は云う。
「事実上此の組は解散、又由岐城に吸収され、今の関東枝になってる。詰まり、東条弁護士は、未だに由岐城側からラブコール受けてるんだな。」
「父親の話は判った。其れが今回の事件と如何繋がるんだ?」
「繋がるんだよ、其れが。」
其れは本人から聞こう、そう課長はマーカーを置いた。 
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